12. 隷属の首輪
「それじゃあ、今から改めて、どういう錬成をするか説明するね」
すっかり暖かくなった春の日の午後。
私、明黎、哲金の三人は、揃って緊張した顔で工房に立っていた。
今から、隷属の首輪の一度目の改造をする。
隷属の首輪の改造に取り掛かり始めて、今日までに一カ月以上が経っている。もっとも、その間ずっと改造の手配ばかりに専念出来た訳ではない。
首輪の解除が一朝一夕には出来ないことを考えれば、薬草園や畑の世話を疎かには出来ないし、呪詛師が持ち去った霊薬の補充もある。
元々忙しい季節に、呪詛師の無茶振りの影響で更に仕事が増えたので、この一月は本当に休む暇もロクに無かったほど働き詰めだった。
それでも何とか時間を捻出して、錬成陣の分析と使う素材の選定を終え、後はもう実際に錬成をするだけだ。
ちなみに、隷属の首輪の嵌っていない若菜は、余計な不安を感じさせない為にも、櫓で昼寝をしてもらっている。
「まず、この隷属の首輪は、元々は別の仕組みの二つの錬成具を、一つに組み合わせて出来ているの」
一つは、誓約の輪。
これは元々、裁判で偽証を防ぐ為に開発された物らしい。被疑者や証人が装着し、自らの証言の正しさを証明する≪真実の誓約≫という効果を持つ。
使い方としては、首にこの錬成具の革紐を巻いて、偽りを述べない事を誓約する。その誓約を破った場合は、紐が縮んで本人の首を締め上げる、という代物だ。
多少物騒な効果ではあるものの、当然の事ながら、装着するかどうかは本人が決めることが出来る。解除も、本人の意志でいつでも可能だ。
しかし隷属の首輪は、装着者が外すことが出来ないように、もう一つの錬成具で拘束するように設計されている。
それが、呪いの鎖。
誓約の輪の紐の端を金具で喰い締める形で繋いである、霊鋼で作られた鎖で、飾りのように妖魔の骨で作った球が通されている。
こちらは名前通り、完全に犯罪を企図して頭領が作り上げた錬成具だ。
これは、錬成具の使用権限を、装着者から設定された『主人』へと変更する≪従属≫の効果を持つ。
この二つの≪効果≫が組み合わせることで、装着者を、主人が定めた制約を破ることが出来ない奴隷に仕立て上げる、という訳だ。
……まったく持って、反吐が出る。
「今まではずっとこれらの錬成具の効果、特に≪従属≫をどうにか出来ないかと色々試していたんだけど、どうやっても『主人に損害を与えない』という制約に抵触するのよね。錬成陣を展開することまでは出来るけど、干渉しようとした瞬間に罰則の首絞めが発動する」
私達が隷属の首輪によって科せられている制約は、『首輪の錬成具を起動し続けること』『主人に損害を与えないこと』『範囲内からの逃亡禁止』の三つだ。
ただ、これらの制約には多少の猶予というか、抜け道が存在する。完全に縛ってしまうと、無意識の行動で死んでしまったり、逆に罰則を恐れて何も出来ない置物になってしまうからだろう。
そのあたりをついて、どうにか解除出来ないかと試行錯誤していたのだけれど、隷属の首輪への干渉については、厳密な基準を頭領が設定しているようなのだ。
まあ、私に錬成術の基礎を仕込んだのは頭領なのだから、錬成術師に向けた対策をしているのは当然ではある。
「…………なら、今回はどうするつもりだ?」
明黎が顔を顰めて聞いてくる。
錬成陣に干渉出来ないということは、錬成が出来ないのと同義だからだ。
実際、七年もの間、どうすることも出来なかった。
「うん。だから今回は、隷属の首輪を構成する錬成陣に、直接的には干渉しない方法を使うの」
「えっと、つまり間接的?に錬成するってこと? そんなこと出来るの?」
「出来る。出来るようになったの」
正確には、出来ることに気付いた、と言うべきか。
百薬酒の錬成陣で起こった、回路の重複と、それによる≪酒酔い≫という効果の発現。あれは、私が錬成陣に直接描き込んだものではなく、意図せぬ回路の連鎖の結果だ。
言うなれば、自然現象に近いもの。
水が低い所に流れるように。火が周囲を暖めるように。
望む≪効果≫が発現するように条件を整える。
