23. 戸籍取得
「こちらです」
漣夜と梛津からの書状を持ってきた人に、そのまま案内してもらって私達はすぐに街に降りた。
正直、暇を持て余していたし、一刻も早く戸籍が取得出来るなら大歓迎だ。
連れて行かれたのは、役所関係らしき建物群の中の一つで、覚醒式を行う為の施設らしい。
もちろん、私達に覚醒式は必要無い。
というか、覚醒済みの人間の霊力を不用意に活性化させるのは、暴走の可能性が高い非常に危険な行為だ。霊力の制御を完璧に行えば暴走は抑えられるが、危険な事はしないに越したことはない。
では何故私達がここにいるかというと『覚醒式を受けた』という形式を整えるためであるらしい。
「本来、成人に伴う覚醒式と戸籍登録は、基本的に国所属の王都の戸籍技官の立ち合いで行われます。頻度は領地の規模と人数によって様々ですが、ここ、大湊公爵領では、季節ごとに成人式があって、だいたい五百人前後の覚醒式と戸籍登録が行われます」
特例で用意してもらっているいくつかの準備が整うまでの時間を利用して、案内の人が戸籍登録について、色々説明をしてくれることになった。
この人もたぶん貴族なのだが、私達にも丁寧に対応してくれている。ただし、名前を教えてもらっていないので、どういう立場の人なのかは知らない。
「季節ごとに五百人ですか。随分と多いのですね」
「はい。年に四回も戸籍登録をするのは、王都と公爵領だけですね」
「そうなんですか?」
「ええ。年に一度しか戸籍登録をしない領地がほとんどですよ」
ある程度私達の事情を伝えられているようで、こちらの反応を見ながら、私達が知らないと判断した事も時々雑談混じりに教えてくれる。その分、ずっと観察されているわけだが、悪意を感じないのでそこまで気にならない。
「参考までに、領地の規模は簡単に区別すると、村・邑・町・街・都市に別れていて、それぞれ男爵・子爵・伯爵・侯爵・公爵によって治められています。人口は平均して、村で三百人、邑で七百人、町で七千人、街で二万人、都市で四万人、と言われていますね。もちろん、各領地でそれぞれ差がありますので、一概に判断するわけにはいきませんが。我らが公爵領も人口七万人を数えるわけですし」
この人も自領が好きなようで、この都市は王都に次いで国で第二位の人口数なのですよ、と非常に自慢げに説明された。この場合の人口は成人の数なので、実際にはもっと多くの人間が住んでいることになる。
「ただし、人口は違えども、それぞれの爵位によって、領地の広さはほぼ同じです。これは、爵位によって下賜される<聖域結界>の<従刻印>の強さが決まっているからですね」
爵位持ちの領主は、爵位就任時、あるいは国王の即位の時に、王都にて国王に直接忠誠を誓って<聖域結界>の<従刻印>を貰うらしい。
<従刻印>とは、本人の資質に関係無く、誓約に従って主人の刻印の権能の一部を借り受ける、特殊刻印だそうだ。
王から借り受けた領主の<聖域結界>によって、領地は妖魔から守られている。
「すみません、話しが逸れましたね。つまり、この都市は人が多い分、さまざまな事情で規定の日に覚醒式と戸籍登録を行えない人がいる、ということです。ですので、この都市では、申請をすれば規定日以外でも戸籍登録が出来る仕組みが整っており、国からも正式に認められているのです」
ただし、その分規則が厳格に定められていて、逸脱や省略は認められないのだそうだ。
そういう理由で、私達は『覚醒式を受けた』という形式を整えるためにこの施設にいる。
「お待たせしました。準備が整いましたので、こちらへどうぞ」
領城の案内人から紹介された、施設の担当者について奥の方へ歩いていく。
「貴方方には、半覚醒用の儀式を受けてもらうよう伺っていますが、お間違えありませんか?」
「はい。よろしくお願いします」
半覚醒というのは、生まれつき霊力を扱える特殊体質で、覚醒式の前に霊力を扱えるという点においては、私達の現状と近い。
「では、霊薬の香と錬成具の装着は省略しますね。式はお一人ずつ受けていただきます。まずはこちらの…………」
