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曙光を見出す  作者: 椿榎楸柊
一章 罪の奥山今日越えて

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16. 夜明け

 暗闇の中を足音を殺して歩いていく。


 夜目のきく明黎と哲金に前後を守ってもらいながら、夜の山の中を進んでいた。


 最低限の擬装工作と荷造りを終えた私達は、夜中のうちに曲輪を出立した。

 こちらに向かってくる者がいた時のことを考えて、整備された道は使わず山中の道無き道を進んでいる。

 曲輪のあった山は周囲を大小様々な山に囲まれていて、北側にだけ道が通っていた。

 だから、敢えて逆方向の南側に進んでいる……はずなのだが、前を行く明黎の姿さえあやふやな闇の中では、今自分がどんな場所にいるのかすら分からない。


 荷物を括り付けた背負子を揺すって、肩紐を握り直す。頬を伝った汗が、顎先から滴り落ちた。

 山歩きは慣れているが、視界の効かない夜に移動するのは、予想以上に消耗を強いられる。

 加えて、夜は本来、妖魔の支配する時間だ。妖魔避けの錬成具を使ってなお、既に二度ほど襲撃を受けている。明黎がすぐに始末してくれたが、ずっと頼りきっているわけにもいかない。

 効かない視界を補うために聴覚と嗅覚に意識を割いているが、慣れない索敵方法はやはり精度が低い。かと言って松明などを用意するのも止められていた。開けた場所ならともかく、移動中に一部分だけ明るいと、夜目の効く明黎と哲金にはかえって邪魔なのだそうだ。


「もう少し行った所に、平らな岩場がある。そこで一旦休憩するぞ」


 休憩? なぜ? と一瞬疑問に思ってから我に返る。

 もう三刻(約六時間)は動き続けている。移動しかしていない私でも、暑さで汗をかいていた。そろそろ水分や塩分を補給しないとまずいだろう。



 ちょっとした崖の上にある岩場に着いて、周囲を確認する。斜面にせり出した岩場は、三方向の見晴らしが良く、背後は壁のような崖だ。近付くものへの警戒は最低限で済む。念の為に≪幻影≫の錬成具も起動しているから、簡単に視認されることも無いだろう。


「はぁ〜、疲れた。交代で見張りしながらちょっと休憩しよ。最初は兄さん、次が僕で、最後が姉さんと若菜ね」

「ああ。四半刻(約30分)は休むか。水と栄養を摂った後は、足をほぐしておけよ」

「うん。ありがとう」

「わかった、おにいちゃん」


 適当な石の上に座って、背中の荷物を下ろす。兵糧丸を咀嚼しながら竹筒から水を飲み、わずかに脚絆を緩めた。


「若菜、どこか痛いところは無い?」

「だいじょぶ」


 横に座った若菜は脚絆をそのままに脚をさすっていたので、一言かけて脚絆を少し緩めてあげた。その後で、自分もやりながら筋肉の揉みほぐし方を教える。疲れている時は足が攣(つ)りやすい。

 ある程度身体の強張りが抜けたところで、手拭いを取り出して若菜に渡し、自分も汗を拭いていく。ちょうど下から吹き上げた風が髪を揺らし、首筋を撫でていった。


「はぁ、涼し……」


 闇の中で凝らし続けた目を閉じて、知らない草の匂いをまとった風を全身で感じ取る。なんとなく首に手を当てて、そこに首輪が無いことを改めて確認してしまう。


(本当に……曲輪の外だ)


 今はどのあたりにいるのだろう。一度下った後に登っているから、曲輪のあるのとは別の山にいることは確かだろうけど。


(どこでもいいか……もう、どこへでも行けるんだし)


 近寄ってくる気配に目を開けると、見張りを哲金と交代した明黎がこちらに歩いてきていた。ついでに周囲を確認すると、若菜がうつらうつらと船を漕いでいたので、倒れないようにこちらにもたれさせる。今日は徹夜だ。短時間でも寝れるなら寝かせてあげたい。

