21. 面談
ここが正念場。
と、気を張って領主館に入ったのだが、予想に反して、まずはこちらへと無人の客室に通された。
漣夜やその護衛達は、彼が昔使っていた自室の方へと連れて行かれたので、別行動だ。
面会の用意が整うまでゆっくりくつろいで下さい、と言われて、男性用と女性用で、続きの間を一部屋ずつ用意してもらったのだが、流石は領城というべきか、調度の全てが豪華だ。
畳敷きの部屋にふかふかの座布団が置いてあったが、土埃で汚れた旅装のままでは、座るのを躊躇わざるを得ない。
時間があるのならば水か湯を貰えないかと人を捕まえて頼んでみたら、湯殿に案内されそうになった。流石にそこまでは、と固辞して湯を貰い、可能な限り身綺麗にして座っているのだが、正直手持ち無沙汰だ。
暇なので若菜の髪を編み込んでいたら、明黎と哲金もこちらの部屋にやってきた。やっぱりあちらも暇だったようだ。
「まあ、次期領主の予定が簡単に空くわけないしね。待たされるのはしょうがないとは思うんだけどさ」
哲金がため息混じりに言う。
漣夜が書面で連絡してくれてはいたが、天候に恵まれたおかげで連絡した到着予定日の範囲の中で一番早い日付で入領している。予定の調整が間に合わなくても不思議ではない。
「漣夜様もね。帰郷が十年ぶりなら、各所に挨拶もあるだろうし」
てっきり同伴してもらえると思った漣夜とも別行動になっているが、改めて考えると当然のことだ。むしろ私達の立場からすれば、過分なほどの待遇で迎えてもらっている。
別に待たされるのは構わないのだ。ただ、暇なのは如何ともし難い。
いっそ街の方で宿を取れば、色々と出来る事もあるのだろうけど、客人として受け入れて貰っている立場で勝手な真似は出来ない。
「この部屋だと、武器の手入れや素材の加工をするわけにもいかないし。……いっそ、交代で仮眠でもとる?」
「…………姉さんって、本当に肝が据わってるよね」
「神経が無ぇんだろ」
「え、ひどくない?」
寛げと言われていて暇なのだから、休養をとるのは間違っていないと思う。
若菜の髪を結い終わったので、次の暇つぶしとして明黎の髪も梳かそうとしたら「自分の髪をやれ」と睨まれる。
「やー、流石に僕もこの状況では寝れないよ。いつ呼ばれるかもわかんないし」
それはそうだが、かといって本当にやることが思いつかない。部屋を汚すわけにはいかないから、錬成も鍛錬も内職も家事も出来ない。
未成年の客人という立場だと、無闇に霊力を使う事も控えるべきだろうから、霊力操作の訓練すら出来ない。本の一冊でも、あるいは紙と墨があれば、とも思うが、無いものは仕方がない。
本当に暇なので、自分の髪も若菜とは別の形に編み込んでいくが、この程度で暇が潰れる気がしない。
「大人しく、お喋りでもしておく?」
というか、それぐらいしか出来ることが思い付かない。
「今更なにを話すんだよ」
「え? 好きなこと、とか?」
別に暇つぶしだから何でもいいけど。
「鍛錬」
「僕はお金儲けについて考えるのが好きだよ」
「若菜は? 好きなこと」
「おいしい、たのしい」
うん。まあ、全員予想通りというか、知ってることだね。
「姉さんは?」
「錬成」
「だよね」
「今更何の確認だ?」
確かに、ずっと一緒に暮らしてきたのだから、お互いのことは大体わかってる。
というか、最近似たような会話をした気もする。
日常で話している時は特に意識せず喋っているけれど、改めて『会話』をしようとすると、変な感じがして、上手くいかない。
つい哲金の方を見ると、笑って会話の主導を代わってくれる。
「そうだなぁ、この街に来て気になったもの、とか?」
「「海」」
「……うみ」
「まあ、そうだよね。具体的には?」
具体的、と言うと何が特に気になるだろうか。
