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 エマが帰ったあと、ロイアは棚の引き出しから一通の手紙を取り出した。

 差出人は『レンス・トリアーティ』となっているが、中の手紙の筆跡はルティだ。

 ルティがトリアーティ親子にお世話になってから、何度か手紙が来ている。

 ロイアは手紙を見つめながら、シルヴィの家へルティを迎えに行った日の事を思い出す。

 シルヴィに招かれて家に入ると、テーブルで紅茶を飲むルティの姿が目に入った。

 体調を崩していないルティを見て、ロイアは泣きそうなほど安心した。

「ルティ……無事だったんだな……!」

「お父さん……心配かけてごめんなさい……」

「いいんだ!生きていてくれたなら……!」

 ロイアは駆け寄り、ルティの前に膝をついて「怪我はないか?」と確認する。

 シルヴィがロイアの分の紅茶を淹れて持ってきてくれた。

「シルヴィさん。娘を助けていただき、本当にありがとうございます……!どうお礼をしたら良いか……」

 ロイアが立ち上がって深く頭を下げると、シルヴィは椅子に座り「構いません。しかし……」と紅茶のカップを持ち上げた。

「『礼』と言うなら、どうか娘さんの話を聞いてやってくれませんか?」

「は?」

「娘さんは、騎士団に入りたいそうですよ」

 ロイアが頭を上げてシルヴィを見ると、シルヴィはさして興味もなさそうに紅茶を啜っていた。

 そしてルティに目を移すと、不安そうに目を逸らしていた。

「まぁ、ひとまず座ったらどうですか?」

「……はい……」

 シルヴィに促され、ロイアはルティの斜向かいに座る。

「お父さん……私……フィレセ騎士団に入りたい……」

 ルティは、消え入りそうな声で自分の夢を口にした。

「しかし……ルティには──」

 ロイアは聖女の事を口走りそうになって、思わずシルヴィを見た。

「娘さんが聖女の事ですか?知っていますよ」

 シルヴィは興味がないどころか、『くだらない』とでも言いそうな雰囲気だ。

 ロイアはルティに視線を戻し、たしなめるように言った。

「この前も言っただろう。聖女のお務めは、ルティにしかできないんだ」

 我ながら、言っている事に吐き気がする。

 自分の夢を打ち明けてくれたルティに、『夢を諦めてくれ』と言っているようなものだ。

 ルティは、絶望したような表情でロイアを見た。

「聖女って……夢を叶える事すら許されないの……?聖女って何……?」

 目に涙を溜めて訴えるルティに、ロイアは何も言えなかった。

 聖女と言えば聞こえは良いが、要は人柱だ。

(俺達は、純粋な子供の未来を犠牲にして、平和を享受しようとしているのか……)

 ロイアは、シルヴィの『くだらない』とでも言いそうな雰囲気の理由を察して、シルヴィを見る。

(シルヴィさんは、それに気づいていた……しかし……)

「……国を守る為だ。他国が攻めてくれば、前線で戦う騎士だけじゃなく民間人にも……ルティも、ラウザも、ナターシャも、死ぬかもしれないんだ」

 だから、とロイアは言葉を続けようとするが、涙と嗚咽で言葉が出てこない。

(……ごめん……)

「あなたは、金の為ではないんですね」

 ロイアがシルヴィを見ると、相変わらず興味なさげに紅茶を啜っていた。

「金……?」

「私はテルートの出身です。子供の頃は、両親とエルミナ様と共によく畑を耕していました」

「はぁ……」

 突然始まった昔話に、ロイアは間の抜けた返事をする。

「エルミナ様が聖女として送り出された時、テルートの住民総出で送り出したんですよ」

 そこまで言ってシルヴィは、カップをテーブルに置いた。

「……私達を見るエルミナ様の表情は、見た事ないほど恐怖と絶望で強張っていました」

 その理由が分かってしまい、ルティも表情を強張らせる。

「『あんな表情をされているのに、本当に行かせる必要あるのか?』と、周りの大人達に聞きたかったですよ。ですが大人達には、エルミナ様の表情はまるで見えていないようで、皆輝いた目をしているんです。子供ながらに『狂っている』と感じました。あとから両親に尋ねると、『多額の褒賞金が出るから、生活が楽になるぞ』と喜んでいました。『エルミナ様々だ』なんて言ってね」

