14. 旅の準備
夏に入り、雨が増えた。
雨の激しい日は、哨戒や最低限の畑の世話以外の外出はしないので、最近は工房で錬成三昧の日々を過ごしている。
呪詛師に根こそぎ奪っていかれた霊薬の錬成は、ある程度在庫が追いついてきた。
隷属の首輪も二回目の改造が無事に成功し、今は次の改造で何とか使用権限を奪回出来ないか、分析を重ねている段階だ。
夏に明黎と哲金が側にいる日々は新鮮で、楽しい。若菜も嬉しいのかずっと調子が良くて、ぼんやりする時間が減ってきている。雨の日は、自然と四人一緒に過ごす時間が長くなるのもあって口数も増えているし、このまま少しずつ回復していって欲しいと願っている。
朝、雨音で目が覚めると、ちょうど着替えた明黎が柱の向こうから出てきたところだった。
「おはよう、明黎」
雨の日は、朝でも薄暗い。日の出の時間は早くなっているはずだが、まだ周囲は闇に包まれている。
暗さと湿気で気が滅入りそうなものだが、私は昔から雨の日が好きだ。理由は特に無いけれど、何となく。それと同時に、少しだけ、人寂しい。
「おはよう。行ってくる」
「あ、待って。これ」
雨の中、今日も一人で哨戒に出ようとする明黎に、昨日完成した維竹と圻綱製の笠を渡す。≪強化≫≪防水≫≪浄化≫の効果を付与した錬成具だ。
「極力視界と音を遮らないように作ってあるから、索敵の邪魔にはならないはずだよ」
その分造りが小さいから、雨足が強ければ結局は濡れるだろうが、あるのと無いのではだいぶ違う。
雨の日は、視界も悪いし、音も匂いも雨によって消えてしまう。本当は、大きめの笠を使って、二人以上で死角を補いながら行動した方がいい。実際、明黎と哲金がいない時は、私と若菜はそうやって哨戒を行っていた。
「……やっぱり、私も一緒に行こうか?」
「いらん。邪魔だ」
笠は受け取ってくれたものの、同行は拒否される。
明黎が哨戒をする時は、いつも一人で行っている。下手について行けば足手纏いになるのは分かっているが、荒天時はやはり心配だ。
「でも……」
「……ハァ。別に、無理をしてるワケじゃねぇ。本当に一人で平気なんだよ。第一、早朝の哲金は寝惚けて役に立たねぇし、若菜は意思疎通に難があるから索敵向きじゃないだろ。で、皓理、お前は一番仕事抱えてる上に、体力も無いだろうが。…………あー、あと、俺はあんまり家事が得意じゃねぇしな」
顔を顰めて告げる明黎は、たぶん、気を使ってくれている。明黎も、雨の日はいつもより少し優しい。
「……うん。ありがとう。朝ご飯作って待ってるね。気を付けて」
「……いってくる」
雨の中、笠を被り、外套を羽織って外に出る明黎を見送る。さて、私も日課を終えなければ。
「「「「いただきます」」」」
今日の朝食は、雑穀米と茗荷の味噌汁に、蕗の煮物と蕪と小松菜の胡麻和えだ。夏に入ると、野菜も山菜も収穫が増えて、食卓が少し豊かになる。ただし、気温が上がった分、痛むのも早いから、保存にも気を使う。
「うん。さっぱりしてて美味しい」
刻んだ茗荷を入れた味噌汁は、爽やかな香りとわずかな辛みがあって、すっきり飲める。
「あー、僕はこの香りちょっと苦手かも……」
「え? えっと、私の煮物と半分交換する?」
「おい、甘やかすな」
「えー、兄さんのケチ」
私は好きなんだけど、哲金は茗荷が苦手だったらしい。考えてみれば、いつもこの時期には明黎と哲金は曲輪を出ていたので、哲金がここで茗荷を食べるのは初めてかもしれない。明黎に睨まれてしぶしぶ流し込んでいるが、嫌いな物を出してしまってちょっと申し訳なく思う。
ちなみに、味噌汁に使った味噌は、私が霊草の果豆を使って仕込んで作った物だ。本来は兵糧丸などを作る時のために作っていた霊薬素材で、通常の食事に使うような物では無い。けれど、前回の呪詛師からの物資が米と塩だけだったせいで、遂に普通の味噌が無くなったのだ。なので、仕方なく果豆の味噌を使っている。霊力を含む素材を使った、ある意味贅沢な食事だ。
もっとも、入手難易度的には大豆で作った普通の味噌の方が、私達には貴重品だし、味自体もその道の職人には敵わないから、哲金が苦手を感じた一因かもしれない。
「うう、蕗が美味しい……これ、お酒で煮たの?」
「うん。塩と圻綱酒と、山椒も少し。しっかり火を入れたから、酒精は飛んでると思うけど、気になる?」
「ううん、逆。ほんのり甘くて美味しいよ。助かった」
先程とは打って変わって、哲金が笑って食事を進める姿にほっとする。
(…………? あれ。もしかして、気を使われた?)
