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 エマが有給休暇で2日間不在だった時、意外にも荒れたのはトーガだった。

 訓練でも苛立っているのが丸分かりで、団員は対戦して容赦なく薙ぎ倒されるか、遠巻きに見ているかのどちらかだ。

「おいウルクリン、あいつどうにかしろよ」

「俺に言うなよ」

 他の団員達は、何故かウルクリンに相談してくる。

「誰か、あいつを抑えられる奴いねぇのか?」

「無理──あ」

 ウルクリンはルティを思い出したが、『トーガを抑える為にトーガとルティを対戦させて、ルティが負傷しました』なんて事になったら、エマに怒られる。

「誰かいるのか?」

「……いや、何でも」

 ウルクリンの作り笑いに、他の団員は「嘘つけ」と問い詰める。

 翌朝。

 トーガと巡回するアレックスは、着替えながら何度目かのため息をついた。

「ラウザ……今日の巡回、代わってくれ」

「断る」

「頼む。今日の巡回、代わって──」

「断る」

 アレックスに一瞥もくれずに即答するラウザに、アレックスは駄々をこねるように「あー」と不機嫌な声を上げた。

「俺だって嫌だよ……トーガさん、めっちゃ苛々してるんだもん。何であんなに苛ついてるの?」

「副団長がいないからじゃね?」

「え、そんな理由?」

「ごめん、俺も適当に言った」

 理由は知らねぇ、と訂正するラウザに、アレックスはからかうような笑みを浮かべた。

「本当にそうだったらさ、『トーガさんは副団長の事が好き』って事じゃね?」

「確かに美人だし……本当だったら、そうかもな。ただ、確認するのは命懸けな気がするから、俺はしないぞ」

 アレックスは「えー」と口を尖らせるが、ラウザはそんな理由で命を危険に晒したくない。

「……で、お前はどこに行くんだ?」

 私服に着替えているラウザに、アレックスは話を振る。

「気になった店を色々見てこようかと思って」

「えーいいなー。俺も連れてってー」

「サボったら、本当にトーガさんに殺されるぞ……」

 冗談だよぉ、と半泣きの表情をするアレックスを横目に、ラウザは部屋を出た。



「まいど!また来てね!」

「ありがとうございます!」

 市場を見て回っていたラウザは、右隣の果物売り場から聞き覚えのある声がして、紙袋を持っている麦わら帽子を被った女性へ視線を移す。

「…………ルティ?」

 つい声をかけると、女性は顔を上げてラウザを見る。

 やっぱりルティだった。

 麦わら帽子にオレンジのワンピース、長い黒髪はウィッグだろうか。

 よく見ると化粧もしている。

「…………ラウザ……」

 名前を呟いたルティの顔は真っ青だ。

「どうしたんだ?その格好」

「あー……知り合いと、買い出しに……」

 ルティは居心地が悪いのか、帽子のつばを指先でいじったり、下げて顔を隠したりしている。

「お待たせ、ルティ」

 トイレから戻ってきたレンスが、『誰?』という目でラウザを見る。

「おかえり。遅かったね」

「トイレに行ったらまた間違えられてね」

「また?」

 ルティはいつもの事なのか、苦笑いを浮かべている。

「さすがに髪でも伸ばそうかな。トイレ並ぶ度に『男子トイレはあっちですよ』って言われるの、僕が変態みたい──」

(あー……まじか……)

 ラウザは『ルティがめかしこんでまで一緒にいる知り合い』にショックを受けて、二人の話が耳に入ってこない。

「ラウザ……前に話した知り合いの娘さん──ラウザ?」

「え?」

「大丈夫?」

「あー……悪い。デートの邪魔して……」

「話聞いてなかったね?」

「いや、聞いてたって……」

「こちら、レンス・トリアーティ。前に話した『知り合いの娘さん』」

 ルティは『知り合いの娘さん』という台詞に、力を込める。

「娘……娘?」

 ラウザは、改めて上から下までレンスを見直す。

 レンスはどう見ても男だが、ルティが言うのならそうなのだろう。

「すみませんでした……」

「別にいいよ。さっきも女子トイレに並んだら『男子トイレはあっちですよ』って言われたばかりだから」

「だから『髪伸ばそうかな』って話してたんだよね」

「あぁ……それが良いと思う……」

 初めて会ったラウザも、見事に『男』だと勘違いしてしまった。

「あと、ロングスカートはどう?背が高いから、似合うと思うんだけど」

「動き辛そうだから嫌だよ」



「……で、どうしてこうなった」

「前からこういう絵を描いてみたかったんだって」

 今、ラウザとルティは緑地公園の池の前に並んで立っている。

 ラウザは、市場でレンスに「君も、ちょっと付き合ってほしい」と言われ、ルティとレンスと共に緑地公園まで足を運んだ。

 ラウザとルティは、離れた野原に座って絵を描いているレンスを、振り向かないように覗き見る。

「『何か荷物持ってるな』と思ったら、スケッチブックと絵の具だったのか」

「そう。レンス、画家を目指してるから」

「へー」

 ラウザはルティへと視線を移し、普段は見る事のない女性らしい格好のルティを見下ろす。

(化粧している姿なんて、初めて見た……)

「……何?」

「やっぱり、綺麗になったな……」

 ルティは目を見開くと、帽子のつばを下げて「ありがとう……」と顔を隠す。

 ラウザが、ルティの顔を覗くように屈みこむと、ルティの顔は真っ赤だった。

(可愛い……)

「顔、真っ赤」

「うるさっ」

 口元に片手を当てて顔を背けるルティに、ラウザは吹き出す。

 夕方になり、ラウザが寮の部屋に戻ると、アレックスがじっとりとした目でラウザを出迎えた。

「おかえり」

「ただいま……え、何?」

「お前……彼女いたの?」

「え?」

「池の所でキスしてただろ。オレンジのワンピース着た子と」

「キス?」

 何を誤解しているんだ、と記憶を巡らせ、ルティの顔を覗き込んだ時の事を思い出す。

「っいや、してねぇし!あれは──」

 ルティの顔を覗き込んだだけだ、と言いかけてやめた。

 ルティに「恥ずかしいから」と口止めされていたのもあるが、例えされていなかったとしても教えたくなかった。

「……知り合いが、目にゴミが入ったって言うから……」

「嘘つけ!」

 アレックスに半泣きになりながら胸ぐらを掴まれ、ラウザは「嘘じゃねぇよ!」と反論する。

 翌朝、訓練場に集合するなり何故かトーガにもじっとりとした目で見られた。

「お前……彼女いたのか」

「いや、誤解です……」

 ラウザは恐る恐る「誰から聞いたんですか?」と尋ねると、トーガは「カルマが騒いでたぞ」と面白くなさそうに答える。

 勢いよくベナを見ると、恐らくルティの耳にも入ったのだろう、ベナの隣にいたルティも赤面していた。

「あの……本当に誤解です……」

「そんなに赤面して何言ってやがる」

 少しの間、ラウザに彼女がいる事が話題になった。

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