第10話
十三夜
マリエールは気が気ではありませんでした。兄にもフレデリク様にも傷ついてほしくはありません。父に何度もやめてほしいとお願いしたのですが、とうとう聞き入れてくれなかったのです。こんなに頑固な父ははじめてでした。
兄の剣のきらめきが振り落ちるたびに息を呑み、マリエールは何度も目を閉じてしまいました。フレデリク様も剣の腕が兄に劣ることはまったくなく、二人は何度も剣を打ち鳴らし、接近しては柄を相手の体に打ち下ろし、肘を入れ、互いに倒れ込んでは起きあがります。
気がつくとマリエールは立ち上がっていて、リュシエンヌと手を取り合っていました。
「お嬢様」
彼女の震える声に、いっそう強くリュシエンヌの手を握ってしまいます。
「旦那様」
その隣でマリエールの母が、わずかに侯爵様の方へと体を傾けて、言葉をかけました。
「もう充分ではありませんか? あなたの気も済んだでしょう。意地を張り通してあなたがこんなことを繰り返せば繰り返すほど、マリエールの気持ちは父親から離れ、フレデリク様へと傾くばかりではありませんこと?」
「ふん」
父上は不機嫌な顔をいっそう不機嫌にしかめただけでした。
庭では二人の男が再び激しく剣をぶつけ合い、離れました。互いに息が上がってそろそろ足下がふらついています。そのせいだったのか、構え直そうとしたロベールが足をもつれさせ、あっと転倒しました。
ロベールはそのまま父を背に、小さく素早く頷いてみせました。
公爵様が強く踏み込み、身を守るために上げてきたロベールの剣を打ち落としました。
「フレデリク様!」
そのとたん、マリエールがリュシエンヌの手を振り払い、庭に飛び出しました。真っ直ぐに公爵様に駆け寄ると、兄との間に入って人目もはばからずに彼に抱きつきます。自分が間に入って、もう二人を戦わせないために。
「フレデリク様」
「マリエール」
公爵様は剣を持たない方の手をマリエールの背中に回して、しっかりと彼女を受け取りました。
「お怪我は?」
公爵様の唇の端が切れています。剣を握る手も、その拳にはたくさんの傷があって血がにじみ、赤く腫れています。衣服に隠れて見えないところも、いったいどれほど傷ついていることでしょう。
「大丈夫です、マリエール。数日は痛むでしょうが、それだけですよ」
「ああ、フレデリク様」
マリエールはもう一度公爵様の背中に手を回し、本当に大丈夫であることを知るために全身で抱きしめました。
ロベールはやれやれといった風情で立ち上がり、落ちた自分の剣を拾って父の元へ戻りました。
「そなた、わざと負けたな」
父に不服そうに言われ、ロベールは笑って首を振り、
「いや、まさか。フレデリク殿は使い手です、父上。これも父上のおっしゃったとおり、神の思し召しでしょう」
侯爵様はおもむろに立ち上がりました。
「フレデリク殿。神はそなたに味方したようだ」
公爵様はマリエールの背に手を回したまま、父上に向き直り、一礼して見せました。マリエールは安堵に涙を流しながらも、父に譲歩を迫る強い眼差しを向けています。
父はそんな娘の様子をしばらく見やり、
「フレデリク殿、もう日も暮れる。今夜は我が家へ泊まられよ。マリエール、フレデリク殿を介抱してあげなさい」




