19. 街道
ガタゴトと音をたてながら馬車が進む。
私達は今、漣夜一行と一緒に、彼の故郷である大湊公爵領、通称『交易都市』へと向かっている。
私達は、交易都市で戸籍を取得させてもらえる事に決まったわけだが、取得前の今現在は当然未成年の扱いだ。一時的な保証人を漣夜が請け負ってくれたので、無事に一般人に紛れて旅をすることが出来ている。
そのお礼に、と言えるのかは微妙だが、私達は道中の護衛を請け負っている。
一緒に、とは言っても漣夜は新しく用立てた馬車の中で、私達は徒歩での移動だ。あの時怪我をしていた従者は全快して御者台で馬車を走らせているし、櫂斗という護衛は騎馬だけど、他二人の護衛達は同じく徒歩である。
漣夜から、全員に馬を用立てる提案もあったが、そもそも私達は騎乗出来ないので、申し訳ないが断った。私達のせいで移動速度が遅れるのならば、かなり心苦しいと思っていたが、元々櫂斗以外の護衛は徒歩だったらしい。
馬車も、速度を出せば出すほど馬にも車体にも負担がかかるので、大抵は人の歩行速度とたいして変わらない速さで進む場合が多いのだそうだ。
ならば何故馬車を使うのかというと、勿論漣夜の社会的地位に関する権威云々も確かにあるのだが、何よりも荷物を載せられるというのがかなり大きい。どうしても重く嵩張る水や食糧などを、自分達で運ばずに済むのはかなり楽だ。
今通っている街道は、それなりに旅人の行き来が盛んで、稀に他の馬車とすれ違うこともある。
目的地である交易都市は、国の東端にある港街だ。通称通り、船を使った交易が盛んで、国中の物がこの都市に集まるのだそうだ。更に、国で唯一の海外貿易を可能とする巨大な帆船も保有している、非常に栄えている領地である。
ゆえに、そちらに向かう街道も当然大きく、よく整備されている。
では何故あの時、漣夜達が寂れた山間の街道を通っていたのかというと、護衛の一人が勧めたからだと言う。
主街道は、あの山を迂回する形で敷かれている。安全だが、当然遠回りだ。休暇の時間が限られている主人が一日でも早く故郷に帰りたいだろうと、時間短縮に山道を使ってはどうかと提案したのだそうだ。
護衛はあの辺りの邑の出身で、彼がいた当時は、地元の人間がそれなりに利用する道だったのだ。ところが、彼が就職して地元を離れた後、あの街道で度々山賊の襲撃があり、人通りがめっきり減った。使う人がいなくなれば、当然道は荒れる。特に、街道の根幹である護扇樹の手入れが行き届かなくなり、あちこちで枯れたり弱ったりしていた。そこに長雨による崖崩れが重なって、あの事態となったらしい。
「本当に、あの時皓理ちゃん達が来てくれて助かったよ」
そう言いながら、街道の護扇樹の根元に肥料を撒いているのは、件の護衛、早多だ。
今は、水分補給を兼ねた休憩時間で、その時間を利用して護扇樹の世話をしていた。
「本当ですよ。俺もう死ぬかと思ったし」
そう言いながら、柄杓で水を撒いているのは、あの時糸に捕まっていた護衛の佐彦。
二人は、それぞれ調査不足と注意不足の咎で、筆頭護衛である櫂斗に減俸を言い渡されている。本来なら馘首になってもおかしくない失態だったと、二人は減俸で済んだ事に安堵の息を吐いていた。
私達は一時的に漣夜の護衛を引き受けているので、一応彼らと同僚ということになっている。早多と佐彦の戦闘能力は、だいたい私や哲金と互角くらいか、少し弱いだろうか。櫂斗は若菜と互角くらいの強さだと思う。つまり明黎が一番強い。
