1. 冒険者組合
七年間囚われ続けた曲輪を逃げ出してから、三週間。
当初の予測より随分と早く、夏の暑い日に私達は戸籍を取得した。
懐にしまった身分証の上に手を当てて、感慨のため息を吐く。
これで、私達は正式に国民として認められた。
よほどの事がなければ、もう、あの場所へ連れ戻されることは無いだろう。
「本当に、漣夜様には感謝しないと」
ここまで早く戸籍を取得出来たのは、山の街道で出会った貴族、漣夜との縁によるものが大きい。
「梛津様にもね」
「もちろん、梛津様にも感謝してるよ。公爵様にもね」
哲金に目線で領城から派遣された案内人を示さられて、すかさず頷く。彼は、漣夜の兄である梛津の部下だ。
私達の現在の後見人は梛津なのだから、確かに感謝の相手として真っ先に上げなければならない相手だ。
「おい、身分証が出来たんだから、さっさと冒険者組合に登録に行くぞ」
「あ、そうだね。すみません、冒険者組合の場所をお教えいただけますか?」
案内人に尋ねると、何故か驚いたような顔でこちらを見ている。
何か驚くことがあっただろうか?
「もしかして、まだ手続きか何かがあるのでしょうか?」
身分証の発行が終われば、各所を案内してもらえると聞いていたのだが、この後もまだ何かしなければならないことがあるのなら、自分達の予定は後回しだ。
「……ああ、いえ。特に何かがあるわけでは。冒険者組合へと行かれるのが少し意外でして」
そう言いながらも「案内いたします」と言って彼は歩いていく。どうやら北側の区画へと向かうらしい。
「この辺りは建て増しや改築が多く、道が複雑に入り組んでおりますので、迷わないようにお気をつけ下さい」
彼の言う通り、城や役所から離れるに従って、道がややこしくなっていく。
それに比例するように人の往来も増えてきたので、道順を覚えるのも難しくなってきた。
時々、何故そこに? というような場所に壁があったりするので、今自分がどのあたりを歩いているのかも分からない。
「……帰り道、分かる?」
「当たり前だろ」
「…………わかんない」
「僕もちょっと自信無いかな」
現在地が分かるのは明黎だけらしい。絶対に逸れないように気をつけよう。
「……皓理。付きやってやるから、地理は極力覚えろ。いざという時に迷ってたら話にもならねぇ」
「……うん、はい」
明黎が、何故か私を名指しする。まあ、言われたことはもっともなので、頷く。が、ちょっと苦手意識が表に出たかもしれない。
「前から薄々思ってだけど、姉さんって方向音痴だよね」
満面の笑みを浮かべた哲金が、正面から言葉を刺してくる。
「……方角は、苦手だけど。道を覚えることは出来る、よ?」
こんなに広くて複雑な場所は初めてだから、少し慣れていないだけだ。目印をしっかり覚えていけば、迷ったりしない。……たぶん。
対抗意識から、周囲の景色をしっかり見ながら歩くが、更に五度ほど角を曲がると、覚える事が多過ぎて、やはり道順が怪しく始めた。
「何で曲がり角がこんなにあるの……?」
誰に伝えるつもりもない愚痴に、意外なところから返答が返る。
「先程も言いましたが、この辺りは計画性の無い増改築が繰り返されたせいで、区割りが複雑になっているんですよ。三十年ほど前に急な人口の増加があったので、当時の混乱の名残です。公爵様も色々と対策をされているのですが、人口の増加になかなか追いつけず」
そういえば、漣夜が三階建ての長屋がどうこう言っていた。
確かに、結界の有効範囲は決まっているから、今以上の住居を確保したいなら上か下に延ばすしかない。
「漣夜様も似たようなことをおっしゃっておられました。長屋を上に建て増すべきかどうか実情を確認しないと、と」
「漣夜様が……そうですか。あの方が領地に戻ってきてくだされば、梛津様もお喜びになるでしょうが……」
難しい顔で案内の人が黙ってしまう。
