21
「聖女が見つかった!?」
執務室で書類を捌いていたアルカドルは、オーフェルトからの報告に思わず椅子から立ち上がった。
「本当か!今度こそ本物なんだな!?」
「落ち着いてください、陛下。今度こそ本物の聖女です」
アルカドルは、全身から力が抜けたように椅子に座り込む。
「良かった……ようやく……」
息を整えたアルカドルは、椅子に座り直し「……して」と机の上で指を組む。
「今、聖女はどこに?」
「エマ・リフェルト副団長に付き添ってもらい、応接室に通しております」
「分かった。すぐに行こう」
アルカドルは、椅子から腰を上げる。
「しかし……」
「どうした?」
「何を聞いても、暗い顔で黙秘するか『すみません』としか言わず……」
それを聞いて、アルカドルは初めて会った時のエルミナを思い出す。
『テルートという田舎から聖女がやってくる』という話を聞き、15歳だったアルカドルは面白半分でエルミナを王城で待っていた。
2階の廊下の手摺りに頬杖をつき、まだ来ないのか、と10歳のオーフェルトと共に扉を見下ろしている。
「どんな芋臭い女が来るんだろうな、オーフェルト」
「失礼ですよ、殿下」
「だってテルートだぞ?貴族の令嬢が、農民と畑仕事をしているらしいじゃないか」
明らかに馬鹿にしているアルカドルに、オーフェルトは何も言わずに嫌悪の目を向ける。
そんな目を向けられているにも関わらず、アルカドルは尚もにやついている。
初めての王城をキョロキョロ見回すのだろうか。
それとも、故郷の屋敷と違いすぎて圧倒され、呆けた表情をするのだろうか。
王城の門が開き、アルカドルは「来た!」と目を輝かせる。
しかし、両親と共に入ってきたエルミナを見てゾッとした。
泣き腫らした目で床を睨み付けて、唇を噛みしめている。
あまりの迫力に言葉を詰まらせていると、オーフェルトが「まるで、捕縛されたようですね……」と呟いた。
凝視しすぎたのか、エルミナはアルカドル達の方を見る。
『どうしてこうなった』という困惑と、『こんな所に来たくなかった』という否定と、『この世の全てを恨んでいる』憎悪のこもった眼差しでアルカドルを射抜いた。
「ひっ……」
アルカドルは小さく悲鳴を上げると、そそくさとその場を離れる。
「殿下?どうされたのですか?」
(どこが聖女だ……!あんなの殺人鬼じゃないか……!)
いつ喉元を切り裂かれてもおかしくない。
目が合っただけなのに、それだけの迫力がエルミナにはあった。
(その殺人鬼の両脇にいる親は、あいつを完璧に手懐けているのか?それとも、殺されないと気づかない馬鹿なのか?)
関わりたくない、あんな女!と、アルカドルは廊下を足早に歩きながら頭を振った。
「……そうだろうな」
しんみりと呟くアルカドルに、オーフェルトは「何か心当たりが?」と尋ねる。
「いや……ただ、私達は『一人の女性の人生を踏み台にして生きている』のだと、改めて肝に命じなくてはと思ってな」
「……そうですね……」
「さぁ、新しい聖女に会いに行こう。オーフェルト、彼女が多少無礼であっても大目に見てやれ」
「かしこまりました」
アルカドルはわずかに思案顔になると、「……いや、先にエルミナに会わせよう」と言い出す。
アルカドルの突然の提案に、オーフェルトは「えっ」と小さく声をあげる。
「何故ですか?」
「突然、国王である私と話をするよりも、地方出身者であるエルミナと話してからの方が気持ちも安らぐかもしれん。聖女同士、共通する部分もあるだろうしな」
「……かしこまりました」
一方、応接室でルティの向かい側に座っているエマは、暗い顔で俯いて何を聞いても謝ってばかりのルティに辟易していた。
(こういう時だけ、トーガの快活さが羨ましい)
トーガだったら、何も気にせず「そんな暗い顔すんな」とか言うのだろう。
(私が突然そんな事言ったら、『頭がおかしくなったか』と疑われるだろうな)
「……副団長は……」
「何だ?」
「『聖女』や『お姫様』って憧れたりしますか……?」
「いや、ない。憧れていたら、騎士団に所属などしていない」
「ですよね……」
その質問に何の意味が?と聞き返したくなったが、黙って俯かれるより良いか、と言葉を飲み込んだ。
