22. 刻印
戸籍取得については、口頭ではあるが確約してもらえた。
しかし、それとは別に確認事項があるらしい。
「聞きたいのは、君達が持っている刻印についてだ。無闇に明かすものではないのは承知の上だが、後見人としての責任と職業斡旋のこともある。どうか私を信頼して、開示して欲しい」
うん、まあ、そうだよね。刻印については、聞かれるだろうと思っていた。
何せ初対面の時にあれだけ漣夜が興奮していたのだから、聞かれないわけが無い。
予想はしていたから、刻印をどの程度開示するかについては四人で打ち合わせ済みだ。
なので、それはいいのだが、どうやら梛津は戸籍だけではなく、私達の就職の世話までしてくれるつもりらしい。
漣夜は、領地に滞在してくれればそれでいい、みたいなことを言っていたが、これは下手をすれば抱え込まれてしまう可能性もあるかもしれない。
僅かに危機感を覚える私をよそに、梛津の横にあった文机が護衛の一人によって運ばれてくる。
机の上には紙と筆と、七色に揺らめく墨が置いてあった。
「その墨は、刻印を証明するための錬成具だ。霊力を流しながら、所持している刻印を書いてくれ」
見覚えのある墨を見て、こっそり成分を解析する。知っているものと同様の効果を確認して、指示された通りに刻印を記入する。私が書き終わると、続いて三人も書き込んでいった。
<刻印>は魂に刻まれるものなので、本来は本人にしか分からない。
けれど、それをいいことに、一時期虚偽申告や詐欺が横行したらしい。その対策として開発された錬成具がこの墨で、効果は≪虚偽申告防止≫だ。霊力を流した本人が所持していない刻印を記入しようとしても文字に色が乗らないので、刻印の所持を証明出来る。
ただし、この墨は書いた刻印の有無を判定する以外の効果は無い。
要するに、書かなければ、刻印を秘匿することは可能なのだ。
四人分の刻印を書いた紙を、護衛を経由して梛津に提出する。
今回記入した刻印は、
私が<錬成術><解析術><刀技><調理>の四つ。
明黎が<縄鏢技><霊力変換>の二つ。
哲金が<刀技>。
若菜が<格闘技>だ。
ちなみに、刻印は大きく三つの種類に分類されている。術系、技系、それ以外だ。
術系は、霊力を操作、変換して体外の事象に関与する刻印。
技系は主に身体能力や戦闘技能に関する刻印。
あとは、それら以外の刻印、とされている。
まあ、便宜上の分類であって範囲が被っている刻印も多いし、区別は結構曖昧だったりするのだが。
あと、今回明黎の刻印として申告した<霊力変換>は一応術系に分類されているが、特殊な刻印とされている。
それと言うのも、<霊力変換>は術系刻印の持ち主は全員所持している、というか、術系刻印の取得条件の一つに<霊力変換>の所持があるからだ。
まだ体系だった運用は出来ないが、体外の霊力や魔力に干渉することは出来る、という段階で獲得できる刻印が<霊力変換>なのだ。
漣夜の反応から考えて、なるべく過小申告をすべきだろうと打ち合わせた結果が、今回記入した刻印だ。
それでも紙を見た梛津の顔には驚愕があった。
「その若さで、刻印が四つ……?!」
身内以外、部屋中の人間の視線が突き刺さる。
覚悟はしていたが、本当に刻印の複数所持は珍しいらしい。
隠せないだろうからと開示した四つでもこの反応なら、やっぱり他の刻印は隠して正解だったのだろう。
実の所、私の刻印は四つでは無い。更に<園芸><縫製><細工>を持っているので七つである。
明黎も、本当は<霊力変換>ではなく<幻影術>を持っているし、<投擲技><隠密技><格闘技>もあるので、全部で五つだ。しかも、明黎の刻印は、かなり、こう……暗殺者向きのものなので、可能な限り秘匿したい。
ついでに、環境的に経験を積めていないだけで、哲金はたぶんすぐに商業系統の刻印を手に入れられる気がしている。
