第4話
十三夜
「昨日の客人?」
アンリはアルベール・ヴィトリに訊いてみました。
アルベール青年は公爵様の従者で、騎士の装備で公爵様の外出時にはたいていの場所へお供をする一人でした。剣の腕も素晴らしい上に物知りで、しかも女性受けがよいのです。アンリの憧れでした。
「ボワエルデュ侯爵家のご令嬢だよ。まだ皇帝陛下へ使者は送られていないから決定ではないが、公爵様の事実上の婚約者だ」
「え、そうだったんですか?」
「まだ一部の人間しか知らないからな」
「俺は知りませんでしたよ」
アンリは不満そうに言いました。小姓が教えてもらえないなんて、公爵様も不公平だよな。
「俺は勘づいてたな。昨日のご訪問で決まりだ」
アルベールは得意顔で笑います。
「ちぇ」
アンリは悔しくて仕方ありません。
その様子を面白がりながら、アルベールはこの婚約について、いろいろ教えてくれました。
「昨日は正式な来訪というようなものではなかったが、公爵様にとってはおろそかな扱いは許されないだろう。だから公爵様も宮宰や執事といった人たちも、大変な気の遣われ方だったんだ」
「どうしてですか?」
アンリは青年に素直に訊ねました。
「ボワエルデュ侯爵家は、この国にある封土の中でも一番肥沃な土地を領有している。抱える騎士たちも優れている。今、あそこと戦争になるにはごめんだな」
その上、オジエ・テモワンやベルヌー・セギといった天才を後援した芸術や技術にも造詣の深い、豊かで余裕のある領主なのです。
「へえ」
「ボワエルデュ侯爵家と手を結ぶということは、若い公爵様にとってはこれ以上ない最高の後ろ盾を得たことになるんだよ。皇帝陛下の息女をいただくより心強いんじゃないかな」
「皇女の方がいいですよ。皇帝陛下が一番強いんだから」
「現実の政治ってのは、そんな単純じゃないのさ」
アルベールはわけ知り顔でニヤニヤとアンリを見やります。
俺も早く従者になりたいな。とアンリは思いました。そうすれば、アルベールのように世の中がよく見えるようになるはずです。
そして、なるほど、この婚約は素晴らしいことだと、アンリも理解できました。
自分が仕える公爵家よりすぐれた貴族がいると知るのは、まるでこっちの格がものすごく下がったようであまり気分のいいものではありませんが、その侯爵家のものがみんないずれ公爵家のものになるのはよいことです。
それより、案外、ボワエルデュ侯爵家のお嬢様は政略結婚を嫌だと思っていて、アンリに恋心を打ち明けてくるかもしれません。一緒に逃げて、なんて、女の子らしいわがままなことを言い出すのです。
その時は、だめだ、公爵様を裏切れるわけがない、と本心を隠して伝えねばなりません。僕のことは諦めるんだ、世の中は不条理なんだ、それを理解しなくちゃだめだ、とね。
どんなに心が痛むことか。考えただけでワクワクします。ボワエルデュ侯爵家のご令嬢に早く会ってみたいものです。
アンリはもう一つ知りたかったことをアルベールに訊いてみました。
「昨日はマリユスが来ていましたよね、あの、少し前までうちの小姓だった」
アルベールは一瞬考え、
「ああ? 来ていたというか」
やっぱりそうなんだ。アンリはようやくすべてが結びついたと思いました。
昨日はマリユスも来ていたし、ボワエルデュ侯爵家のご令嬢も来ていたのです。どうやら自分の話し方が誤解されたのか、みんなこの二人のことを混同してアンリに語ったということのようでした。
客といえば昨日はご令嬢が真っ先に思いつく客で、この屋敷の人々の意識ではマリユスは客のうちにも入らないのですから。
アンリはすっかり納得して立ち上がりました。
「ありがと、よく分かったよ。じゃ。あんたも早く仕事に戻って」
言うと、素早く身を翻して行ってしまいました。
「アンリ?」
アルベールはなにかが気になったのですが、
「ま、いいか」