施設担当者は詳しく丁寧に注意事項も交えて教えてくれるが、手順だけを要約すると、
一、卵型の容器を持って、所定の暗い密室に入る。
一、中にある台で横になって卵型の容器に霊力を流して割る。
一、容器の中に入っている証花の種に霊力を流して花を咲かせる。
一、霊力に反応して鳥型の照明錬成具が起動して音がするので、停止させる。
一、鳥型錬成具を停止させると、入り口とは別の扉が開くので、咲かせた花を持って部屋を出る。
これだけだ。
特に難しい事も無い。
一人ずつ行うということなので、さっさと片付けてしまおうと足を踏み出した所で、明黎に肩を掴まれる。
「皓理。お前は俺の後だ」
「え? 何で?」
「テメェは覚えて無ぇだろうよ」
「うん? …………ああ」
どうやら、私達が曲輪で受けた覚醒式で何かあったらしい。
私には覚醒前の記憶の大半が無いので、当然覚醒式のことも覚えていない。
何か理由があって、明黎が私を引き止めるなら特に逆らう気はなかった。
「うん。じゃあ、明黎が最初に」
行く? と聞く前に、明黎は渡された卵型容器を手に部屋を出て行った。
うん、まあ大丈夫かな。
「じゃあ、次は私でいい?」
念の為哲金と若菜に確認すると、頷かれる。
何となく二人の顔色も良くない気がして「大丈夫?」と聞くが、また頷かれる。
まあ、確かに二人にとって、覚醒式が良い思い出のはずは無いので、多少の緊張は仕方ないだろう。
若菜に再度やることの確認をしていると、微かに雲雀に似た鳥の鳴き声が聞こえた。
施設担当者が壁に取り付けられた錬成具見て、何かを確認する。
「では、次の方どうぞ」
その言葉に「行ってくるね」と哲金と若菜に手を振り、覚醒式用の部屋に歩いていく。
廊下を進んで階段を下りていくと、開き戸があったので、押して中に入る。聞いた通りに扉を閉めると、カシャンと軽い金属音がして、鍵が閉まるのが分かった。
ぼんやりと輪郭が分かる程度の暗がりの中、手摺り代わりの縄を伝って奥へ進み、腰ほどの高さの台に乗り上げて横たわる。
後は聞いた通りに、卵型の容器に霊力を流していると、霊力の一部が乗っている台の方へ流れていくのを感じた。器が割れ、中の種が成長して花を咲せるのと前後して、奥側の壁に設置された鳥型の錬成具に灯りが付き、鳴き声が響き出す。
鳥の声は先程聞いた通り、雲雀に似て綺麗だが、少々音が大きい。いや、少々ではなく結構うるさい。
素早く奥側の方へ降り、鳥の錬成具を停止させる。音が止まり灯りが消えると同時に、錬成具横の扉が開いた。
なるほど、この部屋は、全体がひとつの錬成具となっているらしい。一瞬、錬成陣を展開してよく観察したい願望が湧き上がるが、後続の若菜と哲金を待たせるわけにはいかないので、ぐっと我慢する。
そのまま何事も無く部屋を出て、階段を登ると、明黎と領城の案内人が待っている部屋に着いた。
明黎の視線が全身に突き刺さるのを感じるが、私には何の異常も無いので安心して欲しい。
「お疲れ様です。証花の加工をしますので、二輪渡していただけますでしょうか」
案内人の言葉に従って、先程霊力で咲かせた花を二輪渡す。
ちなみに、証花は純粋な植物ではなく錬成具の一種だ。
霊力を注いだ個々人に合わせた色の花が咲くので、本人証明の手段として使えるらしい。
「残りの花は、どうすればいいですか?」
咲かせた花は三輪だったので、今手元には証花が一輪残っている。
私の証花は全体的に白っぽく、角度によっては他の色が淡く瞬いて見えた。
「そちらは予備ですので、お好きにしていただいて結構ですよ。一般的には、成人の記念として家族に贈る事が多いですが」
手元で証花の加工をしながら、案内人が返事をくれる。証花の上に錬成陣が浮かんでいるので、この人は錬成術師だったらしい。
それにしても、家族、か。
私の家族は、明黎、哲金、若菜の三人だ。全員に渡す事は出来ない。
全員分をまとめて飾ってもいいが、いくら錬成具とはいえ、加工しなければそのうち枯れるだろう。せっかくなら、何とか残しておきたい気もする。
うーん。
「……明黎、その花もらっていい?」
「あ? ほら」
「うん。ありがとう」