 明黎もドサリと雑に座ると、脚絆を緩めて脚をほぐしている。流石に疲れたのだろう。


「お疲れ様。見張りありがとう」

「ああ…………皓理は寝ないのか?」


 肩にもたれた若菜を見ながら問いかけられる。私が一番体力が無い自覚はあるので、確かに少しでも休んだ方がいいのだろうが、今は眠れそうになかった。


「うん、予想外の事が多すぎて頭が醒(さ)めてるみたいで」


 とは言っても、その醒めた頭を思考に回せているとは言い難い。

 曖昧に笑いかけると、明黎もそれ以上言及してくることは無かった。


 若菜の微かな寝息以外は静まりかえった空気の中、見張りをしている哲金の背中をぼんやりと見ていると、ふと、うっすらと辺りの様子が見えるようになっていることに気付く。視線を巡らすと、空の端が紫色に染まっていて、正面の山の際から光が射していた。


「朝日だ」


 生まれたての日の光が、周囲をゆっくりと照らし出していく。


「まぶし……」

「直視すんな。目が焼ける」


 暗闇に慣れた目に光が染みて目を細めると、明黎が座る場所を移動して光を遮った。

 表情は影になってよく見えないけど、彼を背中から照らす黄金の光で、輪郭がくっきりと浮かび上がる。


「…………きれい…………」


 名は体を表すと言うが、明黎はその名前通り、夜明けの景色が良く似合う。

 私が私として覚えている最初の記憶も、光を背にした明黎の顔だ。


「皓理? 大丈夫か?」


 ぼんやりと見惚れていたら、怪訝そうに名前を呼ばれる。その声に、自然と顔がほころんでいく。


(ああ……生きている)


 私も、明黎も、哲金も若菜も。

 四人で生き残って、あの場所を抜け出した。

 長い夜が終わって、新しい朝を迎えたのだ。


「兄さん、姉さん? どうかした?」

「ああ、うん、大丈夫。……朝だなぁ、って思って」


 こちらの声が聞こえていたのだろう、哲金の心配そうな声に、何の説明にもなっていない言葉を返すと、もたれていた若菜をそっと地面に横たえる。


「哲金、見張り変わるよ。これだけ明るくなれば私一人でも大丈夫だし、若菜はもうちょっと寝かせてあげて」


 立ち上がり、光の射す方へ向かって歩いていく。


 もう光は眩しくなかった。

 



◇



 

「若菜、そっちに行ったよ!」

「うん。えいっ!」


 曲輪から逃げ出した日から三日後。私達は川で魚を獲っていた。


「やー、ロクに道具も無いのに結構大漁だね」


 哲金の言う通り、岸に置いた籠の中には十匹ほどの魚が入っている。


「若菜が素手で捕まえてるからね」


 捕まえるというか、弾き飛ばすというか。書物に載ってた熊の狩りに似ている気がする。

 ちなみに私と哲金は成功率が低かったので魚を追い込む係を担当していて、明黎は周囲の警戒係だ。


「若菜、あと二匹獲りたいけど、いけそう?」

「うん。できるよ」

「じゃあ、今度はこっちから右の方に誘導するね。行くよー」

「うん………………えいっ!」


 可愛らしい掛け声と共に、また一匹魚が宙に舞った。



 パチッと水分を含んだ小枝が弾けて火の粉が散る。

 昼に魚を獲った川を下流に移動する途中で見つけた洞窟が、今夜の寝床だ。

 日が落ちきる前にと、焚き火用の枝を集めたり、食事の準備をしたりと慌ただしく動いていたが、そろそろ空が藍色へと変わってきている。

 洞窟の中は、専用の錬成具で焚いた妖魔避けの練香の香りに満たされているので、ある程度ゆっくり休めるだろう。


 夕飯は川魚の味噌焼きと雑炊だ。昼は簡単に魚の塩焼きしか食べていないので、気持ち分量も多めに作ってある。

 川魚の名前は知らないけど淡白な白身の魚だ。内臓の処理をした後に、味噌と砂糖葛酒を混ぜたタレを塗って焼いてみた。

 雑炊は、曲輪から持ち出した米と漬物、道中で摘んだ野草を入れたものだ。


「「「「いただきます」」」」


 食前の挨拶をした後は、全員がまず魚に箸をつける。


「今日初めて食べたけど、獲れたての魚って美味しいね」

「同感。僕は肉より魚の方が好きだなぁ。下流の方でも手軽に獲れる魚がいればいいけど」


 曲輪の近くには川が流れてなかったし、年に二回届く物資の中にも干し魚は微々たる量しか入っていなかった。だから、今まではあまり魚を食べた事が無かったけれど、これはかなり美味しい。塩焼きも良かったけれど、味噌焼きも香ばしい味噌と脂の乗った魚肉の相性が抜群だ。

