18. 港での救助活動
港へと帰港した。船から桟橋へ降りた瞬間、足元に違和感がある程度には、船の揺れに慣れていたらしい。
あと、自覚があまり無かったけど、腕が張っている。重い櫂の操作は、霊力で身体を強化していたとはいえ筋力の無い私にはかなりの負担になっていたようだ。少し手が震えている。
「うーん、これは、活力薬を飲むべきかなぁ?」
でも、後はもう家に帰るだけなので、少しもったいない気もする。
「迷うなら飲んでおけ。前にも言ったが、お前の大丈夫の基準はおかしいし、警戒命令の件もあるだろ」
「うん、そっか、そうだよね」
曲輪にいる時は、常に不測の事態に備えていたのに、最近は気が抜けていたのかもしれない。
桟橋から移動して、港の少し開けた場所で活力薬を飲んで体力の回復を待っていると、一度は解散を告げたはずの教官に声をかけられる。
「ああ、お前らまだいたな」
「教官。何かご用でしょうか?」
「ああ、ちょっと頼みがあってな。時間はあるか?」
「時間はありますが……頼み事とは?」
頼みを聞くのは構わないが、安請け合いも出来ない。
「いや、たいしたことじゃない。まだ意識の無い二人を港の救護所に運んで欲しいんだ。俺が連れていくつもりだったんだが、組合の方から急ぎの呼び出しがあってな。これがあれば、後は救護所の人間がやってくれるから」
そう言って、印章を捺した板を渡される。
鰾魚の攻撃で気を失って、帰港までに意識が戻らなかった人間の運搬のようだ。それぐらいなら問題無い。
「わかりました。その二人はまだ船ですか?」
「ああ。すまんが、よろしく頼む」
急いでいるらしい教官と別れ、船へと引き返す。運ぶ予定の二人は並べて板に乗せられていたので、ありがたくそのまま三人で板を持って救護所まで運んだ。
救護所は、港の大通りに面した建物だ。何人か専任の看護人がいて、港での傷病者に対応してくれるらしいが、何やら、随分混雑している。
「すみませーん」
「はいはい、ごめんなさい、ちょっと待ってくださいねー」
なんだか、えらく雑な返事が返ってきた。忙しそうだ。救護所で処置をしている看護人は、男女一人ずつ。今返事をしたのは、女性の方だが、こちらを見る余裕も無さそうだ。
「とりあえず、板ごと下そうか」
救護所といっても、内装は板間に筵を敷いたくらいだ。
運んできた彼らも、鼓膜が破れたりはしていないので、安静にしていればそのうち回復するだろう。草鞋だけ脱がせて、後は看護人の手が空くまで待機だ。
「それにしても、救護所が忙しいっていうのは、なかなか不穏だね」
「ここまでくれば、妖魔が活性化しているのは間違い無いだろうな」
教官の呼び出しというのも、おそらくはそのあたりに関係しているのだろう。
妖魔というものについては、判っていることの方が少ない。
雌雄の区別が無く、全てが卵生なこと。
人間を好んで襲うこと。
妖魔の持つ魔力が人間の魂を害すること。
あとは、護扇樹の香りを嫌い、聖域結界内に入ってこないことくらいだろうか。
これらの他は、生態も棲息範囲も出鱈目だ。
今回の活性化についても、せめて理由が判ればいいのだが。
「お待たせしました! どういった症状の患者さんですか?」
「鰾魚の音波攻撃による脳震盪です。二人とも鼓膜の損傷はありません。こちらの方は、転倒時に頭を打っていたので、念のために診てあげて下さい」
「えっ、あ、はい。説明、ありがとうございます。えっと、あなたがたは?」
指摘されて、名乗りもしていないことに思い当たる。治療をお願いする立場で、無礼な態度を取るわけにはいかない。
「失礼しました、私は皓理と申します。彼らと同じ講習を受けていた者です。冒険者組合の職員である教官から、彼らをここへ運ぶように頼まれました。こちら、教官から預かった物です」
印章の捺してある板を渡すと、看護人は納得したように頷く。
「冒険者組合の関係者の方でしたか。では、処置を終えた後はいつも通りに対応しますね」
「よろしくお願いします」
挨拶をして、救護所を出ようとしたところで、こちらに走って近付いて来る気配に気付いた。今出ると、下手をしたらぶつかりかねないので、逆に一歩下がる。
「すまん、急患だ! 北側の桟橋の方に来てくれないか!」
