13. 近所の子供達
「はあ、あっつい……」
キリのいいところで一旦火鉢に炭を置き、汗が垂れないように頭に巻いていた手拭いを取る。
≪加熱≫の錬成具真夏に炭火を使って作業をしているのだから、当然、物凄く暑い。
土間にある水瓶から水を飲み、桶に手拭いを放り込む。
「明黎ー、ちょっと井戸に行ってくるねー」
二階に向けて声を掛け、勝手口から外に出る。外は外で、日差しが強くて、やっぱり暑い。
日差しのせいか、井戸の周りには珍しく大人の姿が無い。
いるのは、若菜と子供達だけだ。太介、仁介以外にも、五人ほどの子供達が集まって、板の上で巻貝で作った独楽を回して遊んでいる。
「よっし! オレの勝ち!」
「ぐうぅ、あと少しだったのに……」
「次はオレとやろうぜ!」
「ちょっ、じゃま!」
「あっ、ねぇ、この貝、こっちと交換してよ」
「え、やだよぉ。この模様お気に入りだもん」
「あれ、紐が切れた」
「えーん、にぃちゃんがぶったー。若菜ねーちゃーん」
「……いたい?」
「ぶってねぇ! おまえが自分からぶつかってきたんだろ!」
なかなか……賑やかだ。
炎天下でも、子供の元気は衰えないらしい。
生命力に満ち溢れた姿は、なんだか眩しく、若菜を自然に受け入れてくれているのもありがたい。
ただし、子供達も汗まみれだ。一度水分を補給させた方がいいだろう。
「おーい、ちょっと休憩して水飲まない?」
「あ、皓理ねーちゃん。お仕事終わったの?」
「うーん、休憩中かな」
こちらに気付いた太介が、一番に駆け寄ってくる。それにつられて他の子達もこちらへやってきた。
「ずっと外で遊んでいたなら、そろそろ喉が渇いてるでしょう? お水汲んであげるから、順番に飲みなさい」
「はーい」
井戸から水を汲んで柄杓を渡すと、やっぱり皆んな喉が渇いていたようで、先を争って飲んでいく。あっという間に一杯目が空になったので、二杯目は若菜が汲んでくれた。
「皓理ねーちゃん、若菜ねーちゃん、ありがとー」
「おねえちゃん達、ありがとう! おいしかった!」
飲み終わった子供達が、口々にお礼を言ってくれる。
「どういたしまして。本当は、汗をかいた時は塩分も摂った方がいいんだけど……」
流石に、塩を舐めさせるのはお行儀が悪い。しかし、このまま炎天下での遊びが続行されるなら、ちょっと体調が心配だ。
「うん、みんな、ちょっと待っててね」
勝手口から家に入り、昨日の夜に糠に漬けた胡瓜を一本取り出す。
胡瓜と小刀を持って井戸に戻ると、既に子供達は井戸の周りを走り回って遊んでいる。
桶に残った水で、さっと糠を流すと、若菜を呼んだ。
「ぱぱっとここで切っちゃうから、落とさないように受け止めてくれる?」
「わかった」
左手で胡瓜の端っこを掴み、右手で小刀を上下に走らせる。若菜の両手にパラパラと胡瓜の欠片が落ちていった。
「え? なに今の!」
「つかまえた!」
「それなにー?」
「どうしたの?」
胡瓜を切るところを見た子供の一人が反応して立ち止まり、軽くぶつかった子供達がひとかたまりになって寄ってくる。
「はい、これ、お漬物。みんな汗かいてるから、一枚ずつ食べてね。あと、楽しくても、時々は家に戻って水を飲むのを忘れないように」
やや説教めいた口調になってしまったが、子供達は生返事とともに若菜の手から胡瓜の漬物を持っていく。
「なぁ、皓理ねーちゃん。さっき、まな板使わずに切ってたよね? それ包丁?」
「うん、まあ、まな板出すほどの物でもないからね」
「あ、オレも見た。なんかすっげー早く動いてたよな? ねえちゃんって、冒険者なのか?」
一番年長の男の子が身を乗り出して問い掛けてくる。冒険者に興味があるのだろうか?