漣夜が十年も帰郷しなかったことといい、門のところで一悶着あったことといい、何か事情があるのだろう。気にならないわけでは無いが、好奇心だけで口を出してもいいものとも思えない。
(次に漣夜様に会ったら、何か私達に出来ることが有るか、聞いてみよう)
間違い無く恩を受けた。
だから、可能な限り返していきたい。
改めて、懐の身分証の上に手をあてた。
◇
間口の広い二階建ての大きな建物が、横に二つ並んで建っている。
ここが、この領地の冒険者組合なのだそうだ。朱紐で縛った武器を持った人々が、ひっきりなしに出入りしている。
「事務的なことは、左側の建物で受付てくれるはずです。詳しくは中で伺ってください。私は……向かいの店でお待ちいたします」
何故か硬い表情の案内人に促されて、四人で建物の中に入る。
やはり、かなり人が多い。しかも女性があまりおらず、七、八割は男性だ。
見知らぬ男性の集団が怖いのだろう、若菜が背中にくっついてきた。ただ、これだけ人がいると、私の体格で若菜まで庇うのは難しい。
「哲金、若菜をお願いしていい?」
「うん。若菜、こっちに来て。僕と一緒に移動するよ」
若菜を哲金に預けて、改めて周囲を見渡すと、目立つ位置に大きな板がいくつも立て掛けてあった。
板には、簡単な単語と絵、それから矢印が描かれている。どうやら案内板のようだ。
「えっと、こっちかな?」
人混みを避けて案内板の指示通りに進もうとした時、ふっと気配を感じて一歩横に避ける。
見れば、立ち止まっていた人のうちの一人が、先程私の立っていた場所に手を伸ばして固まっていた。
「何だ?」
後ろにいる明黎が、手を伸ばした人を睨みつける。
微かな敵意を感じて避けたのだが、今のこの人に攻撃意思は無さそうに見える。
首を傾げていると、横からひょいっと哲金が顔を出した。
「すみません、何かご用ですか?」
「あ、ああ、いや。俺は、その、あんたらが横入りしようとしたから、注意しようとしただけ、だ」
「横入り?」
「おう。ちゃんと後ろに並べよな」
「……ああ、なるほど。すみません」
何かに納得した風な哲金との会話を聞いて、何となく事態を理解した。こちらに非があると判断して軽く頭を下げる。
「ご迷惑をお掛けしたんですね、すみません」
「いや、べつに……てかさ、あんた、ドコのお嬢様か知んねーけど、来る場所間違ってねえ? 護衛まで付けてさ」
「え?」
お嬢様。護衛。
文脈的に、私と明黎の事だとは分かるが、事実とかけ離れ過ぎていて、どこから訂正すべきかもよく分からない。
「あー……僕ら、田舎から出てきた幼馴染なんですよ。とにかく、すみませんでした」
哲金が適当に話を切り上げ、歩き出すのに付いて、そのまま列の後ろとやらの位置に行く。
「……お嬢様……?」
色々言いたいことはあるが、一番謎なのはコレだ。
お嬢様、というのは良家の息女という意味で合っているのだろうか。
私の知っているお嬢様と呼ばれる人は、少なくとも、犯罪者に首輪を嵌められて血反吐を吐いたりしないし、空腹を抱えて食糧の備蓄を気にしたりしないし、山の中で妖魔を警戒しながら畑仕事をしたりなどしない。
…………意味が解らな過ぎて、気持ち悪い。
「……なんで?」
思わず顔を顰めて呟くが、明黎と哲金からは、あっさりとした返答が返ってくる。
「そりゃ、お前のツラのせいだろ」
「あー、姉さんの場合、顔っていうか容姿全般っていうか、雰囲気も、かな?」
ツラ? 容姿? が、なに?
「どういうこと?」
「姉さんって、小柄で華奢で色素も薄いでしょ。しかも整った綺麗な顔立ちだし、表情も穏やかで、優しそう。見た目だけなら、繊細で儚げに見えるんだよ」
「儚げ? ……私が?」
え?
お嬢様だとかに輪をかけて意味不明では。
私が? 儚げ??
脳筋と称されても、反発より納得を覚える程度には武闘派のつもりですけど???