「副団長は、ご自分の意思で騎士団に入団されたのですか?」
「そうだ。私は騎士団に──いや、ゼドル・クロウディ団長に憧れて入団した」
「団長に?」
「ああ。私は子供の頃、逃走中の強盗犯に殺されかけた事があってな。そこを助けてくれたのが、当時は団員だったクロウディさんだ」
振り上げられたナイフと、鮮やかな剣捌きは今でもはっきりと覚えている。
犯人を捕縛した後に、目線を合わせて「怖い思いをさせてすまない」と頭を撫でてくれて、その手の温かさに安心した。
手の感触を思い出して、頬がわずかに熱くなる。
「……副団長は、団長を──」
ルティが何か言いかけた時、ドアをノックする音が聞こえた。
「どうぞ」
「リフェルト副団長、失礼するよ」
オーフェルトが入室してきた事で、背後にいるルティの雰囲気が緊張したものに変わった。
「『ルティ・ログベルトを、エルミナ様の部屋にお通しするように』と、陛下のご命令だ」
「エルミナ様のお部屋にですか?」
エマは疑問を抱いたようだが、「かしこまりました」と了承した。
「ログベルト、行くぞ」
「……はい……」
エマがルティを見ると、ルティは再び暗い表情に戻り、椅子から立ち上がった。
(まるで、処刑台に向かっているような顔だな……)
オーフェルト、エマのあとをついていくルティは、赤い絨毯の敷かれた長い廊下を、死んだような表情で歩いていた。
(この廊下が、一生続いてくれないかな……)
そんな願いが叶うはずもなく、オーフェルトとエマが近衛兵の立つ部屋の前で立ち止まった。
近衛兵が、騎士団の制服を着ているルティを『何だこいつ』という目で見下ろしている。
オーフェルトがドアをノックすると、「はい」と穏やかな女性の声が聞こえてきた。
「エルミナ様、オーフェルトです。ルティ・ログベルトをお連れしました」
「どうぞ」
「失礼します」
オーフェルトがドアを開けると、エルミナがベッドから上体を起こして本を読んでいた。
オーフェルト、エマが部屋に入っていったが、ルティは入室して良いのか分からず入り口に立ち尽くしたままだ。
「あの、私は……」
「ログベルト、早く来い」
「はっはい!失礼します……」
ルティは慌てて一礼をして、部屋に入る。
小走りで恥ずかしそうに並ぶルティを、エマは呆れた表情で一瞥した。
オーフェルトはそんなやりとりを見ながら、何事もないかのようにエルミナにルティを紹介する。
「エルミナ様。ルティ・ログベルト、この者が新しい聖女です」
「あっお初にお目にかかります!フィレセ騎士団所属、ルティ・ログベルトです!」
緊張のあまり、入団した時のような堅苦しさで挨拶をしてしまったルティは、自己紹介をしてから「あ……」と小さく声を漏らした。
(私……まだ『フィレセ騎士団所属』で良いんだよね……?)
ルティの考えを読み取ったのか、エルミナは「良いのよ」と悲しそうに微笑んだ。
「二人きりで話がしたいのだけれど、良いかしら?」
エルミナがオーフェルトを見て許可を求めると、オーフェルトは「かしこまりました」とすんなり了承した。
「では、1時間後にお伺いします」
「分かったわ」
「リフェルト副団長、行こう」
「かしこまりました」
エマは『何故』という表情をしているが、エルミナに「失礼します」ときっちり一礼をして、オーフェルトの後をついていく。
「副団長……私は……?」
ルティは、おろおろしながらエマに問いかける。
「ログベルトはここに残れ」
「……はい……」
ルティはどうすれば良いのか分からないまま、二人が出ていったドアを見つめていた。
「……えっと……」
ルティが恐る恐る振り向くと、エルミナは穏やかに微笑んで、「どうぞ座って」とベッド横の椅子に座るように促す。
「……失礼します……」
ルティは震える声で座り、『3年も姿をくらませた事を咎められるのだろう』と俯く。
「こんな所、来たくなかった?」
「……え?」
ルティが顔を上げると、エルミナは『共感できる』とでも言いたげに笑う。
「分かるわ。私も最初、来たくなかったもの」
あまりにも親しげに話しかけられ、ルティはたじろぐ。
