1. 紬綺との面会
港への妖魔の襲撃があった翌日から、領地の至る所に黒布が垂らされて、みんなが国王の喪に服していた。
崩御なされた国王はまだ四十代で、突然の逝去に情報が錯綜しているそうだ。新王も未定らしく、国全体が当分は不安定な状態に置かれることになる。
それに伴い、この交易都市でもあちこちで混乱が起きている。
まず、船の出航数は明らかに減った。
妖魔避けの霊薬を始めとする種々の対策が効いているようで、あれ以降、港まで妖魔が侵入したことは無いそうだが、みんな不安なのだろう。港は以前に比べると、随分と閑散としているそうだ。海は陸地と違って、頑強な外壁で守られているわけではない。潮の流れもある以上、妖魔を完全に排除するのは無理だろうし、それを領民も分かっている。危ない場所には近づかないに越したことは無いので、それ自体は仕方がない。ただし、この領地の一番の収入源は船を使った交易だ。いつまでこのままという訳にはいかないだろう。
陸地の方も、外壁付近で妖魔の姿が目撃されることもあったらしく、不安が広がっている。兵士や冒険者組合では、特に飛行型の妖魔の討伐に神経を尖らせているらしい。
街道自体は護扇樹のおかげで安全が保たれているものの、流通などにも一部影響が出ているようだ。
領地全体に不安が蔓延していても、日々の生活は存在する。
気が滅入っていてもお腹は減るし、食べていくためには働かなくてはならない。
私達も例に漏れず毎日働いているが、少しだけ変化もあった。
まず、哲金は正式に商業組合に見習いとして就職した。事前に顔を売っていたのが功を奏したようで、大きな問題もなく順調に馴染めているようだ。
対して、私の職場はまだ決まらない。まあ、これだけの大事件があったならば、私の就職先探し程度は些事だろう。後回しにしてもらって構わない。
なので、まだ冒険者として活動しているのだが、やはり変わったことがいくつかある。
まず、実績を認められると受けられるという特典を利用出来るようになった。どうやら、救護所に人を運ぶ時に教官に渡された印章入りの木札が証明書だったらしい。おかげで受付などで絡まれることが減った。
更に、職員から直接、依頼の打診を受けるようになった。大抵の依頼は、妖魔を探し歩いて討伐するよりずっと割りの良い仕事だ。ただし、最初に依頼された、港警護の打診は断った。私達は元々海の近くの立地は慣れていない。
代わりに、外壁付近に護扇樹の若木を植樹する作業の護衛を引き受けたのだが、作業の間中延々と絡まれ続けた。どうやら、いつもの外見云々ではなく、港での一件が過剰に取り沙汰されているのが原因のようだ。ギリギリ護衛の邪魔はされなかったものの非常に面倒だったので、ほとぼりが冷めるまでは、集団でする依頼は断ることを組合にも納得してもらった。正直、私達に集団行動は向いていない。
そんなわけで、今は主に飛行型の妖魔を優先して狩ることにしている。並行して、破損した装備の修理や新調もしているので、それなりに忙しい毎日だ。
◇
今日は、久しぶりに城へ来ている。ただし、名目が『港の妖魔襲撃時の功労者への褒賞』なので、哲金は留守番である。
莉渚に伴われ、城の門を潜っていく。今回は、以前のような奥の区画ではなく、表書院方面に通されるようだ。
「失礼致します。客人をお連れしました」
「通してちょうだい」
許可を得て、開いた襖から中に入る。
中には久しぶりに見る紬綺が待っていた。
作法通りに頭を下げ、挨拶の口上を述べる。よほどのことがない限り、この辺を省略するわけにはいかない。
「顔を上げて楽にしてちょうだい。今日はお礼を言うために来てもらったのですから」
顔を上げ、改めて紬綺の顔を見ると、疲労の色が濃い。相当忙しかったのだろう、化粧でも隠しきれない隈がある。
「ご無沙汰しております、紬綺様」
「ええ。今回も夫ではなくて、ごめんなさいね。どうしても時間の都合がつかなくて」
「いいえ、紬綺様がお時間を取ってくださったことに感謝しております」
そう答えると、わずかに雰囲気が緩むのが分かった。
