12. 加熱の錬成具
莉渚が道の向こうを曲がり、姿が見えなくなったのを見計らうように、隣家の店先から茜色の小さい頭がこちらを覗く。
小夏の息子の太介だ。
「皓理ねーちゃん、お客さん帰った?」
「今しがたお帰りになったよ。若菜と遊ぶ?」
「うん! おい仁介、若菜ねーちゃんと遊んでいいってよ!」
太介に呼ばれて、更に小さい子供が顔を出す。太介の弟で、まだ三歳の仁介だ。
「裏で貝独楽回そうぜ! 新しいヤツつくったんだ!」
「にーちゃん、まって」
「ほら、こっち。若菜ねーちゃんもはやく行くぞ!」
太介に手を引っ張られて、若菜も隣の店の方へ歩いていく。家の中を抜けて、井戸端の方へと抜けるつもりなのだろう。
若菜が一瞬こっちを振り返ったので、「二人が怪我をしないように見ていてあげて」と言うと、頷いて子供達に付いて行った。
今日は荷物が届くまで出掛けることも出来ないし、子守も立派な仕事だ。無邪気な子供達と遊ぶことは、若菜にとっても良いことだと思うので、持ちつ持たれつ、良い関係を築きたい。
「さて、と。昼までちょっと時間があるよね。兄さんと姉さんが家にいるなら、僕はちょっと出てきていい?」
「うん、大丈夫だよ。今日も市?」
「そう。あと二、三日以内に物価と相場を把握したいから」
「了解。気をつけて」
哲金は、ここ数日、時間の許す限り市や商店に出向いて、さまざまな品物の値段を調べている。商業組合で働くにあたって、最低限身につけなればならない知識だそうだ。
「じゃあ、私は昼まで≪加熱≫の錬成具を作る作業の続きをするけど、明黎はどうする?」
「俺も二階で棚を作る」
「わかった。じゃあ、荷物が届いたら呼んでいい?」
「ああ。音が聞こえたら行く」
作業台や棚といった大型の家具は、明黎が順次作ってくれている。
買うと高いし、自分達で素材を選んで作れば、後から私が≪効果≫を付与することも出来る。
今作っている≪加熱≫の錬成具が完成したら、台には≪浄化≫、棚には≪劣化防止≫を付与する予定だ。
錬成中に木屑などが混入すると大変なので、明黎と一緒に作業は出来ない。二階を私の工房にする案もあったのだが、実際に住んでみると、想像以上に階段が急すぎて、水を使う時に運ぶのが大変だった。
今は当初の予定通り、二階を寝床や貴重品や素材置き場に、一階は食事場所や私の作業場、そして表玄関側の部屋の一部を、植木鉢に植えた霊木草を育てるのに使っている。
人が来たら分かるように、表玄関は開けたまま、一階の奥の部屋で素材を広げる。
≪加熱≫の錬成具に必要なのは、炎鱗鷺の鱗・赤炎花の種の粉末が入った陶板・喰融貝の貝殻の粉末・虎顔鮫の鱗の粉末・骨蟷螂の骨粉・圻綱の蔦で作った炭だ。
曲輪では炭以外どれも手に入らなかった素材ばかりなのだが、交易都市の名前は伊達ではなく、全ての素材を見つけることが出来た。
炎鱗鷺は、首と頭に赤い鱗がある一つ目の鳥型の妖魔で、炎を吐く。獲物を燃やし尽くして、残った消し炭を食べるという変わった生態をしている。首の鱗は、霊力を通すと発熱する特性があるので、≪加熱≫の錬成具の主要素材だ。
赤炎花は、熱のある、日当たりの良い場所を好み、痩せた土地でもよく繁殖する霊草だ。ただし、揮発性の高い油を分泌して、周りを巻き込んで自ら燃えるという傍迷惑な生態をしている。種は耐火性があり、火災の後に発芽しやすい。
油は香料として使えば、さまざまな薬効があり、また種を粉にした物を混ぜた塗料や陶器は、耐火性に非常に優れる物になる。
今回手に入れた陶板は、既に≪耐熱≫の効果が付いた錬成具だ。陶器を作るのは、流石に錬成陣だけでは難しいので、手に入れられて助かった。
喰融貝は、黄味を帯びた半透明な貝殻の内側に、目玉の付いた黒い肉塊が蠢く妖魔だ。人を丸呑み出来るほどに大きいらしく、貝殻の中に取り込んだ獲物をゆっくり溶かして食べるのだそうだ。
危険度と外見の気持ち悪さから、海辺の領地では非常に嫌われている妖魔なのだが、貝殻はかなり広範囲で活用される素材だ。さまざまな特性を持つのに他の素材との融和性も高く、漆喰や硝子の材料として使われることもあるのだとか。
虎顔鮫は、虎の顔を持つ鮫に似た妖魔で、船を見つけると襲ってくる、船乗りの天敵らしい。口から勢いよく真水を放水し、船底や帆に穴を開ける事もあるというから、直撃すればただではすまないだろう。
背鰭と尾鰭の周囲に生えた鱗から獲れる塩を含んだ粉と、濾過膜になる鰓が素材化できる。今回買った鱗の粉は、調味料として売られていた。
骨蟷螂は、脚と頭部が剥き出しの骨で構成された二尺(60センチ)ほどの蟷螂の妖魔だ。動くもの全てに襲いかかるほどに好戦的で、なおかつ回復力も高い。この辺りの草地に棲息する中では、最も危険な妖魔なのだとか。鎌の骨粉は、主に肥料として使われるらしい。
今、私がしているのは、陶板の上に固定した炎鱗鷺の五枚の鱗を繋ぐ、熱と霊力を流す線を焼き付ける作業だ。
喰融貝と波虎の鱗の粉末と骨蟷螂の骨粉を混ぜて、練って、熱した圻綱の炭火で溶接している。錬成陣を併用しても、溶接の温度としてはギリギリだ。
常時錬成陣を展開するから、霊力の消費問題もあって、なかなか作業が長引いている。
窯か炉があれば、ちまちまと炭で焼き付けなくてもいいのだが、無いものは仕方がない。
それに、複雑な錬成陣操作を要求されるこの作業は、正直結構楽しい。作業中は、もの凄く暑いけど。
真夏の蒸し暑い空気の中で、火鉢で炭を起こし、火傷を防ぐための革手袋を付けて、汗対策に手拭いを頭に巻く。
線の焼き付けもあと四分の一ほどだ。気合いを入れて陶板に向き直った。




