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曙光を見出す  作者: 椿榎楸柊
ニ章 我が新しき住家なれ

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4. 紬綺

 今しがた退室していった四人の背中を見送って、ため息を吐く。

 なんともまあ、優秀で、魅力的で、それでいて厄介な若者達なのでしょう。

 部屋の隅に積まれてた、幾つもの錬成具を見て、再度ため息を吐がこぼれてしまう。


「紬綺様、こちらの品々の検査はどうなさいますか?」

「まずは、錬成術の技官に品質検査をさせて、報告を上げてちょうだい。沙扶が何も言わなかったから、妙な物は無いはずよ。その後は、貴女達の手配で実際に使用した感想を。お茶とお酒は問題無いならわたくしにも一口回してくださいね。ああ、石鹸も」


 まさか、これほど多数の品が出てくるとは思っていなかったから、また仕事が増えてしまったと諦めの境地で目を閉じます。

 どうせ、侍女や護衛が荷物や部屋の片付けを終えるまでわたくしもここを動けません。

 少しだけでも頭と身体を休めたいけれど、閉じた瞼の裏には、先程までこの部屋にいた彼女達の姿が浮かび上がります。


 そもそも、彼女達をこの城に連れて来たのは義弟である漣夜です。

 義弟は普段は王都に勤めていて、王都ではわたくしの実家と懇意にしてくれています。今回は実に十年ぶりの帰郷ですが、あの子は、相変わらず不運と幸運の両方に恵まれているようです。

 なんでも、旅の途中で複数の妖魔に襲われたところを、通り掛かりの善意の少年少女に救われたのだとか。

 彼らは誘拐被害者で、偶然、閉じ込められていた場所の鍵が壊れて逃げ出してきたところ、偶然、義弟が妖魔に襲われているところに出会(でくわ)したのだそうで。


 この時点で、怪しさしか感じられません。

 

 しかも、彼らは覚醒済みだけど戸籍が無くて、身元を保証する人間がいないのだとか。どう考えても不審者ですが、義弟の命の恩人であるのも事実ですし、義弟本人もその護衛達も彼らを信頼しきっています。

 そんな状態で、次期公爵である兄に孤児の後見を、と頼んでくるのですから、どう見ても騙されているとしか思えません。

 もちろん、正面切って義弟の判断に意を唱えるつもりはありませんが、夫が関わる以上、わたくしも無関係では無いのです。

 見極める意味も込めて、面会にはわたくしも同席する予定だったのですけど、折悪く、王都からの急報が来て、王都出身のわたくしもそちらの対応に回ることになってしまいました。


 そして、王都からの急報というのがなんと『現王の崩御』だというのですから、正直、孤児の後見がどうこうという話題は、わたくし達の間から吹っ飛んでいってしまいました。

 情報の裏取りや、今後の対処や方針を決める打ち合わせに夜中まで駆けずり周って、なんとか最低限の段取りを整えた後、明け方に倒れるように布団に入りました。


 日が登ってすぐに、短過ぎる睡眠に頭を振りながらも夫婦の朝食の席に向かいます。

 そこで、思い出したように夫から告げられた、例の後見を依頼された孤児達の話を聞いて、わたくしは取り繕いも無く頭を抱えました。


 件の彼女達は、次期公爵に後見を願い出ておきながら、城勤めを断ったというのです。しかも推定十五歳にして、四つもの刻印を持つ正真正銘の天才がいるのだとか。


 もう本当に、意味が分かりません。


 その天才とやらは、わたくしのように若く見えるだけで、実は二十歳を過ぎているのでは? と聞いてみましたが、むしろ十二、三歳に見える程に小柄なのだそうです。


 ただでさえ国王崩御という、国の一大事の対応に追われているのに、不審で規格外な子供の世話までしなければならないのかと頭が痛くなりました。

 しかし、一度後見を引き受けた以上、放置するわけにもいきません。

 とりあえず、時間稼ぎの意味合いも兼ねて先に戸籍の取得をしてもらい、夫の時間が確保出来るまでは、わたくしが彼女達の対応を請け負うことにしました。

 とはいえ、案内役として<錬成術>を持つ技官を派遣しておきましたし、大抵の対処は彼に任せておけるでしょう。そう踏んでいたのに、何故かその日の午後早々に、急ぎの報告が上がってきました。

 

 何でも、彼女達は冒険者組合に登録した後、その足で家と職を探しに向かおうとしたのだとか。


 何故???