ただし、今のところ街道での妖魔の襲撃は一度だけで、それも平地にはよくいる飛蝗の妖魔が一体だけだったから、どちらかというと私達が知らない、所謂常識的な事を彼らに教わっている事の方が多い。
今やっている、護扇樹の手入れもそのひとつだ。街道を通る者は、道中の護扇樹の手入れを行うのが不文律となっているらしい。
護扇樹は霊木なので、水と同様に霊力か、魔力を帯びた養分が必要だ。
野生の霊木草は、通常妖魔から何らかの手段で魔力を吸収して成長する。
けれど護扇樹は、その性質として妖魔を寄せ付けない。その為、人が肥料を与えて手入れしなければ、やがて枯れてしまう。
まさに人と共に歩んできた霊木と言えるだろう。
「今までは、正直面倒くさいと思ってたんだけどさぁ、あんな経験すると、如何に手入れが大事なのか実感するよな。有り難みが分かるっていうか」
「そうですね。今までは街道は安全だって、当たり前みたいに思ってましたけど、そんな事ないんだなって……習慣とか礼儀って、こういう経験が元で出来たのかなー、とか考えちゃいました」
手入れを終えたら、仕上げに色を付けた藁紐を枝に結びつける。今は六月なので紅赤色だ。
この目印が無くなってたり古くなっている木を優先して水と肥料を与える決まりらしい。藁紐の色は月毎に決まっていて、どんな小さな村でも、肥料と一緒に売っている物だという。
そういう、普通に生活していたら当たり前に知っているような事を、ひとつずつ教わっている。
他にも、簡単な地理や地域毎の特色、街道でのごみの処理方法、旅人同士の情報交換の仕方、後は成人と未成年の服装の細かい違いなど、様々な事を教わっていて、如何に自分が世間知らずなのかを実感している。
二人は、私達の世間知らずぶりを呆れたり憐れんだりせずに親切にしてくれる。早多さんは多少言動が軽く、佐彦さんはウッカリが多いものの、見習いたい人柄の良さだ。
こういう部下が付いているあたりからも、漣夜の人徳が伺える。
「枝の剪定はしなくてもいいんですよね?」
護扇樹は枝葉がよく茂るので、夏に向けてある程度剪定してあげた方が良いのだが、それは二人に止められていた。
「ああ。下手に素人が手を出して枯らしたら大変だから、街道の護扇樹の剪定は冒険者協会が請け負う決まりなんだよ。自然に落ちたり折れたりしたのを拾うのはいいけど、故意に枝を打ち払ったりしたら、罰則があるから気をつけてね」
「はい」
以前、哲金が護扇樹に関する品は冒険者協会の専売品だと言っていたが、それはこの決まりがあるからなのだろう。
確かに、木の剪定は専門家がした方がいい。それに、誰でも枝葉を切っていいとなれば、自己の安全や利益の為に必要以上に刈り取り奪っていく輩が出るのは想像がついた。
危うく無知により犯罪を犯すところだったので、そういう意味でも常識の取得は急務である。
哲金も似たような危機感を持っているらしく、よく従者の人に話を聞いていた。
逆に若菜は、見知らぬ人、特に男性が怖いようだ。これも一種の意志と感情の発露ではあるのだけど、やはり可哀想だ。少しずつ慣れてはいるようだけど、なるべく明黎と一緒に離れた場所にいられるように気をつけている。
今も、二人は近くの小川まで水汲みに行ってくれているので、つかの間の別行動だ。そろそろ戻って来るとは思うのだが。
「おい、皓理」
パッ、パンッ!