嫌いな物を食べた後で、別のおかずをわざわざ「美味しい」と言ってくれるあたり、哲金は気遣い屋だ。しかも自然体でそれをやってのけるから、気付かないことも多い。
「そういえば、朝兄さんが使ってた笠って、新しいやつ? なんか小さかったよね?」
「うん。索敵の邪魔にならないような構造にして作ったから。あと、鉢金の上から被れるから、夏の日除けにも使えるよ」
「ああ。あれぐらいなら、死角もそこまで増えねぇし、今までのより使いやすい」
明黎はお世辞は言わないので、本当に使い勝手が良かったのだろう。
「うん、なら良かった。若菜も、外に出る時は新しい方の笠を使ってね」
「わかった。おねえちゃん」
明黎と哲金が任務に出発するまでにと思って新調したが、若菜と私の分もついでに作っている。今回は二人の任務に呪詛師が同行しないのだから、服装や荷物の制限も無い。可能な限りの準備はするつもりだ。
朝食や片付けを終えた後は、全員が櫓の一階に集まった。今日は一日中雨が降り止みそうにないので、それぞれ、部屋の中で出来る手仕事をしている。
縄や紐、籠や薬筒、革細工、糸や布まで、必要なものは作るしかないので、やるべき作業は無数にある。
私は、今日は外套の補強をしている。この外套は、隠し畑で育てた維竹を、繊維にしてから織りあげた布を元にして仕立ててあり、暗色系の地味な見た目に反して多機能な錬成具だ。表地と裏地の間に、見えないように染色や刺繍などで細工がびっしり施されている。布自体の≪強化≫≪硬化≫はもちろん≪防水≫≪浄化≫≪隠蔽≫の機能が付いている、防具を兼ねた一張羅だ。まあ、いくら山の中とはいえ、これからの季節に分厚い外套を着るのは暑いのだが、季節にあった服装や防具など、現時点では夢物語だ。
≪強化≫の効果を補助するための、黄色に染めた糸を使った刺繍を終えたところで一旦針を置く。布と糸、それぞれに展開していた錬成陣を消し、<解析術>で効果を確認。やってる事は針仕事そのままなのだが、これも一種の錬成だ。
薄暗い室内で霊力を使う細かい作業を続けていたので、少々身体が凝っている。軽く伸びをして凝りを解していると、哲金から声がかかった。
「お疲れ、休憩する?」
「ん、まだ平気。ありがとう。すぐ着れるように縫い合わせまでやるつもりだから」
とはいえ、先程までと違ってそこまで気を張る作業でもない。慣れた手つきで針を動かしながら、他の皆の様子を伺う。
明黎は、薬筒にする、樹脂を塗った竹筒の加工。哲金は維竹の繊維を糸に撚る作業をしていて、若菜は縄や籠を黙々と作っている。
全員、急ぎの作業をしているわけでは無さそうだと判断して、話かける。
「……明黎と哲金の任務のことなんだけど」
私が、任務について言及することが珍しいからだろう。二人の顔がさっと上がって、こちらを見る。
二人が夏に頭領からやらされているのは、おそらくほとんどが暗殺任務だろう。そもそも私達を拐ってきた元々の理由が、未成年の暗殺者を作り出すためだ。理解っていることではあるし、自分達の命を守るために、既に割り切っていることでもある。
それでもやはり、二人にそんなことをさせていることや、他人の命を喰い物にして自分が生きているのだと思うと気鬱になる。二人が危険な任務に就いている時に、自分は曲輪から離れられずに、何の役にも立たないのだから尚更だ。
……何の意味も無い感傷だと、理解はしている、けど。
頭でわかっていても、感情の制御は難しい。せめて態度には出さないように気を付けているのだが、二人が私や若菜の前で任務の話をほとんどしないあたり、気遣われているのだろう。情けないことに。
「ああ、雨が長引かなければ、十日後に出立だな」
明黎が答えるが、やはり内容には言及しない。一緒に付いて行けないのだから、任務の詳細を知ることに意味は無いし、好んで知りたいわけではない。どれほど危険かも分からない任務に出る二人のことは心配だが、私の安心のためだけに話題にするべきものでは無い。分かっている。
「……うん。それで、任務の後に時間の余裕があったら、素材を購入してきて欲しいの」
私が口にしたのは、任務の内容とは関わりの無い、別の頼み事だ。
呪詛師の命令によって、曲輪への帰還時期は指定されている。その時までに任務を果たして戻らなければ、当然、制約違反の罰で首が絞まって、死ぬ。だから、あくまで任務と帰還が最優先ではあるが、監視無しに自由に行動出来るこの機会はできれば最大限に活かしたい。
