22. 騒動の後で
治安隊が簡易詰所として利用している倉庫は、それなりの広さはあったが、とにかく人が多かった。治安隊の兵士達はもちろん、救護所に入りきらなかったのだろう怪我の治療を受けてる人々もいる。それらの人々を横目に、奥の衝立の方へ案内された。
「失礼します。港の北側桟橋に出現した妖魔の討伐者達を連れてきました」
「わかった。入ってくれ」
「失礼します」
衝立の中に入ると、中にはいくつかの木箱と卓が置かれていた。木箱の一つに兵士ではなく武官の格好をした男性が座っていた。治安隊の上層部の人間だろう。
「ご協力に感謝します。私は……」
こちらを向いた彼の言葉が止まる。私達も、こちらを向いた顔には見覚えがあった。初めてこの領地に来た時に、門の兵士に呼ばれて応援の来た武官だ。確かに、治安隊所属だと名乗っていた。
「君達は、確か漣夜様の……」
「はい。お久しぶりです、中佐殿。先だってはお世話になりました」
私達の挨拶に、ここまで私達を連れて来た男性が驚いている。
「お知り合いでしたか」
「いや、正式に挨拶するのは初めてだ。改めまして、私は七位上治安隊中佐の優偲と申します。あなた方のお名前を伺っても?」
中佐、優偲が、敬語で話しかけてきた。これは、漣夜と一緒にいたことで、私達が貴族家の出身だとでも思われている気がする。
「ご丁寧にありがとうございます。私は皓理、こちらは明黎と若菜です。私達は単なる平民ですので、普通に話して下さい」
「それは…………いや、そうか。では普通に話させてもらう」
「はい。よろしくお願いします」
そこからは、特に前置きもなく、普通に経緯の説明や妖魔に関する情報提供に終始した。途中、話に出た五作達にも話を聞くように手配していたので、情報の裏取りもしっかりと行っているようだ。
「…………なるほど。本当に、かなり尽力してくれたのだな。領民を守る者として、心から礼を言う。ありがとう」
そう言って、優偲はわざわざ立って頭を下げる。私達の生まれを勘違いしている可能性があるとはいえ、律儀な人だ。
「いえ。出来る範囲の事をしたに過ぎませんから」
「謙遜はしなくてもいい。君達が港にいなければ、かなりの死者が出ることになっただろう。本当に感謝している。本来なら、何らかの報奨が出る働きではあるのだが…………規定上、妖魔との遭遇戦は、逃げても罪では無い代わりに報酬も出ない原則でな。今回の混乱ぶりからして、後回しにされる可能性もある。私からも上に報告を上げるつもりだが…………」
憂鬱気にため息を吐く姿に、なんとなく苦労人の気配を察する。真面目で優秀なせいで、仕事を押し付けられているのかもしれない。
「報奨とかについては、気にしなくていいですよ。私達もこの領地の領民になった以上、出来る範囲のことをすると、漣夜様にも約束しましたし。もちろんあれば助かりますが、素材を手に入れられるなら冒険者活動の範囲内です」
「そう言ってもらえるなら、正直助かる。八帯蛇に素材についても、ある程度は君達に渡せるよう手配するよ」
素材については、後日自宅に運んでもらえるように念書を作ってもらう。それを手にして、辞去の挨拶をした後、ふと思いたって、ひと言付け足す。
「この領地の人達は、妖魔を知らさ過ぎる気がします。せめて、逃げることくらいは出来ないと、危ないかと」
「……そうだな。忠告に感謝する」
◇
港での騒動の翌日、今日は朝日が登ってから目が覚めた。流石に疲れていたようだ。
明黎は既に起きていて、水汲みを終えたらしい。哲金のこともいつもの時間に起こしてくれたようで、既に商業組合へと向かったそうだ。若菜はまだ寝ていたので、しばらくそのまま寝かせておくことにする。
最低限の身支度を整えた後、洗濯物を抱えて明黎と一緒に井戸に向かう。昨日の諸々で汚れた布類が、結構たくさんある。
「あっ、皓理ねーちゃん出てきた! かーちゃーん」
「かーちゃーん」
