20
朝、ルティが訓練場に到着すると、エマがトーガ、ウルクリン、ラウザと話をしていた。
「おはようございます。遅くなりました」
「いや、集合時間には十分間に合っているよ。おはよう」
「おう、おはよ」
「そうだぞ!俺なんて昔、集合時間ぴったりに来てたからな!」
「『ぴったり』じゃなくて、遅刻してただろ」
「どれだけ注意されても悪びれないから、私が巡回に同行したんだったな」
「すみませんでした」
エマにだけは素直に謝るトーガの姿も、新団員の2人にとっては見慣れたものとなった。
(昔から、副団長だけがトーガさんの抑止力だったんだなぁ……)
注意されても悪びれないってどういう事だ、とルティは人知れずじとりとトーガを見る。
「ログベルト。すまないが、今から私と一緒に王城に行ってもらう」
「は?」
『王城に行く』と言われ、ルティの顔が一気に青ざめた。
「何故……ですか……?」
「ただの雑用だ。王城のメイドが、何人か体調を崩してしまったらしくてな。男子禁制である礼拝堂の掃除に人手が足りないらしい」
「そう、なんですね……分かりました」
『ただの雑用』と聞いて、ルティは安堵した。
(すごいな……礼拝堂って『男子禁制』なんだ……)
「トーガ、ウルクリン。急で悪いが、ログベルトを借りていくぞ。代わりに、カルマを巡回に連れて行け」
「はい」
「分かりました。カルマ、巡回行くぞー!」
「はい!?」
今日の巡回私でしたっけ!?と、同期の女子と一緒にいたカルマは急いで駆け寄ってくる。
「違う違う。ルティが、副団長と一緒に急遽王城に行かなくちゃいけないんだって。だから、ルティの代わりに君が巡回に行く事になったんだ」
「そうだったんですか!びっくりした……」
ウルクリンから説明されて、ベナは安堵の表情を浮かべる。
(ウルクリンさんがいて良かった……)
「ウルクリンがいて良かったな」
ルティの心の声がエマから聞こえ、ルティはぎょっとする。
「え、何でですか?」
「お前は説明しないだろう」
エマは冷めた目でトーガを見る。
「失礼な!道すがら説明するつもりでしたよ!」
「どうだか」
「多分、しなかったと思いますよ。忘れっぽいですから」
ウルクリンは、あからさまな愛想笑いでトーガを貶す。
「人をトリ頭みたいに言うんじゃねぇよ」
「トリ頭じゃないけど、雑じゃない」
「あぁ、雑だ。やはり、ウルクリンがいて良かったな」
「雑……」
『雑』という表現に、トーガはショックを受けている。
やりとりを見て苦笑していたベナは、隣にいるラウザを見てぎょっとした。
ベナはあまりラウザと話した事がない為、緊張しているようだ。
「よ、よろしくお願いします……」
「おう……って、そんなに緊張しなくても大丈夫だぞ」
「……すみません、人見知りで……」
「そうだぞ!別にこいつ、そんなに怖くねぇよ」
「『そんなに』って……」
トーガの言葉に、ラウザは何か言いたげだ。
「大丈夫だよ、ベナ。ラウザは真面目だから。別に短気でもないし怖くないよ」
「そ、そっか……」
ルティの言葉に、ベナは安心したようだ。
「おい。俺、今同じ事言ったよな?」
「はっはい……!」
「すみません……!」
不満そうなトーガに、ルティは反射的に謝り、ベナは縮こまって泣きそうになっている。
「トーガ。そういう所だぞ」
エマの言葉の意味が分かっていないようで、トーガは「はぁ?」と疑問の声を上げる。
「そろそろ時間だな。では、悪いがログベルトを借りて行くぞ」
「分かりました。じゃ、俺達も巡回行くぞー」
「副団長、行ってきます」
「ああ。気をつけてな」
「あれ?副団長って、そういう事言う人でしたっけ?」
「トーガ!」
笑いながら茶化すトーガを、ウルクリンは「お心遣い感謝します!」と言いながら急いで引き摺っていく。
(いつも、余計なんだよなぁ……)
恐々としながら、ルティはエマを横目で見る。
「では、行くぞ」
どうやらエマは怒っていないようで、いつも通りに歩き出した。
「はい……」