「どういう素材が採れるのかな、とか? あと、波がたつ仕組みとか、本当に塩が採れるのかどうかとか」
「潮の匂い、海の妖魔、足場の確保について」
「きらきら。おふねいっぱい」
「うん。僕も交易船が気になったかな。遠目だからよく分からなかったけど、かなり大きいみたいだし。時間が出来たら港に行ってみたいな」
「じゃあ、戸籍が取れて宿が決まったら、港に行ってみようか」
どの道地理を把握するために一通り領地の主だった場所には行くだろうし、最初に行く場所を港にするのもいいと思う。
「冒険者組合の登録が先だろ。登録が済めば素材が売れる」
私達は今も現金の持ち合わせが全く無い。
旅の道中の費用は漣夜が全て負担してくれたからだ。せめてものお礼にと、手持ちの蒸留酒を一樽渡しているが、たぶん価格的には全然足りていないだろう。
何にせよ、現金の確保は急務だし、冒険者組合への素材売却は確実かつ手っ取り早い。
「んー、そうだけど。でも今持ってきてる荷物なら、やっぱり市場で売った方が高く売れると思うから、そっちの方が先じゃない? 当面の生活費になるんだし、少しでも高く売りたい。露店なら商人の資格いらないし」
「うん。両方ともなるべく早くしなきゃいけないことだね。あとは、資格についても考えなきゃ」
早多や佐彦に聞いて初めて知ったのだが、商人や錬成術師を名乗るには、資格がいるらしい。
資格が必要な職業では、基本的に一年以上の実務経験が必要で、更に資格試験に合格しなくてはならないのだとか。
私は錬成術師、哲金は商人の資格が欲しいので、受け入れてくれる修行場所も探さなくてはならない。
仮に何の問題も無く戸籍を手に入れられても、問題は山積みだ。
「資格の事もだけどさ、住む所も、出来れば早めに部屋を借りたいよね。長屋とか、何処に行けば紹介してもらえるんだろ。役所かな?」
「護衛連中に聞きゃ分かんだろ」
哲金の疑問に、明黎が手を振って雑に答える。知らない事を聞ける先があるというのは、本当にありがたい。
私と若菜はもちろん、明黎と哲金だって、世事に長けているとは言い難いので、漣夜達に会えたのは、本当に運が良かった。
そう思ったところで、ふと気付く。
「そういえば、漣夜様の滞在期間って、聞いてないよね?」
「あー、そういえば聞いてないね。何となくずっといらっしゃる気になっちゃってたけど、王都で働いてるんだもんね。そんなに長居は出来ないのかな」
「十年ぶりって言ってたから、そう簡単には帰らねぇだろ」
漣夜が王都に戻るということは、護衛である早多達もいなくなるという事なので、そういう意味でもなるべく長く滞在して欲しい。
聞くこと、やることは色々と思い付くが、実行出来るのは、全て戸籍を取得してからだ。
自分の髪も結い終わったので、再び明黎の背後に回る。髪を手に取っても今度は抵抗されない。
雑に括られていた髪をほどいて、丁寧に梳いていく。
「…………漣夜様のお兄様って、どんな方なんだろうね」
ぽつ、と哲金が小さな声で呟く。
「知るか」
明黎の返答はにべもない。
その返しを聞いて、哲金の表情に隠しきれない不安が滲む。それを見て、漣夜から聞いた情報を出来る限り思い出す。
「漣夜様と五歳離れてるって話だったから、今三十代前半かな。結婚してて、子供は女の子が二人。優しい人で、責任感が強くて、声が大きい。名前は梛津様」
明黎の髪を高い位置で一つに括る。うん、かっこいい。
「や、うん。それは僕も聞いたけどさ……」
明黎の所から哲金の後ろに移動して、哲金の髪を梳いていく。哲金の髪は短いから、あっという間に終わっちゃうな。
「……会えば分かるし、会わないと分からないよ。でも、漣夜様みたいな人だといいな、って思う」
漣夜は、いい人だと思う。私が初めて会った『頼れる大人』だ。その兄も、いい人だと思いたい。
…………でも、そんな人間が多くは無いと、私達は嫌と言うほど知っているから。
