17. 海の妖魔
昼休憩を挟んで午後。今は、予定通り沖に出ている。
教官の口振りでは、妖魔との戦闘はあまり想定していないようだったが、既に二匹目の妖魔に遭遇している。
「ボオォベェエエエェェーー!!」
爆音にやられないように、耳を防衛強化していてもかなり煩い。音で攻撃してくる妖魔、鰾魚だ。帆が不穏にはためき、耳を押さえて倒れる者が出た。
銛を使って攻撃していた人の一人が倒れたので、慌てて落ちないように船の中心部へ引き摺っていく。銛の数が足りていないので、私と若菜は攻撃に参加していない。
「耳の防衛強化が出来ない奴は、船の中央に寄れ! 海に落ちたら食われるぞ!」
教官が声を張り上げているのは分かるが、半ば音を遮断しているので聞こえ辛い。おそらく倒れた者達の救助要請だと判断し、倒れている人達を一箇所に集めて帆柱に縄で縛り付ける。
「くそっ! 当たんねぇ!」
冒険者の一人が投げつけた銛を回収しながら悪態を吐く。
鰾魚は、攻撃してくる時しか水面に上がってこないから、そこを狙うという話だった。しかし、攻撃中というのは、あの爆音が響いている時ということなので、当然、投擲の威力や精度にも影響が出る。それを加味して当てるとなると、練習の時とは難易度がまるで違う。
でも、まあ、私は全く心配していない。
「ギビィエエェェー!!」
先程とは、質の違う音が上がる。たぶん悲鳴的なものだろう。
視線を転じて確認すれば、明黎が縄鏢の縄を手繰っている。おそらく命中させたのだろう。
倒れた人達の応急処置を終えて、明黎のところへ行くと、教官から褒められていた。
「凄いな。まさか、初めての遭遇で鰾魚を仕留めるとは思わなかった」
「いや、別に当てるだけ……なんで」
「その、当てるだけが、普通は難しいんだよ。よほど腕がいいんだな」
「…………」
教官はなかなか褒め上手なようだ。明黎が褒められているのを聞くと、顔が緩んでしまう。
二人は、明黎が倒した鰾魚を網で掬って引き上げている。今回は講習だし、倒した妖魔の素材の取り分はどうなるのかと思っていたが、明黎が受け取っていいみたいだ。
「海の妖魔は素材化した方が高く売れる場合が多い。よければ、素材化担当の錬成術師に紹介しようか?」
「いや、必要ない。皓理」
「うん。任せて」
引き上げられた鰾魚に<解析術>をかけ、次いで錬成陣を使って素材化する。
鰾魚の素材は鰓と浮き袋だ。鰓の片方は貫かれて駄目になっているが、それは仕方ない。
「驚いた。あんた、錬成術師か」
「はい。まだ資格はありませんが」
「いや、その若さで刻印持ちならたいしたもんだ。しっかし、そうなると、あの男はますます立場ないなぁ」
……どういう意味だろう。私が錬成術師だと、誰かが失脚するのだろうか?
「あの、どなたのことでしょう?」
「ん? ああ、あんたが船に乗る前に軽くあしらった男がいただろう。アイツだよ。あんたの専門は錬成術なんだろ? 専任冒険者でもない、若い女の子に絡んで返り討ちにあうなんて、恥晒しもいいトコだしな。これに懲りて、少しはマトモに腕を磨いてくれるといいんだが」
…………あの男か。どうでもいいから忘れてた。
「磨くのは、むしろ腕より品性かと。ああいう人がいるから、冒険者は子供達に嫌がられるのでは?」
「……耳が痛いな」
冒険者組合の職員としては、領地の人と距離があるのは、頭の痛い問題なのだろう。是非改善に向けて努力して欲しい。
話しながらも手と頭は動かしていたので、ほどなく素材化は終わった。棲息場所が厄介なだけで、そこまで強力な妖魔というわけではない。
「よし、終わり。残りの部分はどうしたらいいですか?」
素材を提供してもらった木箱に入れて、残った死骸の処理方法を聞く。
「このまま乗せていく。金にはならないが、霊木用の肥料の材料になるからな。荷物になるから捨てることもあるが、今回はもう帰港するからな。ついでだ」
教官の言葉に、つい空を見る。まだ日は高い。帰りの時間を考えても、あと半刻は余裕があると思うのだが。
「流石に失神者が出た状態で講習は続けられんからな」
教官に言われて、自分が帆柱に縛りつけた人達を見る。……四人か。
「気付薬なら足りますが」
「いや、帰港するって言ってるだろうが。無理に起こしたところで講習は続けないぞ。今日はやけに妖魔が多い。いつもなら、こんなに立て続けに遭遇したりはしないんだ」
ちなみに、最初に遭遇したのは飛針で、全員素直に板の影に隠れたので、怪我人はいないが、素材も獲れていない。
「そうですか。残念です」
「……あんた、思ったより脳筋だな」
久しぶりの評価に、思わず破顔してしまう。
「明黎、明黎。脳筋って言われた」
「なにを笑ってんだよ、お前は」
「いや、最近、儚げとかなんとか、全然似合わないこと言われてばっかりだったから」
「……俺は皓理より図太いくてイカれた奴を知らねぇ」
「言い方」
相変わらずの口振りだけど、そんな風に私を知っていてくれる明黎の側は、居心地がいい。