入って来たのは大柄な男性で、焦っているのか、救護所の様子が目に入っていないようだ。
「いや、無理ですよ。中にこれだけ患者がいるのに留守になんて出来ませんって」
「いや、しかし何人も飛針の毒で動けない奴らがいるんだよ。なんとかならないか?」
「だから、無理ですってば!」
目の前で押し問答が始まる。気にせず出て行ってもいいのだが、入ってきた男性が顔見知りだったので、助け舟を出すことにする。
「すみません、少しいいですか?」
「なんだ! 今忙しいんだよ!」
「飛針の毒でしたら、なるべく早く毒を排出させた方がいいと思います。とにかく水をたくさん飲ませて、汗や尿から少しでも毒素を出すよう指示を出して下さい。それから、良ければこれを。神経毒を緩和する霊薬です。数が無いので、砕いた物を水に混ぜて飲ませて下さい」
「お? あ、おう。すまん、助かる……って、あんた皓理か」
「はい、奇遇ですね。五作さん」
五作は、小夏の夫で太介と仁介の父、つまりはお隣さんだ。
「ちょうど良かった、皓理、あんた薬師なんだよな?」
「いえ、薬師ではない……」
「細かいことはいいから、とにかく一緒に来てくれ。知り合いが何人も動けないんだよ」
救護所に入って来た時もそうだったが、五作の顔には焦りの色が濃い。かなり症状が重篤な者がいるのかもしれない。
「分かりました。すぐに向かいましょう」
「恩に着る。ついて来てくれ」
「はい。明黎、若菜、行こう」
二人に無断で同行を決めてしまったが、特に反論もなくついて来てくれる。
五作の案内で着いたのは、北側の端の桟橋だった。桟橋の中程に繋いである船の側で、完全に横たわっている人が五名、辛そうに座り込んでいる人が六名いる。思ったより、数が多い。
「ごめん、明黎、若菜。二人の分の経善丸も使っていい?」
「ほら」
「はい、おねえちゃん」
倒れている人達に近付きながら、明黎と若菜から丸薬を受け取る。解毒薬は各種一つずつしか携帯していないので、今ある分はこの三つだけだ。
「待たせた! 俺の知り合いで、薬師……じゃないが、とにかく治療出来る奴を連れてきた!」
五作が紹介してくれるが、そんな説明では、不信感しか与えないだろう。
「失礼、錬成術師見習いの皓理と言います。飛針の毒を受けた方がいると聞いて処置の為に来ました。毒を受けてからの経過時間は分かりますか?」
「え、ああ。急いで帰港したとはいえ、四半刻以上はかかってると思う。一刻は経ってないはずだが」
「ではやはり、傷口を切開しても毒の排除は無理でしょうね。五作さん、動ける方を連れて、なるべく多く真水を運んできてもらえますか?」
「わかった。三人着いてこい。急ぐぞ!」
五作には、処置に必要な水を汲みに行ってもらい、横たわっている重症者の方へと向かう。まだ若干疑いの視線は感じるが、邪魔をされないなら問題無いだろう。
簡単に倒れている五人の容体を診る。四肢は動かないようだが、意識はある。これなら規定量に満たない量の解毒薬でもある程度改善が見込める。
すぐにでも薬を飲ませたいが、まだ水が無い。一日外にいたので、私達の水筒もほぼ空だ。
今出来る処置として、左側に身体を倒し、呼吸がしやすい体勢を整える。
「呼吸は苦しくないですか? はい、もう少しだけ待って下さいね。水が来たら、すぐに薬を飲ませますので、それまで辛抱して下さい」
五人全員の体勢を整え、次は座っている人達の症状の聞き取りだ。触れて診察するには、お互いの信頼度が足りていない。
「待たせた! とりあえず、持てる分だけ汲んできたぞ」
一通り質問が終わった頃に、五作達が戻ってきた。水の入った桶を一つ受け取り、経善丸を二つ砕いてかき混ぜる。
「明黎、水を飲ませるから、そちらの人の身体を支えてあげて」
明黎に手伝ってもらいながら、一番重症な人から解毒薬入りの水を飲ませていく。
「毒を緩和する霊薬が入っていますので、苦しかったり不味かったりしても、なるべく溢さずに飲み込んで下さい」
倒れていた五人に桶一杯分の解毒水を分けて飲ませていると、にわかに遠くから、津波のような怒声が聞こえた。
「逃げっ…………!」
「……で、妖魔…………!!」
「嘘…………おろち……!」
……妖魔が、出た?