 どうして、貴族、それも次期公爵を後見にしているのに、何の相談も無く自力で家と職を探そうとするんです? それを自力で出来ると思うのなら、貴族の後見など必要無いのでは?


 確かに、義弟が説得して半ば強引に連れて来たとは聞いてはいます。ですが、いつも他人に一歩引いてしまう、昔の義弟の姿を知っている身としては、その話もどれほど信憑性(しんぴょうせい)があるものか、疑いを捨てられません。見るからに貴族である義弟に、それも戸籍庁の管理課長である義弟に戸籍の話を依頼しておいて、全く打算が無いと言うことがあるものでしょうか?

 もしかして、こちらに悪評を立てるために送り込まれた、領地内で権力争いを仕掛けてくる勢力の間者では? と疑念が湧くけれど、それにしては行動が迂遠過ぎる気がします。


 とにかくしっかり見極めねば、と、呼び出してみたその姿を見て、ますます疑念が膨らんでしまう。

 確かに、成人かそれ以下の年齢に見える痩せた少年少女達ですけれど、誘拐被害者の孤児という事前情報からすると、礼儀作法が身に付き過ぎています。加えて、手や顔には荒れた様子もありませんし、どう見ても貴族に連なる家の出だとしか思えません。

 ならば試しに、と、貴族の間でここ三年ほど爆発的に流行(はや)っている抹茶を出してどういう反応をするか様子を見てみることにしました。

 このお茶は、味は良いのだけれど、飲むにあたって色々と細かい作法が決められていて、正直非常に面倒くさい代物です。元々は何百年もの歴史があるとかで、その作法の解釈にも色々と派閥があり、細かい違いでいちいち口論が勃発します。

 けれど、王甥(おうせい)の妻となった高位女性が積極的に流行らせているせいで、今や王国中の貴族家や富裕層で飲まれていると言っても過言では無いお茶です。ある程度の教育を受けた者ならば、当然基本的な作法は一通り把握しているはずですし、細かな違いで出身を探る手掛かりにもなります。


 しかし、予想に反して、彼女達は抹茶を前にして戸惑っていました。しかも、作法については正面から尋ねてくるし、気にしなくていいと言えば、本当に気にしない。貴族の教育を受けた者ならば、あり得ない反応です。

 演技の可能性も無くは無いですけど、一口飲むのにも随分警戒していますし、味の感想も蘊蓄(うんちく)の欠片も無い素朴なもの。お茶を教養の一つとして捉えている様子はありません。

 その反応を見て、これ以上お茶で反応を見ても無意味だと判断して本題を切り出せば、やはり素直に応じてきます。特に嘘を吐いている気配も無く、作為も感じない。

 ならば何故、意図の分からない行動をとるのかと思えば、そもそもこちらを頼るべき相手として認識していない。

 それどころか、義弟を助けた事さえ、大したことの無い出来事だと思っているようでした。

 最終的に家や職探しを任せることを承諾したのも、おそらくこちらの事情を慮(おもんぱか)った結果でしょう。


 これが演技でないのでしたら、彼女達は極めて善良な性格だということになります。善良というか、利他的というか。もしくは立場に比して傲慢だとでも言うべきでしょうか。

 貴族社会で生きてきたわたくしの感性で測(はか)るならば、高位貴族の掲げる『有徳思想』の行動原理に近いように思えます。簡単に言えば、富める者は、自らを律し、他者を助けよ、という考えで、夫の一族はその思想が強い。もちろん、理想は理想ですから、高位貴族のほとんどがその理想を実行するわけではありませんが。

 ただ、少なくとも、支配される側の平民の行動原理としては、異質でしょう。


(たしか、代表して話していた彼女、皓理は、部分的な記憶喪失だと聞きましたし、もしかすると貴族家の出身なのかもしれませんね)


 もしそうなのだとしても、彼女自身が思い出さない限りは身元を特定するのはほぼ不可能でしょう。

 しかしそう考えるのならば、彼女に対して覚えたいくつかの違和感は解消します。特に不審を覚えた礼儀作法についても、幼少期に躾(しつ)けられた名残であるならば、一応理屈は通りますし。


