5. お買い上げ
今日からしばらくは、1日2回更新する予定です。
紬綺から再度の呼び出しがあるまでの三日間。私達は侍女の沙扶から、貴族向けの礼儀作法や、報告書の書き方などを教わって過ごした。
どうやら今後も梛津や紬綺とある程度の付き合いが続くようなので、確かに必要な技能だろう。
もちろん、三日程度の付け焼き刃でそういったことが完璧に身につくわけでは無いが、とりあえず表面上を誤魔化せる程度にはなったようで、及第点だと合格が出た。
私達にとってはためになったし、暇も潰れて有り難かったけれど、その間、沙扶の本来の仕事である紬綺の侍女としての仕事が滞っていないのかは気になっている。
「沙扶様は、紬綺様付きの侍女なのですよね?」
「ええ。わたくしの役職は、七位上公爵領領主補佐夫人付筆頭侍女ですね」
「七位、ということは、やっぱり貴族の位ですよね」
「ええ。七位下以上の位を持つ者が、正式な意味での貴族です。わたくしは領主傍系の家系の末端の生まれですが、幸いにも公爵夫人に目をかけていただき、その後に嫁いで来られた紬綺様にお仕えすることになりました。侍従や侍女といった側仕えは、主人との相性が最も重要ですから、素晴らしい主人を得られたわたくしはかなり幸運と言えるでしょう」
今日も、紬綺との面会までの時間は、沙扶との会話を通して勉強中だ。
こうした会話をしていると、自分の世間知らずぶりが身に染みる。沙扶の方でもそれは感じているようで、正式に市井で暮らす前に、一度常識確認の講義を受けることを約束させられた。
彼女には、ちょうど私達くらいの娘がいるらしく、かなり親身になってアレコレと世話を焼いてくれている。
「そういえば、紬綺様や沙扶様って凄くお若く見えますけど、おいくつなんですか?」
「女性に年齢を聞くのは常識知らずですよ」
思いのほか、ピシャリと叱られて反省する。かなり駄目な発言だったらしい。
「……男性には聞いても大丈夫ですか?」
「……そうですね、気にされない方が多いですが、中には嫌がる方もいらっしゃいます。親しくならない内は、避けた方がいい話題の一つでしょう」
「わかりました」
そう言った会話をして過ごしていたら、部屋の外から聞き覚えのある声がかかる。
返事の後に開いた扉を見て、やや驚く。
扉の向こうに立っていたのは、五日ぶりに会う、漣夜の護衛である櫂斗だった。
「哲金、明黎、皓理、若菜。ずっと放り出していて、すまないな」
「いえ。漣夜様も櫂斗様も、お忙しくてらっしゃるのは弁えております」
哲金の返答に、何故か櫂斗が曖昧に頷く。
「ああ、いや……そうだな。そして、さらに詫びねばならないのだが、漣夜様は、本日、王都に出立なさることになった」
「「えっ!」」
思わず、哲金と一緒に驚きの声を上げてしまう。
「今日って、今日ですよね? そんな急に?」
「ああ。詳しくは明かせないが、王都に急遽帰る必要があってな。もう発たねばならない時間なのだが、せめてお前達に挨拶をと、紬綺様と共にお待ちになっている」
そう言って面会用の部屋へ先導する櫂斗も、そういえば見慣れた旅装姿だ。本当に出立直前なのだろう。
足早に向かった部屋では、本当に漣夜が待っていた。護衛の早多と佐彦も横に控えている。
「やあ、皓理、明黎、哲金、若菜。顔を上げてくれ」
「漣夜様……」
「既に櫂斗に聞いただろうけど、事情があってすぐに出立しなくてはならなくてね。強引にここまで連れて来たのに、碌な手助けも出来ず、本当にすまない」
「とんでもございません。この御恩は決して忘れません」
私達が揃って頭を下げるが、漣夜はすぐに顔を上げさせる。
「いや、私も君達に会えた幸運を感謝している。もし王都に来ることがあれば是非訪ねてきてくれ」
「ありがとうございます」
「では、またね。名残り惜しいが、私は失礼するよ」
「はい。どうぞご無事で」
漣夜はすっと向きを変えると、紬綺の方に向き直って軽く頭を下げる。
「義姉上も、突然乱入した非礼をお許しください」
「構いませんよ。でも、どうか、本当に気をつけてくださいね」
紬綺もかなり心配そうだ。心なしか、顔色も悪い。
明かせないとは言われたが、十年ぶりの帰郷を切り上げて帰還するほどの重大な事情があるのだ。身内としては、さぞ心配だろう。
だが、漣夜はひとつ頷いただけで、そのまま慌しく部屋を出ていった。護衛の二人も無言で付き従ったので、目礼を交わすことしか出来ない。
「はあ、行ってしまいましたね……」
紬綺の声に、改めてそちらに向き直って挨拶をしなおすが、紬綺も今日は時間が無いらしく、早々に本題を切り出される。
「ごめんなさい、義弟が出立したこともあって、わたくしも時間があまり取れなくて」
そう告げる紬綺の目の下には薄らと隈が出来ている。白粉でも隠しきれないほどなので、相当無理をしているのだろう。そこまで忙しいのに、私達のためにも時間を使ってもらって、本当にありがたい。