(まるで、売られたみたいだ……)

 シルヴィの話を聞いたロイアは、絶句している。

 ロイアは、『聖女だから』とルティを王城に行かせて褒賞金を貰おうなんて考えた事もなかった。

 決して裕福なわけではないが、今の生活は気に入っている。

 子供達に剣術を教えるのは楽しいし、村の人とも良い関係だ。

 妻を亡くしているロイアにとっては、褒賞金を得るよりも、ルティと一緒にいさせてほしい。

「……私は、娘さんが騎士団に入る事に賛成です。少しくらい、夢を見させてやっても良いじゃないですか」

「しかし……ルティはまだ12歳です。騎士団へ入団出来るのは15歳からですよね?」

「ええ。ですから、娘さんから提案があるそうですよ」

 シルヴィは、ルティへ視線を向ける。

 それにつられて、ロイアもルティへ顔を向けた。

「……お父さん。私、村に戻らないで、騎士団に入るまでトリアーティさんの所で住み込みで剣術を教わりたい」

「は?」

 ルティからの思いもよらない提案に、ロイアは少しの間、思考が停止した。

 『通う』ならまだしも、よく知りもしない男の元に娘を預けるなんて、とてもじゃないが承諾出来なかった。

「……ダメに決まってるだろう。第一、トリアーティさんにもご迷惑になる」

「私も『親御さんも心配するだろうし、上手く教えられるかどうかは分からない。週に1回手合わせするくらいなら構わないよ』と言ったんですが、頑として引かなくて」

「だって!もし村に戻って、聖女なのがばれたら……」

 ロイアは、怯えた目をするルティと先ほどの話のエルミナを重ねる。

 ルティが聖女だとばれてしまったら、村人はテルートの住民と同じように総出でルティを送り出すだろう。

(ここにいた方が、確かにばれる確率は低くなるかもしれない。しかし、ルティに何かあったら──)

「っけど、ターナーさんもナターシャも、ルティの事を心配している。王都の捜索隊も来てくれるらしいんだ。せめて、一目だけでも元気な姿を見せてやってくれないか?そもそも、剣術なら俺が教えているじゃないか。お世辞抜きで、ルティは強いよ」