「うん、今はそうだね」
「えっ、ウソッ!」
今度は女の子が過剰に反応する。
「嘘じゃないよ。どうしてそう思ったの?」
「だ、だって、冒険者って野蛮人じゃない! いっつも武器持ってて危ないし、すぐ暴力振るうし!」
「はあ!? 失礼なこと言うな! 妖魔と戦ってんだから、冒険者が武器持ってんのは当たり前だろ!」
「ふんっ、何か妖魔よ! そんなの、結界の中にいたら関係ないじゃない! 自分からケガしに行って、バッカみたい!」
「なんだと!」
「なによ!」
「うん、ちょっと落ち着こうか」
男女に別れて言い合いが始まったかと思えば、瞬く間に肉弾戦の喧嘩になりかけている。
なんというか、感情の起伏が激し過ぎる。
二人の間に入って、とりあえず物理的に引き離す。
「はぁ……まずは二人ともに聞くけど、あなたたちのその主張は、自分が怪我を負ってでも、相手に怪我をさせてでも、認めさせなければならないものなの? もしそうだと言うなら、私は止めないから、思いっきりやりなさい」
「え? ……えっと」
「いや……べつに、ケガとか、そんなんじゃ……」
やれ、と言われた途端、二人は目に見えて怯んだ。
「怪我をする覚悟も、させる覚悟も無いのなら、安易に手を振り上げるのは止めなさい」
少々の圧を込めて見据えると、二人は小さい声で「……はい」と俯いた。
さて、子供達の喧嘩をひとまず止めてはみたものの、私自身、言い合いの最中に女の子が言っていたことが少し気になっている。
『冒険者は野蛮、暴力的、妖魔なんて関係ない』
おそらく、これが彼女と、その周囲の大人の認識なのだろう。
その主張に、妙な納得を覚えてしまう。
この領地は、かなり広く、安全だ。
今までの日常生活に妖魔との戦闘が根付いていた私でさえ、この領地についてからは、妖魔の襲撃をほとんど心配していない。
まして、この領地で生まれ育ったならば、妖魔の脅威など意識する機会も無いのだろう。
そして妖魔を脅威に感じないならば、その妖魔と望んで戦う冒険者を、暴力や危険を好む破落戸と大差なく認識することにもなる、と。
「……なるほどなぁ……」
この領地の多くの人間がそういう認識なのだとしたら、時々、冒険者について過剰反応していた人がいることにも納得がいく。
この領地での冒険者は、嫌われ者の類なのだ。
もちろん、人によって、違いはあるのだろう。
身近なところで言えば、小夏の夫、太介達の父親は元冒険者だし、目の前の男の子も冒険者に憧れるような言動だった。
こちらの反応の方が、私には馴染み易い。
曲輪から逃げ出してこの領地に着くまでの、三週間に満たない期間で立ち寄った比較的小規模な領地では、そういう、準兵士のような扱いだった。領地が狭い分、妖魔の脅威を認識する機会もあるのだろう。
ついでに、他領と交流するならば、嫌でも結界の外に出ざるをえない。整備された街道であっても、妖魔が皆無とは言えないのだから、護衛は必須だ。貴族ならば、護衛や武官に守ってもらえるだろうが、平民の頼る先は冒険者になる。
全員で領地に引き篭もるのでないならば、武力の担い手は必須なのだ。
しかし、そんな理屈を、安全に暮らしている十歳前後の子供に無理に理解させるのもどうだろう。別に私の認識が絶対に正しいというわけでもないし。
考えながらも、少し屈んで女の子と目を合わせる。近隣に住む大人とは一通り挨拶済みだけど、子供に関しては改めて紹介されていないので、お互いに名前も知らない。
「うーん、ねぇ、私は皓理って言うんだけど、あなたの名前を聞いてもいい?」
「え……その、初乃、だけど」
警戒しているわりに、すんなり名前を教えてくれる。
「初乃ちゃん、私は冒険者だし、今は小刀も持ってる。でも、貴女達に暴力を振るおうとは思って無い。それは分かってくれる?」
「それは、うん。わかってる……」
「うん。でも、貴女が、武器を持った大人を警戒すること自体は良い事だよ。自分の身を守るなら、職業に関わらず、危なそうな人には近付いかない方が良い。でも、だからこそ、危ない人かどうかは、しっかり観察して見定めないと。悪い人はどこにでもいるんだから」
未成年、未覚醒の子供は、大人に比べて非常に弱い。だからこそ、危険には近寄らないのが一番だ。この領地でなら、冒険者と関わらずに暮らすことも、そう難しくはない。
お互いに関わらないなら、多少の嫌悪感など、何の問題にもならない。なのでそこはいいのだが、何かの拍子にさっきのような発言を、悪意ある人間に聞かれたら、そちらの方が問題だ。
「えっと……はい」
「うん。あと、口に出す言葉にも注意した方が良いかな。自分が言われて嫌なことは、人にも言わない。ね?」
「うん……ごめん、なさい……」
えっ!? 泣いた?