歯の欠けた櫛を袋に入れて、行李にしまう。蓋を閉じて、紐で開かないようにしっかり封をして、背負子に結び直し、いつでも持っていけるように準備する。
「うん。ね、哲金。もし無理そうだったり、変な要求されたりしたら、さっさと逃げればいいだけでしょ。大丈夫だよ、なんせ首輪が無いし。なんなら今から逃げる?」
「……まァ、それでもいいが」
「若菜も、一緒に来てくれる?」
「うん。おねえちゃん、おにいちゃん、アキ、と、ずっといっしょ」
「だってよ」
私達の発言に、哲金が目を見開いて驚いている。
「……いや、え? いやいや、えぇー……? それは、そうだけどさ。ここまできて逃げるのは…………」
私も明黎も、もちろん若菜も、あまり言葉が巧みとは言えなから、交渉事は大抵哲金が担当してくれる。
今回だって、たぶん哲金が矢面に立つことになるだろう。
でも別に、哲金ばかりが責任と不安を感じる必要は無い。
「漣夜様に話した時の話……言い回しも、覚えてるから、私が話してもいいよ。女ってことで同情を引きやすいかもしれないし」
「いや、姉さんは基本的に正面突破ばっかりじゃん。…………はあぁぁ。そう……そうだよね。こんな絶好の機会、逃すのは勿体ないよね」
哲金が、力の抜けた顔で笑う。
「交渉事は、僕の役目だよ。任せといて。あ、でも錬成具の話になったら姉さんが説明してね。たぶん『鍵』の事は確認されると思うし」
鍵。確か漣夜に説明した時に、哲金は隷属の首輪の解除を『鍵が開いた』と表現していたはずだ。
前後の言葉と身振りで、扉の鍵のように思考の誘導をしていたのを思い出す。錬成具の事は、私が説明した方が説得力があるのは分かるが、万が一お互いの認識が食い違っていたら不味い。
「ええと、どういう感じで話したらいいかな?」
「首輪のことは、話題に出すのはちょっとアレだし…………僕らが閉じ込めてた場所……石造りの地下室とでも言うべきかな。そこと地上を繋ぐ扉の鍵、がどういうものか、説明して欲しいんだ」
哲金が首に手をそえながら、顔を顰めて言う。
隷属の首輪のことは、危険過ぎるので絶対に言う気は無い。まずもって、隷属の首輪という存在そのものを知る人間を増やしたくないということがある。
倫理観に目を瞑りさえすれば、あれほど便利な物もなかなか無いだろう。特に為政者であれば、どうあっても利用価値を考えるはずだ。
例えば、犯罪者の強制労働や不穏分子の抑圧に使用すれば、とても有用だろう。そもそも大元の錬成具である≪宣誓の輪≫は裁判で使われている物なのだし。
だが、私は絶対に、隷属の首輪が乱用される事態を容認したいとは思わない。
それに、そういった物に精通している相手……大きな犯罪組織と関わり合いがあったことも、知られたくない。
強制されたこととはいえ、私達も奴等の犯罪の片棒を担がされていたのだ。
仮に私達の証言から頭領や呪詛師の存在が特定されて、奴等が捕まったとすれば、私達へ与えられるのは褒章では無く身の破滅だろう。奴等の罪状が詳細に調べられれば、芋づる式に私達の罪が知られてる可能性も高まる。
「私達も被害者だ」とか「強要された仕方なく」なんて言い訳が通じると思うほど、無知でも無恥でもない。
知られてしまえば、戸籍の取得を許可されるどころか、良くて追放か幽閉、悪ければ秘密裏に処刑されるだろう。
頭領達は是非捕まって欲しいが、私達と無関係な所でお願いしたい。
「分かった。『鍵』の事を聞かれたら、ちゃんと説明するね」
隠すべき事柄は絶対に言ってはならないけど、なるべく嘘もつかない方がいい。嘘を吐くと、どうしても言動に矛盾が生じるからだ。
哲金は曖昧な表現や勘違いを誘発する言葉を上手く使えるけれど、私自身は必要最低限以外の部分は事実を話した方がいいだろう。