「外見は、ね。ついでに僕ら、霊薬のおかげで、見える場所に傷どころか肌荒れも無いし。……姉さん、そもそも自分が美人な自覚、ある?」
私が美人。
「……明黎じゃなくて?」
「あ?」
「いや、うーん。兄さんも悪くない顔立ちだけど、眼光が鋭すぎるからなぁ。一般的には姉さんの方が美しいって言われる顔立ちだと思うよ。……ってか、そうか。姉さんも若菜も、あんまり自分の顔知らないのか。あそこ鏡無かったし」
確かに、自分の顔なんて水面に映ったものしか見たことがない。特に気にしたことも無かったし。
……しかし困るな。
顔だけならともかく、容姿全般、体格なども問題なら、顔だけ隠して済む問題でもないのだろうし。
「うん、まあ、私の外見が原因の勘違いなのは理解った。あとやっぱり、常識が足りなそうなのも。今、何か改善出来そうな事とか、注意する事があれば教えてもらえる?」
「んー…………普通にしてていいんじゃない? 悪いことしてるわけでも無いんだし」
「何で皓理が……俺たちが、見た目ごときに惑わされるゴミ共に気を遣ってやる必要がある」
即座に返された二人の言い分に首を傾げる。
「でも、揉め事は起こさない方がいいでしょう?」
「じゃあさ。姉さんは、若菜の表面上の態度だけ見て喧嘩売ってきた馬鹿が若菜に返り討ちにされたら、若菜の怯えた態度を改めろって言う?」
「言うわけないよね」
若菜は好きで怯えているわけじゃ無いし、そんな理由で人に迷惑をかけるような輩は制裁されて然るべきだ。
「なるほど……うん、気にしなくていいね」
「自衛は怠るなよ」
「うん」
明黎の言葉に頷く。
こちらが過剰に気を使う必要は無いが、それは警戒を緩めるという意味では無い。むしろ、より一層警戒心を持つべきだろう。弱く見えるということは、狙われやすいということだ。
話をしている間にも並んだ列がゆっくりと進んでいく。この『並ぶ』という行動も、今まで知らなかったものだ。
「次、どうぞ」
そっけない言葉で呼ばれ、私達の順番になる。目の前にいる組合の職員らしき人は、柵のような雰囲気の棚に囲まれた場所に立っている。
「四人分の登録をお願いしたいのですが」
「では、全員分の身分証を提示してください」
言われて、職員との間にある棚の上にそれぞれの身分証を出す。
「皓理様、明黎様、哲金様、若菜様ですね。他の領地で登録したことは? 無い? では後ほど後方二番の受付へと向かって注意事項を聞いてください。冒険者組合で税金の納付を依頼する時は九番で手続きを。何か質問は?」
職員は、流れるように話しながら身分証の確認を終えてこちらに差し戻す。
「素材の買取りについては何処で伺えばいいですか?」
「素材関連や報酬の受け取りは隣の建物ですね。詳しくは二番の受付で聞いてください。他に何かないですか? 無いですね? ではこちらの登録証を受け取って二番に並んでください」
指二本分程の木札を渡されて、早口で追い立てられる。
言われた通りに二番と書かれた受付を探して、そちらに向かう。こちらには、あまり人が並んでいない。
「はい、では次の方。登録証の提示をお願いします。……はい、ご用件をどうぞ」
「先程登録をした場所で、こちらで注意事項を聞くように言われました」
「ああ、新規の方ですね。文字の読み書きは出来ますか?」
「はい」
私達は全員読み書きが出来る。
私は記憶が無いが、読み書き計算の知識には問題無かったし、哲金も曲輪に来た当初から完璧だった。明黎と若菜も、私達が教えたので読み書きに不自由はしないはずだ。
しかし、わざわざ確認されるあたり、読み書きが出来ない人もそれなりにいるのだろう。
「ではこちらを読んで、冒険者組合の仕組みと注意事項の確認をしてください。読み終えたら返却のために再度こちらへ。質問などがあればその時にお聞きします」
そう言って、数枚の木札を渡される。端が欠けたりしているので、使い回している物なのだろう。
比較的人が少ない場所に移動して、四人で木札を回し読む。
冒険者組合は、国や領地に所属する武官や兵士以外の戦闘要員を援助するための組織だ。
具体的には、妖魔の討伐に対して報酬を払ったり、素材の売買をしたり、冒険者達が苦手とする事務手続きの補助をしたりする。
