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曙光を見出す  作者: 椿榎楸柊
一章 罪の奥山今日越えて

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20. 交易都市

「ああほら、あそこに見えるのが私の故郷、交易都市だよ」


 小高い丘の上から見下ろした先には、街道を行き交う無数の人や馬と、立派な外壁に守られた巨大な都市があった。


「凄く、大きいですね」


 何だか間抜けな感想を口から出してしまったが、それくらい今まで立ち寄った領地とは規模が違う。


「奥に小さく見えているのが港だね。うちの領地は、妖魔の侵入を防ぐ<聖域結果>の中に海がある、珍しい立地なんだよ」


 漣夜が懐かしそうに、色々と説明してくれる。

 その口ぶりと表情から、彼が故郷を心から愛していることが伝わってきた。

 領地の事を話したいから、と馬車を降りて歩いているあたり筋金入りだ。

 初めて話した時も、途中から興奮して様子が変わっていたから、好きな事には抑えが効かない性格(タチ)なのだろう。


「主産業は交易なのだけど、食糧を他領に頼り切りにしては良くないとからと漁業にも力を入れているんだ。海に近い土地はどうして農業には向かないからね。代わりに近隣の邑と協力して海藻の養殖も手掛けているから、そちらも是非食べて欲しい。そうそう、最近はますます領民が増えているらしくて、住居不足が問題になっているんだ。三階建ての長屋を導入するべきか兄から相談があったから、今回の帰省中に領地の実情をしっかり見ておかなくては。君達も気付いたことがあったら教えて欲しい」

「はい。是非」


 案の定、次第に漣夜の口数が増えてきて、最終的には怒涛の勢いになっていた。

 それでも、勢いの理由が分かっていれば戸惑うことも無い。漣夜の話に相槌を打ちながら、街道をゆっくりと進んでいく。


 交易都市に近付くにつれて、空気の匂いが変わってきた。湿気を帯びてやや重たく、山とは別種の生き物の匂いがする。てっきり人が多いせいなのかと思っていたら、これが海の、潮の香りなのだという。


 街道を行き交う人々に混じって進んでいくと、やがて外門前の大通りに出た。

 大通りとは言っても、外壁の外側には更に水堀があるので、直接門に繋がっているわけではない。道は堀の手前で左右に別れており、それぞれ別の橋に繋がっていた。


「あちらの賑やかな方が一般用の大門で、こちらの装飾されている方が貴族門だね。私達はこっち」


 漣夜がそう言って、徐(おもむろ)に馬車へと乗り込む。正直、今更だとは思うのだが、一応体裁は整えるようだ。

 道中でも貴族用の門が別にある領地を二つほど通ったが、ここはまるで規模が違う。一般用の門は、入門や退門の人数が多過ぎて、門の手前に複数の簡易の受付所があるし、順番待ちで並んでいる人々を相手にする物売りの声が響いている。

 それに対して、貴族門は、静かでやや物々しい雰囲気だ。門の手前まで馬車で乗り付けると、門前に立っていた取り次ぎの兵士に、従者が漣夜の名を告げる。兵士が名前を確認すると、すぐに門の脇の詰所へと案内された。


「こちらでお待ちください」


 馬車を降りた漣夜に続いて詰所に入ると、流石貴族用、と感心するような調度が置かれていた。詰所なので広さはそうないが、外履きのまま寛げるように布を貼った縁台が置いてあり、見事な絵の描かれた屏風で空間が区切られている。構造上風が通りにくいようでやや蒸し暑いが、すっきりした匂いの香が焚かれているのでそこまで不快でもない。

 漣夜が縁台に座り、私達はその背後に控える。

 たとえ貴族であろうとも、身分証の確認無く外壁の中へ入ることは許されていない。

 身分証は錬成具なので、その確認も専用の錬成具で行われる。錬成具自体は一般用と同じ仕組みだが、貴族には体裁というものがあるので、外の簡易受付のように流れ作業で確認されたりすることはない。

 多少間怠(まだる)っこしいが、貴族の対応は貴族がするのが基本で、貴族同士はある程度の世間話の時間を持つのが礼儀なのだ。


 取次の兵士が急いでくれたのか、さほど待つこともなく詰所に貴族然とした武官が入ってくる。


「久しぶりだね」

「漣夜様も、お変わり無いようで」


 入ってきた武官の顔を見て、漣夜は一瞬驚いたようだが、すぐに気さくに挨拶する。どうやら、知人のようだ。

 武官も漣夜に挨拶を返しているが、何故か漣夜ではなくこちらを見ている。今まで通った領地では向けられることの無かった、鋭い視線だ。


「そちらが、ご連絡のあった者達でしょうか?」

「ああ、少々縁があってね。今年成人だと言うので、是非うちの領地に来てくれと勧誘したんだ。彼らの身元は私が保証するし、この事は父上と兄上にも連絡が行っているはずだ」