勝手口を出てすぐに、太介の大声が響く。弟の仁介も一緒だ。何やら、待ち構えられていたらしい。
「太介、仁介、おはよう。何か用事?」
「おはよ。なんか、かーちゃんがお礼言わなきゃって言ってた。ねーちゃん達、とーちゃんを助けてくれたんだろ? ありがとな」
「ありがとー」
「……どういたしまして」
素朴な感謝の言葉を聞いて、何故だか胸が詰まった。
当たり前のことだけど、五作は太介達の父親で、小夏の夫なのだ。知っていたけれど、二人にお礼を言われて、初めて実感を得た気がする。
(……助けられて、良かったな)
素直に、そう思う。
思えば、昨日は疲労のせいか、随分と気持ちが荒れていたようだ。
「皓理ちゃん! 無事かい?!」
小夏が隣の家から飛び出してきた。何故か慌てている。
「おはようございます、小夏さん。私は特になんともありませんよ」
「本当かい? うちの人達を逃すために、妖魔に一人で向かって行ったって聞いて、気が気じゃなかったんだよ。ありがとうね。本当に、怪我は無いのかい?」
「はい。少し腕を切りましたが、もう治りました」
そう言って、袖をまくって見せる。回復薬を使ったので、もう跡も残っていない。
「治ったって…………霊薬、かい?」
「ええ。私は錬成術師ですから」
「はあぁぁ……凄い物なんだねぇ。普通に生活してたら、そうそう縁のある物じゃないから、知らなかったよ」
感心してくれているのは嬉しいが、やはりちょっと危機意識が低い気はする。
「ねーちゃん、怪我したのか? 霊薬ってなんだ?」
「いたい?」
「うん。怪我は治ったよ。霊薬は、大人になったら使える、すごい薬、かな?」
「へえ。かくせーしたら出来る、ってやつ?」
「そんな感じかな」
霊力が活性化していない未成年のうちは、霊薬も使うことが出来ない。だから、子供の怪我や病気は、大人よりもよほど深刻だ。
「怪我といえば、五作さんの方は平気ですか?」
「皓理ちゃん達のおかげで、ピンピンしてるよ。昨日の後始末が大変だって、いつもより早く仕事に行ったくらいで。昔使ってた剣まで引っ張り出してさ。そうそう、うちの人も直接お礼を言いたいって言ってたから、夕方にそっちに行ってもいいかい?」
「それは、構いませんが……お仕事に、行かれたんですね」
最低限の武装はしていったようだが、昨日あんなことがあった現場だけに、少々心配ではある。
治安隊がある程度は手を打っているだろうが、結界内に複数の妖魔が出現するのは異常事態だ。五作が危険な目に遭わなければいいが。
「あっ、声がすると思ったら、皓理ちゃん達じゃない。ねえ、昨日、港で妖魔の襲撃に巻き込まれたって本当なの?」
小夏と話す声に気付いて、裏の長屋から噂好きの女性が顔を出した。こちらに駆け寄ってきて、大声で話し掛けられる。
「ええと、まあ、本当です」
「やだ! 本当なの? 妖魔ってどういうのが出たのかしら? 怪我人がどれくらいいたかは知ってる? 港は大丈夫なの?」
こちらが答える間もなく、怒涛の勢いで質問が重ねられる。彼女と話すのは、ちょっと苦手だ。
「あの、原因がはっきり判るまで、あまり詳細を話さないように治安隊から指示されているので、すみません」
「ええ? なんで? 知らなかったら困るじゃない! まったく、治安隊は領地を守るのが仕事のはずでしょ! 何をやってるんだか!」
いや、うーん。
それを私に言われても困るし、たぶん治安隊も困ると思う。
「ちょっと、落ち着きなさいよ。皓理ちゃんが困ってるじゃない」
「そりゃ、あんたのところは旦那から色々聞いてるんだろうけどさ、アタシは全然知らないんだから、しょうがないじゃない」
「だから、あんまり話しちゃいけないって、今皓理ちゃんが言ってたでしょ。あんたに話したら、周りに言いふらすじゃない」
「それの何が悪いのよ」
小夏が庇ってくれるが、今度はそちらで口論が始まりそうだ。
「あの、小夏さんは、お店に戻らないといけないのでは? 私達も、洗濯があるので……」