 明黎と若菜は無言だけど、箸の進み具合からしてたぶんかなり気に入っている。


「これ、香草と一緒に竹皮で蒸し焼きにしても美味しいと思うんだけど」

「あ、美味しそう。明日はそれ作ってよ」

「うーん、そうしたいけど、香草の種類がちょっと心許ないのよね。山山椒(やまさんしょう)とかが見つかればいいんだけど。もしくは柑橘系の果実とか」


 曲輪から持ち出した物資は、それほど多くない。最低限の着替えと食糧、霊薬、旅の道具、以前話していた換金用の荷物以外は、稀少な素材と霊木草の種などがせいぜいだ。

 自分達が背負って運ぶしかない以上、仕方がない。特に今は、文字通りの獣道しかない山の中だ。今の量でも充分大荷物の範囲だろう。


「そういえば、明日はこのまま川沿いに移動するの?」


 現在地は道なんて無い山の中で、地理もわからない。半ば遭難しているようなものだ。

 たぶんそれなりに危険度の高い状況なのだと思うが、季節が夏であることもあって、あまり危機感は覚えない。野宿でも凍える心配は無いし、食べられる山の恵みも多い。いざとなれば兵糧丸もある。

 水だけは絶やすわけにいかないから、それなりに気をつけているが、これも浄化炭があるので余程の無水地帯が続かない限り問題無い。

 妖魔についても、曲輪周辺と同じような種類が多いから、全員で行動する限りなんとかなる。


 とはいえ、いつまで山の中を彷徨っているわけにもいかない。日が暮れる前に高所から周囲を偵察していた明黎に、明日の進路を確認する。


「西側の山との間にある谷に、幅の広い川があった。あれを辿って行けば、おそらく街道か人里に着くはずだ」

「西? ってことは、今近くにある川からは離れる感じ?」


 哲金が不思議そうに聞き返す。

 明黎と哲金が昔の任務で見た地図の記憶によれば、この辺りの山を全部越えれば、南東方面に大きい街道があるらしい。だから今までは南東に向けて進んでいたのだけど、西に逸れるとなると当初の予定とは違ってくる。


「そこの川もたぶん西の川に合流する。最終的な方角としては南方面に抜けるだろうな。予定とは違うが、一旦人里に出た方がマトモに進めるだろ」

「……そうだね。戸籍を取るのにも、先立つ物が無いと難しいだろうから、早めに現金を手に入れたいし」


 私達が当面の目標としているのは、曲輪や王都からある程度離れた領地で戸籍を取得する事だ。

 今の私達は、お金も戸籍も保護者も持たない、圧倒的な社会的弱者だ。それでいながら、覚醒済みで充分な戦闘能力がある。外見的にもちょうど成人前後に見えるだろうし、可及的速やかに戸籍を取得しないと、面倒な事になるだろう。

 ただし、戸籍の取得には保護者、最低限でも身元保証人が必要だ。当然ながら私達にはそんな人はいないし、なってくれる人を探す伝手も無い。

 だから、金銭で一時的な身元保証を依頼をするしか無いだろう、というのが明黎と哲金の予想だったし、私もそう思う。そして、そのためにかかる費用もかなりの額になると想定している。私達が厄介事を抱えているのは事実であるし、若菜の様子を見れば訳有りなのは一目瞭然だ。普通の人は、まず引き受けてくれないだろう。


「はぁ。正義感が強くて警戒心が低くて人助けが趣味、みたいな人間に出会(でくわ)さないかなぁ」

「そんな都合の良い奴が、そうそういるわけねぇだろ」

「うーん、まあ、そんな人に会えたらいいけど」


 哲金の軽口混じりの願望を、明黎が即座に否定する。哲金だって本気じゃないだろうし、私もあまり期待していない。縁もゆかりも無い厄介事を抱えてる人間を助けてくれるような聖人は、そうそういないだろう。