 笑顔を貼り付けた漣夜も、僅かに気配が尖っている。先程は気さくに挨拶していたが、あまり心証の良くない相手なのかもしれない。


「ええ。勿論、公爵様から伺っております。だからこそ、私が門までお出迎えにあがったのです。それで、この者達は、随分と才能豊かな者達だとか?」


 ……随分と、警戒されているようだ。

 理由は、まあ、色々と思い付くので、ある意味仕方ないとも言えるが、警戒心丸出しでこちらを見るのは、身元保証人たる漣夜のことも信じていない、と宣言しているようなものではないだろうか。

 先程の挨拶の態度といい、会話の運び方といい、領主の直系相手に随分と不遜な態度だと思う。


「……なるほど。其方にとっては、私はまだ是非の判断も付かない子供に見える、ということかな?」


 案の定、漣夜の低く冷え切った声が武官を突き刺す。


「そういうことではありません。領地領民を守るのは、公爵様の、ひいては我々の役目ですから」


 言葉では否定しているのに、口調はまるで子供を宥めるようなものだ。しかも、自分の行動の根拠として公爵の権威を持ち出してくるときた。

 自覚があるのかは知らないが、随分と性質(タチ)が悪い。


「おや。つまり其方は、父上は私ではなく其方の判断を信じると仰った、と言っているのかな?」

「まさか、そのような」


 否定しながら唇を釣り上げる武官に、漣夜も口元だけの笑みを浮かべる。今までの旅の中では見たことのない硬質な態度に、何某(なにがし)かの蟠(わだかま)りの気配を感じとる。

 だからと言って貴族同士の会話に入っていけるわけも無い。事情を知るだろう筆頭護衛である櫂斗の様子を伺ってみるが、こちらも顔を顰めて武官を見据えている。

 どうやら、この武官との確執はそれなりに根深いらしい。


 それにしても、今取り沙汰しているのは、私達の処遇についての話では無かったのだろうか。明らかに論点がずれていっている気がする。

 そもそも、この武官は何がしたいのだろう? 

 初めは領地領民を守るという言葉通りに、私達を怪しんで警戒しているのかと思っていたが、それにしては初め以外ほとんどこちらに注意を払う様子がない。

 むしろ、漣夜を追い返したいとでも言わんばかりの無礼さだ。


「はぁ。まさか十年ぶりの帰郷でこのような扱いを受けるとはな。すまないが、正規の担当者を呼んでくれ」

「…………は?」


 武官が、虚を突かれたかのような、間抜けな声を上げる。その様子を見て、漣夜が、やれやれと言わんばかりに首を振った。


「如何に人材不足とは言え、其方が貴族門の責任者という事は無いだろう? これ以上昔馴染みの醜態を直視するのは辛いものがある」

「なにを……っ?!」


 自分の対応を醜態、と表現されて、武官は今までの余裕ぶった態度を一変させる。


「はぁ。一から十まで、全てを説明されないと理解出来ないのかい? この私、大湊公爵家金枝次男、五位下戸籍庁管理課長の漣夜が、入領と開門を要求しているんだ。拒否したいのならば、私情で職責を犯す不心得者ではなく、正規の責任者を連れて来い、と言っている。……そこの君、責任を取りたくなければ、担当者を連れて来てくれ」

「なっ、まっ……」


 門の中で所在無げにしていた取次役の兵士が、青くなって弾かれたように飛び出して行く。

 武官は漣夜の言葉に付いていけていないのか、先程までとは打って変わって狼狽えていて、その慌てぶりがどうにも道化めいていた。


「み、身分を笠に着るなど、王都に出られて随分とお変わりになったようだっ……!」

「今の私は、権力の行使に付随する義務を果たしている自負があるからね。それに、どんな人間でも十年も経てば多少は変わるものだと思いますよ」


 まあ、稀に全く成長しない(かわらない)人もいるようですが。

 