 自分自身の目で見て納得したことで、彼女達に対する不審は多少薄まりました。

 ただし、完全に信用するには、怪しい要素が多過ぎるのも確かです。

 貴族として、領地を守る一族の者として、簡単に他者を信用することは出来ません。

 夫も義弟も義母すらも陥落済みなのです。お人好しの三人の代わりに、せめてわたくしだけでも警戒心を維持しなければなりません。



 そう。確かにそう決意したはずなのに、二度目の面会を終えた今、既に彼女達への疑念はほぼ無くなってしまいました。

 特に、前回の面会の最後に、持病があるという若菜の診察を打診した時の、皓理の涙を見たのが良くなかったのです。

 あれはもう、姉というよりは母親の涙でしょう。

 わたくしも子を持つ母。どうしても、あれが演技だとは思えません。


 そもそもが彼らの素性を信用するのならば、子供達が犯罪者に虐げられながらも、互いに支え合いながら生きてきたことになるのです。

 辛い。え? 辛すぎません? 彼女達が拐われたのは、長女くらいの年齢でしょう? え、本気で泣けてくるからやめてほしいです。

 そういう意味でも、いっそ彼らが騙(かた)りや間者(かんじゃ)の類(たぐ)いであることを願っていましたが、先程の面会を思い出せば、最早あの子達を疑うだけ無駄だと思う自分がいます。


「はあ、わたくしも夫のお人好しがうつってきたのかしら」

「いいえ、紬綺様は、今でも充分女狸(めだぬき)でいらっしゃいますよ」


 思わずこぼれた愚痴(ぐち)に、護衛の一人から即座の否定が返ります。


「もうっ。その呼び方は止めてちょうだい」


 領主一族に反抗的な貴族達に付けられた、不本意な綽名(あだな)に口角が下がります。


「豆狸だった頃に比べれば、貫禄(かんろく)があっていいと思いますよ」


 嫁いできた当初は、小柄な容姿や領政への口出しを論(あげつら)って更に不名誉な呼称で呼ばれていたものです。それももう十年以上は昔の話ですけど。


「あら。見た目で判断して油断する莫迦共(バカども)の付けた綽名なんて、真っ平御免よ」


 腹心の側近や護衛しかいない場では、つい口が悪くなりがちですね。まあ、この程度ならば許されるでしょう。


「そうは言っても、人は多少なりとも見た目の印象に左右されるものですよ。紬綺様も、先程ご自分で実感されたでしょう?」

「うっ……ええ、まあ…………」


 今まで、散々容姿で侮られてきたわたくしですけれど、自分がする側になったのは初めてかもしれません。


 それぐらい、皓理という少女は、ひどく儚く繊細に見えていたのです。

 十五歳(せいじん)には見えない小柄な体格、華奢な手足。白い髪は細く長く、揺らめく銀の瞳は視線を吸い寄せる。

 右目の瞼に存在する小さな黒子(ほくろ)がなければ、精巧に作られた人形と勘違いする者が出てもおかしく無いほどに、美しい少女です。


 会話をしてみれば、そこまで気弱だとは感じなかったものの、当然のように、守りを必要とする弱者だと思い込んでいました。その後ろに、怯えた雰囲気を持つ若菜が居たことも一因でしょう。