「私はテルートの出身でね。王城に入る前は農民と一緒に畑仕事をしていたの。私は、テルートが大好きだった。皆と一緒に畑仕事をするのも、休憩の時に皆でお茶を飲みながらお話するのも。『このまま私はテルートに骨を埋めるんだ』って本気で思っていたわ」
「そ、そうなんですか……」
エルミナの話し方は、まるで快活な少女のようににこやかだ。
ルティは、子供の頃に見た王城のバルコニーから優雅に手を振る女性は『別人だったのではないか』と疑ってしまう。
「私に聖女の証の痣が現れた事を知って、両親含めて村人全員から送り出されたの。いくら『王城に行きたくない』って言っても『あなたにしか出来ない事なのよ』って聞き入れてもらえなかった。だって多額の褒賞金が出るんですもの」
「金の為だったんですね……」
「ええ」
エルミナは、気にしていないように返事をする。
確かにルティも、聖女の証の痣をロイアに見せた時、『お務めを果たしてくるんだよ』と言われた。
しかし、シルヴィも言ったように、ロイアは『金の為』ではなく『命を守る為』だ。
シルヴィの言葉もあって、ロイアは最終的にルティの事を見逃してくれた。
「いつ王城から脱走しようか、来たばかりの頃はそればかり考えていたわ」
エルミナは口元に手を当てて、いたずらっぽく笑う。
ルティは聖女の台詞とは思えず、「脱走……」と思わず呟く。
「しなかったわよ?当時のオーフェルトのおかげで」
「大臣のおかげ……ですか?」
「ええ……『テルートで一緒に畑仕事をしていた男の子に似ていたから』かしら。私が勝手に重ねていただけなんだけどね」
ルティは、『エルミナと同郷だった』というシルヴィの話を思い出す。
「それって、シルヴィさん……?」
「そう!知っているの?」
「剣術を、教えていただきました……」
「あの子、近衛兵にまでなったものね!王城にいた時は驚いたわ!」
エルミナは、友人と会話するように楽しそうに話す。
「本当は、駆け寄って『大きくなったわね!』って言いたかったんだけど、陛下や大臣達の前で、テルートにいた頃みたいに走ったりは出来なくてね」
ルティは内心、絶望の色が濃くなっていく。
(私も、そういう風にしなければいけないのだろうか……)
剣を捨て、綺麗なドレスを着て、常に背筋を伸ばし、見本となるような品のある立ち振舞いをしなくてはならないのか。
ルティは、『地方の貴族』どころか『村』の出身なのだ。
今までの振る舞いを180度変えるような事は出来ないし、したくもない。
「……あの……」
ルティは震える唇で、「あの……」と尋ねる。
「何?」
「……私も……そのように振る舞わなければならないのでしょうか……?」
青ざめた表情で、膝の上で両拳をぎゅっと握りしめる。
「私は……トルム村の出身です……貴族でも、商家の娘ですらありません……今になって『貴族の立ち振舞いを覚えろ』なんて事は到底……」
「多分、ないと思うわ」
「……え?」
「ノアールには──皇太子には婚約者がいるし、私は『貴族出身の聖女』だったから、陛下の婚約者に選ばれたんだと思うわ。聖女になる者は、貴族もいれば一般人もいるんですもの」
「一般人もいるんですね……」
「そうよ。むしろ、文献では一般人の方が多いくらいだわ」
(そういえば、シルヴィさんも同じような事を言っていた気がする……)
ルティがそんな事をぼんやりと思い出していると、「あなたはどうしたい?」とエルミナが尋ねてきた。
「……え?」
「あなたは、本当はどう生きたい?」
全てを受け入れてくれるように微笑みで、エルミナはルティを見つめる。
「……わ、私は……」
言って良いのだろうか。
『騎士団にいたい』だなんて。
言えば、フィレセ騎士団にいさせてくれるのだろうか。
ルティは深呼吸をして、意を決したように口を開く。
「私は……騎士になりたいです……聖女になんてなりたくありませんでした……」
「そうよねぇ!」
エルミナは、大口を開けて快活に笑う。
「王都の騎士団には戻れないと思うけど、せめて近衛兵にいられるように口利きしておくわ。ただ、訓練は今まで以上に厳しいわよ?」
「……ありがとうございます!」
ルティは涙ぐみながら、深く頭を下げた。