「ああ、なるほど。監視が無いんだから、買い物も好きに出来るよね」
「首輪の改造用か。どんな素材が必要なんだ?」
今、隷属の首輪は二度改造が成功しているが、ここから更に権限を拡張する為の錬成には、私達の限られた行動範囲で手に入る素材では品質が足りなくて行き詰まっている。
「青属性と黒属性で、霊力含有量の多い素材が必須なの。出来れば青属性の素材は霊木草の種を優先して探して。あとは……」
なるべく細かく必要な素材の特徴を上げていく。私が直接出向けるならば、その場で必要な素材かどうかを解析できるし、そもそも自分達で狩りや採取をして素材に変えれば済む。けれど、それが不可能な以上、素材に加工済みの物を購入するしかない。
「……んー、たぶん覚えた、と思う。まあ出立前にもう一度確認するよ」
「うん。私も木札で覚書を作っておくね。なるべく条件に合った性質の素材があればいいけど、流石にそう都合良くはいかないだろうし」
むしろ、そんな都合の良い素材がホイホイ売られていたら、何かの罠を疑うだろう。
「あとは、町や村で売れる物で、今から用意出来そうな物ってある?」
「そりゃ霊薬や錬成具……って言いたいところだけど、今回は僕達二人だけで、身分証が無いからなぁ……」
身分証は、成人の覚醒式と同時に発行される、文字通り身分、つまり戸籍を証明する錬成具だ。戸籍の登録も成人とともに行うので、当然の事ながら、私達は誰も身分証を持っていない。
そして通常、身分証の無い不審者は門の中には入れてもらえない。未成年、ならば、保護者の同伴が必須だ。
各領地に張ってある<聖域結界>は、妖魔の排除に特化しているから、人間が外壁を乗り越えて潜入すること自体は不可能では無い。と言うか、明黎と哲金はそうするのだろうが、素材や霊薬の取引を担う冒険者組合や商業組合は公共施設なので、やはり身分証の提示を求められるだろう。
売れる物があっても売れる場所が無ければ、お金は手に入らない。
「加工済の霊木草とかなら、市の露店とかでも売れるだろ」
「そうだね。釘木の蕾とか、果豆の実、は味噌に使って今残り少ないんだっけ。根っこの方でも大丈夫かな。軽くて保存が効くし、薬草として馴染みがあるし」
なるほど、露店。そういった販売方法なら、身分証が無くてもなんとかなるのか。
「加工済の霊木草なら、殖林杏の種は?」
「いや、殖林杏はどこの村でも育ててるのを良く見るから、買い叩かれると思う」
一番余っている素材を提案したら、哲金から駄目出しをくらう。確かに、運べる量にも限りがあるのだから、なるべく高値で売れる物を選んだ方がいいだろう。
「じゃあ、総緑樹の葉とか樹皮はどう?」
「逆に稀少過ぎて、市に価値の分かる奴がいねぇだろ」
「ううん、なるほど」
今度は明黎から否定が入る。薬草系の素材で頭領が一番要求するのが総緑樹なんだけど、市では売れないくらいの稀少な素材だったのか。敷地にある巨木から年中素材が採れるから、そこまで稀少だっていう実感が無かった。
今までは、頭領達が必要な物を栽培したり、作らされたりばかりだったから、いざ売れる物を真剣に考えると、結構難しい。特に、霊薬が売れないというのが痛い。
考えながら、ふと目線を上げると、こちらを見ていた若菜と目が合う。
「若菜は、市で売る物って、何か思い付く?」
「いち……あまい、おかし……?」
首を傾げながらも、わりとすんなり答えが返ってくる。もしかすると、若菜が曲輪に拐われてくる前に買ったことがあるのかもしれない。
「お菓子……砂糖葛の蜜飴なら、保存も出来るよね?」
「飴にしたら数が用意出来ねぇだろ」
砂糖葛は、薬草園で育てている霊草ではなく、植物の性質を持った妖魔だ。動きが遅い上に睡眠薬が良く効くので、比較的容易に偽花の糖蜜を採取出来るが、安定的な収穫が見込める訳ではない。
「うーん、市で甘いものを買うのは子供が多いだろうし、蜜飴にせずに、糖蜜のままならいけるかも。それなら今ある量でも何とかなるよ。単価が安くても、子供が来れば客寄せになるし」
「……哲金、すごいね」
客寄せ。言われたら納得する話だけど、私ではそこまで思いつかない。流石は商家出身と言うべきか。
それにしても、いまいち何が売れるのか、需要が分からない。町の人は何を欲しがるのだろう?