「皓理、明黎、若菜。改めて、お礼を言わせてちょうだい。貴女達が港に侵入してきた妖魔と戦い、多くの領民を守ってくれたこと、本当に助かりました。貴女達が居なければどうなっていたか…………貴女達の勇気と献身に感謝を。強靭な身体と精神に敬意を。善良なる魂に祝福を」
紬綺はそう言うと、両手を額に当てて頭を下げる。見慣れない仕草だが、それが感謝を示すためのものだと言うことは分かった。
手放しで褒められ、感謝されて、何とも落ち着かない。ただ、これだけ真摯な言葉を受け入れないわけにはいかないだろう。
「はい、お役に立てて幸いです。……この領地の民は幸せですね。領主の家族がこれほど領民を大切にしているのですから」
紬綺もそうだが、漣夜も梛津も公爵夫人も、私があった領主の家族は、全員下位の者にも誠実に対応する人間だった。
今もこれほど疲れているのは、結界の消失という非常事態の対処に全力を尽くしているからだろう。
私の言葉を聞いた紬綺は、何故か目をぱちぱちと瞬いた後、ふわりと柔らかく笑った。
「そう、思ってくれますか?」
「はい。私は、この領地に来て良かったと思っています」
「ふふっ。貴女にそう言ってもらえるなら、頑張り甲斐もありますね」
紬綺は、にこり、と、今度は幾分か生気の戻った笑顔を浮かべる。
「正直に言いますと、港に妖魔の侵入を許した件では、対応の不備を随分と責められていたのですよ。もちろん、領地を守るのが領主やその一族の一番の務めですから言い訳をする気は無いのですが、流石に少々気が滅入っていましたから」
急に内情を明かすような話をされて、少々面食らう。
「貴女に認めてもらえて、随分と気分が晴れました。ありがとう。貴女達をここに連れて来てくれた漣夜様の慧眼にも、感謝しなくてはなりませんね」
「……紬綺様のお心が晴れたのなら、何よりです……?」
私に認められて、という言い回しが腑に落ちなくて、若干返答に疑問が混じる。
どうやら、思った以上に好感を持ってもらえているらしい。
「さて、いつまでも話していたいけれど、そういうわけにもいかないから、次の話題に移りましょう。今回納品してもらうのは、そちらかしら?」
「はい。石鹸と保湿剤になります。こちらで手に入れた素材でれんせ……作成しましたので、多少色と香りが変わっていますが、効能は同じです。石鹸はご要望通り、四分割した程度の大きさで固めております」
女中の莉渚を通じて受けた注文で、小ぶりでいいのでなるべく多くの石鹸が欲しいと言われていた。何でも、喪中の貴族は常に身綺麗にするために、日に二回の水浴をする習慣があって、それに使えるようにということだった。
「あと二週間は喪中です。いくら夏とはいえ、粗悪な石鹸で日に二回も身体を洗っていれば肌荒れは免れませんからね。どんな時でも女性は美容には敏感なのですよ」
おかげで寄付金の集まりも上々です、と紬綺が笑う。私の石鹸や保湿剤は、寄付の返礼品になっているらしい。正確な値付けはされていないらしいが、そこは貴族。半端な額の寄付など出来ないものらしい。しかも量がなかったので額が釣り上がったのだとか。そこで、敢えて小型の物を用意して、寄付の間口を広げたいそうだ。
寄付の目的が妖魔対策、返礼品も喪中の水浴のためのものだから、御夫人方の寄付を男性陣も表立って反対しにくいそうだ。
確かに、今は妖魔対策で、領地の予算がいくらあっても足りない状態なのだろう。紬綺は中々やり手のようだ。
「さて、最後は貴女の就職先のことです。ずいぶんと時間がかかってしまって、ごめんなさいね。今、受け入れ先の工房と最終調整をしているの。貴女が嫌でなければここに決まると思うわ」
その工房というのは、覚醒式の時に使用する錬成具を作成している、領地で一番大規模な錬成術工房らしい。中央よりの南側の地区に建つ、三階建の大きな建物だそうだ。
「私からは、特に異論はありません」
「では、三日後には沙扶が貴女達の家に返事を持って行くわ。出来ればその足で、就職先の工房に挨拶に行くつもりにしておいて欲しいの。あちらの工房長も忙しい方だから、中々時間が取れなくて」
「わかりました」
どうやら、遂に私の職場も決まるようだ。
城からの帰路で、外観を確認しよう。