ちなみに、今も盗聴を警戒して決定的な言葉は使わないように気を付けている。認識できる限り、人の気配は無いけれど、用心は、し過ぎるくらいにした方がいい。古い建物に隠し部屋は付きものだし、私達の知らない刻印や錬成具が無いとも限らない。
いくら漣夜に連れてこられたとはいえ、領城に仕える人達にとって私達は不審人物だろうし。何処かから監視されていても不思議ではない。
(だからこそ、下手な行動を取れなくて、結果暇になっているんだけど、ね)
その後も、呼び出しがあるまでの時間は、ひたすらお喋りをして過ごした。
夏のゆっくり進む太陽が地面に近づく頃に、やっと面会の呼び出しがあった。
案内役の侍従について階段を登る。
門から離れる方向に向かっているらしいから、公的な謁見室や表書院ではなく、私的な場所に連れられているのだろう。
空間を把握するのはあまり得意ではないけれど、領城の構造はなんとなく理解できた。この領城は管理は行き届いてはいるが、かなり古い時代の建物のようで、城というよりは砦を思わせる無骨な造りだ。
ただ、調度が上質で華やかなので、全体の印象としては格調高い佇まい、といったところだろうか。
何処となく、漣夜の印象と似ている気がした。
いくつかの扉を潜った後、海と船が描かれた襖の前で、案内役が膝をつく。
「失礼致します。客人をお連れしました」
「入ってくれ」
許可を得て、案内役に「どうぞ」と開けてもらった襖から、一礼をして部屋の中に入る。
奥の一段高い所に、文机を横に置いた男性が座っていて、その手前に漣夜と見知らぬ年配の女性が横を向いて座っていた。
入り口の両脇には、こちらも見慣れない武官が二人いる。おそらく次期領主の護衛なのだろう。気配からして、かなり腕が立つと思う。
この部屋に案内される前に、荷物と武装は『お預かり』されてしまったので、私は丸腰だ。この面会で暗器を忍ばせるのは流石に不味いと思ったので、それも自主的に置いてきている。哲金と明黎もたぶん置いてきていると思うけど、どうだろうか。
まあ、現時点で咎められていない以上、問題は無い。
入り口近くの床に正座で座り、頭を下げる。若菜は私の動作の真似をするように言っているし、明黎と哲金も基本的な礼儀作法はわかっている。
貴族相手の作法は、おそらく別物だと思うのだが、漣夜からは旅の途中で、未成年なのだから気にしなくていいと言われていた。
それでも無礼を働くのは論外なので、可能な限り丁重な所作を心掛ける。
頭を下げたまま、じっと待っていると「顔を上げてくれ」と声がかかった。
「まずは、弟を助けてくれた事に礼を言わせてもらう!」
顔を上げると同時にお礼を言われた。事前情報通りに、家族思いの優しい方のようだ。そして、声が大きい。
「いえ。妖魔に襲われている人を助けるのは当然の事ですので」
こちらも、哲金が代表して応対する。
「うむ。聞いていた通り、感心な若者たちだ。名前を聞かせてもらえるかな?」
「申し遅れました。私は哲金、共にいるのは、明黎、皓理、若菜と申します」
哲金の紹介にあわせて、再度頭を下げる。
「うむ。私は梛津、地位としては四位下大湊領領主補佐だな。君達の事情は、漣夜から聞いているが、改めて君達の口から聞かせて欲しい」
「はい、畏まりました。私達はーーー」
そこから哲金が話した内容は、漣夜に話した時とほぼ同じだ。
拐われて、山の中で閉じ込められて暮らしていたこと。保護者がいないこと。強制的に覚醒させられて、妖魔と戦わされていたこと。誘拐犯達が、何か大きな仕事があると言って、全員で出掛けていったこと。
「それで、前触れ無く鍵が壊れたんです。原因は分かりませんが鍵が開いた以上、すぐにでも逃げるべきだと判断して、その日のうちに山を越えました」
「……ふむ。原因は本当にわからないのか?」