これらの活動の他にも、傷病者への治療や仕事の斡旋、依頼の仲介、街道の整備などの事業も行っているらしい。
木札には、討伐報酬の受け取り方や都市周辺に棲息する妖魔の情報、武芸を教える道場の一覧まで、さまざまな情報がびっしりと書かれていた。
「これ、一度で覚えるのは中々大変ね」
「依頼仲介とか、傷病者関連の部分は、最低限の確認ぐらいで大丈夫じゃない? もし必要になったら改めて質問しても大丈夫でしょ。妖魔の情報も、希望すれば詳細の書かれた冊子の貸し出しがしてもらえるみたいだよ。保証金がいるから今日は無理だけど」
「若菜、お前もこっちの討伐報酬関連はしっかり覚えろ。最低限の仕事の仕方は、せめて理解しておけ」
「……うん。がんばる」
四人で話しながら、情報を頭に詰め込んでいく。覚え書きが出来るように準備してくれば良かったとは思うものの、無い物強請りをしても仕方がない。
まあ、文字情報を覚えるのはわりと得意だし、これくらいならなんとかなる。
「だいたい覚えたかな」
「僕も、最低限は理解出来たと思う」
「……討伐と素材関連は覚えた。それ以外は適宜確認する」
「若菜は分かった?」
「ようま、とうばつする。しょうめいのぶぶん、ここにもってくる。たおしたばしょ、ほうこくする。おかねもらう」
「うん。基本はそうだね」
妖魔ごとに規定された討伐証明部位を冒険者組合まで持参すれば、その分の討伐報酬を受け取れる。ただ、討伐した妖魔の素材化、霊玉化を自力で出来るなら、そちらを売った方が割りの良い収入になる。私か明黎がいる時は、加工してから売った方がいいだろう。
「うん。じゃあ、この木札は返そうか。質問すること、何かある?」
「ねぇな」
「僕も特には。知りたい事は書いてあったし。あとは、九番受付だっけ?」
「そっちは今日は行かなくていいよ。税金関係は梛津様に確認してからの方が良いと思う。案内の人も待たせてるし」
「わかった。なら冒険者組合での用事は終わりだね」
木札を受付へと返し、冒険者組合の建物を出た。
「すみません、お待たせしました」
冒険者組合の向かいにある食事処へ入り、お茶を飲んでいた案内人に声をかける。彼は、何やら居心地悪そうに、端の方の縁台に座っていた。
待たせ過ぎてしまっただろうか?
「いえ…………ですが、そう。その、よければ訪問予定の場所と用件を教えてくださいませんか? 案内場所の位置関係などもありますので」
何故か少し緊張している案内人に、残りの予定を聞かれる。先程冒険者組合の場所を聞いた時も驚いていたし、確かに先にまとめて言ってしまった方が良いのか。
「そうですね。あと今日中に行きたい場所は、露店市の統括をしている場所と、家を借りる手続きをしてくれる場所、職の斡旋場所ですかね。あと、港も見てみたいです」
「あ、露店市は一つじゃなくて、いくつか周りたいです。場所によって客層とか商品の傾向が違うだろうし。家とか職の斡旋は役所じゃないんですよね? 商業組合とかそのへんでしてくれるんでしょうか」
哲金と二人で行きたい場所の説明をする。まあ、要するに、金と家と職の確保をするためだ。
「…………では、港へはどういった理由で行かれるのでしょう?」
「え? 海や船を良く見てみたいからです」
「僕らは山育ちなんで、海は初めてで」
この領地に住んでいる人ならそうでもないのかもしれないが、私達にとって海は珍しいものなのだ。出来ればじっくり見てまわりたい。
「……分かりました。では、ひとまずは港にご案内いたします。それ以外の場所については明日以降にお願いしたい。特に職については、後見人となられた梛津様へ相談された方がよろしいかと」
案内人が、突然案内を拒否してきた。
「え? ええと、家が駄目なら宿を探したいのですが」
「何故? ああいえ、それもいけません。とにかく、港を見たら、一度領城へと戻りましょう」
そう言って、案内人が早足で歩いていく。
……もしかして、この人は私達が城で働くと思っていたのだろうか?
「あの、私達は城で働く予定は無いのですが……」
「それは伺っています。ですが最低限、家と職については梛津様に相談すべきです」
……そう言うものなのだろうか?
疑問には思うが、ここでこの人に逆らっても、特に益はない。
大人しく、私達は港へと向かった。




