7. 下見
「お初にお目にかかります。領城所属、十四位上女中の莉渚と申します。この度、皆さまの案内を仰せつかりました」
今回案内を担当してくれるのは、若い女性だ。先日戸籍を取得した時の人とは違って、初対面で名乗ってくれる。
これは、こちらを立てる態度をとってくれているという意味だ。ただし、この彼女も、この年で位階持ちならば、貴族家の出身だろう。
「ご丁寧にありがとうございます、莉渚様。私は皓理、共にいるのは、明黎、哲金、若菜と申します。この度はよろしくお願い申し上げます」
相手が女性なので、代表の挨拶は私が担当する。
作法通りにすっと顔を下げるが、やや慌てた声で「顔を上げて下さいっ」と許可が出る。
「皓理さん達は、城の正式なお客様なのですから、どうか私には普通に接して下さい。母からも、くれぐれも失礼のないように言われておりますし」
「お母様、ですか? もしかして、沙扶様の御息女でいらっしゃる?」
「はい。若輩者ですが、母に代わり、皆さまのお世話をさせていただきます」
どうやら、紬綺のところに戻った沙扶は、自分の娘を私達に付けてくれたらしい。
彼女の言葉に甘えて、不慣れな礼儀作法が多少崩れても許してもらえるように頼むと、あっさり快諾された上に、自分もまだ仕事に慣れていないので、不手際があっても許して欲しい、と返される。沙扶の娘だけあって、実に如才ない。
「早速ですが、こちらが預かってきた、家の候補の書類です。ご覧になりますか?」
そう言って、莉渚は数枚の紙を差し出してくれる。
有り難く受け取り、四人で回し読む。
候補は全部で五つあるようで、三つは領地の南側の商業区の中、一つは西側の門に近い場所、最後の一つが北側の冒険者組合の近くのようだ。
「皆さまのご希望を鑑みて、富裕層の住宅地は除外し、かつ長屋の一室ではなく独立した家を選んでいるそうです。南側の一つは元絵師の家、北側は元冒険者の家、それ以外は商店兼用の住居ですね。どちらからご案内いたしましょう?」
「そうですね……」
簡単に書類を読んだ限り、一番大通りに近いのは西側の家だが、その分狭い。北側の家は、やや広いものの、鍵をかける設備が無いらしい。長屋は基本的に鍵が無いという話だから、似たような造りなのだろう。南側の三軒は、似たような二階建の間取りだが、元絵師の家が少しだけ広い。
「そうですね、私は南側の元絵師の家から見てみたいです。皆んなはどこが気になる?」
「俺はどこからでもいいが、北は見に行かなくてもいい。鍵が無い家になんぞ、住む気は無い」
「僕は一応北も見てみたいです。鍵の後付けが可能かもしれないし。でもまあ、まずは南側からお願いします。商業区が近いなら、ついでに寝具なんかの生活必需品の値段も確認出来ますし」
「若菜も南側からでいい?」
「うん」
「では、南側の元絵師の家からご案内しますね。すぐに出発しても構いませんか?」
莉渚の言葉に「はい」と返し、そのまま立ち上がる。
もともと暇潰しは得意じゃない。やることが決まっているなら、さっさと動く方が気が楽だ。
◇
「こちらが、元絵師の家ですね」
冒険者組合に行った時よりはマシなものの、やはり曲がり角の多い道を抜けて、商業区にある最初の家を見に来た。
外観に際立った特徴は無い、漆喰の二階建てで、比較的長方形に近い区画の角に建っている。
隣の家は、紙や墨を売っている小売店で、裏側は長屋、道を挟んだ向かいは、布を売っている店だろうか? 何やら布と箱が積み上げてある。
「鍵を開けますね」
莉渚が取手付きの大きな鉤を取り出して、扉の穴に差し込んで捻り、その上で引き戸を開けた。
「それが鍵なんですか?」
鍵、というか鉤にしか見えない。先端がまがった金属の棒だ。
「はい。枢鉤を見るのは初めてですか? この鉤で中の落とし木を持ち上げて、扉を開けるんですよ」