「はい。僕達に思い当たる特別な事はありませんでした。ただ、鍵は錬成具だったので……」
哲金がこちらに視線を寄越したので、つられて梛津もこちらを見る。
「君は……たしか<錬成術>と<解析術>の刻印があるのだったか?」
「はい。あくまで私見に過ぎませんが、あの錬成具は、経年劣化や霊力切れを起こしたようには見えませんでした。おそらくは、設定されていた何らかの解錠条件を満たしたか、過負荷による故障か、どちらかが原因だと思います」
「なるほど……では、誘拐犯達の言っていた『大きな仕事』というのに心当たりは?」
こちらに向けてされた質問に、首を振る。
「ありません。私達に質問は許されていませんでしたから」
「なるほどなぁ」
答えた後も、何故か私から視線が動かない。哲金よりも内情を知っていると思われたのか、失言でも期待されているのか。どうやらまだ質問があるようだ。
「君は、君達が捕まっていたという場所が何処だか分かるか?」
その問いかけに、意図せず眉が下がってしまう。
「あの……申し訳ありません。おおよそ南に向かったつもりではいるのですが、山を越えたり川を渡ったりしたので、私は逃げたその日のうちに方角も見失ってしまい……哲金か明黎であれば、もう少し詳しく分かると思います」
これは本当に、まったく分からない。曲輪の場所について私が分かるのは『あの辺りに連なっていた山のどこか』という程度のものだ。
私が本気で凹んでいるのに気付いたのか、やや気不味げに視線が逸らされる。
「う、うむ。 では明黎、君なら場所が分かるか?」
急に問いかけられて、明黎は一瞬こちらを睨んだが、すぐに梛津へと向き直る。
「おおよその方角と移動距離ならば答えられます。しかし、場所の特定をせよという事であれば、無理だと答えます」
非礼では無いが、かなり簡潔な否定だ。
「む……そうか。犯罪者の拠点を特定出来れば、被害の拡大を防ぐことも可能だと思ったのだが……」
それが本音か建前かはともかく、ずいぶんと正義感の強い御仁のようだ。
「兄上。場所が分かっても、うちの領から関与するには遠過ぎますよ。近隣の領地には書面で連絡をしておりますし、国の軍部の方にも報告を上げておきますので、そちらにお任せになって下さい」
「うむ……いや、わかっているぞ!」
若干言い訳がましく聞こえるが、周囲の反応からして暴走の類はしないと思う。私達への質問の内容も納得できる範囲だし、あまり疑われている気はしない。
おそらく、貴族、為政者として、民を守る気質が強いのだろう。
かと言って過剰に同情されている感じも無いので、一定の線引きも出来ると思われる。
口元に手を当てて少し考え込んでいる風の梛津を、周囲は黙って伺っている。
しばしの沈黙の後、梛津が口を開く。
「最後に、どうにも気になるのだが、君達を誘拐して閉じ込めていた奴等は、どれくらい強いのだ? 漣夜に聞いた限り、君達はかなりの手練れなのだろう? その君達を囚え続けられるような腕があるなら、犯罪者に身を落とすような事も無いのではないかと思うのだが……」
問われて、思わず私は目を瞬く。私達が囚われていたのは、隷属の首輪の効果によるものなので、戦闘能力の強さは関係ない。
正面切って戦う事が可能ならば、一番弱い私でも呪詛師に圧勝出来る。
ただ、隷属の首輪の事は絶対に言う気は無いので、哲金は私達の過去や事情を、ところどころ誤魔化したり捏造して話している。
同様に、私達を囚えていた犯人達の特徴も、呪詛師との内輪揉めで殺された教官役の構成員達のものを伝えていた。
なので、この場合想定して答えるべきは、教官達の強さだろう。確かにあの人達は結構強かったから、軍人や冒険者になっていれば充分にやっていけたと思う。
ただ、今の明黎より強いかと問われれば、答えは否だ。
けれど、それを正直に言えば「ならば何故抵抗しなかった?」と問われる気がする。