 真顔で言い放たれた言葉は、なかなかに容赦が無い。

 言われた武官は、顔を赤くして額に血管を浮かべ、まるきり鬼の形相だ。

 まあ、当然ながら全く恐ろしくはないし、なんなら駄々を捏ねる子供を見ているような気不味さすら感じる。


「小物だね」

「ゴミだろ」


 哲金と明黎が小声で失礼なことを言っている。聞こえたら面倒な事になるので、口に出さないで欲しい。

 ただ、考えることは同じらしく、武官から見えないように三人で微妙に立ち位置を変えて、若菜を隠す。あまり表には出ていないが、かなり怯えているようだ。小袖を握った指が震えている。


 そうこうするうちに、バタバタと慌てた足音が近づいてきて、先程の兵士が人を連れて戻ってきた。方向からして、一般門から応援を呼んだのだろう。

 武官にしては穏やかそうな、細身の男性が門の内側から入ってきた。


「失礼致します。治安隊所属、七位上中佐の優偲(ゆうし)です。応援要請に従い参りました。状況の説明をお願いします」

「……何も問題は無い。持ち場に戻れ」


 礼儀正しく挨拶をする新しい武官に、元からいた武官が唸るように告げる。そういえば、こちらの人は名乗ってすらいないな。


「何を言っているんだい? 問題が有るから来てもらったんだよ」


 悪あがきする武官に、漣夜は笑顔のまま呆れた目を向けてため息を吐く。両者の様子を見て、即座に中佐は自分が前にでて、武官を後方へと下げさせる。

 手振りで何かの指示も出したようで、部屋にいた二人の兵士が武官の両脇に付いて牽制しているのも見えた。

 その様子を見て、漣夜も改めて中佐に向き直る。


「中佐殿、呼び立てて申し訳ない。私は五位下戸籍庁管理課長の漣夜という。私の要望は、普通の入領と開門の許可だけだ。事前に書面で連絡もしている。にも関わらず、いつまでも足止めされているので、正規の担当者を呼んできて欲しいと、そこの彼に頼んだんだよ」


 中佐の後ろに付いている兵士が、びくりと震える。


「……なるほど。了承致しました。不手際をお詫び申し上げます。失礼ですが、身分証を拝見してもよろしいでしょうか」

「ああ。よろしく頼む」


 漣夜が身分証を取り出して渡す。

 中佐は、漣夜に丁寧に礼を伝えた後、身分証を台の上の錬成具に翳して確認していく。これまでの領地でも使われていた、身分証の真贋を検査する書物型の錬成具だ。


「……は? あ、はい。ありがとうございます…………漣夜様は、領主様のご子息なのですね」

「ああ。ずっと王都で勤めているので、今回は十年ぶりの帰郷なんだ」


 変わらぬ顔で微笑んでいる漣夜と対照的に、中佐の顔は強張っている。

 無理も無い。

 領主の地位は基本的には世襲だ。つまり、領主の直系とは後継候補であり、領地において、実際の階級とは別種の権力がある。

 まして、二十代で五位の位階にいる優秀さを鑑みれば、漣夜の不興を買う危険性くらい普通はすぐに分かるだろう。


「そうでしたか……治安隊の隊長と貴族門の責任者には、今回の件はしっかりと報告しておきます」

「おい待て、何を……」


 中佐が頭を下げると同時に、部屋の隅から声が上がるが、中佐は一瞥すらせずに兵士へと指示を出す。


「彼を治安隊本部の待機室へ連れて行ってくれ。責任は私が取る」


 その言葉が出た途端、両脇に控えていた兵士が武官を引っ立てる。

 彼らにしてみれば、職務違反と領主子息への無礼の巻き添えを食うか否かの瀬戸際だろうから、容赦などカケラも無い。

 武官は、離せだとか私を誰だと思ってるとか色々と騒いでいたが、もう誰も気にしていない。


「改めて不手際をお詫び申し上げます」

「いや、君が気にする事は無い。助かったよ。もし、証言が必要な時は気軽に言ってくれ。あと、今回未成年を四人連れているんだ。入領保証人は私だから、彼らの手続きもお願いするよ」