私の知る鍵とはずいぶん形が違うが、実演してもらった仕組みは合理的なものだ。下向きにかかる閂のような物が、扉を固定している。
強度はやや心許ないものの、侵入に対する備えとしては、とりあえず充分だろう。
家は、間口が狭く、奥に向かって長い造りになっていた。扉を入ってすぐは狭い土間、その奥に八畳ほどの板間が二部屋あって、その更に奥に土間と階段がある。奥側の土間には竈があるので、ここが厨なのだろう。
段差が急な階段を上った二階は、仕切りの無い大部屋があるだけだ。広さは十二畳くらいか。一箇所だけ窓がついている。
「出入り口は、玄関と勝手口の二箇所ですが、勝手口の方は外からの施錠が出来ません。内側の閂で戸締りをお願いします。井戸と厠と芥溜は区画一帯で共用ですので、勝手口の方から出てご利用下さい」
莉渚から聞く注意事項は、この都市の住宅ではだいたい共通しているものだ。
ちなみに風呂は『銭湯』というものがあるらしいが、今のところ私達が使用する予定は無い。身体の汚れは、大きめの盥と≪浄化≫作用のある石鹸で何とかするつもりだ。
壁や床の痛みなどをざっと確認する。前の住人の残り香なのか、少し膠の匂いがするのが気になる程度で、特別な難は無い。
「まぁ、悪くはねぇな」
「うん。いいと思う」
この構造なら、一階を作業場兼食事場所、二階を寝床や荷物置き場にする形になるだろう。
なんとなく、曲輪で使っていた櫓を思い出す。
「僕も悪くないと思うけど、まあ、決めるのは全部見てからね」
「はい。ではこちらは一度施錠して、次の家をご案内しますね」
哲金の言葉で最初の家の見学を終え、莉渚に次の家へと案内される。
二軒目は、先程の家と比較的近い場所にあり、区画は三角州のような形で区切られていた。両隣はそれぞれ野菜と魚を扱う店で、裏はやはり長屋になる。こちらも特に難は無いが、部屋の大きさがそれぞれ二畳ずつ狭い。
「悪くはないけど、さっきの家と比べるなら、あっちの方がいいね」
立地と構造が変わらないならば、少しでも広い方がいい。明黎と哲金も同じ意見のようだし、若菜は首を傾げるばかりだ。
「では、三軒目に参りましょう」
三軒目は、かなり中央区画に近いあたりに建っていた。中央地区は、城や貴族の邸宅がある地区だ。そのため、通りに面した店の規模も、比較的富裕層向けの大店が多くなっている。
ちょうどいいからと布団や錬成器具などの値段を見ながら移動し、呉服屋と両替屋に挟まれた建物へと足を運ぶ。
ここは商業組合ともわりと近い場所らしくて、立地はかなり良い。
中に入って確認した家は、間取りは前二つとほぼ同じだが、二階の内装の痛みが激しかった。何かを引き摺った跡があちこちに残っている。もしここに住むなら床には畳を敷くべきだろう。
「畳って、かなり高かったよね? 二階全体に敷くなら相当出費を覚悟しないと」
「いや、とりあえず候補としては三番手でしょ。次に行こう次」
四番目の家は、西側の大通りのすぐ裏手にあった。確かにここは都市の外へも内部の各所にも移動がしやすいだろうし、道に迷うことも無さそうだ。ただ、かなり狭い。一階は土間と八畳の部屋が一つしかなく、二階も六畳程度だ。
私達は広さだけはある建物に住んでいたので、ここまで狭いと、やはり戸惑う。最初に見た家の半分の広さだ。
「狭いな」
「うん。錬成の作業場所が取れない気がする」
「立地はいいんだけどねえ」
最後は、北側の元冒険者の家だ。この家も区画の角にあり、一階は土間と十畳の二部屋、二階は八畳の二部屋だ。他の家より大きいけれど、事前情報通り、鍵が無い。
「あの、鍵どころか内側の閂すら無いんですが……」
「はい。鍵が煩わしいと、扉そのものを取り替えられたそうで……」
哲金がやや困惑した顔で言うのに、莉渚が苦笑して答える。
なんでも、前の住人はこの都市を拠点とする名の知れた冒険者で、「鍵をかけて閉じ籠るなどという臆病なマネはしない」と豪語していたのだとか。
