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2日ぶりに出勤したエマは、執務室のゼドルに報告をしに来ていた。
「リフェルト、ご苦労だった」
ゼドルの労いに、エマは「いえ」と背筋を伸ばす。
「私が勝手にした事ですので」
「それで、どうだった?」
「3年前に行方不明になったルティ・ロクベルトは、今年騎士団に入団した彼女で間違いありません。川に流されてシルヴィ・トリアーティという老人に保護された後、そのまま彼の家に居着いたそうです」
「『シルヴィ・トリアーティ』……?また懐かしい名前だな」
「ご存知なのですか?」
「フィレセ騎士団の先輩だ。5年前に定年で引退したが、王城の近衛兵だった人だ」
「それほど腕の立つ方だったのですね……」
「『居着いた』という事は、彼がログベルトを鍛え上げたという事か?」
「ええ。父親であるロイアさんから剣の手ほどきは受けていたようですが、ルティ本人から『住み込みでシルヴィさんに剣術を教わりたい』と申し出があったそうです。ロイアさん曰く『ルティにとっては私の教え方では不足だったらしく、口論になり勘当した』と。ただ、ロイアさんもシルヴィさんも何かを隠しているように見えました」
「隠している?」
「シルヴィさんに、『ルティの左胸に、深紅の羽根のような痣があったか』と尋ねると『タートルネックを着ていたから』とはぐらかされましたが、彼の視線はわずかに右に動いていました」
「視線を右に向けるのは『空想を作り出している』というからな。しかし、単純に右側の何かを見ていただけかもしれないから『嘘』と断定も出来ない」
「服装についてロイアさんにもお尋ねした所、ルティがタートルネックを着るようになったのは、川に流される1週間ほど前からなのだそうです」
「1週間前……。確か、ログベルトが川に流されたのは9月10日。エルミナ様が『新しい聖女が現れた』と仰ったのも9月の初めだったな」
「はい。それに、ロイアさんに『ルティは左肩に触れてほしくないトラウマでもあるのか?』と尋ねた所、否定していましたが何か隠しているようでして」
「左肩──あぁ。リフェルトが以前言っていた、カルロスとログベルトのやりとりか」
「はい」
ゼドルは額を右手で押さえると「んー……」と考えこんだ。
「お前は、すっきりしたか?」
「はい?」
「有給で休む前に『何かが引っかかる』と言っていただろう?」
「……正直、何もすっきりしていません。『もしかしたらログベルトが聖女なのではないか』という疑念を抱きましたが、偶然だと言われればそれまでです」
「聖女だと疑うには、弱いな……しかし、これだけ聖女が現れない状況だと、そうも言ってられないか……」
「監視をつけますか?」
「まずは大臣と相談してからだな……一応、ログベルトの身辺も調べるか」
本当は身内を疑う事などしたくないが、とゼドルは顔をしかめる。
「団長。シルヴィ・トリアーティさんとは、どんな方だったのですか?」
「何だいきなり」
「いえ、ロクベルトを助けた張本人だというのに、どこか他人事のような感じでしたので」
「現役の時もそんな感じだ。どこか冷めているというか、常に『くだらない』という目をした人だったな。だからこそ、冷静に動けるのだが」
「そうだったんですか……すみません、ありがとうございました」
エマはきっちり一礼すると、執務室を後にする。
訓練場に顔を出すと、トーガが「あれ、副団長!」と笑顔で声をかけてきた。
「お疲れ様です!2日間もどこに行ってたんですか?」
「少し野暮用でな──」
エマは訓練している騎士達を見回し、負傷者が増えている事に気付く。
「私のいない間、何も無かったか?」
「ええ、ありませんでしたよ!」
トーガは、エマの声のトーンがわずかに下がった事に気付かず、笑顔で答えた。
「その割には、怪我人が増えているように見えるが」
「え……」