「承知致しました。では、こちらの書類にご記入をお願いします」


 漣夜が書類を記入している間に、護衛達の身分証の確認も終わる。治安隊の中佐と言うからには、おそらくこういった手続きは専任ではないだろうに、非常に手際がいい。

 その彼が、兵士から何かを受け取る。


「あと、お手数ですが、こちらもよろしくお願いします」


 差し出されたのは、朱色の麻紐。類似の物は、今まで通ってきた領地でも使っていたので用途は知っている。

 この朱紐は、簡単に言えば武器の封印だ。といっても、何か特別な効果のある錬成具だとかではなくて、単なる朱(あか)い紐だ。

 この紐で、刃物の類なら簡単に抜けないように柄と鞘を縛り、棍や杖などの打撃武器なら背中に縛って、即座に武器として使えないようにするのだ。

 領地内での諍いを抑止するための、規則として定められている。


 もっとも、基本的に朱紐は自分で用意する物で、こんな風に門で渡されたりなどしない。

 何らかの事情で朱紐を用意出来ない時は、門で購入する事も出来るとは聞いたが、かなり割高なので、普通は予備を持ち歩くそうだ。

 私達も、最初に訪れた邑では早多と佐彦の予備の朱紐を借りたし、今は漣夜から購入してもらった物を使っていた。

 なので、これは咄嗟に用意出来るせめてものお詫び、と言ったところだろうか。消耗品扱いなので高価な品ではないが、あって困る物ではないし、誠意は伝わる。


 漣夜も事を荒立てる気は無いらしく、「ありがたく使わせてもらうよ」と朱紐を受け取って、私達にも回してくれる。

 渡された朱紐で腰に差した二振りの小太刀を固定する間に、他の皆も手早く武器に封を施す。

 若菜だけは武器らしい武器を持たないので、ぼんやり待っていた。さっきまで大声で騒いでいた武官がいなくなったので、少し気が抜けているようだ。

 全員が朱紐の処置を終えて、護衛らしく姿勢を正す。まあ、主武器を封じていても、私達は全身のあちこちに暗器を隠しているんだけど……もちろん、余計な事は言わないし、暴露(ばれ)るような下手を打つ気もない。

 そもそも、やろうと思えばいくらでも抜け穴をつける規則なので、突発的な喧嘩での刃傷沙汰を防ぐのが主目的なのだと思うし。


 そんなことをつらつら考えているうちに、開門の準備が終わったらしい。

 詰所から一旦外に出て、馬車の後ろへと戻って待機していると、金属で装飾的に補強された立派な門がゆっくりと開いて行く。

 ゴトゴトと動く馬車の後ろについて門の内側へ入る。すると、何故か正面には再び壁があった。周囲を確認すると、門の周囲だけ外壁が二重になっていて、外門を潜った後に直角に曲がってもう一つの門を通らないと街には入れないようになっているようだ。

 一般門のあった右側にも壁があるので、おそらくあちらも左右対称で同様の構造になっているのだろう。


 ……こんな門の構造は初めて見る。

 壁の上に櫓が付いているので、門から侵入した者に対する攻撃の備えだろうと察しは付くが、道が広いので、そこまでの圧迫感は覚えない。曲がった先の門は、事前に連絡が行っていたらしく、既に開いていた。