「まあ、用意してた物で稼げる金額で、何とかなると思うよ。一人分の戸籍があればいいんだし」


 哲金が請け負ってくれるが、その難しい表情を見る限り、お金が足りるかどうかは微妙な線なのだろう。それに、たとえ戸籍が取得できたとしても、住む所も仕事も無いのだから、しばらくは生活に苦労するのは確実だ。

 それでも、曲輪に閉じ込められて、抵抗も許されず犯罪を強要されていた今までの生活よりは、遥かに良い。



「御ご馳走様でした」


 話している内に、皿と器の中身はなくなっていた。手を合わせて食後の挨拶を終え、全員分の食器を回収する。空になった鍋と食器、あと箸の汚れを灰と混ぜてから拭い、浄化炭を入れた桶の水で軽く濯ぐ。その後布で綺麗に拭いてから、重ねて行李にしまっていった。


「若菜、山桃があるけど、食べる?」

「たべる。アキ、ありがと」

「どういたしまして。兄さんと姉さんは?」

「俺はいい」

「ありがとう。私は少し貰おうかな」


 哲金の差し出した小籠から、山桃を一粒受け取る。口に入れると、甘酸っぱい味が広がった。曲輪の周囲になっていたものより、甘みが強い気がする。


「うん、美味しい。若菜も気に入った?」

「おいしい。これ、すき」


 にこり、と若菜が笑う。曲輪を出てから、心なしか若菜の笑顔も増えたように感じる。

 これから、嬉しい、楽しいと感じることがどんどん増えるといいなと思う。霊薬の研究が出来ない今、それが若菜に対して出来る最大の治療法だろう。


「……ねえ、三人とも、戸籍が取れたらしたい事って何かある?」

「戸籍が取れたら?」


 脈絡の無い問いかけになったせいか、明黎が怪訝そうに繰り返す。


「うん。しばらくは冒険者活動でもしてお金を稼がなくちゃいけないと思うけど。それ以外に楽しみがあったらいいなって。若葉は何かしたい事ある?」

「したいこと?」


 ピンとこないのか、若菜が首を傾げる。少し言い換えが必要だろうか。


「うん。好きなこと」

「すき……ねるまえ、おはなし」

「お話し? 今みたいに?」


 前にお喋りが好きだと言ってたし、もっと話したいということだろうか。


「? おはなし、きく。りゅうたいじ」

「…………?」


 今度は私が首を傾げてしまう。

 りゅうたいじ。竜退治、かな。何の事だろう? 竜退治について話す? まさか本当に竜を退治したいというわけでは無いだろうし。


「あ、もしかしたら御伽話とか昔話の事じゃない? 『竜退治』とか『白い烏(カラス)の子』とか『扇の姫』とか、そういうの」

「ん。りゅうたいじ、すき」


 ……なるほど。つまり、若菜のしたい事、というか、して欲しい事は、寝る前の語り聞かせということなのだろう。


「うん、素敵ね。やってみようか。哲金、後でさっきの御伽話を教えてくれる?」

「え。別にいいけど……聞いたこと、無い?」

「うん。知らないかな」


 元々聞いた事が無いのか、記憶を失ったせいかは分からないが、頭の中を探っても御伽話の知識は無い。

 意外そうな哲金の反応に、ちらっと明黎を確認する。視線が合わないあたり、明黎も知らないのだろう。私はかなり世事に疎い自覚があるけど、明黎も結構知識に偏りがある気がする。明黎も過去を語りたがらないので、詳しくは知らないけれど。


「有名な話なら、なおのこと覚えておきたいし、寝る前に若菜と一緒に聞かせてね」

「アキ、おはなし」

「はいはい、りょーかい。でもまあ、もう少ししてからね」


 確かに、食後すぐに寝るのはあまり良くない。

 とはいえ、手仕事の道具も無いし、狭い場所で鍛錬するのも難しい。会話くらいしかすることが思いつかない。


「哲金は、何かしたい事は?」

「んー……そうだね。資金調達が先にはなるけど、商売の勉強はしたいかな。僕は冒険者より商人の方が向いていると思うし。商業組合に加入するのが、戸籍取得の次の目標かな」

