9. 命懸けの錬成
「どういうつもりだよっ、姉さん!!」
工房に移動し、灯りを点けて、霊薬の準備をしていたら、明黎と哲金が来て、開口一番詰られた。
「落ち着いて、哲金。声が漏れたら困るから」
工房は、音が外に出難い構造だけど、呪詛師の使う部屋とわりと近い場所にある。
今は邪魔な白面も外しているし、万が一、呪詛師が声に興味を持ってここに来たら、本気で最期だ。
「っっ!!…………じゃあ、現物が無いのにどうやって誤魔化すつもりなわけ?! 理解ってない訳無いよね? 一度確約した以上、明日の朝までに全部用意出来なきゃ、隷属の首輪に絞め殺されかねないんだよ?! 死ぬつもりかよ!!」
心配と恐怖で取り乱している哲金に、精一杯、自信有り気に微笑んでみせる。
「もちろん、足りない分は今から錬成するよ」
「…………はァ? 間に合うわけ無いじゃん」
そう。普通に準備するならば、絶対に間に合わない。
「大丈夫。今確認したけど、回復薬以外は、水増ししたり、少し小さい器に移し替えれば何とかなるよ」
本人も錬成術師である頭領相手には、とても出来ないような暴挙だが、呪詛師は霊薬の品質なんて分からないし、気にもしないだろう。
だから、これは決して呪詛師に損害を与えている訳では無い。
隷属の首輪がやや絞まるのを無視して、自分に言い聞かせる。
「…………肝心の回復薬はどうするのさ」
「言ったでしょ? 今から錬成するの」
幸い、今回は素材を要求されていないから、今ある素材を全部使い切っても構わない。最短時間で作り上げればギリギリ間に合う、予定だ。
「ほら、時間が無いんだから二人とも手伝って、」
「皓理」
先程まで一言も話さなかった、明黎の声で呼ばれて、ぎくりとする。
陽炎を宿した瞳に見据えられて、目が逸らせない。
「…………出来るのか?」
静かに問いかけられて、不意に涙が込み上げる。
(……出来るかなんて、わからないよ)
一言、私がそう言えば、きっと明黎はすぐに呪詛師を殺すのだろう。
……自分の命と引き換えに。
そんなことは許せない。絶対に。
あんな奴にくれてやるほど、明黎の命は安く無い。
だから、出来る出来ないでは無く、やるしかないのだ。
「知ってるでしょう? 不可能を可能にするのが錬成術よ。そして、私は錬成術師なの」
胸を張り、顎をそらして言ってやる。
出来る。やる。
そのための方法は考えた。後は実行するだけだ。
譲らない意志を込めて明黎を見つめ返すと、すっと目を細めて睨み返される。
「…………なら、いい。間に合わなければ、殺すからな」
「望むところよ」
物騒な応援と殺気を残して、明黎は保存棚へと向かう。どうやら、回復薬以外の霊薬の用意はしてくれるみたいだ。
私もすぐさま回復薬の錬成準備に取り掛かる。無駄に出来る時間など一瞬たりとも無いのだ。
≪加熱≫の錬成具に、工房入り口にあった、大型の水瓶を無理矢理乗せて、固定する。鍋代わりだ。
本来の道具とはほど遠い代物だが、何せ樽一つ半の霊薬を、全て一度で錬成しなくてはならないのだ。普段使っている鍋では、とても容量が足りない。
水瓶に井戸水を満たし、茂草・佐保根・殖林杏の葉を箱からそのまま水に入れる。まずは、薬草水の錬成からだ。
本来なら水は蒸留しておくべきだし、霊草も細かく計量する。投入の手順だってある。そうした方が、品質が上がるし調合の難易度も下がる。
でも、今は時間の短縮が最優先だから、少々の難は錬成陣を使って強引に捻じ伏せる。