「具体的は、今回は隷属の首輪の錬成陣を展開したまま、同時に親和性の高い新しい錬成具の錬成をするの。計算上は、それで相互に回路の重複が起きるから、新しい錬成具が隷属の首輪に融合する形で安定するはずよ」
可能な限りの準備はした。
後は実際にやってみるしか無い。
「ええと、まあ、やることは分かった。それで、誰の首輪で試す? あ、姉さん本人の分は却下ね。不測の事態があった時に対処出来ないと困るし」
「なら俺にしろ。一刻でも早くこの忌々しい首輪が外れるんなら、多少の危険はどうでもいい」
明黎が名乗り出てくれるが、その言葉で、また説明が抜けていたことに気付く。
「あ、ごめん。今回だけで完全に解除出来るほどの改造は出来ないの。無理なく付け加える形でないと、錬成陣の回路が安定しなくて下手を打つと暴発しかねないし」
首に貼り付いてる錬成具が暴発すればほぼ十割の確率で死ぬだろう。そんな危険は犯せない。
あと、そこまで良質な素材が手元に無いっていう理由もある。
なんだかんだ言って隷属の首輪は高品質錬成具である事に変わりはない。その錬成具に融合させる素材にも、近い質が求められるのだ。
「今回融合させるのは、ごく簡単な条件を追加する錬成具の予定なの。初めてのことだから、失敗の要因は極力排除しないと」
「チッ。ゴチャゴチャ面倒くせぇ。結局今回やるのは何なのか簡潔に言え」
明黎から舌打ちをくらった。やっぱり説明するって難しい。
「うん。簡潔に言うと『呪詛師が死んだ時に首輪の制御権を私達に移す』っていう効果を追加する」
なるべく端的に説明すると、今度は哲金が首を捻る。
「……死んだ後、なんだ?」
「うん。この条件なら『主人に損害を与えない』って制約を破る事にはならないから。上手く融合したら≪相続≫っていう効果になる。これが成功すれば、この効果の権限を強化する形で色々付け加えていって段階的に制御権を完全にこちらに移す形が取れる」
要は≪従属≫の持つ錬成具の制御権を≪相続≫によって、害と認識されないように侵食していく。
例えるならば、見ず知らずの他人が「お前の家で飼っている犬を寄越せ」と言えば強盗だが、家族が「犬の散歩を代わりにしておくね」と言えば単なるお手伝いだと認識するようなものだ。
今回の錬成は、この例えで言う家族枠に入る為の縁組手続きみたいなものである。
この錬成が成功してもその後の制御権移行のための錬成は、最低二回は必要だろう。
私達の限られた行動範囲では、素材の入手も簡単にはいかない。
けれど、やっと解除のために動き出せる。
そのためにも、この錬成は絶対に成功させる。
今回使用する素材は、蹄鼬の蹄・哭角鹿の角・三頸狐の頸椎だ。
素材の下処理は終えていて、今回は最後の仕上げの錬成をするだけなのだけど、下処理からして結構な難題だった。
蹄鼬の蹄は銅に近い金属でできていて、素材化した物は、所謂霊鋼と呼ばれる。
霊鋼は、鉱石からできる金属とほぼ同じ性質を持ちながらも、霊力を通し、特性を持つ特殊な金属だ。自然界からは産出されず、妖魔から素材化するしか入手方法が無い。
蹄鼬の蹄は黄属性で、主な特性は強化、硬化。
あまりこの錬成に向いてるとは言えない特性なのだが、呪いの鎖を構成する主素材も霊鋼なので、親和性を加味するとこれを使うしかない。
そして、この曲輪には簡易的な炉しか無いし、道具も揃っていないので、金属の細かい加工は難しい。
今回はほぼ霊力の力押しで、無理矢理小くて複雑な形に成形したので、正直物凄く大変だった。次からはもう少し簡単に加工出来る方法を見つけたい。
次に、哭角鹿の角。これは通信機にも使っている素材で、青属性の素材。主な特性は振動、共鳴、伝播。
こちらは、加工自体は慣れているものの、素材の質があまり高くないせいで、とにかく数が必要になった。
最後に、三頸狐の頸椎。三頸狐は、白・無・黒の三属性で、高い再生能力と霊術や妖術の吸収能力を持つ、かなり強力な妖魔だ。特に今回使う素材の元である個体は、かつて呪詛師が曲輪に呼び込んだ妖魔達のうちの一体で、仲間達の仇でもある。
素材の主な特性は、再生、吸収、仲介、短縮。
これは哭角鹿とは逆に、予備が存在しない稀少素材なので、加工に非常に神経を使った。
