21. 討伐の後
童魚亀を倒したことが分かったのだろう、周囲から歓声が上がる。逃げ遅れた人達だとすると、随分と距離が近い。野次馬だろうか? 命の危機を感じた身からすれば、少々腹立たしい。
「近寄んじゃねぇ! …………妖魔に残った魔力で魂が汚染されるぞ」
その言葉に、近寄ってこようとしていた野次馬の足が止まる。残留魔力は、単に妖魔の死骸に近付いた程度で影響が出るものではないが、正直、今はあまり他人に近付いて欲しくない。明黎もそう考えて口にしてくれたのだろう。
口から安堵のため息がもれる。
とりあえず、童魚亀を倒したことで差し迫った危機は脱した。
念の為に周囲の安全を確認しようとするが、野次馬の声や気配が邪魔でよく分からない。若菜も周囲の様子に戸惑っているようで、くっついてくる。
よく見れば、明黎も若菜もあちこちに細かい傷だらけだ。他の妖魔を討伐してからすぐに駆け付けてくれたのだろう。
「明黎も、若菜も、来てくれてありがとう。二人が来てくれなかったら危なかったよ」
本当に。
特に、明黎があの瞬間に来てくれていなかったら、たぶん私は八割の確率で死んでいた。
感謝を込めて見上げた明黎に、鋭く睨まれる。よほど怒っているようで、口から歯を食い縛る音が聞こえた。
え? 怒ってる?
「オイ、皓理。お前、何で逃げなかった? あの妖魔と相性が悪いことぐらい、すぐに分かっただろうが。それとも、ここしばらくの弛んだ生活で、危機感まで忘れたか? そんなに刺激が足りねぇなら、毎日でも命を狙ってやろうか?」
「え。いや、その、逃げ遅れた人がいたから…………ええと、うん、はい。ごめんなさい。心配かけました」
この場に、毒で動きが鈍かった人達がいたことは明黎も知っている。その上で、ここまで怒っているのは、つまり心配してくれたということだろう。不謹慎だけど、ちょっと嬉しい。
チッッッ!! っと盛大な舌打ちをされる。どうやら、まだ怒りはとけないようだ。
「謝るくらいなら、行動を改めろ。逃げもせずに妖魔を見物する莫迦共のために命を懸けるな」
「うん。気を付ける」
素直に頷いたのに、疑わしげに睨まれる。でも、私だって他人を助けるために死ぬ気は無い。今回はたまたまだ。
「ところで、先に向かった方の妖魔はどうだったの?」
「………………チッ、あっちは八帯蛇だったな。外洋船の底に貼り付いて侵入してきたらしい。治安隊の兵士もいたから、たいして手間取ることもなかった」
どうやら、ちょうど止めを刺したあたりで、私からの通信を受け取ったようだ。
「で、あれは童魚亀とか言ってたか? 素材は?」
「書庫の資料には、甲羅って書いてたけど、くわしくは分からない。討伐証明部位も書いてなかったし、今から<解析術>を使ってみる」
そろそろ霊力も枯渇気味だけど、せっかくこれだけ苦労して倒したのだから、素材くらい確保したい。
私が童魚亀の素材化を行っている間、明黎と若菜は治癒膏を使って傷を治している。
童魚亀の素材は、資料通りに甲羅のようだ。意外にも、回復系というか、身体の強化に繋がるような効能を多く含んでいる。しかし、甲羅からどうやって成分を抽出すればいいのか、いまいち想像がつかない。別途調べる必要があるだろう。
「よし、素材化終わり」
遠巻きに周囲を囲む野次馬に聞こえないように呟く。しかし、素材化が終わっても、どうやって持って帰るのかが問題だ。一時的にどこかで預かってもらうか、台車でも借りるべきか。そういえば、鰾魚の素材を入れた木箱も桟橋に置きっぱなしだ。
それ以前に、野次馬に囲まれたこの状況をどう抜け出すかの方が問題だけど。そろそろ日も落ちるし、解散してくれないものだろうか。
「治安隊だ。通報を受けてきた。通してくれ」
野次馬に辟易していたら、人波が割れて治安隊の兵士達がやってきた。
「こちらにも妖魔が出ていたのか」