声とともに、飛来した小石を叩き落とす。
振り返ると、明黎と若菜が、それぞれ樽と桶をこちらに運んできていた。
明黎は元々口数が多い方ではないし、他者との交流にも消極的だ。護衛の人達とも、ほとんど雑談の類はしようとしない。
にも関わらず、わざわざ声をかけたという事は何か用があるのだろう。
「水汲みお疲れ様。何かあったの?」
「茎が赤、葉は緑、小粒の赤い実が沢山付いている低木。この特徴の霊木に心当たりはあるか」
端的に上げられた特徴を持つ霊木は、今まで見た事は無い。ただ、地下書庫にあった霊木草の特徴を綴った図鑑には、記述があった気がする。
「その特徴なら、溶捕了か難燭かな。うん、幹じゃなくて茎に見えたなら難燭の方だと思う。葉先が尖ってなかった?」
「ああ、柳葉を短くしたような形だな。川の手前、右手の藪の中にあった。それなりに霊力豊富な霊木だ」
「うん、それならやっぱり難燭かな。赤と緑属性で、上手く霊薬に出来れば筋力を増強する効果があるって書いてあった。出来れば実と葉を採取したいけど……時間が足りるかな」
太陽の位置と影の長さからして、明黎達が水を汲んで戻ってくるまで、四半刻くらいかかっただろうか。休憩の予定時間は半分ほど過ぎている。
二人より足の遅い私が採取に出向くならば、出立予定時刻に間に合わない可能性の方が高いだろう。
(仮にも護衛を引き受けている以上、私用を優先するわけにはいかないよね)
そのくらいは、世間知らずの私でも分かる。
非常に残念だが、今回は諦めるしかないだろう。
「教えてくれてありがとう、明黎。でも、採取に行ってたら出立に間に合わないから、残念だけど今回は諦めるよ」
「あァ?」
ガラ悪く凄まれる。が、これは不愉快っていうより疑問に思ってるだけかな?
思えば、明黎は一番反骨精神が強かったのだし、四人でいる時も単独行動が多かった。今みたいに、他人の都合に合わせて行動するのは苦手なのかもしれない。
とはいえ、状況判断能力は抜群だし、頭の回転も早い。日の高さと私の移動速度を勘案してか、鼻を鳴らされた。
「オイ、枝を落とす時に気を付けることは?」
「うん? ……採りに行ってくれるの?」
「お前ほどノロマじゃないんでな。素材処理だけなら、ここで出来るだろ」
「休憩は?」
「必要無ぇ」
必要無い事はないだろう。いくら明黎が強くても、無尽蔵に動ける訳じゃないのだから。
咄嗟に口をついて出そうになった小言を飲み込んで、じっくりと明黎を観察する。確かに、疲労している気配は無い。
なら、明黎の優しさに甘えてもいいかな。難燭は珍しい霊木だと書いてあったので、惜しいのも確かだし。
「……うん。ありがとう。難燭は、妖魔の魔力にしか反応しない霊木だから、特別な注意は必要無いよ。でも、一応気をつけてね。実物見てないから断言出来ないし」
「ハッ、要ら無ぇ心配だな」
言い終わると同時に明黎の姿は獣道の向こう側に消えていた。代わりに残された水樽を持って振り向くと、護衛の二人が微妙な表情でこちらを見ている。
何だろう?
「……その、大丈夫?」
「はい、明黎なら休憩時間以内に戻ってくるはずです。ここの水は綺麗ですが、念の為に一度沸かしましょうか。若菜、おいで」
若菜を手招きすると、護衛の二人を警戒しながらも素直にこちらにやってくる。両手に持った水桶が重そうだ。
先日、汲んだ水に浄化炭を使おうとしたら、護衛二人に勿体ないと言われた。街道沿いの水場の水は、基本的に一度沸かせば安全に飲めるらしい。
火は馬車近くで哲金達が焚いているようなので、桶の水の方はすぐに煮沸処理が出来るだろう。
水の処理をしている間に、明黎の行き先について漣夜に伝えたところ「構わないが、出来れば事前に知らせて欲しい」と、やんわり注意された。
集団行動が身についていないのは、私もだったらしい。
反省する一方で、私達に護衛の仕事は向いていないな、とちらりと思った。