「商人……うん、いいと思う」


 哲金は、計算も早いし記憶力もいい。何より、人当たりが良くて会話も上手い。商人なら危険も少ないし、いい選択だと思う。


「後は、久しぶりに焼鮭が食べたいかな」

「しゃけ。鮭か。魚よね?」


 食べたことは勿論無いが、書物に記述があったはずだ。熊が好む食べ物の一つだった気がする。


「そう。身が赤と橙の間みたいな色をしてるんだけど、脂がのってて美味しかったなぁ」

「うん、じゃあ住むところが決まったら絶対食べようね」

「はは、確か秋にならないと出回らないんじゃなかったかな。夏の間には住む場所決めないと」


 哲金が笑顔をこぼす。ちょっと気が抜けたような、珍しい笑い方だ。


「明黎は?」

「……別に特に無い」


 淡々とした声で素っ気無い言葉が返る。けれど、こちらを向いた視線に、特に不機嫌な感じはしない。本当に今は思い付かないのか、言いたくないだけかは分からないけど、無理に聞き出すようなものでもない。


「そう? じゃあ、暇な時は私のやりたい事に付き合ってくれる?」

「…………暇ならな」


 私はやってみたい事が結構たくさんある。それを明黎も一緒やってくれるなら、とても嬉しい。


「えっと、私は、色んな食材を使って料理を作ってみたいな。今日初めて魚を食べたらすごく美味しかったし、そういう食材って、きっと色々あると思うんだ。それで、お金が出来たら買い物に行って、明黎の髪紐とか、哲金は算盤、若菜にも髪紐……よりも簪が似合うかなぁ。あ、新しい櫛も欲しい」

 

 指折り数えると、欲しい物は結構たくさんある。全部買うのはなかなか時間がかかりそうだが、それも楽しみの一つだろう。


「それから、それぞれに似合う夏用の反物を買って新しい着物を仕立てるでしょ。秋になったら皆んなでお月見をして、お団子も食べてみたい。冬は綿の入った布団の中で寝て、ゆっくり朝寝坊するとか。春にはお花見。桜の花ってきっと綺麗なんだよね。ふふ、楽しみ」


 今までは夢物語だったあれこれが、実現可能な目標になる。口に出しても、きっともう、嘘にはならない。


「あとは……私も勉強したいな。錬成術の。まだ若菜に効く霊薬は処方の見通しも立たないし、曲輪の隠し書庫にあった処方箋も試してみたいし」

「錬成術か……」


 今まで黙って私の話を聞いてくれていた明黎が、何故か難しい顔で腕を組む。何か変なことを言っただろうか?


「あー、どうなんだろう? 姉さんに教えられる錬成術師って、そのへんの領地にいるのかな?」

「え、いないの? 錬成術師」


 驚いて、思わず問い返す。<錬成術>はそこまで珍しい刻印ではないはずだけど、私の勘違いだろうか。


「いや、冒険者組合に所属している錬成術師は見たことあるんだけど……」

「あいつらは、独自の錬成具を開発したりはしてないだろうな」


 明黎と哲金の説明では、冒険者組合で仕事をしている錬成術師は、魔力を変換して素材に加工している人と、簡単な霊薬を錬成している人しか見当たらなかったらしい。


「僕も詳しいわけじゃないけど、姉さんみたいに新しい霊薬や錬成具を作る錬成術師は、街とかの規模の大きい領地にしかいないんじゃないかな?」

「そう、なんだ……?」


 それはちょっと予想外かも。でもまあ、どこの領地に辿り着けるかも分からない現状で、あまり気を揉んでも仕方がない。


「うん、じゃあ辿り着いた領地でそれも調べてみよう。とりあえず、今は哲金に御伽話を教えてもらおうかな」

「はいはい。じゃあ、若菜の好きな『竜退治』からでいい?」

「ん、すき。アキ、ありがと」


 よほど嬉しいのか、若菜はニコニコと笑っている。

 明黎は最初の見張り当番として洞窟の入り口に移動し、私達は虫除けの細工をした蓙(ゴザ)を敷いたり、脚絆や胸元のサラシを緩めたりと寝支度を整えていく。野宿で完全に警戒をとくわけにはいかないが、ある程度身体を休めることも必要だ。

 私と若菜は同じ蓙に横たわって、哲金の話に耳を傾ける。

 

「むかしむかし、北の山脈に……」


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