≪加熱≫の錬成具を起動して、鍋を攪拌しながら錬成陣でひたすら、成分の抽出と不純物の除去を行う。
その間に、哲金に声をかけて、工房にある全ての万節苔を水で戻してもらい、総緑樹の樹皮の粉末も用意してもらう。
薬草水の成分の抽出を終え、術式を描き込むと、残留した固形物を錬成陣の操作で一箇所に集めて笊で掬い取る。これも本来なら布で濾し取るのだが、今回は多少の難は気にしない。
固形物が残っていると、飲む時多少咽せる可能性はあるが、薬効には問題無いのだ。
出来上がった薬草水を解析して、その性質に問題が無いを確認、そのまま回復薬の調合に移る。
まだ高温の薬草水に極限まで粉砕した総緑樹の樹皮を沈めるように投入し、木の板を並べて仮の蓋にする。
その蓋に、糸仲の樹液と糊花の粘液で錬成した、特殊な樹脂糊を塗っていく。板の隙間や水瓶との合間を糊で塞ぐと、錬成陣で糊の組成式に干渉し、固形化させる。
水瓶を完全に密封した後、中の霊薬の錬成陣を操作して、内部を加圧。短時間で急速に成分の抽出を行う。
圧力と温度が高過ぎると、成分が破壊されるから、常に錬成陣を展開して組成式の変化を注視しながら、細かく陣を描き変えていく。
錬成する量が量なので、展開している錬成陣も、今まで見たことが無いほどに巨大化している。
その巨大な錬成陣に、どんどん霊力が吸い取られていくのを頭の隅で確認しながら、総緑樹の性質の調和を確認、慎重に圧力と温度を下げていく。
ある程度圧力が下がったら、蓋を固定していた樹脂糊の錬成陣を並行して展開し、樹脂糊を固形から液体へ変化するよう描き変える。
水瓶と蓋の結合を解除し、隙間から徐々に圧力を抜いていく。
噴き出る蒸気で火傷をしないように、一歩下がった瞬間、耳鳴りと目眩に襲われ、顔の血管の何処かが切れた感覚がした。どうやら無茶な霊力の使い方で、身体に負荷がかかり始めたようだ。
一瞬視界が赤く染まったのを瞬きで追いやり、錬成陣に異常が無いか確認する。
問題無し。
噴き出る水蒸気が収まったら、蓋代わりの板をどけ、更に温度を下げていく。
薬草水が人肌程度の温度まで下がったら、水で戻した万節苔を、ゆっくり投入していく。
本来、万節苔は、低温で一週間かけて抽出するのだが、今は当然そんなに待つ事は出来ない。
錬成陣を描き変えて、無理矢理成分を抽出をする。
液体の持つ溶媒と浸透の性質を高速で操作しつつ、元々の性質や効果が変質しないように気を配る。
万節苔の抽出が終わった事を確認し、錬成陣の配置を整える。
ついでに固形物を取り除こうとしたら、不意に足の力が抜けて姿勢を崩しかけ、作業台に手をついて何とか踏み留まる。
全身を苛む虚脱感と痛みに、霊力の枯渇を自覚する。
錬成陣が消えかかるのを歯を食いしばって耐え、震える指を陣に走らせる。
あと少し、せめて術式を描き込むまで、錬成陣を消すわけにはいかない。
急に全身を寒気が襲い、視界が霞む。今まで何度も霊力枯渇は経験してきたが、この症状は初めてだ。
あと少し、あと少しで完成するのに。
「寄りかかれ。余計な力は抜いて、錬成を終わらせる事だけに集中しろ」
いつの間にか後ろに立っていた明黎が、身体を支えてくれている。微かに聞こえた言葉に甘えて、身体の力を抜いてもたれ掛かった。
錬成陣に、≪自己治癒力増進≫≪肉体修復≫≪健体調和≫≪即効≫の術式を次々に描き込んでいく。
「できた……」
そう伝えられたかどうかすら認識出来ないまま、気を失った。




