↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
曙光を見出す  作者: 椿榎楸柊
ニ章 我が新しき住家なれ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
34/64

10. 暗い部屋で(明黎)

本日2回目の投稿です。

 横で寝ている皓理の息が深くなったのを聞いて、身を起こす。

 灯りの無い室内でも、暗殺者として訓練された俺には、周囲がはっきりと見てとれた。


 白い髪、白い肌。

 薄闇の中で、皓理だけが浮き上がるようだ。


(いや、名前通り、月のように輝いてるとでも言うべきか)


 では俺は、月に手を伸ばす愚か者か。


「ハッ」


 あまりにも、らしくない思考に、己を嘲笑(わら)い飛ばす。


 皓理は人間だ。ごく普通の。同時に特別な。そして、とびきりイカれてる、善良な人間。


(……どうして、お前はそう在(あ)れる)


 毒を食んで生きてきたくせに、食事を喜ぶ。殺しの技術を学びながら、当然のように人を助ける。暴力に心を折られることも無く、嘲罵(ちょうば)されても信じる心を失わない。


 そのくせ、自分の記憶をどうでもいいと言う。


(どこで生まれても、私は私、か……)


 それは、皓理の本音なのだろう。

 だが、現実として、記憶を失う前の皓理と今の皓理は、性格がかなり違う。


 皓理は覚えていなくとも、当然俺は、あの頃の皓理を覚えている。


◆


 皓理は、曲輪に連れて来られた当初から、一人だけ毛色の違う子供だった。

 同じ時期に集められた他の九人の子供は、俺も含めて、浮浪児や口減しで捨てられたヤツらで、似たり寄ったりの飢えた獣のようだった。

 そんな中でアイツは、ただ立っているだけでも品位というものを感じさせた。姿勢、動作、知識、教養、運動能力、果ては考え方まで、全てが違う特別な存在。

 それなのに、絶望と孤独を閉じ込めた、あの暗い瞳だけは俺達と同じだった。


 俺達が曲輪に連れて来られた時は、曲輪の設備を整え直している最中だったようで、毎朝毎晩、奴隷のように働かされた。食べる物は一日一度の芋粥だけ、作業が遅れれば殴られて、寝る時は板間の小部屋に閉じ込められる。

 そんな環境下で、皓理はなぜか、いつも他の子供の世話をしていた。当然、俺にも皓理の助けの手は伸ばされたわけだが、俺はその偽善的な行動が気に食わずに拒絶した。

 すると、どういう心境の変化があったのか、皓理は俺に付いて回るようになった。こちらを見下しているのかと邪険にしていたが、むしろ追い詰められた者の必死さで俺の役に立とうとする。まるで、そうでなければ存在を許されないとでも思っているようだった。


 結局、俺は皓理の助けを受け入れた。毒草園の整備をやらされたの時に、アイツの忠告が無ければ死んでいたかもしれないからだ。実際、子供の一人は毒で死に、更に二人が死にかけた。

 死人が出たことは大人達にも影響があったらしく、しばらくは比較的マシな待遇になった。


 常に隣にいるようになった皓理に、ふと思いついて、なぜ俺に付きまとうのか聞けば「初めて、生きろって言ってくれた人だから。私も貴方に生きて欲しい」とか言い出した。

 そんなことを言った覚えは無かったが、おそらく悪態か捨て台詞を都合良く解釈したのだろう。

 それでも、確かに。誰かに生きるのを望まれるのは、心を貫く喜びをもたらした。


 俺の名前も皓理が付けた。

 俺は親を知らない。物心ついた時には、塵(ゴミ)を漁って食い繋いでいた。当然、名前なんてものも持っていなかった。

 名前を聞かれて、吐き捨てるように好きに呼べと言えば、皓理はなぜか真剣な顔で考え出した。

 やがて告げられた『明黎』と言う名は、夜明けに由来するらしい。他にも色々と説明していたが、要は自分の名前と揃(そろ)いにしたと言うことだった。

 その時、俺も初めて皓理の名前を知った。

 と言っても、当時の俺は読み書きが出来なかったから、字に関しては説明を聞いただけだが。


 俺は人生で初めて、満たされるということを知った。

 幸せだった。自分以外を大事にしたいと思ったのも、初めてだった。

 全部、全部。皓理が与えてくれたものだ。

 命も、名前も、幸せも、愛も。

 だから、俺も、少しは返したいと思ったのだ。

 俺や周囲を大切に扱うくせに、自分のことを大切に出来ない皓理を、大切にしてやりたかった。


 『約束』を提案したのは、皓理の方だ。

 互いが互いを死ぬまで大事にする、という約束だ。

 正直に言えば、魂を懸ける、と聞いて驚いた。でも、それが皓理の望みなら、魂を懸けてもいいと思ったんだ。


 歌を知らない俺の手をとって「やくそくしましょう」と歌ったアイツの声を、ずっと覚えている。


 皓理は全部忘れてしまったけれど。


◆


 今思い出してみれば、あの頃の皓理は、魂を懸けた約束をしてすら、根本的に俺を信じていなかったのだと思う。

 今の皓理とは、明らかに瞳にうつる色が違う。

 もし、皓理が記憶を失っていなければ、もっと猜疑心(さいぎしん)の強い性格になっていたと思う。


 俺を見る、皓理の警戒心の無い、あの瞳を愛しく思う。


 けど、俺と魂を懸けて約束した、あの皓理は何処(どこ)へいった?

 それとも、あの約束も『どうでもいい』から忘れたのか。

 魂を懸けるといった言葉は嘘か。

 …………俺のことも『どうでもいい』のか。


「っ…………」


 言葉にならない激情があふれて、身体を食い破って出て行こうとする。


 手を伸ばし、無防備に晒された皓理の首に手を添える。

 急所に触れられても、皓理は起きない。無意識下で、俺が危害を加えないと判断しているのだろう。

 手の下で、血管が脈打っているのを感じる。細い首だ。このまま力を入れれば、一瞬で、首の骨が折れて死ぬだろう。


 皓理が死ぬ。

 それは、この世の何よりも恐ろしいことだ。


「……俺は、死ぬまでずっと、皓理を大事にする」


 それが二人でした『約束』だ。俺から約束を破ることは無い。


「……皓理も、約束を破るなよ」


 皓理は、記憶を失っている。だから、約束そのものを、覚えていない。破るな、と言われたところで意味がわからないだろう。


 仕方のないことだと知っている。

 皓理が自分の意志で忘れたのではなく、覚醒式で死にかけた後遺症だ。

 知っている。分かっている。

 皓理は何も悪くない。悪いのは、約束を建前にして、皓理に執着している俺だ。

 俺が悪い。知っている。


(……でも、約束しただろう? 魂を懸けて、俺を大事にすると)


「……嘘を吐いたら、報いがあるぞ」


 童歌の手遊び通りに、首に添えた手を動かして、頭と唇と心臓に触れていく。

 最後に額同士をそっと合わせて、目を閉じる。


 もしも、皓理が約束を破って俺を捨てるなら。


 その時、俺は皓理を殺すだろう。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。