 今まで散々、自分の容姿で意図的に油断を誘ってきたわたくしが言うのもなんですが、先入観とは恐ろしい。


 彼女達の経歴と外見から受ける印象で、助けを求めて義弟について来たのだと、完全に思い込んでいました。

 いえ、でも、戸籍も家もお金も無い孤児が自活するのは、普通は無理です。

 親がいる子でも、成人後一年ほどは親の援助に頼るのが当たり前なのに。


 しかし、長身で粗野な雰囲気を纏う明黎からすると、彼女はイカれてて、図太くて、豪胆らしい。

 まあ、自分を誘拐して監禁している犯罪者達の目の前で逃げる算段をする子供は、それは豪胆でしょう。

 そしてそれを、当然だと思っている。

 外見の繊細さと、中身の図太さが全く噛み合わなくて、かなり混乱しました。


 落ち着いて改めて思い返せば、そもそも彼女達は刻印持ちの武人でもあるのです。

 義弟を助けたのは、本当に掛け値なしの善意だったのでしょう。

 普段、こちらに取り合ったり、陥(おとしい)れようとしてくる人間の相手ばかりしていて、それを信用出来なかったのは、わたくしの落ち度です。


 彼女は、自分を弱いとは思っていないし、庇護者を必要としていない。

 初手でその認識を間違えたせいで、無意味に警戒して、ひとりで空回りしていたと気付いて、酷く莫迦莫迦しくなってしまいました。

 あの子達は、本気でこちらの助けを必要としていないのでしょう。

 唯一本気で喜んでいたのが診察の打診だったことから、精神か魂の病だという若菜の治療が最優先事項なのでしょう。

 それを鑑みれば、城勤めを拒否するのも、長期の就職を求めないのも納得するしかありません。


「ふぅ。引き受けた以上、せめて彼女以上の腕を持つ錬成術師のいる職場を探さないといけませんね……」


 既に四つの刻印を持ち、独学で複数の錬成具の開発に成功している少女。

 錬成陣は一つを完璧に覚えるだけでも大変な難題だと聞いていますので、彼女は間違いなく天才と呼ばれる類いの存在でしょう。自覚は薄そうですが。

 しかし、まだ若い。探せば、まだ彼女に指導が可能な錬成術師もいなくはないでしょう。


「哲金の職場は、商業組合が引き受けてくれるでしょうけれど……」


 彼も彼で、なかなか逞(たくま)しい性格のようですし。

 姉の後ろに控えているようで、こちらの様子をかなり詳細に探っていたように思えます。

 夫や義弟とは、彼が主体になって会話していたらしいので、性別云々の前に、わたくしの疑念を察して、敢(あ)えて皓理を前面に出していたような気がしなくもありません。


 明黎と若菜に関しては、ほとんど話さない上に表情も変わらないので、表面上のことしか分からないままですが、あの四人がその辺の家族以上の絆を持っているのは間違い無いのでしょう。


「幸い、伊輔殿を紹介したおかげで多少の好意はあるようですし、これからも好印象を持ってもらえるよう努めなくてはなりませんね」


 返す返すも、あの時診察を提案していて良かったと思います。

 そこまで考えて、もう完全に彼女達を信じているというか、好意を抱いてしまっている自分に気付いて、顔が熱くなるのを感じます。

 手の平を返すかのような自分の心情が、流石に少々恥ずかしいです。


 ただ、好意を持った以上、自分達の特異性に無自覚な彼女達の手助けをするくらいはしてあげたい。当初は今日だけのつもりでしたが、しばらくは沙扶を世話係として派遣することにしましょう。

 最初から疑ってかかってしまった、せめてもの罪滅ぼしです。


「紬綺様、準備が整いました」

「わかりました。次の会合に向かいます。そちらの錬成具に関しては、三日を目処に対応出来るようにお願いね」


 そろそろ休憩の時間も終わりのようです。

 わたくし達の判断に、多くの領民の生活や安全がかかっている以上、しっかりと働かなくてはなりません。

 気を引き締め直して、着物の裾を押さえて立ち上がります。


(……寝る前までに、何とか娘達に会えればいいのだけど)


 そのためにも、王の崩御に伴う<聖域結界>の消失による混乱を最小限に抑えなければなりません。

 前回の代替わりに伴う結界消失は三十年前ですが、この時の記録にはあまり参考になりませんでしたし、その前となると六十五年ほど前になります。城の記録は文官が全力で調べていますが、平民の状況についての記録はほとんど見つかりませんでした。

 今から会うのは、その時代を専門に調べている市井の学者で、当時の出来事や生活様式を詳しく聞き出すのが私の役目です。


 嫁いで十年以上が経っても、領地の運営を担う年配男性貴族にとっては、わたくしはよそ者の小娘ですから、彼らの思う『重要な』会議にわたくしが出ると無駄な反発を呼んでしまいます。

 腹立たしくはありますが、今回のような緊急事態では、そのような時間の浪費は許されないので、わたくしは裏方に徹することを選びました。

 幸い今は、補佐に長けた義弟が帰郷していますから、夫と義母と共に、父親である公爵を支えてくれるでしょう。


 そう思っていたのに、情報交換を兼ねたその日の夕食の席で、義弟は三日後には王都へ出立すると聞かされて、わたくしは再び頭を抱える羽目になったのでした。


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