「それは『子供にしては』でしょ……?」

「っいや……」

「昨日、シルヴィさんと手合わせをして全然勝てなかった」

 ルティは相当ショックだったのか、俯いて悔しそうに下唇を噛む。

「『勝てなかった』と言っても、筋は良かったですよ。才能と、あなたの教え方が上手なんでしょう」

「あ、ありがとうございます……」

 シルヴィは淡々とした口調で誉めてくれるが、ロイアは全く嬉しくない。

「というか、トリアーティさんは騎士団かどこかに所属していたんですか?」

「ええ。退役しましたが、フィレセ騎士団に所属していましたよ」

 シルヴィは、視線だけをロイアの後ろの壁に向ける。

 ロイアも振り返って壁を見ると、退役記念の剣が飾られていた。

「……そりゃ、強いわけだ……」

 ロイアは、納得がいったように苦笑する。

「……捜索隊は、本当に来るの?」

 ルティの呟きに、ロイアは顔を戻し「ああ、ナターシャが副団長に頼みこんでくれたらしい」と答える。

「……私は、村には戻らない……」

 決意したように呟くルティに、ロイアは困り果てた。

「何でだ?ルティが生きてる姿を見せれば、捜索隊もすぐに引き上げて──」

「私が聖女だと分かったら、王都に連れていくでしょ?」

 まるで捜索隊を人拐いのように言うルティに、ロイアはわずかに怒りを覚えるが、ルティの気持ちも分からなくはない。

「っじゃあ、せめてターナーさんとナターシャにだけでも、会ってやってくれないか?二人共、ルティを川に落としてしまった事に、すごく罪悪感を感じているんだ」

「お父さんから、『無事だった』って伝えてほしい」

「俺が言っても、二人共『慰めに嘘をつかれている』としか思わないだろ。二人共、あの日以来すごく暗い顔しているんだ」

「じゃあ、二人にここに来てもらって」

「ナターシャは妊婦なんだ。無理に決まってる。ターナーだけだったら来れるだろうが、あれ以来、二人共口を利かなくなったらしいし……」

 静かになったと思ったら、と、ロイアは困った表情でため息をつく。

「……じゃあ、私を死んだ事にして」

 その台詞に、ロイアは思わず握り拳で机を叩く。

「ダメに決まっているだろうっ!簡単に『死んだ事に』なんて言うな!」

 肩を跳ね上げたルティは、萎縮して涙を浮かべている。

 ロイアも、ルティに怒鳴ったのは初めてだった。

「……すまない……怒鳴ってしまって……でも『ルティを死んだ事にする』なんて、俺にはとても出来ない」

「……じゃあ、どうすれば良い……?」

 ルティは、嗚咽交じりに訴えた。

「私は、騎士団に入りたい……聖女になんてなりたくなかったのに……王城に連れていかれて、自分の夢も叶えられなくて、一生飼い殺しみたいにされる……そんなの嫌だ……」

 『飼い殺し』。

 その言葉が、ロイアに重くのしかかった。

 しかし、ルティが『飼い殺し』にされなければ、国自体が危険に晒される。

(本当に……聖女って何だろうな……) 

 ここに来て1時間ほどなのに、自分の常識が一気に覆された。

『……私は、娘さんが騎士団に入る事に賛成です。少しくらい、夢を見させてやっても良いじゃないですか』

 シルヴィの言葉を思い出し、ロイアは静かに口を開く。

「……トリアーティさん。騎士団に入るまでの間、ルティの事お願い出来ませんか?」

「私は大人相手の訓練だったので、怪我が増えるかもしれませんし、上手く教えられるか分かりませんよ?」

「構いません。鍛え上げてください」

「……お父さん、良いの?」

 静かに目を輝かせるルティに、ロイアは忠告する。

「ルティ。『聖女である事を隠す』となれば、ずっと追われる事になるぞ。それでも良いのか?」

「……はい……!」

 ルティは、覚悟を決めた目で頷いた。

「分かった……俺もルティを、『死んだもの』とみなすよ」

 ロイアは立ち上がると、涙をこらえながらシルヴィに向かって深く頭を下げる。

「シルヴィさん。ルティの事……よろしくお願いします……!」



 それから、たまにシルヴィの元から手紙が届くようになった。

 差出人はシルヴィになっているが、中の手紙の筆跡はルティだった。

 元気に過ごしているようで、手紙が来る度に涙ぐみながら何度も読み返した。

 あれ以来、ルティとロイアは一度も会っていない。

 本当は会いに行きたかったが、再会できた嬉しさで村人にうっかり口を滑らせたら大変だ。

 差出人が『シルヴィ』から『レンス』に変わり、ルティからの手紙の内容でも、騎士団に入団した事を知った。



(すまない……ルティ……リフェルト副団長に『トリアーティさんを父親だと思う事にする』なんて、嘘を言ってしまって……)

 手紙を見ながら、ロイアは心の中でルティに謝る。

 ただ、聡明そうなエマならば、嘘だと見抜きそうだが。

(今になって行方不明者の再捜索か……やっぱり、諦めるわけないよな……)

「ルティ……もうそろそろ限界みたいだ……」

 ごめんな、と、ロイアは手紙を引き出しに戻した。

エマが有給休暇で2日間不在だと知り、意外にも荒れたのはトーガだった。

「おいウルクリン、あいつどうにかしろよ」

「俺に言うなよ」

 他の団員達は、何故かウルクリンに相談してくる。

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