若菜は、魂の治癒が先決なので何とも言えないが、身体能力の凄さを考えれば技系刻印の取得にはあまり苦労はしないと思う。
周囲にいる人間がそんな感じなので、刻印に関しては、自覚以上に一般の感覚と齟齬が大きいのだろうと思う。
なので、これに関してはもう正直に言ってしまうことにした。
「すみません。漣夜様にもご説明いただいたのですが、私には、これらの刻印がどれくらい特異であるのか、よくわからないのです」
「いや、むう……世間から隔離されていたなら、そういうものか? そちらの彼も刻印が二つあるわけだし……」
考え込む梛津に代わって、漣夜が身を乗り出す。
「皓理は料理が上手いとは思っていたが<調理>の刻印もあったのか! その刻印はいつ手に入れたんだい?」
「<解析術>を獲得する前です。全員分の食事の用意を任される事が多かったので……」
具体的な時期を答えるのは触りがあるので、微妙にズレた回答をする。
「なるほど。やはり修練を積んだ分野に発現しやすいものなのだね」
私の誤魔化しに気付いたのかは不明だが、納得した風に頷く漣夜。
そんな漣夜を、公爵夫人が何故かじっと見つめている。それに気付いた漣夜が視線を動かすと、公爵夫人は目が合う前にするりと逸らして、私達の方に疑問を投げかけた。
「その他の刻印は、どういう経緯で獲得したのか分かりますか?」
「……はい」
言葉を選ぶために、ややゆっくりと刻印の獲得要因を説明する。私に関心が集まれば、明黎への追及が薄くなるだろうという打算もあって、ほぼ事実を開示する。
「<錬成術>は、覚醒した当初から持っていました。理由は分かりません。<解析術>に関しては、<錬成術>を持っているなら発現しやすいだろうと、誘拐犯の一人に訓練と称してひたすら妖魔の死骸の素材化をさせられているうちに獲得しました。<刀技>は、結界外に住むなら必須だと訓練を繰り返していた結果かと。覚醒当初は、誘拐犯達から暴行紛いの戦闘訓練をかなりの頻度で受けていましたから……」
もっとも、<刀技>の刻印を獲得してからの訓練相手は明黎達になったが。
「……そう。辛いことを聞いて、ごめんなさいね。そのような経緯で得た刻印ならば、誇れない理由もわかります……」
悲しそうに言われるが、そもそも私には、刻印を誇る、という感覚に理解が及ばない。
獲得できれば便利だし、出来る事が格段に増えるので、可能な限り欲しいし増やしたいとは思う。
だが、それだけだ。
私にとって刻印は、武器や霊薬と同じような括りで、明黎達にとっても同様だろう。
しばし黙って何事か考えていた梛津が、こちらをじっと見つめて口を開く。
……嫌な予感。
「うむ。君達さえ良ければ、戸籍取得後は、領城で働かないか?」
「申し訳ありません、辞退させていただきます!」
外れて欲しかった、予測通りの勧誘を受けた瞬間、間髪入れず頭を下げて断った。
私の即断での拒否に、部屋中が呆気に取られた気配を感じるが、これは躊躇ってはならない類の返答だ。
そもそもが、犯罪被害者の孤児にとって、信じがたいほどの破格の厚遇を受けているのだ。躊躇えば躊躇うほど、断ることは難しくなる。
だが、不敬だろうが、無礼だろうが、この提案は決して受け入れることが出来ない。
理由は色々ある。
まずは、私達が秘密にしている曲輪にいた時のあれこれと、それが露見した時の影響範囲。
次に、私達の能力や性格が城勤めに向いているとは言い難いこと。
そして何より、公的な身分を得てしまえば、私事を……若菜の治療を優先することが出来なくなる。
私からすれば絶対に避けたい就職先だが、世間一般の認識では全く違う。私の態度は、「これだけの恩を受けておいて何様のつもりだ」と不敬罪に問われても仕方が無いほどの非礼だろう。
不遜な小娘の言動に、扉近くの護衛の気配に不穏なものが滲み出した途端、含み笑いの声が響いた。