自分達以外に参考になるのなんて、呪詛師とか護衛達くらい…………あ。
「えっと、じゃあ、お酒は? 量は運べないけど、蒸留酒なら酒精も強いし、そこそこ珍しいと思うんだけど」
「あ、いいかも。僕と兄さんで小さめの樽一つずつなら運ぶのも大丈夫かな。酒場の近くで呑兵衛相手に直接売れば、そこそこの値になると思う」
思い付いた経緯は微妙だけど、初めて提案が通ってほっとする。後は何かないだろうか。
「妖魔避けの香は? 錬成具じゃなくて、香りだけのやつ」
「それは駄目。確か護扇樹関係の物は、全部冒険者組合の専売だった気がする」
専売品。そういう物もあるのか。確かに、不良品があれば大惨事になるし、品質や価格を管理した方がいいのかも。
「あ、常葉木の茶葉は? できたばっかりの茶葉があるよ。確か、場所によっては結構高級品って言ってたよね?」
「うーん、そうなんだけど、高値で買ってくれる人が市に来るかが微妙かなぁ。普通の茶葉よりちょっと高い、程度の値段しか付かないかも」
「それで充分なんじゃない? 専門家が作った物でもないんだし」
「いや、姉さん<調理>の刻印持ちなんだから、専門家みたいなもんでしょ。そもそも霊木の茶葉ってそれだけで高級品だし、安売りするのはもったいないよ」
「置いとくだけの方がもったいねぇだろ。嵩張る物でも無いし、余ってる分は持っていく」
哲金はまだ微妙な顔をしているが、明黎が断言したので茶葉も荷物に入れることにする。
「あとは、浄化炭と石鹸だな。川が遠い所なら間違い無く売れるだろ」
「分かった。追加で作るのは間に合わないけど、今ある分は全部持っていって」
明黎からも意見が出る。
浄化炭は溜め水に入れるだけで水を浄化出来るし、石鹸も少ない水で汚れを落とすのに重宝する。水が少ない場所では需要が高そうだ。生活に関わるものを買い叩く人も少ないだろうし。
「あ、いや待って。石鹸は≪効果≫の無い普通の物だって誤魔化せるかもしれないけど、浄化炭は誤魔化しようも無く錬成具だよ。大丈夫?」
「あー……哲金、どうだ?」
「え? うーん……実際に効果を目の前で見せてから売れば、大丈夫、かな。霊薬とかと違って、まとめ買いしたのを転売とかでも不自然じゃないし……うん、いけそう」
哲金が頼もしい。とはいえ、もう少し高値で売れそうな物が何かないだろうか。
「あ! 保湿剤! 石鹸の余りでできるやつ! あれは絶対売れるよ!」
「え? あの保湿剤、一応霊薬だけど……」
「大丈夫! 霊薬じゃなくて、単なる美容保湿剤として売るから。霊薬として売らなくても、間違いなく高値で売れるよ!」
哲金の言っている保湿剤は、常葉木の油から石鹸を作る時に残る、とろみのある液体だ。食用にもなるし、霊薬の材料としても使えるが、保湿剤としても使うこともある。元々、保水や消炎、活力、軟化といった性質を持っているのに加え、≪劣化防止≫を付与しているので、水で薄めて使っても充分効果がある。おかげで私達は冬もアカギレ知らずだ。
ただ、あの保湿剤はどちらかというと、治癒膏を使うほどでもない、軽傷未満の傷用の霊薬、という認識だった。それが哲金が断言するほど高値で売れるというのは、かなり意外だ。
「それなら、常葉木の油の残りは全部そっちに回そうか。今あるのと合わせれば、一升くらい原液を作れると思うよ」
「うん。それだけあれば、素材の十個二十個くらいは余裕で賄えると思う」
「うん。じゃあ、釘木の蕾、果豆の根、砂糖葛の糖蜜に蒸留酒、常葉木の茶葉、浄化炭と石鹸と保湿剤だね。他にも思いついたら教えて。若菜も、作るの手伝ってね」
「うん、おねえちゃん」
金策の目処はたったが、売る荷物は二人が運ばなくてならない。食糧や武装、着替えや常備薬も含めて、行李に上手く収まるように工夫しなくては。




