16. 船での講習
「あれ、白髪のお嬢ちゃんじゃん。アンタもこの講習受けてたんだ?」
さっき質問をしていた冒険者だ。今まで寄って来なかったので、今日は絡まれずに済むのかと思っていたが、単にこちらに気付いていなかったらしい。
「いつもと違うカッコしてたから、気付かなかったぜ。なに? 今日はおめかしして行楽でちゅか?」
はあ。ひたすら面倒だが、今日はこれから同じ船に乗る以上、いつものように無視し続けるわけにもいかないだろう。
「私は、今日講習を受けに来ています。邪魔しないでください」
「え、なになに、今日は話してくれるカンジ? じゃあまず名前教えてくんない?」
邪魔をするなと言ったのに、何故前に回り込んでくるのか。不愉快さに顔を顰める。
「どけ」
隣を歩いていた明黎が一歩前に出て、迷惑冒険者を威圧する。
「ハ? そっちこそどいてくんない? アンタに用は無いんだけど?」
「私も貴方に用は有りません。移動の邪魔です。どいてください」
迷惑冒険者は、完全に私達の進行方向を邪魔する位置取りだ。別に避けるのも退けるのも難しくはないが、あまり騒ぎを起こすのは本意ではない。さっさとどいて欲しい。
「えー、じゃあ名前教えてよ。そしたらどいてあげる」
「はぁ……話になりませんね」
迷惑冒険者が、本当に迷惑だ。しかも、こんなところで立ち止まっているせいで、私達以外の後続の参加者も移動出来ずに困っている。
繰り返すが、騒ぎを起こすのは本意ではない。でも、流石に教官もこちらの様子に気付いたし、もうこれは、やっちゃっても許されるのでは。
「再度言いますが、移動の邪魔なので、どいてください。これ以上は、講習を妨害したとみなして、実力で排除します」
「アッハ! 実力で排除! いいじゃん、護衛の後ろから、何を……」
迷惑冒険者の言葉が終わる前に、明黎の後ろから身を低くして飛び出し、一瞬で距離を詰めると横合いから膝裏を蹴り飛ばす。
「えっ、わっ、ギャッ!」
体勢を崩したところで肩に一撃を入れ、尻餅をついた冒険者の腹を踏み、顔面に薬筒を突き付ける。
「次は刃物を使います」
「………………ハ?」
多少の殺気と共に、再度警告する。間抜けな声を返事と判断して、踏みつけた足をどけ、そのまま倒れ込んだ冒険者の横を通り過ぎる。
「明黎、若菜、行こう」
「うん。おねえちゃん、すごい」
「若菜の方が強いでしょ」
冒険者を放置して、三人で教官の所まで歩み寄れば、やや呆れ顔の教官から説明を求められる。
「あれは、どうしたんだ?」
「移動の邪魔だったので、どかしました。怪我はさせていません」
「あー……知り合いなのか?」
「いいえ。以前から一方的に絡まれて迷惑していたのは確かですが、顔すら今日初めて認識しました」
「……そうか。まあ、あまり面倒事を起こすなよ」
「はい。私もそう望んでいます」
全面的に同意したのに、教官からは微妙な顔をされた。
「ハァ……まあ、あの男も流石にこれで同じ船に乗るのは気まずいだろ。適当に言いくるめてくるから、少し待ってろ」
そう言って、教官は倒れたままの迷惑冒険者のところへ行き、何やら話しかけている。そこまで離れているわけでもないので、会話は全部聞こえているが、「卑怯」「不意打ち」という単語が聞こえた時点で興味が失せた。警告までしたのに、不意打ち扱いは意味がわからないし、そもそも妖魔と戦うのを生業にする冒険者が、卑怯だなんだと莫迦らしい。
教官もラチがあかないと思ったのか、最終的にぶん殴って放置していた。
…………え。それでいいの?
「待たせたな。講習を続けるぞ。あと、アレは俺が教官の立場だから出来る対処だから、お前らは真似するなよ」
冒険者組合の教官職員には、一部兵士と似たような権限があるらしい。殴られて目を回している冒険者のことも、周囲の漁師達が治安隊に連絡してくれるそうだ。これに懲りて、私に絡まなくなってくれればいいのだが。
◇
桟橋で銛の扱い方を教わり、諸々の注意事項を改めて聞いた後に乗船した。今回私達が乗る船は、大きな帆柱に一枚の大きな帆が張られた中型の船だ。操船の為の人員が既に待機していて、教官と挨拶を交わしていた。
挨拶が終わると、私達はまず場所の指定をされて座らされる。
「いいか、この船は基本的に帆で風を受けて走る。だが、それはこちらの人員が受け持つからお前達は考えなくてもいい。お前達がするのは、いざ妖魔が出た際の船足の補助だ。まずは櫂の扱い方を教える。後は、揺れる船上での移動の仕方、武器の扱い方か。船酔いについては、しばらくして気分が悪くなった奴がいたら教える」
では行くぞ、と、あっさりと船は出航する。一度ガクリと大きく揺れた後は、ゆっくりと港から遠ざかっているようだ。
「よし。じゃあ、左右それぞれ近い方の端にゆっくり寄れ。いきなり立ち上がると倒れるから注意しろよ」
教官の指示通り、若菜と右側に移動しようと腰を上げた瞬間、足元がグラついた。
「っ……!」
即座に体勢を整え直そうとするが、姿勢の制御が上手くいかない。
「なるほど……」
これは、教官が口を酸っぱくして注意するはずだ。まさか咄嗟に立つことも出来ないとは。
「若菜、大丈夫?」
「……おねえちゃん、たてない」
「うん、ちょっと待ってね」
若菜も上手く立てなかったようで、尻餅をついている。明黎は流石に転倒はしていないが、完全に立ててもいない。
これは、先にしっかり動き方を確認した方がいい。
まずは膝を付いて姿勢を安定させた後、そのまま教官や船員の動作を観察する。
(立つ時は足を広めに開いて、少し膝を曲げる。揺れに逆らわないようにしてるのかな。歩く時は歩幅が狭くて、少し前傾。足裏を意識してる……かな)
「えっと……こう」
頭の中で身体の動かし方を確認しながら、ゆっくりと中腰で立ち上がる。しばらく体勢を維持するのに集中して、力の入れ方を修正する。
「……うん、こんな感じかな。若菜、膝で揺れを吸収するつもりで、ゆっくり立ってみて。あまり力を入れて踏ん張ると逆効果だから、木の枝の上にいるような感じで」
「ん」
若菜は、私よりよほど運動神経が良いので、コツさえ掴めばさほど苦もなく立ち上がった。当然、明黎も既に問題無く歩いている。ただ明黎は今回左側だ。
「へぇ、今回の参加者は優秀だな。これなら午後は沖の方にも行けるかもな」
教官の声を後ろに、やっと船縁まで辿り着く。よく見ると、手摺りにいくつか櫂が斜めに取り付けてあった。どうやら、使わない時は海面に浸かないように収納しているようだ。
「じゃあ、櫂の使い方を説明するから、よく聞けよー」
教官の説明に従って櫂を海に下ろすが、かなり、重い。これは、予想よりかなりキツい講習になりそうだ。