明黎の証花は、中心部が黒に近い紫紺で、外側に行くに従って色が淡くなっている。更に花びらの一番外側を縁取るように白い線が走っていて、とても綺麗だ。
案内の人が展開していた錬成陣を見るに、証花の加工に使われているのは糸仲の樹脂を加工した物だろう。私にとっても扱い慣れた素材だ。糸仲の樹脂が流通しているなら、私にも保存加工は出来る。
手のひらに二つの証花を転がしながら、どうやって加工しようか考える。
そうこうするうちに、若菜もこちらの部屋へやってくる。
私達を見つけると、走り寄ってきて抱きつかれる。やはり少し怖かったのだろう。
ただ、その手には証花の花がきちんと握られていたので、問題は無かったようだ。
若菜の証花も二輪は案内人の錬成術師へ渡し、一輪は私が預かる。
若菜の証花は、橙色と若草色の割合が多い、多色の斑模様だ。全体的に明るい配色で可愛いらしい。
若菜が落ち着いた頃に哲金もやってきたので、同じく二輪を案内人に渡して、残った一輪を預かる。
哲金の証花は、全体的に青銅色だが、薄ら金色の粒子が見える。落ち着いているのに華やかで、凄くお洒落だ。
それぞれに雰囲気の違う四つの証花を丁寧に布で包んで胴乱にしまう。
時間とお金が出来たら、なるべく早く素材を扱っているお店に行こう。それまでは≪劣化防止≫の箱に入れておくべきかな。
「お待たせしました。この場所での作業は終わりましたので、戸籍登録の部署へご案内致します」
施設の外に出て、いくつかの建物を通り過ぎ、表通りに面した大きい建物へと入る。
先程とは違い、中を行き交う人が多い。
受付台のような所を通り過ぎ、端の方の通路から裏手に回ると、小部屋の並んでいる区間に出た。
その内の一部屋に声を掛けて入室すると、文官のお仕着せを着た役人が文机に座って仕事をしていた。
「すみません、連絡していた臨時登録の方々です。書類と証花はこちらに」
「ああ。こちらに持ってきてもらえるだろうか」
役人は受け取った書類を確認しながら、掌大の木札に何事かを記入していく。その後で板の上部に証花を嵌め込み、水晶板のような錬成具の上に置いて確認作業をらしきものをした上で、裏面に印章を押し付ける。
朱肉も無いのに印影が浮き上がったので、あの印章も錬成具のようだ。
「はい、登録は終わりです。紛失には気をつけて下さい」
そんな極めて事務的な言葉と共に、それぞれの身分証が無造作に渡される。
感慨も何も無い、まさしくお役所仕事だ。
退室しながら、まあ、役人にとっては日常業務の一種だろうから当たり前か、と思った所でふと笑いが漏れた。
「ふふっ」
「……何だよ」
「うん、当たり前に渡されたなって」
明黎に訝しげに見られたが、それも気にならない。
ずっと、私達は『当たり前』を得るのが難しかった。
でも、この身分証が、きっとこれからの私達に『当たり前』をくれるのだろうと思わせてくれる。
「まあ、随分アッサリ渡されたから、僕も気が抜けたかな」
「……分解して壊すなよ」
「するわけないでしょ。ねえ、若菜」
「おねえちゃん、うれしい?」
「……うん! 嬉しい!」
思わず大きな笑い声が出て、案内人がぎょっとした顔で振り返る。
なんだか、それすら可笑しくて、笑いが溢れて止まらない。
「ね、姉さん? 大丈夫?」
「オイ、遂にイカれたか?」
哲金と明黎にも、驚かれている……引かれてる? みたいだが、それでも笑いは止まらない。
若菜だけは、私に釣られてニコニコ笑っている。
「ふっ、ふふっ……こんなに笑ったの、初めてかも……ふっ」
手に入れたばかりの身分証を額に当てて、笑いを噛み殺す。なんだか涙まで滲んできた。
曲輪での私達は、奴隷で、罪人で、異分子だった。
でも。これからは、普通に生きられるのかもしれない。
当たり前に。
「……皓理?」
「……うん……明黎。哲金。若菜。これからも、よろしくね」
家族皆んなで、幸せになろう。
家族皆んなを、幸せにしよう。
私は、私達は。
今日、一人の人間として認められたのだから!
この話で一章は終わりです。
明日からも、新しい土地で生活を始める皓理達をよろしくお願いします。