初乃が俯いて涙を流し始めたので、慌てて胴乱から手拭いを引っ張りだして、顔に押し当てる。
「ご、ごめんね。説教臭かったかな? 怒ったつもりは無かったけど、怖かった?」
「ちがうの……ごめんなさい……」
初乃が何故泣いたのか分からず慌てていたら、それまで事態を傍観していた太介が割って入ってくれた。
「もー、初乃は気が強い割に泣き虫なんだよなー。今さら、皓理ねーちゃんの悪口言っちゃったって気付いたんだろ? 別にねーちゃん気にして無いと思うぜ、なぁ?」
「うん。私は別に」
というか、そもそも、あれは私に対する悪口では無いだろう。単に初乃の冒険者像を口にしただけだ。
「ううぅぅ〜〜」
「うんうん、初乃は美人で優しい皓理ねーちゃんに憧れてるから、嫌われたくないんだよな」
「うぐっ……」
あら。何か可愛い話が聞こえた気がする。
「なんだっけ。髪も肌も所作も綺麗だから、どこか大店のお嬢様かもとか、でも働き者で料理も上手いから貴族の隠し子で苦労したのかもとか、やっぱり貴族で一緒に住んでるにーちゃんのどっちかと駆け落ちしたのかもとか、色々言って盛り上がってたもんな。だから、冒険者だって言われてびっくりしたんだろ」
「なっ、ちがっ、やめ……」
「でも、ねーちゃん優しいし、大丈夫だよ。なあ、若菜ねーちゃん?」
「うん。おねえちゃん、やさしい。つよい」
「な。へいきへいき」
太介は笑いながら初乃の肩を叩いているが、勝手に内心を暴露された初乃は顔を真っ赤にして震えている。
「もうやだ! 太介のバカッ!」
言い捨てて、長屋の向こう側に走り去って行く。
励ましたつもりなのに罵倒された太介と、一緒いた大半の子供達もポカンとしているが、初乃の次に大きい女の子だけは、しらっとした眼で太介を見ている。
「太介もさぁ、その思ったこと全部口に出すの、気をつけなよ。本人の前で噂話バラすとか、気まずいに決まってるでしょ」
「え。でも、ほめ言葉じゃん」
「そういうことじゃないの。まったくもうっ。ホントに男の子って無神経なんだから」
そう言ってプリプリ怒る女の子には、井戸端に集まるおばさま方と似たような貫禄を感じる。精神的には、この子が一番大人なのかもしれない。
「それで、皓理さん。結局、あなた達は冒険者なんですか? わたしの知ってる冒険者とは全然違うんですけど」
「あ、オレもそれ聞きたい。にーちゃん達も、とーちゃんとは違う感じだし」
「オレも」「あたしも」と、子供達の声が次々と上がる。噂話が好きなのは、大人だけではないらしい。
これは下手に誤魔化すより、ある程度説明した方がいいだろう。元々、仕事に関しては隠す必要もない。
「うん、まず、私達の職業が何かと言えば、冒険者で間違いないよ。ただし、私は錬成術師、哲金……金髪の男の人の方ね、哲金は商人の資格を取るために勉強中。資格が取れたら職業が変わるの。若菜ともう一人、明黎は、冒険者を続けるけど……みんなは、若菜が怖い?」
「べっつにー? 若菜ねーちゃん、いつもぼーっとしてっし」
太介が、期待通りの反応をしてくれる。
「うん。つまり、冒険者にも色々いるのよ」
「ふーん?」
明らかに、よく分かっていない返事が返ってくるが、まあ、それで構わない。
「じゃあ、私は仕事に戻るから、みんなは水分補給しながら遊んでね。若菜、誰かが喉が渇いたって言ったら、水を汲んであげて」
「わかった」
さっき泣きながら走っていった初乃のことは気になるが、今私が訪ねて行っても気不味いだけだ。後で、親を通して差し入れでもして様子を見よう。
胡瓜の端っこを芥箱に捨てた後、子供達に手を振って、家に戻る。
さて、≪加熱≫の錬成具の焼き付けの続きである。これも出来れば今日中に終わらせてしまいたい。
暑さを堪えて作業に集中していると、不意に二階から明黎が下りてきた。
「明黎、休憩?」
「違う。荷物が来た」
明黎の返事を聞くとほぼ同時に、表玄関の方から台車の軋む音が聞こえてきた。
こんな街中の雑多な空気の中でも、明黎の気配察知能力は衰えないらしい。
「こんにちわー、荷物のお届けでーす」
「はーい」
二人連れ立って、荷物の受け取りに玄関へ向かう。
この道具を設置すれば、最低限の設備が揃う。
明日からは、本格的に動き出せそうだ。