ルティは『これから王城に行く』という事を思い出し、先ほどまでのやりとりがひどく恋しくなった。
王城の中心にある礼拝堂は、白い壁に木製の扉、茶色い瓦屋根の下に丸い窓がくり抜いてある小さな建物だ。
扉の前に、メイド服の初老の女性が立っていた。
「リフェルト副団長、お待ちしておりました。その方でしょうか?」
「はい。よろしくお願いします」
「初めまして、ルティ・ログベルトです。本日は、よろしくお願いします」
ルティはきっちり一礼をする。
「初めまして。メイド長のルドー・アルノンです。メイドが急に体調不良になってしまい、申し訳ありませんが掃除を手伝っていただきたいのです」
「かしこまりました。私は、何をすればよろしいでしょうか?」
「掃き掃除をお願いします。私は窓を拭きますので」
「はい!」
ルティはルドーから箒を受け取り、「失礼します」と軽く一礼して礼拝堂に入る。
床の中心には、左胸の翼と対になるように、円の中にもう片方の翼の紋様が描かれている。
ルティはそれを見てどきりとするが、気を取り直して掃き掃除を始める。
エマは帰ったのだろうか、とちらりと扉の外を見ると、オーフェルトと話をしていた。
(副団長も大変だなぁ……)
ルティは掃除を再開し、礼拝堂の奥の祭壇まで近づく。
祭壇には、古びた小さな木箱が置かれていた。
「あの、アルノンさん……これは何でしょうか?」
ルティに問いかけられ、ルドーはタオルを置いて祭壇に近づいてくる。
「これは、この国に舞い降りて繁栄をもたらした天使ミレウスが落とした羽根だと言われています」
「そうなんですか……すごい物なんですね……」
聖女ではあるが、ルティは神話に興味がない。
その為、自分から話を振ったが、話を掘り下げるような返しは出来なかった。
「ご覧になりますか?」
「えっ?は、はい……」
ルドーは丁寧に蓋を開ける。
「どうぞ」
ずいぶん古い羽根が、白い綿の上に一枚乗っている。
「これ……私なんかが見ても良いものなのでしょうか……?」
「ええ。年に1回、国立博物館で一般公開していますので」
「そうなんですね……」
現物を見ても、やはりルティは興味が湧かない。
「すみません、ありがとうございました……」
ルティは、貴重な物を見せてもらったのに全く興味が湧かなかった事を申し訳なく思い、頭を下げる。
掃除を再開したルティは、円の前でピタリと立ち止まった。
「あの……ここも掃除するのでしょうか……?」
ルティが振り返っておずおずと尋ねると、ルドーは「ええ、お願いします」と木箱の蓋を閉めながら答えた。
(何も……起こらないよね……?)
ルティが円の中に足を踏み入れる。
その瞬間、円と床の翼が薄紅色に淡く輝く。
「えっ何……!?」
ルティは箒を落として、思わず後ずさって円から出る。
「失礼します」
エマがツカツカとルティに近づき、ルティのYシャツの左襟を捲る。
「えっ副団長──」
ついに、聖女の証である『深紅の羽根の痣』を見られた。
「大臣」
エマがオーフェルトに目配せすると、オーフェルトは「失礼するよ」と、平然と礼拝堂に入ってきた。
「あの……礼拝堂って『男子禁制』では……?」
「いや、礼拝堂は『男子禁制』ではない。聖女の護衛の男の近衛兵も礼拝堂に入っている。君をここに連れてくる為に、リフェルト副団長に嘘をついてもらったんだ。立案したのは私だ。申し訳ない」
オーフェルトは本当に申し訳なさそうな目をして、ルティを見る。
「……嵌めたんですか……」
ルティは、騙されたショックで反発する気も起きない。
エマはルティの襟から手を放し、「騙してすまなかった」と謝る。
「聖女である事を、何故黙っていた」
エマはしっかりとルティを見つめ、怒るでもなく詰るでもなく問いかけた。
ルティは暗い表情で俯いている。
「リフェルト副団長。まずは、陛下に新しい聖女が見つかった事を報告しよう。話を聞くのはそれからだ」
「はい」
行くぞ、とエマはルティの背中に片手を添えて、歩くように促す。
ルティは、まるで逮捕された犯罪者のように背中を丸めて歩き出した。




