第7話
十三夜
公爵様はただちに馬の用意を命じられました。
アンリもそのお手伝いをしていたのですが、途中で執事のドゥリヴォー氏に呼ばれました。
「アンリはしばらく、わたしの預かりとなりました」
「は? 預かり? どういう意味ですか?」
「文字通りの意味です。今後はわたしの仕事を手伝ってもらいます」
「え? だったら公爵様のお世話は?」
「それは他の者にやらせます」
「どういうことですか? 俺、公爵様の小姓としてお屋敷に上がったんですよ?」
公爵様の小姓として充分に尽くしたら、次は騎士として公爵様の従者になるのです。そのように出世して華々しく故郷に帰ったら父の右腕になり、いつの日か立派な領主となるのです。それがアンリの夢でした。
公爵様の態度を真似て、自分はきっと腕の立つ尊大な素晴らしい領主となるでしょう。
あらゆる者たちが自分を慕い、領地に住むすべてのお嬢さんたちがことごとくアンリを崇めるまなざしを向け、それに応えて自分は善政を敷くのです。
もう久しく戦争は起こっていないけれど、アンリの時代には一つくらい起こるに違いありませんから、その時は従軍して素晴らしい働きをし、皇帝陛下をお救いして爵位だっていただけるのです。
よき領主に導かれ、素晴らしい領地で領民たちは従順に幸せこの上ない生活を送ることでしょう。
それが小さいとはいえ立派な領主の息子たちの、普通の成長過程だとアンリは思っていました。
けれども「執事」は騎士である領主の賢い息子が就くべき役職ではありません。
「まあ、落ち着きなさい。我々も先の旦那様が亡くなられた後で気を遣わねばならないことが多く、小姓の教育にじゅうぶん気を回す余裕がなかったかもしれません」
アンリひとりにばかり構っていられるほど、執事の仕事は容易くないのです。
アンリは公爵家と自分の屋敷とでは立場ははまったく違うのだという認識がいささか薄いとは、執事も感じていたことです。
ここでのアンリは、領主の息子として田舎の実家にいた頃のように気ままに振る舞うことは許されないのだと、何度か伝えたのですが。
「ちょっと待ってくださいよ! 俺はちゃんと公爵様の小姓にふさわしく、きちんとやってきたじゃないですか」
アンリにとって、自分を認めていないのは執事の方で、自分にどのような落ち度があるのかさっぱりわかりません。だいたい、自分を認めてくれようともしない人にどう自分を高く評価してもらえるというのでしょう。
「突然そんなことを言い出すなんて、卑怯ですよ。ちゃんと説明してくれなきゃわからないじゃないですか」
アンリは真っ直ぐに不満と腹立ちをぶちまけました。
「あなたはボワエルデュ侯爵様のご不興を買ってしまったのです。ボワエルデュ侯爵家のお嬢様に失礼な態度をとったために。ボワエルデュ侯爵家がお怒りを鎮めてくださり、マリエール様が許してくだされば、アンリの謹慎もそれほど長くかからずに解けるでしょう。公爵様の努力とマリエール様の寛大さに期待をかけなさい」
アンリは忌々しい気分のまま、ぽかんと口を開きました。
ボワエルデュ侯爵家は公爵様の後ろ盾となって下さる大きな力のある貴族です。その方がお怒りとは、いったいどういう事態なのでしょう。
俺、なんかやったのか? でも俺はマリエール様なんて見たこともないし、侯爵様ご本人に会ったこともない。ボワエルデュ侯爵家の怒りを買うなんてできっこないじゃん。
いくら考えても誤解だとしか思えません。誰か他の人間の失敗が自分のせいにされたに決まってます。
いったいどいつだよ、俺を陥れたのは。