「まず、貴女達の家の候補がいくつか決まりましたから、どれがいいか選んでちょうだい。どこを選んでも構いませんし、実際に見たいのなら、誰か案内を付けますね」
「ありがとうございます」
自分達が住む場所だ。出来れば実際に見てみたい。
「次に、哲金の就職先ですね。これは、商人組合に打診しています。組合では、商業全般に関することや、人材や仕事の斡旋、共同事業の統括なども取り扱っていますから、下手に特定の店で働くより自由がきくと思うの。見習いの受け入れも多いから、短期勤めでも苦情は出ないとはずです。哲金の了承があれば話を進めますが、どうかしら?」
「商業組合……ですか。私としては光栄なお話です。是非お願い致します」
哲金が二つ返事で了承を返す。
確かに、私もかなり良い話だと思う。
「次は皓理の勤め先、と言いたいのですけど、こちらはもう少し選定に時間がかかりそうなの。ごめんなさいね」
「いいえ、お手数をおかけいたします」
まだ探してもらい始めて四日だ。私もそう簡単に見つかるとは思っていない。商業組合の返答の早さの方が異例だろう。
「最後に、貴女から預かった霊薬と錬成具なのですけど……いくつかをわたくしに販売してもらうことは、可能かしら?」
「販売……ですか?」
販売、ということは、渡した品を認めてくれたのだろうけど、献上ではなくていいのだろうか。
首を傾げると、くいっと袴の裾が後ろから引かれた。僅かに横へずれると、哲金が紬綺へと声をかける。
「不躾に失礼致します。よろしければ、私がお答えすることをお許しいただけますか?」
「ふふ、構いませんよ」
どうやら、交渉事になりそうなので哲金が対応を代わってくれるようだ。
「ありがとうございます。それでは、どちらの品をご希望でしょう?」
「石鹸と保湿剤と茶葉と蒸留酒ね。霊薬や浄化炭も高品質ですけど、流石に私が率先して資格規則を破るわけにはいきませんから」
「はい。それは心得ております。飲料や化粧品は霊薬ではありませんから」
……ええと、今のは、今回売る物は霊薬や錬成具じゃないですよ、という暗黙の了承かな。
私はまだ錬成術師の資格を持っていないから、本来、霊薬や錬成具の販売をするのは法律違反になる。それを建前上は守っている形にしてくれるようだ。
「ええ。錬成具ではないとはいえ、とても高品質の品々ですから、相場より色を付けて買い取りたいと思っているのです。石鹸は一個が半銀、保湿剤は一合で五銀、茶葉は十匁で一銀、蒸留酒は一升で一銀の値付けでどうかしら?」
「…………格別のご配慮に感謝致します」
(あれ? 今単位が銭じゃなくて銀じゃなかった?)
哲金も少し驚いているから、やっぱり結構な高値を付けてもらったのだと思う。けれど、まだ私は貨幣の価値を咄嗟には把握出来ない。
一銭は一文で、半銀は五百文、一銀は千文だったはずだけど、それがどれくらいの価値になるのかは、ピンとこないのだ。
「この値段で、どのくらい用意出来るかしら?」
「そうですね、石鹸は二十個、保湿剤は七合、茶葉は一斤半、蒸留酒はそれぞれ三升でしょうか」
どうやら、哲金は全てを売るのではなく、手元にそれぞれ少し残しておくつもりらしい。
確かに、曲輪にいた頃と違って、今は素材を入手出来るかどうかが未知数だから、全て渡すと困る可能性はある。でも、茶葉などは全て渡してもいいと思うのだが。
交渉事、特に金銭関係の交渉は哲金に一任しているし、その判断を信用しているけど、恩人相手に駆け引きをしてよいものか、少々座りが悪い気もする。
「そうねぇ……保湿剤と茶葉をもう少しお願い出来ないかしら? 特に保湿剤は試しに使った子達が皆んな欲しがっていますし、わたくしやお義母様のお友達にもお裾分けしようと思っていて」
「茶葉は、あと六十匁程度でしたらお出し出来ます。ただ、茶葉はもうそれで本当に最後です。保湿剤は、あと一合……半、ならお渡し出来ます」
「ではお願いしますね」
「はい。……それと、僭越ながら、こちらの環境が整いましたら、石鹸と保湿剤は増産が可能になると予測しております。その際は、ご連絡をさせていただいてもよろしいでしょうか」
「あら、それは嬉しいですね。良ければ市井には流さず、全てわたくしに販売してくれると助かります」
「承りました」
石鹸と保湿剤は、新しく錬成した分も全部紬綺が買ってくれるらしい。なるべく早く常葉木の油の入手方法を調べるべきだろう。
「では、わたくしは一足先に失礼しますね。沙扶、後のことは頼みましたよ」
そう言って、紬綺も足早に退室していく。
今までは、ゆったりと部屋に座っていた印象が強いので、慌しい仕草に心配が募る。
とはいえ、私達がここに留まっていたら邪魔にしかならない。
未だに私達に付いてくれている沙扶と共に、滞在中の部屋へと戻った。




