18
エマが有給休暇で2日間不在だった時、意外にも荒れたのはトーガだった。
訓練でも苛立っているのが丸分かりで、団員は対戦して容赦なく薙ぎ倒されるか、遠巻きに見ているかのどちらかだ。
「おいウルクリン、あいつどうにかしろよ」
「俺に言うなよ」
他の団員達は、何故かウルクリンに相談してくる。
「誰か、あいつを抑えられる奴いねぇのか?」
「無理──あ」
ウルクリンはルティを思い出したが、『トーガを抑える為にトーガとルティを対戦させて、ルティが負傷しました』なんて事になったら、エマに怒られる。
「誰かいるのか?」
「……いや、何でも」
ウルクリンの作り笑いに、他の団員は「嘘つけ」と問い詰める。
翌朝。
トーガと巡回するアレックスは、着替えながら何度目かのため息をついた。
「ラウザ……今日の巡回、代わってくれ」
「断る」
「頼む。今日の巡回、代わって──」
「断る」
アレックスに一瞥もくれずに即答するラウザに、アレックスは駄々をこねるように「あー」と不機嫌な声を上げた。
「俺だって嫌だよ……トーガさん、めっちゃ苛々してるんだもん。何であんなに苛ついてるの?」
「副団長がいないからじゃね?」
「え、そんな理由?」
「ごめん、俺も適当に言った」
理由は知らねぇ、と訂正するラウザに、アレックスはからかうような笑みを浮かべた。
「本当にそうだったらさ、『トーガさんは副団長の事が好き』って事じゃね?」
「確かに美人だし……本当だったら、そうかもな。ただ、確認するのは命懸けな気がするから、俺はしないぞ」
アレックスは「えー」と口を尖らせるが、ラウザはそんな理由で命を危険に晒したくない。
「……で、お前はどこに行くんだ?」
私服に着替えているラウザに、アレックスは話を振る。
「気になった店を色々見てこようかと思って」
「えーいいなー。俺も連れてってー」
「サボったら、本当にトーガさんに殺されるぞ……」
冗談だよぉ、と半泣きの表情をするアレックスを横目に、ラウザは部屋を出た。
「まいど!また来てね!」
「ありがとうございます!」
市場を見て回っていたラウザは、右隣の果物売り場から聞き覚えのある声がして、紙袋を持っている麦わら帽子を被った女性へ視線を移す。
「…………ルティ?」
つい声をかけると、女性は顔を上げてラウザを見る。
やっぱりルティだった。
麦わら帽子にオレンジのワンピース、長い黒髪はウィッグだろうか。
よく見ると化粧もしている。
「…………ラウザ……」
名前を呟いたルティの顔は真っ青だ。
「どうしたんだ?その格好」
「あー……知り合いと、買い出しに……」
ルティは居心地が悪いのか、帽子のつばを指先でいじったり、下げて顔を隠したりしている。
「お待たせ、ルティ」
トイレから戻ってきたレンスが、『誰?』という目でラウザを見る。
「おかえり。遅かったね」
「トイレに行ったらまた間違えられてね」
「また?」
ルティはいつもの事なのか、苦笑いを浮かべている。
「さすがに髪でも伸ばそうかな。トイレ並ぶ度に『男子トイレはあっちですよ』って言われるの、僕が変態みたい──」
(あー……まじか……)
ラウザは『ルティがめかしこんでまで一緒にいる知り合い』にショックを受けて、二人の話が耳に入ってこない。
「ラウザ……前に話した知り合いの娘さん──ラウザ?」
「え?」
「大丈夫?」
「あー……悪い。デートの邪魔して……」
「話聞いてなかったね?」
「いや、聞いてたって……」
「こちら、レンス・トリアーティ。前に話した『知り合いの娘さん』」
ルティは『知り合いの娘さん』という台詞に、力を込める。
「娘……娘?」
ラウザは、改めて上から下までレンスを見直す。
レンスはどう見ても男だが、ルティが言うのならそうなのだろう。
「すみませんでした……」
「別にいいよ。さっきも女子トイレに並んだら『男子トイレはあっちですよ』って言われたばかりだから」
「だから『髪伸ばそうかな』って話してたんだよね」
「あぁ……それが良いと思う……」
初めて会ったラウザも、見事に『男』だと勘違いしてしまった。
「あと、ロングスカートはどう?背が高いから、似合うと思うんだけど」
「動き辛そうだから嫌だよ」
「……で、どうしてこうなった」
「前からこういう絵を描いてみたかったんだって」
今、ラウザとルティは緑地公園の池の前に並んで立っている。
ラウザは、市場でレンスに「君も、ちょっと付き合ってほしい」と言われ、ルティとレンスと共に緑地公園まで足を運んだ。
ラウザとルティは、離れた野原に座って絵を描いているレンスを、振り向かないように覗き見る。
「『何か荷物持ってるな』と思ったら、スケッチブックと絵の具だったのか」
「そう。レンス、画家を目指してるから」
「へー」
ラウザはルティへと視線を移し、普段は見る事のない女性らしい格好のルティを見下ろす。
(化粧している姿なんて、初めて見た……)
「……何?」
「やっぱり、綺麗になったな……」
ルティは目を見開くと、帽子のつばを下げて「ありがとう……」と顔を隠す。
ラウザが、ルティの顔を覗くように屈みこむと、ルティの顔は真っ赤だった。
(可愛い……)
「顔、真っ赤」
「うるさっ」
口元に片手を当てて顔を背けるルティに、ラウザは吹き出す。
夕方になり、ラウザが寮の部屋に戻ると、アレックスがじっとりとした目でラウザを出迎えた。
「おかえり」
「ただいま……え、何?」
「お前……彼女いたの?」
「え?」
「池の所でキスしてただろ。オレンジのワンピース着た子と」
「キス?」
何を誤解しているんだ、と記憶を巡らせ、ルティの顔を覗き込んだ時の事を思い出す。
「っいや、してねぇし!あれは──」
ルティの顔を覗き込んだだけだ、と言いかけてやめた。
ルティに「恥ずかしいから」と口止めされていたのもあるが、例えされていなかったとしても教えたくなかった。
「……知り合いが、目にゴミが入ったって言うから……」
「嘘つけ!」
アレックスに半泣きになりながら胸ぐらを掴まれ、ラウザは「嘘じゃねぇよ!」と反論する。
翌朝、訓練場に集合するなり何故かトーガにもじっとりとした目で見られた。
「お前……彼女いたのか」
「いや、誤解です……」
ラウザは恐る恐る「誰から聞いたんですか?」と尋ねると、トーガは「カルマが騒いでたぞ」と面白くなさそうに答える。
勢いよくベナを見ると、恐らくルティの耳にも入ったのだろう、ベナの隣にいたルティも赤面していた。
「あの……本当に誤解です……」
「そんなに赤面して何言ってやがる」
少しの間、ラウザに彼女がいる事が話題になった。




