第6話
十三夜
リュシエンヌが馬から飛び降りると、なぜかこういう時に限って真っ先に寄ってきたのはアンリでした。
彼のそばかすだらけの顔を見ると激しい落胆と一緒にふつふつと怒りがこみ上げてきて、リュシエンヌは大きく深呼吸して気持ちを落ち着けるよう努力しなければなりませんでした。
これほど人が骨を折っているというのに、アンリは人を茶化すような口ぶりで言いました。
「なんだ、お前か。どうしたんだ? またお使い?」
「公爵様にお会いしたいわ」
リュシエンヌは精一杯押さえたのですが、それでも冷たい声になっていました。
「何の用?」
「あなたには話せないわ」
「お前さあ、変な時間にやって来ておいて、下っ端の召使がいきなり会える方だとでも思ってるのか?」
「公爵様にとっても一大事だから、旦那様の目を盗んで馬を飛ばしてきたのよ。すぐに取り次いでちょうだい。マリエール様から大切なお話だって」
玄関に出てきていた公爵様の従者の一人が、すぐに身を翻して奥へ駆けていきました。もう一人の従者が丁寧に一礼し、
「リュシエンヌ様でいらっしゃいましたね」
リュシエンヌは怒りを和らげ、頷きました。
「お疲れでしょう。公爵様に会われる前に、こちらへ」
言って彼が案内に立ちました。そこでリュシエンヌは飲物と軽く口に入れるものをいただき、馬で駆けてきたため乱れた髪や衣装を整える時間を与えられ、公爵様の元へ案内されたのでした。
リュシエンヌが公爵様の待つお部屋へ通されると、そこには公爵様ご本人の他に、宮宰のカヴァルカンティ氏と執事のドゥリヴォー氏と、案内してくれた二人の従者、そして小姓のアンリがそろっていました。
「あの、申し上げにくいのですが、できれば公爵様にだけ、お話ししたいのです」
リュシエンヌが願うと、公爵様は頷いて、その場の者たちに去るようにと合図されました。すぐに二人の従者が一礼して部屋を出ていきます。
「アンリ」
途中で従者アルベールがアンリを呼びました。公爵様の小姓はその場にとどまったままだったのです。
「え?」
俺もですか? という顔をした小姓に、公爵様が、
「行きなさい」
と言い、アンリは納得できない顔のまま、ようやく部屋を出ていきました。
残った三人がじっとボワエルデュ家のお嬢様の侍女を見やりました。
「宮宰と執事の耳にも入れられないお話ならば、そうおっしゃってください」
「いえ。大丈夫です。実は……」
リュシエンヌはボワエルデュ侯爵家で起こった出来事の顛末を、包み隠さず語ったのでした。