まあ、それは極端な例だろうが、裏通りの長屋などは鍵の無い家がほとんどだと聞くし、この都市は基本的に治安が良いのだろう。
住民同士の工夫もさることながら、治安隊がさまざまな対策をしているのだと聞かされた。
「とはいえ、内鍵すら無いというのも不用心でしょう。こちらに住まれるのでしたら、鍵の取り付けが必要ですね」
確かに、見た限り鍵の設置以外の難は無い。
だが、玄関と勝手口、両方の鍵を取り付けてまでここに住みたいか、と言われると疑問ではある。
「鍵の手間もあるけど、この辺りは道が複雑だし、姉さんは迷うんじゃない?」
「う、ん、まぁ……慣れる、までは、多少時間がかかるかな」
名指しで、迷い子になる未来を予測される。
非常に心外だし、認めたくは無いが、ここから自力で城に帰れと言われても無理だという自覚は、ある。
「なら、最初に見た家でいいだろ。ここの次に広いし、あっちの方が道がわかりやすい」
「ま、そうだね。立地的にも、あっちの方がいいだろうし。元々絵師が住んでたんなら、多少薬品臭がしても文句が出にくいでしょ」
明黎、哲金は最初に見た家が一番いいと判断したようだし、私も賛成だ。
後は若菜の意見だが、
「若菜はどう思う? どこに住みたい?」
「…………」
「若菜?」
よく見れば、若菜の顔色が随分と青白いのに気付く。
見知らぬ人間の多い場所を巡ったせいか、かなり萎縮して俯いて震えてしまっていた。
……これから暮らす場所をまったく知らない方が良くないと思って一緒に連れてきたけれど、思った以上に顔色が悪い。
その顔を見て、私自身の顔もすっと血の気が引いていく。
明黎と哲金も、若菜の様子に気付いたのだろう、一瞬沈黙が落ちる。
(……反省は後回しだ。今はまず、若菜を落ち着かせないと)
俯いた若菜の頭に、ぽすりと手を乗せ、ゆっくりと頭を撫でる。しばらくそれを繰り返していると、やがて若菜の顔が上がって、視線があった。
「気付かなくてごめんね、若菜」
「……だいじょぶ、おねえちゃん」
しっかりと若菜が落ち着いたのを確認して、少し離れた所で待ってくれていた莉渚の方へ顔を負ける。
「……すみません、一度四人でゆっくり話し合っても構いませんか?」
「ええ、もちろん。では、一度城へ戻りましょう。差し支え無ければ、夕食後にお部屋にお伺いさせていただきます」
「はい。よろしくお願いします」
若菜と手を繋ぎ、滞在中の、城の部屋へと戻る。
莉渚は、職務上、一旦部屋まで着いてきたが、こちらの要望を察して早々に退室してくれた。
改めて若菜に向き直るが、やはり顔色が良くない。その頬に手を当て、ゆっくりと目を合わせる。
「……若菜。交易都市に住むのは、無理そうかな……?」
「おねえちゃん……?」
……単純に、現在の若菜の心理状態だけを勘案するのならば、おそらくどこかの田舎の村でゆっくり過ごすのが一番いいのだろう。
しかし、そういう場所では私や哲金の資格を取ることは難しい。私達の資格が有るのと無いのでは、収入も社会的な信用度も違ってくる。そこをしっかり押さえた方が、最終的には若菜の薬のための研究時間や素材の確保に繋がるだろうと考えていた。
しかし、若菜の様子を見て、どうしても無理なようなら、一時的にでも引っ越すべきだろう。
ただ、その場合は現在の公爵家との縁は全て手放すことになる。
正直に言えば、若菜に頑張ってこの都市に馴染んで欲しいというのも、偽らざる本音だ。
漣夜や梛津、紬綺といった公爵家の面々には、お世話になっているし、戸籍取得の恩義もある。
だが、私にとっては彼らへの恩返しよりも、若菜の優先順位の方が遥かに高い。
「若菜が、人が沢山いる場所がどうしても嫌だと思うなら、近くの他の領地に移動してもいい。多少難しくはあるけど、なんとかなるよ」