「あっ、本当にこっちにいた!」
話しながらこちらに向かってくる二名以外は、野次馬を解散させたり桟橋の方に調査に向かったりするようだ。
「失礼する。私は治安隊の者だが、この妖魔を倒したのは、あなた方三名で間違いないか?」
「あなたとあなたは、八帯蛇の方の討伐にも参加してましたよね? 何で急にこっちに来たんですか?」
質問するなら、二人で方針を統一してほしい。疲れているせいで、答えるのが少し億劫だ。
「はい、倒したのは私達三人で間違いありません。既に素材化まで終えているので、甲羅は素材として持ち帰りたいと思っています。あと、二人は私の救援のためにこちらに駆け付けてくれました」
代表して私が口を開くと、二人の視線がこちらを向く。年配の男性と若い女性の二人組だ。
「そうか。討伐の協力に感謝する。ついては、事情の聞き取りをしたいのだが、同行いただけないだろうか。なにぶん、この異常事態だ。少しでも情報が欲しい」
「そっちの二人にも、向こうで声かける予定だったのに、急に逃げるから大変だったんですよ」
……なんなのだろう、この女。
身勝手な言い分に、視線が冷たくなるのを感じる。
「二人は逃げたわけではありません。私の救援のために駆け付けてくれたと、今言いましたよね? 耳が悪くていらっしゃる? それとも、私が死んで、この周辺の人達が妖魔に襲われていても、貴女の話を聞く方が重要だとでも?」
ただでさえ、講習で疲労を感じていたのに、解毒の処置と強力な妖魔との戦闘が続き、更に野次馬に苛立ちを感じていた後で、この物言いだ。流石に怒りを隠せない。
「そんっ、なことは、言ってません」
「言いました。あなたは、挨拶も名乗りもせず、始終二人が離脱したことばかりしか口にしていません。挙句に逃亡扱いですか? 不愉快です」
「そんな、つもりじゃ……」
女性は怯んだように黙ってしまった。そんなつもりでないなら、どんなつもりだったと言うのだろう。
本当はもっと色々言い募ってやりたいが、治安隊相手に喧嘩を売るべきではない、という理性は辛うじて残っている。
「はぁ。それで、事情の聞き取りですか? それは、どこでどのように行うのですか? 時間はどれほどかかります? その間の素材の置き場所は? 同居人への連絡はどのようにすれば?」
女性ではなく、年配の男性の方に矢継ぎ早に質問する。いつもならばここまで神経質に気にすることは無いが、今の私達は武器防具の装備や霊薬を損耗した後だ。もうこれ以上の厄介事は遠慮したい。
「……部下が失礼をした。代わって謝罪しよう。聞き取りは、この先の倉庫を一時的に治安隊で借り受けているので、そこで行う予定だ。時間がどれほどかかるかは、私にも分からない。遅くなる場合には、こちらで連絡の人員を手配する。素材に関しては、私が責任を持って保管しよう」
「わかりました。今言ったことを守っていただけるならば、同行しましょう。保管して欲しい素材は、この妖魔の甲羅と桟橋にある鰾魚の鰓と浮き袋の入った木箱です」
謝罪に関しては、敢えて触れない。本人が明黎と若菜に謝らない限り、私は許す気にならないからだ。
だが、それはそれとして、治安隊の行動を妨害する気はない。領地の治安維持のための情報提供は、領民の義務だろう。
特に、今回は結界内に妖魔が出現するという異常事態だ。情報の収集と分析は、しっかりとやって欲しい。
「そうか。ありがとう。……潮凛、お前は副長に付いて、この場の安全確保にあたれ」
「……わかりました」
女性は落ち込んだ様子で去っていったが、結局謝るどころか、こちらを一瞥もしなかった。
「……すまないな。視野は狭いが、優秀な見習いなんだ」
「そうですか」
正直、どうでもいい。
私がそう思っているのが分かったのか、男性もそれ以上は何も言わず、件の倉庫まで案内してくれた。