蹄鼬の蹄は複雑な螺旋状の鎖に、哭角鹿の角と三頸狐の頸椎は穴を開けた珠状に、それぞれ成形も終わっている。
後は、これらの錬成陣をまとめ上げながら、隷属の首輪に絡めるように組み上げるだけだ。
「ふぅ……」
理論上は完璧でも、実際の錬成での誤算なんていくらでもある。
特に今回は、別々の錬成陣同士を融合させるという高難易度の錬成だから、僅かな気の緩みも致命的な間違いに発展しかねない。
息を吐き、集中力を研ぎ澄ませて、明黎の隷属の首輪の錬成陣を展開する。
それぞれの術式が歯車のように噛み合って、一つの錬成具として成立している様子は、その効果を考えなければ賞賛したいほどに精密だ。
この錬成陣を全く崩すことなく、それでいて融合するように回路を付け加えなければいけないのだから、我ながら正気の沙汰じゃない。
そうは思うものの、加工を前提に錬成陣を展開しているのに私の首輪は締まっていない。
方向性は大正解だ。
あとは、やるだけ。
首輪の錬成陣を展開したまま、台から手に取った、螺旋状の霊鋼鎖の錬成陣を極至近距離で展開する。
続いて、いくつもの珠を鎖に通したり金具で固定したりしながら、ゆっくりと一つの錬成陣に統合していく。
ほとんど重なるように展開された、隷属の首輪の錬成陣に、新しい装飾鎖の錬成陣がそれぞれ噛み合うように回路を整え、自分の頭の中にある予想との違いを修正していく。
これぐらいの誤差なら大丈夫。出来る。
錬成陣に指を向け、仕上げの術式を描き込んでいく。
これ単体では意味の無い、無駄に複雑なだけの術式だが、この術式によって回路の重複が起きれば二つの錬成陣が接続され、≪相続≫の効果が付与される。
鎖の継ぎ目を塞ぐカツリとした音と同時に、錬成陣も完成する。まるで雪だるまのような歪な形だが、確かに一つの錬成陣として成立していた。
目視での確認後、即座に<解析術>で機能に齟齬が生じていないか確かめる。
「……うん。完璧」
ほっと息を吐くと同時に、顔を液体が伝っていくのを自覚する。
(うっ、鼻血かな。恥ずかしい)
急いで手拭いで顔を拭っていると、目の前に回復薬が突きつけられる。
今回のは、霊力の枯渇とか怪我じゃなくて、単なる頭の使い過ぎだから、別に放っておいても治るのに。
「このぐらいなら霊薬無くても大丈夫だよ? 今は回復薬の在庫も減ってるし……」
「お前の大丈夫の基準はイカれてる。顔面血塗れにすんのが『危険の無い単なる技術』を使った結果かよ」
真顔で放たれる明黎の語句の強さに、助け舟を求めて哲金をみるが、こちらも圧のある薄ら笑いだった。
「僕もそう思う。さっさと飲んで」
どうにも、この前錬成直後に倒れたせいで、二人が過保護になっている気がする。
あの程度の死線なんて二人も散々潜って来ただろうに、とは思うものの、心配されるのは結構嬉しい。
「……うん。ありがとう」
お礼を言って大人しく回復薬を飲むと、頭の奥の鈍痛が引いていった。
ただ正直私の体調よりも、改造した隷属の首輪を装着している明黎の状態の方が気になる。
「それで、錬成は成功したはずなんだけど、違和感なんかは無い? あと霊力の消費量はどんな感じ? 問題があったらなるべく早く改善しないといけないからすぐに教えて」
隷属の首輪を作動させる霊力は、腹立たしいことに装着者である私達が負担している。
新しい効果を付与した分、当然、霊力の負担も増えるのだ。
「違和感も不具合も特には感じ無え。制約に抵触した感覚も無い。消費霊力は多少増えた気はするが、問題無い範囲だ」
明黎の答えに、今度こそ完全に安堵する。
「はあ…………良かった」
安堵の後には、歓喜が湧き上がる。
成功。成功した……!!
「うん。うん、よし! じゃあ、哲金の分を」
「僕のは明日お願いするね」
哲金に被せ気味に断言され、思わず目を瞬く。
「え? じゃあ私のを先に」
「お前のは明後日だ」
再度被せ気味に、明黎に断言される。
つまり、今日はもう、錬成はするな、と。
「うん? うん。分かった」
勢いに水を注されて、多少の不満はあるが、敢えて強行するものでもない。
……でも、やっぱり過保護だよね。




