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曙光を見出す  作者: 椿榎楸柊
ニ章 我が新しき住家なれ

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6.貨幣価値

本日2回目の更新です。

前話を読み飛ばさないよう、ご注意下さい。

「沙扶様、あの、紬綺様の元へお戻りにならなくてもいいのですか?」


 部屋に戻り、改めて沙扶に問いかける。

 先程の漣夜や紬綺の様子、更に初日との城の雰囲気の違いを考えると、詳細は分からずとも何やら大変なことが起こっている事くらいは想像出来る。

 先程までは正直他人事だったけど、疲れの滲む紬綺を見ればそうも言っていられない。

 そんな中で、筆頭侍女の沙扶が紬綺の側にいないというのは、たぶん良くないと思うのだが。


「そうですね。わたくしも紬綺様が心配です。だからこそ、わたくしはわたくしの務めをしっかりと果たさなくてはなりません」


 沙扶はきっぱりと言い切るが、表情はあまり芳(かんば)しく無い。沙扶の務め、というのは紬綺の指示に従うこと、つまり現在は私達の世話なのだろう。

 でも、どう考えても私達の世話は筆頭侍女を派遣するほどの重要度は無いはずだ。


「あの、よければ、私達は先程ご説明いただいた家の下見に行ってまいります。道案内はどなたかにお願いすることになりますが、一度紬綺様のところに行って差し上げて下さい」

「そうですね。先程お話がついた品の受け渡しの段取りもお願いしたいですから」


 私が沙扶と離れても大丈夫そうな用事を捻り出すと、哲金も、口実付きで紬綺の元に戻るように促す。


「いえ、しかし……」


 それでもまだ迷っている沙扶に、どうするべきか考えて、胴乱(こものいれ)から取り出した薬筒を手渡す。


「申し訳ありません、こちらの霊薬も効果の確認をお願い出来ないでしょうか。疲労回復に効果のある、活力薬という霊薬なのですが、前回提出し損ねておりましたので」


 哲金も似たようなことを言っていたが、要は仕事の範囲内で紬綺の所へ向かってもらえばいいのだ。

 確かに沙扶に色々と教えてもらえるのは助かるが、私達は自分達のことはどうとでも出来る。

 むしろ、他の人に無理を強いてまで世話をされる方が、居心地が悪い。


「…………わかりました。貴女方の好意に感謝します。すぐに案内の者を手配しますから、この場で少々お待ちください」


 沙扶が軽い会釈をしてから部屋を出ていくと、いつも通りの四人の空間だ。

 外出することになりそうなので、面会の時には外していた武器防具を手早く身につけながら哲金に話しかける。


「ねえ、哲金。結局、紬綺様にお売りすることになった物って、どれくらいの値段がついたの? 計算自体は出来たけど、いまいち価値が掴めなくて」

「あー、うん。僕も改めて計算しておこうと思ってたし、四人で確かめながら書き止めておこうか。今後の金策の方針決めにも役立ちそうだし。ほら、若菜と兄さんも、こっち来て」

「うん、アキ」

「……チッ、面倒くせェな……」


 若菜は素直に、明黎は舌打ちしつつも、部屋に置いてある文机のまわりに集まる。

 文机の上には、沙扶が手配してくれた、紙と墨がある。


「それで、今回紬綺様が買い取ってくれた物の値段だけど……」


 哲金がすらすらと、紙の上に数を書いていく。



一、石鹸  半銀を二十  計 一両

一、保湿剤 五銀を八と半 計 四両二千五百文

一、茶葉  一銀を三十  計 三両

一、蒸留酒 一銀を六   計 六千文


合計 八両八千五百文



「で、姉さん。これを貨幣(かへい)で貰うとどうなる?」


 急に哲金に問題を振られるが、それぐらいは私だって解る。


「大判金貨(おおばんきんか)八枚、小判金貨(こばんきんか)四枚、半銀貨(はんぎんか)一枚」

「正解。じゃあ、兄さん。全部銀貨で貰うと何枚? あ、半銀貨の分は考えなくていいよ」


 次は明黎か。その次は若菜かな。


「八十八枚だな」

「正解。じゃあ、若菜。全部銭貨(せんか)にすると、何枚になるか解る?」

「えっと……?」

「銀貨一枚は銭貨が千枚になる。銀貨が八十八枚あると銭貨は何枚?」

「……はちまんはっせん……?」

「そう、正解」

「せいかい」


 満面の笑顔を浮かべた哲金につられて、若菜も笑っている。

 哲金がこれだけ笑っているのだから、たぶん、大金が手に入るということなのだろう。


「それで、これは結局どのくらいの値段なの?」

「いやぁ、僕も市場価値を完全に理解してるわけじゃないけどさ。たしか、蕎麦とかうどんが一杯二十文って書いてあったよ。他の食料の値段からして、大体一月の食費は一人二千文もあれば余るんじゃない?」


 ええと、なら月の食費が四人で八千文くらい、それに家賃と薪や油とかの費用があるから……


「ちなみに、一人が一年に食べる米の値段がだいたい一両だよ。で、僕が想定してた身元保証の依頼金は五両だね。いやぁ、紬綺様、良い値段を付けて下さったよ。特に茶葉は想定よりだいぶ高く評価いただけた。やっぱり、分かる人には分かるんだよ」


 哲金は満面の笑みで頷いているが、それはそうだ。

 なんせ運んできた二斤(約1.2kg)に満たない量の茶葉が、三年分の米と同価格なのだ。


 ……え? 本当に?


