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「そろそろ行くか……」
1時間ほど聞き込みをしたエマは、稽古が終わる頃合いを見計らって剣術道場へと向かう。
稽古が終わったらしく、道では数人の子供とすれ違った。
騎士団の制服を着ているエマが珍しいのか、みんな好奇心に満ちた目でエマを見ている。
「ログベルトさん、こんにちは」
「あ、エマ・リフェルト副団長……」
道場の戸締まりをしていたロイアは、エマに声をかけられると少し緊張した様子だ。
「どうかしましたか?」
「もう一度、お話をお聞きしたくて」
ロイアは、わずかに眉をひそめる。
「分かりました……ここではお茶も出せませんので、家へ行きましょうか」
「いえ、お気になさらず」
「あぁ、すみません。稽古で疲れて、私が休みたいんですよ」
ロイアは「私も年ですかね」と苦笑する。
「それは失礼しました。では、行きましょうか」
二人の間に妙な緊張感が流れながら、連れだって歩き出す。
稽古ではどんな事をしているのか、子供達の様子、騎士団の訓練内容──。
当たり障りのない部分だけ、お互いに話しながら家へと向かう。
家に入って、ロイアはすぐにポットに湯を沸かした。
「どうぞ、お掛けになってください」
「失礼します」
ロイアは紅茶を淹れて、座っているエマと自分の席の前にカップを置くと、昨日と同じように向かい側に座った。
「それで……お話というのは?」
ロイアは明らかに警戒している。
「昨日、ログベルトさんに教えていただいたシルヴィ・トリアーティさんの元へ伺ったのです。トリアーティさんもルティさんの死亡を確認したそうですね」
「ええ。昨日お話したではありませんか」
「遺体は、トルム村へ持ち帰らなかったのでしょうか?」
「……遺体?」
「他の村人に話を聞いた所、『遺体を見ていない』『葬儀もしていない』『墓も作っていない』とおっしゃっていたので」
「……遺体は、持ち帰っていません。あまりに無惨な姿で、皆に見せるのは気の毒だと思いましたから」
「『無惨』とは?」
「……水でむくんで、誰だか分からなくなっていたんです。ですが、着ている服でルティだと分かりました」
「トリアーティさんは、『遺体はむくんでいなかった』とおっしゃっていましたが?」
ロイアは目を見開く。
「……では、私の視界が涙で滲んで、むくんでいるように見えたのかもしれません」
「何故、葬儀もせずお墓も作らなかったのでしょうか?」
「葬儀は、トリアーティさんと火葬だけ行いました。墓は、妻の墓の隣に簡易的なものを」
「そうでしたか。……この後、お墓に案内してもらう事は可能でしょうか?」
「……ええ。分かりました」
「ルティさんは当時、どのような服装だったか覚えていますか?」
「確か……黒のタートルネックにベージュのズボンです」
「ルティさんはよくタートルネックを着ていたのでしょうか?」
ロイアは、顎に指を当てて考えこむ。
「いえ、着るようになったのは川に流される1週間ほど──」
ロイアは、何かに気づいたように口をつぐむ。
「ルティの格好が、何か?」
「いえ。ルティさんは、何か大きな怪我をした事はあるのでしょうか?」
「特にはありませんが」
「では、左肩に触れてほしくないトラウマがあるとか」
「左肩?」
ロイアは再び考えこむ。
「……いえ、多分ないかと」
(視線が右。何か隠しているな)
「実は、今年入団した団員に、『ルティ・ログベルト』という女性がいるんです。トルム村の剣術道場出身で」
ロイアは呆れたように笑うと、椅子の背に凭れかかる。
「……何だよ、結局嘘つけないじゃないか」
「ルティさんは、生きているんですね?」
「……ええ。ルティが川に流された2日後、ルティから手紙が来たんです。『コナー地区のトリアーティさんの家にいる』と。翌朝、コナー地区に向かいました。ルティは、奇跡的に怪我もなく体調も崩していませんでした。私はルティを連れてトルム村に戻るつもりだったんですが、ルティが『トリアーティさんの元で住み込みで剣術を教わりたい』と言い出したんです」
「だったら、わざわざ『死』を偽装する必要はなかったのでは?」
エマにもトルム村の住民にも『ルティは生きていて、剣術を教わる為にシルヴィ・トリアーティの元で住み込みで世話になる事にした』と言えばいいはずだ。
「……私が勘当したんですよ。口論になってしまって。どうやら私の教え方では、ルティにとっては不足だったようです。口論がエスカレートして、つい『死んだものとみなす』と言ってしまって……」
本当に言ってしまったのか、ロイアは参ったような苦笑を浮かべる。
確かにルティは、新人にしては強い。
新人が、トーガとの手合わせで怪我一つなかったとは奇跡に近いのだ。
子供同士の手合わせでは、それほどの実力はつかないだろう。
「先程の『結局嘘をつけない』というのは?」
「あぁ……ルティも『トリアーティさんを父親だと思う事にする』と。売り言葉に買い言葉ですよ」
「そうでしたか……」
(また視線が右……それは本当ではない……?)
もう少し踏み込んで聞きたいが、ここで追い返されたら今度いつ話を聞けるか分からない。
「シルヴィ・トリアーティさんとは、何者ですか?」
「定年退職した、フィレセ騎士団の団員だったそうです」
「何故、トリアーティさんもルティさんの死を偽装する事に加担したんでしょうか?」
「……何故でしょうね。それは私にも分かりません」
問答に辟易してきたのか、ロイアは少し投げやりに答える。
「……もういいでしょうか。お引き取りください」
「……失礼いたしました」
エマは席を立ち、玄関へと向かう。
「本日は、ありがとうございました」
エマはロイアに向かってきっちり一礼し、ドアノブに手をかけようとする。
「……私からも、質問していいですか?」
エマの背中に、ロイアが静かな声で問いかける。
エマは半身を翻し、「何でしょうか?」と聞き返した。
「聖女とは、どういう暮らしをするんですか?」
「毎朝、礼拝堂で祈りを捧げ、国を包む結界を強化します」
「それだけですか?」
「それだけです。聖女といえど、王族ではありませんので」
ロイアは、『拍子抜けした』とでも言いたげな目でため息をつく。
「本当に、王城で暮らさなければならないのですか?」
「ええ、安全の為にも。もし病気や負傷をしても、王城に常駐している医師がすぐに対処できますし、襲撃されても騎士団が護衛できますので」
「それは、そうでしょうけど……」
ロイアは納得いかない様子で、尚も何か言いたげだ。
しかし、言葉を飲み込むような表情をすると「すみません、ありがとうございました」と頭を下げる。
「いえ、こちらこそ」
お邪魔しました、とエマは再びきっちり一礼し、玄関を出る。
御者は、座席に座って居眠りをしていた。
「すみません、お待たせしました」
「ふぁ……?」
起こされた御者は、寝ぼけた声を出して目を開ける。
「あぁ……もう終わったんですか……?」
「ええ。では、王都までお願いします」
(2時間近く、待たせたはずなんだがな)
そう思いながら、エマは馬車に乗り込む。
御者は、両手を上げて体を伸ばしながら「了解」と返事をした。
ほどなく馬車が動きだし、エマは流れる景色を眺めながら王都へと戻った。