必要な時以外は地下に閉じ込められていた、という設定だから、正面切って戦う機会が無くても不自然では無い、と思うのだけど……
哲金の様子を伺うと、何故か若菜の方に視線が向いていた。
「そう、ですね……覚醒したての頃は確かにあの人達の方が強かったので、訓練と称して散々な目に合いましたが……」
哲金は、断言を避けて曖昧に笑う。
隷属の首輪が無かったら、私達は間違い無く全力で抵抗していたか、隙を見て逃げ出していた。
その自覚があるだけに、どう返答すればいいのか、私には思いつかない。
不安気に私達を見る若菜に向かって、哲金が困ったように笑いかけた。
「……今考えると、おそらく、戦えば、勝てたのかもしれません。でも、何故か抵抗出来なかった。きっと、怖かったから、ですね」
哲金の言い分に、内心首を傾げる。
しばし哲金の発言の意味を考えていたが、哲金が若菜を見ていたことで、納得がいった。
若菜は、私達の中で明黎に次いで、強い。大抵の人にも妖魔にも負けないだろう。
けれど実際の強さがどうあれ、若菜は大人の男性を怖がる。
それは、拐われ、脅され、何度も死にかけた過去の経験が、その心を、魂を傷付けたからだ。
若菜を見れば、実際の強さに関係の無い恐怖で行動に制限がかかる、というのは信憑性が高い言い分だろう。
「……私も、ずっと、お互いを人質にされていた事と、食糧を押さえられていたから、抵抗出来ないのだと思っていましたが……そうですね。怖かったのかも、しれません」
納得ついでに、哲金の言い分を肯定する発言をしておく。
明黎は憮然として「戦えば勝てた」と言う。
本心だろうが、この場合は哲金の主張する『無意識の恐怖による制限』を補強する意図だろう。明黎的には不本意極まりないだろうけど。
「…………そうか。いや、すまない……そうだな、君達はまだ未成年だったな……」
梛津が、落ち込んだ声音で言う。どうやら、罪悪感を刺激することに成功したらしい。
戸籍を得るためには『全力で同情を引く』という方針なので、どんどん憐れんで、助ける気になって欲しい。
「いえ、僕達は覚醒していますし……その、年齢も、少しあやふやなので……不甲斐ないです」
目を伏せて静かに告げる哲金は、『記憶が欠けて年齢も分からないほどに酷い経験をしました』と言外に含ませて、更に罪悪感を刺激している。
相変わらず、演技力がすごい。
ただまあ、これも単なる事実だし、実のところは哲金と、たぶん私も若菜も十四歳なので、本来ならば成人年齢ではない。
明黎だけは十五を超えている可能性があるが、それでも大人に囲まれれば、やや線が細く見える。
……見た目だけなら、たぶん私達は弱者に見える、と思う。
漣夜は私達の価値を色々言ってくれていたが、同情で戸籍が取れるなら、それでいい。
「よし! 君達の件は、私が責任持って預かろう。近日中に戸籍の取得も手配する」
部屋に梛津の声が響き渡る。その内容に、自然と笑顔になった。
「「有り難うございます」」
私と哲金の声が揃う。
明黎は無言ながらも頭を下げ、若菜も若干遅れて「ありがとうございます」と頭を下げた。
さて、これで面会は終わりかな、と辞去の挨拶をしようとした時に、横合いから声がかかった。
「お待ちになって。梛津、漣夜。確認する事柄がまだあるでしょう?」
漣夜の横に座っていた年配の女性から声が上がる。年齢と容姿からして、漣夜達の母親、つまり公爵夫人だろう。青みがかった黒髪が美しい上品な女性だ。
ただ、言葉にはそこそこ圧がある。
「母上、私も、もちろん兄上も分かっておりますよ。単に言葉が前後しただけです。ね、兄上」
「む、うむ。そうです、母上! 刻印の件を聞かずとも、戸籍の取得は認めていいと思っただけで、確認はしますとも」
どうやらまだ質問は続くようだ。