「待って、それはその、大丈夫なの? 茶葉は本当に、元の性質以外の効果なんて無いよ?」


 石鹸や保湿剤も高値で買い取っていただいたが、こちらは、まあ、まだ納得出来る。建前上はともかく、霊薬や錬成具としての値段を付けていただいたのだろう。

 でも茶葉は、本当に茶葉でしかない。霊木から作ったものだから、多少栄養があったり健康増進に役立つかもしれないが、それだけだ。


「大丈夫、大丈夫。嗜好品(しこうひん)ってそういうものだから。むしろ蒸留酒の値段はちょっと低いくらい。紬綺様は、ご本人が酒を嗜(たしな)まないんじゃないかな」

「いや、低くはないでしょ……?」


 持ってきた分の半量程度で、三ヶ月分の食費になるのだ。充分高値だと思う。


「そうだね。低くはない。適正価格だ。でも、お酒って、好きな人は身を滅ぼしてでも呑むからね。酒好きに見せれば、倍くらいの値が付く可能性はあるよ。でも、蒸留酒は姉さんが錬成で使うこともあるし、残りは売らずに取っておいていいと思う」


 確かに、紬綺が今回払ってくれる予定のお金だけで、半年分の生活費が賄えそうなのだ。無理に売る必要も無いだろう。


「なら、残りは浄化炭か。どうする? 予定通り、市で売るか?」

「いや、どうかな。海が近いし、水に困らない場所ならあんまり高値で売れないかもしれないし、勿体(もったい)ないかも」


 明黎の疑問に答えた哲金の言葉に、首を傾げる。


「確か、海の水は飲めないんじゃなかったっけ?」

「えっ、そうなの? なんで?」

「うん、ええと、海の水は濃い塩水なのよ、確か」


 だから飲み水にはできない、はず。


「へぇ。じゃあ、意外と売れるかもね。でも紬綺様の反応からして、そこまで水に困ってる風でもなかったし……一旦、保留かな」

「まァ、腐るもんでもねぇしな」

「炭窯(すみがま)がないから、当分自作は出来ないしね」


 まあ、当面の生活費が確保出来てるなら、急いで売る必要もない。


「あとは、家決まったら買わなきゃいけない物を相談しておこうよ。その分出費もあるってことだし」


 それもそうだ。

 哲金の提案に頷いて、新しい家で必要な物を考える。

 山奥の曲輪とこの都市では、生活様式も違うだろうし。


「うーん、水瓶(みずがめ)と羽釜(はがま)、薬缶(やかん)、まな板、米櫃(こめびつ)はいるとして……」


 包丁と鍋は持ちだしてきたのがあるから大丈夫。細かい調理器具は後回しでもいいけど、米と塩と味噌はすぐにいるよね。


「洗濯用の盥(たらい)もいるよね。物干し竹は……自分で採ってくるんじゃなくて、買うものなのかな? 聞いてみないと。あとは、掃除用の箒(ほうき)とはたきと……行燈(あんどん)は?」

「いるだろうな。家の広さからすりゃ、囲炉裏は無(ね)ぇだろうし。作業台と棚もいるだろうが、買うか、作るか? 作るならそれ用の道具がいるな」

「うん、道具を揃えた方がいいと思う。あと、薬研と秤と混ぜ鉢も買わないと。あ、石鹸作るなら、それ用の鍋とかもいるよね」

「あ、そっか。工房が無いんだから、家の中に姉さん用の作業場を確保しなきゃいけないのか。なら焜炉(コンロ)もいるよね?」

「うーん、もし素材が手に入りそうなら、≪加熱≫の錬成具を作った方が便利かも」

「じゃあ素材を探すのが先だね。火鉢と火消し壺も先に用意してた方がいいか。畳(たたみ)は?」

「いらねぇ」


 新生活について考え出すと、楽しみで、つい饒舌(じょうぜつ)になる。

 何と言っても、正真正銘、私達自身のための家なのだ。長年の夢が叶うのだから、浮かれるなという方が無理がある。

 明黎と哲金も同じなのか、あれこれと話が弾む。


「あとは……若菜は、何か思いつく?」

「おふとん」

「あ」


 なるほど。忘れていたが絶対に必要なものだ。


「綿の入った布団って、いくらくらいするのかな?」


 漣夜と共に旅をするようになってからは、宿で泊まる時は綿の入った布団で寝るようになった。この城でも、もちろんそうだ。

 曲輪では蕎麦藁を入れた布団で寝ていたし、いざとなれば床の上で寝るのもそこまで苦だとは思わないが、やはり寝心地は全然違う。一度贅沢を知ってしまうと、若干元の生活に戻るのは辛く感じる。

 だがどう考えても、綿入りの布団は高級品だ。

 それなりに収入があったとはいえ、私達で手の届く物なのだろうか。


「あー……まあ、何とかなるでしょ。家を案内してもらう時に、そのへんの値段も確認しようよ」

「そうだね」


 確かに、正確な値段を知らないことには悩むことも出来ない。


「ちょうど道案内の人間も来たようだしな」


 会話が途切れたこともあって、私にもこちらに近づいてくる気配が感じ取れた。


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