「やだっ! その服、血塗れじゃない! どうしたの?」
盥の中を除き込まれて、一歩後退する。これはちょっと許容出来ない。
「やめて下さい」
「あら、なんで?」
「私は汚れ物を他人に見られたくありません」
「そう? アタシは別に……」
明確に拒否してのに迫ってくる姿勢に、私と明黎の神経が尖る。更に強く拒絶しようと口を開く直前、下の方から声が上がった。
「おばちゃん、やめなよ。ひとが嫌って言ってること、やっちゃいけねーだろ。」
裏表の無い太介の声に、流石に二の句が告げないのか、女性がまごつく。私自身も攻撃的になっていた意識が落ち着いた。
「太介の言う通りだね。ほら、帰った帰った」
小夏のその一声で、噂好きの女性はしぶしぶ自宅へと帰っていき、小夏自身の店番へと戻った。太介と仁介も隣の区画の子供達と遊ぶと言って走っていった。もしかすると、気を使ってくれたのかもしれない。
「太介はいい子だね」
「……お前が言うなら、そうかもな」
二人で手分けして、血やら泥やらで汚れた服や布を洗っていく。≪浄化≫効果のある石鹸を使っているから、ある程度は綺麗になるけど、私が昨日着ていた小袖は、片袖が血染めになっていた上に大きく裂けている。童魚亀の鉤爪で切られた部分だ。
私達の服は、霊草の維竹からとれる繊維で作ったので、見た目より丈夫だ。簡易の防具も兼ねていたのだけれど、この小袖の完全修復はちょっと難しいかもしれない。
とりあえず、可能な限り汚れを落として、これ以上破れないように二人がかりで丁寧に干していく。
洗濯が終わったら、若菜を起こして朝食兼昼食だ。とはいえ、季節柄、買い置きの食材もほとんど無い。なので、蕎麦を食べに行くことにした。
大通りに向かって歩いていると、ざわざわと落ち着かない空気が感じられる。道行く人達の話を聞くとはなしに聞いてみると、やはり昨日の港での一件が話題になっているようだ。
治安隊としては、ある程度の情報統制をしたかったようだが、人の口に戸は立てられない。治安維持の観点からすれば、あまり良くない雰囲気を感じつつ、大通りを抜けて広場に面している蕎麦屋へ入る。
「すみません、もり蕎麦を三つ」
「はいよ」
店員に注文を告げて、畳の空いている場所に座る。ここの蕎麦屋は小夏に教えてもらった店で、つけ汁が美味しいのだそうだ。
「お待たせしました」
店員がすぐに蕎麦を運んでくる。
不穏な噂で盛り上がっている客の声が聞こえてきたが、何はともあれ食事である。
「「「いただきます」」」
食前の挨拶の後は、黙って蕎麦を啜るのに終始する。外食なので、食べるのに慎重になっているのもあるけれど、単純に麺を啜りながら喋れないのもある。
黙々と食べ進めていくが、人に勧められるだけあってとても美味しい。小夏のおすすめ通り、つけ汁は、醤油と魚の出汁がほどよく混ざっていて複雑な旨みを感じるし、麺も、蕎麦粉以外に小麦粉が混ぜられているらしく、食感が良くて食べやすい。
「御ご馳走様でした」
食後の挨拶をして、お盆の上に箸を置く。明黎も若菜も私より先に食べ終わっていたので、料金を支払って店を出る。
広場は不穏な喧騒に満ちていた。店に入る前より、明らかに悪化している。耳をすませば、そこかしこで「御触書」という言葉が囁かれている。
「何か、城から通達があるみたいだね」
昨日の港での一件に関する内容だろうか?
だとすれば、随分と対応が早い。
次第に騒めきが大きくなり、中央地区の方から大きな木の板が運ばれてきた。おそらく、あれに通達内容が書いてあるのだろう。
「私達も見ていこうか」
明黎と若菜を誘い、人混みをすり抜けて、設置された木板の前へと向かう。
そこには、昨日の件と関係はあるけど、それ以上に重要な事が、内容に反して簡素に書かれていた。
『国王崩御。また、崩御に伴い領地の聖域結界の消失を確認。妖魔の侵入に注意すべし』
これにて2章は終わりです。
また、ストックが無くなったので、更新頻度が遅くなります。