 二つ目の門を通り過ぎると、今度こそ開けた視界に、賑やかな街並みが映った。

 所狭しと建物が建ち並び、その合間を人々が行き交っている。遠くに見える背の高い建物は、領城だろうか。どこか近くで市を開いているのか、微かに呼び込みの声が聞こえた。


「凄い。人が多い」

「分かってたけど、土地も広いね。建物も多い」

「潮の匂いで、細かいことが分かりづれぇな」


 馬車に従って大通りを歩きながら、哲金と明黎と、小声で会話する。若菜は無言だが、後ろにぴったりとついてきている。

 今まで通り過ぎてきた中小の領地とは、桁違いに情報量が多くて、これはちょっと慣れるまで大変かもしれない。


 貴族門から直接大通りに出ていてすらこれなので、一般門周辺はどうなっているのか想像が追いつかない。


「よっ! 大丈夫かい?」


 馬車の横を歩いていたはずの早多が、ひょいと顔を出す。

 区画が変わり人通りが減ったからか、後方に立ち位置を変えるようだ。


「俺も初めて王都に行った時は驚いたから、戸惑ってるんじゃないかな〜って思ってさ」

「そうですね。人も建物も多いし、見慣れない物もあって、正直言って何に注意を払えばいいのか」


 哲金が苦笑しながら答える。


「慣れるまではどうしてもなぁ。まあ、俺で分かることなら聞いてくれて大丈夫だぞ。漣夜様と櫂斗様にも許可取ったし」

「いいんですか? ありがとうございます。では早速、」


 哲金が代表して、道中見かけたあれこれの正体を聞いて行く。

 食べ物、海で採れる素材、服飾品、動物除けなど、聞けば納得出来る物もあれば、説明されても用途のよく分からない物もある。


「風鈴、ですか?」

「ああ。最近の流行りだな。って言っても金持ちの家にしか無いけど」


 音で涼を取るための、硝子細工、らしい。

 なんでも、数年前に硝子の量産と加工に成功した領地があるらしく、新しい硝子製品が出回り始めているそうだ。王都だと、風鈴の他に硝子の食器を使う家もあるのだとか。


「なるほど? 贅沢品ってことですね」

「まぁなあ。粋だとか風流とか説明されても、俺もイマイチわからんよ。良い音だとは思うけどさ」


 『涼を感じさせる風を、聴覚でも認識することでより風を強く感じる、ということかな』なんて考えていた私も風流とはほど遠いようだ。


「ところで、さっきの門に最初にいた武官の人って何だったんでしょう?」

「あ、あー。う〜ん、俺も詳しく知ってる訳じゃ無いし、憶測で色々言うのはマズいからなぁ…………櫂斗様からは、漣夜様に濡れ衣着せて領地から追放したがってる奴等がいる、ってことだけ聞いてる」


 追放。何やら穏やかならぬ単語が出てきたが、そう言えば漣夜は十年ぶりの帰郷だと言っていた。

 あの武官の妙に短絡的で尊大な態度も、一度追い落とした相手だと侮っていたのだと思えば納得出来る。


「あ、もちろん本当に追放されたとか、家族仲が悪いとかじゃ無いぞ。漣夜様、しょっちゅう家族と手紙のやり取りしてるし」


 慌てて付け足された言葉に頷く。そのあたりの機微は、短い付き合いながらも分かるつもりだ。

 漣夜は故郷や家族のことを、いつも笑顔で語っていた。あの熱量の全てが嘘だと言うことは流石に無いと思う。


「偉い人は偉い人で大変なんですねぇ。内部で争ったって、自分達の首絞めるだけって分かりそうなものなのに」


 馬鹿なのかな? とでも言いたげに肩を竦める哲金に、ちょっと眉を寄せて早多が注意する。


「それはそうだろうけど、あんまり軽口叩くなよ? 今から、その偉い人達が沢山いる場所に行くんだからな?」

「そうですね。気を付けます」


 心配してくれた早多には悪いが、哲金はたぶん分かって言っている。

 だが早多は、笑顔の哲金に余計に心配になってしまったらしい。


「本当に気を付けろよ? 漣夜様はお優しいけど、普通の貴族は全然あんな感じじゃないからな?」

「漣夜様が素晴らしい人格者なのは、僕にも分かります。僕達みたいな孤児にも優しいし」

「そうだろう。あんなに平民を思いやってくださる方はそうそういないぞ」

「なるほど。じゃあ、漣夜様と比べると、他の貴族はどんな感じなんですか?」

「そりゃ、」

「早多さん、そろそろ着きそうですよ」


 哲金につられて、うっかり失言しかけていた早多を止めるために話しかける。

 実際、周囲は貴族の邸宅らしき場所が増え、領城に近付いてきている。そろそろ私語は慎むべきだろう。


「あっ、おわっ。そうだな」


 失言しかけていたことに気づいたのか、やや慌てながらも姿勢を正して表情を引き締める。このまま後方での護衛にあたるようだ。私達も一応護衛を引き受けているとはいえ、身分としては未成年だ。正規の護衛が後方に一人もいないのは問題があるのだろう。

 それはそれとして、と悪ふざけを仕掛けた哲金に目をやるも、にこりと笑い返される。あのまま放っておけば、早多は漣夜を褒める延長線で、他の貴族を貶す発言をしていた可能性が高い。しかも貴族の邸宅が並ぶ場所で。私が止めることを前提にしていたのだろうとは思うが、恩を仇で返すような真似はやめてほしい。

 明黎とも目線で何事かやり取りしているようだが、反省の色は全く無い。本気でまずい事はやらかさないとは思うが、本当にイイ性格をしている。

 まあ、緊張を紛らわす意図もあるだろうから、強く言うべきでも無いだろう。

 内心溜め息を吐いた所で、馬車が止まった。

 漣夜の声かけに応じて、領主館の門が開いていく。


 明黎も哲金も、若菜まで、先程までとは打って変わって緊張感が漂っている。

 ……うん。正念場だ。

 戸籍が得られるか、すなわち、この国で一人の人間として認められるかどうかは、ここでの交渉にかかっている。

 姿勢を正し、微笑みを浮かべ、指先まで気を張り巡らせて、一歩踏み出した。

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