幸い、錬成術師の資格が無くても渡せる品にもある程度の価値を認めてもらえた。この都市に滞在するという契約を反故にすることになるが、茶葉の元である常葉木の栽培のためなどと理由をつければ、なんとか納得してもらえるだろう。
「だから、ここで暮らすのが無理なら、怖いなら、そう言っていいんだよ」
「……そうそう。なんなら、しばらく二手に別れて暮らしてもいいし」
私と哲金の言葉に、若菜の瞳が揺れる。
「……おい、若菜。お前がデカい男に怯えてんのは、見て分かる。だが、いつまであんな雑魚共に怯えるつもりだ? 怖がるな。さっさと慣れろ。それが出来ないなら耐えろ。それすら出来ねぇなら、先に言え。後からお前がおかしくなる方が迷惑だ」
明黎も言葉こそ厳しいが、若菜が傷付くことは望んでいない。ずっと一緒にいた、大切な家族なのだ。
(もう、若菜に、傷付いて欲しくない)
傷付けたくない。守りたい。癒したい。
なのに、いつも無理をさせてばかりだ。
今日もずっと新しい家に夢中で、若菜の不調に気付けなかった。
…………情け無い。
「若菜、若菜…………」
「……おねえちゃん」
若菜をぎゅうっと抱きしめて、唇を噛み締める。
……感情を抑えろ。私の感傷なんて、無意味なものだ。
力が無いなら、知識が無いなら、技術が無いなら、己の無力を悔やむなら。なおのことそれらを補う努力しなくてはならない。
でもそれが、若菜のためにならないのならば、何の意味も無い。
「若菜、どうしたい? 交易都市は嫌?」
抱きしめたまま、再度問い掛ける。腕の中の身体が少し強張るが、細い声で答えが返る。
「……いやじゃない」
「若菜……」
無理はしなくていい、と言いかけた言葉に被せるように明黎の声が飛ぶ。
「本当に、耐えれんのか」
誤魔化しを許さない鋭い眼が若菜を貫く。
「がんばる」
「家のすぐ外を知らん男が彷徨いてるんだぞ。それが毎日だ」
「……へいき」
「どうだかな。皓理と哲金は仕事に出るからほとんど別行動だ。俺はお前を甘やかさねぇぞ」
「あまえない」
「なら、いつまでも皓理の後ろに隠れるな。縮こまるな。妖魔からだけじゃなく、人間からも守ってみせろ。わかったな?」
「うんっ」
珍しく強い声で返事が返るのに、明黎が目を細める。
「よく言った」
満足気な明黎に対し、哲金は心配そうだ。
「若菜大丈夫? 兄さんに乗せられてない? 無理して悪化するのが一番良くないんだよ?」
「だいじょうぶ」
抱きしめた体勢から身体を少し離し、若菜の顔をじっと見る。
本当に、大丈夫だろうか。遠慮してやせ我慢をしていないか。私のためにと無理をしてるのではないか。
少しの違和感も見逃さないように、じっと瞳を覗き込む。魂を傷付けられても明るさを失わない、澄んだ橙色の瞳。
「…………若菜。もし若菜が、この都市で暮らすのを頑張ってくれるなら、約束をしよう」
「……やくそく」
「うん、約束」
言って、若菜の両手を握って持ち上げる。以前、曲輪でわらべ歌を歌った時を思い出したのだろう。
ぱちぱちと目を瞬いて驚いているらしい若菜に、なるべく安心してもらえるように笑顔を浮かべる。
「毎朝、私が『今日はどう?』って聞くから、若菜は、具合が悪かったり、怖いことや嫌なことがあったら正直に教えて。そうしたら、私は全力でどうすればいいか考えるって、約束するから」
若菜に我慢ばかりを強いるのが辛い。それなのに、「絶対に助けてあげる」とすら約束出来ない自分が情け無い。
それでも、私の精一杯で、若菜を大切にすると約束する。
手を握って返事をじっと待っていると、やがてこくりと頷きが返ってきて、ほっとする。
「おねえちゃん、やくそく」
「うん。約束ね」
二人で手遊びを交えながら、「約束しましょ、破っちゃダメよ、」と歌う。
歌っている若菜の顔から、怯えや強張りが薄れていることを確認して、胸を撫で下ろした。
歌の最後でお互いの額を擦り合わせると、くすぐったくて、自然と笑顔がこぼれ落ちた。
(若菜、ありがとう)