「振られてしまいましたね、兄上」
「うーむ……流石に一考の余地も無く断られると、食い下がることも出来ないな……」
苦く笑った梛津から「顔を上げてくれ」と声がかかる。護衛の方にも、手を振りながら「断られるのを前提にした勧誘だから、聞かなかったことにしてくれ」と告げていた。
素直に身を起こして、漣夜の方に視線を移すと、にこりと笑顔が返ってくる。
「元々、君達に城勤めの意志が無いことは伝えていたんだよ。戸籍と引き換えに望まない仕事をさせられるなら、そんなものいらないって言い切るくらいだからね。だから兄上にも、正面切って断られたら諦めるように、って言っておいたんだ」
改めて漣夜に向き直り「ご高配に心よりお礼申し上げます」と深く頭を下げる。
横と後ろでも、明黎達が頭を下げているのを感じる。
「いや、私が無理にここまで連れて来たようなものだから。むしろ余計な緊張を強いて、すまなかったね」
わざと軽く言ってくれているのを感じて、顔を上げる。
「元々話していた通り、しばらくこの領地に滞在してくれれば、戸籍取得に関する対価としては充分だよ。まあ、可能なら定期的に兄上と連絡してあげて」
「承りました」
素晴らしい言質をいただいたので、即座に礼を取る。
「……内容に文句は無いが、私を無視して話を決めるのは良くないぞ!」
「そうですよ、漣夜。弟である貴方が次期領主を立てずにどうします」
漣夜が勝手に言質を与えた事を、兄と母から嗜められる。
「いいではないですか。どうせこの話の内容は、この部屋の外には出ないのですから。ねえ?」
若干圧のある笑顔で同意を求められた……のは、私達ではなく扉近くの護衛らしい。
立場が上の者にこんな風に言われれば、選択肢は「はい」一択だ。
「む……漣夜、其方……ずいぶんと、こう、強かになったな……?」
「そうですね。この十年、色々ありましたから」
何やら複雑そうな梛津に、漣夜はやはり笑顔でさらっと返す。
強い。
「そう、か。うむ。……自信が付いたようで、嬉しいぞ」
「ありがとうございます」
何やら、漣夜が有耶無耶に丸め込んだ気がするけど、兄弟仲良く笑顔なので良いのだろう。
横で母親は呆れたように溜め息吐いてるけど。
するとちょうど、外から人の気配が近付いてきて、声がかかった。
「失礼致します。梛津様、約束のお時間です」
「む。分かった。すぐに行く!」
どうやら、次の予定の時間が迫っているらしい。
「すまない、時間をかけすぎたようだ。詳しい打ち合わせは、また明日にさせてくれ」
そう言って、梛津を初め、部屋中の人達が一気に動き出す。
私達も、当然すぐに礼を取って退室する。
連れ立つように部屋を出た所で、梛津と漣夜から声がかかった。
「君達がいた部屋に食事の膳と寝具一式を運ばせるので、ゆっくりと休んで欲しい。あと、君達は客人なのだから、湯殿も遠慮せず使ってくれ。明日以降の予定は、また人をやって連絡する」
「慌しくてすまないね。何か不自由があったら、近くの控えの間にいる人に言えば対応してくれるよ。では、また明日」
漣夜が微笑みながら上品に手を振る。
……いつの間にか、領城での滞在が決定されてしまっているらしい。
まだ当分暇な時間が続くことに、溜め息をこらえる。
仕方がないので、大人しく世話を受け、豪華な夕飯を食べ、お湯に浸かり、ふかふかの布団に横たわる。旅の道中も、漣夜の連れとして曲輪とは段違いの待遇だったが、今回は桁が違う。
やることも無いからと早めに就寝したのだが、珍しく若菜が夜中に何度も起きていた。
実に緊張感に満ちた一晩過ごし、翌朝。
梛津と漣夜の連名で届けられた書状で、予定の変更を告げられる。
曰く「緊急の用件が入ったので時間が取れない。申し訳ないが、先に戸籍の取得をして欲しい」ということだった。