エマの台詞にトーガは笑顔が固まり、騎士には、顔を背ける者と、トーガを恨みがましく睨む者がいた。
王城に出向いたゼドルは、オーフェルトの執務室に通された。
『騎士団に所属するルティが聖女の可能性がある事』を伝えると、オーフェルトは書類から顔を上げて眉をひそめる。
「騎士団の中に、聖女の痣があった者はいなかったようだが?」
「もしかしたら、隠す技術を持っているのかもしれません」
「隠す技術……一体どのような……」
オーフェルトは、ため息をついて眉間を揉む。
「わかった。ルティ・ログベルトの監視と身辺調査はこちらで行う」
「よろしいのですか?不確定要素が多すぎますが」
「構わん。一刻も早く聖女を見つけなければならないのだ。なりふり構っていられない。それに君達も、身内を監視なんてしたくないだろう?ないと思うが、私情も入りかねないし、監視に気づかれて警戒されても困る」
「そうですね。では、よろしくお願いします」
オーフェルトは、ルティの監視と身辺調査を潜入や極秘任務に長けた人物達で開始した。
それから1週間後。
エマは今、ゼドルに呼び出されて執務室にいる。
「リフェルト。今日の訓練終了後、王城に行くぞ。ログベルトについて何か分かったらしい」
「かしこまりました」
訓練が終了してゼドルとエマが王城に向かうと、一番小さな会議室に通された。
会議室にいるのは、3人だけだ。
「ルティ・ロクベルトは、退役した近衛兵シルヴィ・トリアーティの娘であるレンス・トリアーティと同居しているようだ」
「ああ、先輩の娘ですか。揃いも揃って、無愛想なのに世話焼きですね」
「君がそれを言うか」
「失礼しました」
二人の軽口を聞きながら、エマは『娘も無愛想なのか……』と女性版シルヴィを思い浮かべる。
「レンスは画家志望らしく、絵画教室の講師をしながらカフェの一部を借りて個展を開いているらしい」
「画家?……油絵ですか?」
「そうだ。よく分かったな」
「以前、『ボディペイント』を見た事がありまして」
「ボディペイントとは、何ですか?」
エマは首をかしげる。
「肌に直接絵の具を塗って、動物やら何やらになりきる特殊メイクだ。昔、旅の一座の団員が動物になっていたな」
「その技術があれば、『聖女の痣を隠す事が出来る』と……」
「かもしれない。それと──」
オーフェルトは、一通の手紙を取り出した。
「今朝、ルティ・ログベルトがポストに投函した手紙だ。宛先はトルム村のロイア・ログベルト。差出人はレンス・トリアーティとなっているが……」
手紙は開封済みらしく、オーフェルトは封筒から便箋を取り出す。
(『なりふり構っていられない』と言っていたが、こんな事までするとは……)
本当に余裕がないらしい。
「あぁ勿論、この手紙はポストに戻すさ。工作員に封筒の字を似せて書かせる」
「そうですか……」
問題はそこじゃない、という言葉を、ゼドルは心の奥にしまう。
オーフェルトが二人に見せた便箋の字は、封筒のものと似ても似つかなかった。
エマは、面接試験の時の書類を鞄から取り出し、便箋の横に並べる。
「この字は、ログベルトのものですね……」
「トルム村では、ログベルト──ルティは亡くなった事になっているんだったな」
「ええ、そうです」
「本来、死者から手紙なんて来るはずがない。『シルヴィの娘から』という事にしておいた方が、何も疑われないな」
「そうですね──手紙の内容は、特におかしな点はありませんね」
エマの言う通り、手紙の内容は近況報告だ。
「疑うには弱いな……手荒だが、直接確かめるか。すまないが、もう一度ルティ・ログベルトを王城に連れてきてくれ。ただし、次は事前告知なくな」
「かしこまりました。連れていくのは、明日でもよろしいですか?」
「ああ、頼む」
「リフェルト。悪いが、朝一で頼む」
「はい」
3年かかって、ようやく聖女が見つかるかもしれない。
今度こそ本物の聖女であってくれ、とオーフェルトは胃を押さえた。




