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『新しい聖女が見つかった』という話は、瞬く間に王城内に広がった。
それを聞いて居ても立ってもいられなかったのは、ノアールの婚約者ミレイ・ルリティアだ。
藍色の髪を揺らして、普段の上品な立ち振舞いからは想像できないほど、アルカドルの執務室へ続く廊下をツカツカと足早に歩いている。
ミレイは執務室のドアの前で一旦立ち止まり、逸る気持ちを落ち着かせる為に深呼吸をする。
ドアをノックすると、アルカドルの「はい」という返事が聞こえた。
「失礼します」
「ミレイ、どうした?」
「陛下……新しい聖女が見つかったというのは、本当ですか?」
緊張した面持ちで尋ねるミレイに、アルカドルは「本当だ。今度こそ、本物の聖女だよ」と微笑んだ。
「……どのような、お方なのでしょうか?」
もしかしたら、ノアールとの婚約が解消されるかもしれない。
そんな不安を抱きながら、ミレイは息を飲んだ。
「ああ。今は、フィレセ騎士団に新団員として所属しているよ。エルミナから『近衛兵に所属させてほしい』と打診があった」
「……え?」
聞き違いかと思い、ミレイはアルカドルに聞き返す。
「騎士団……ですか?」
「騎士団だ」
「男性……では、ありませんよね?」
「れっきとした女性だぞ」
アルカドルは、「何を言っている」と朗らかに笑う。
「先ほど、リフェルト副団長に言伝てを頼んだところだ。今頃、クロウディ団長の耳に入っている事だろう」
一方、駐屯地に戻ったエマは、ゼドルと共に頭を抱えていた。
「──確かに、ログベルトは『新人にしては』腕は立ちます。しかし、近衛兵になるほどの実力は……」
「とはいえ、陛下のご命令だからな……」
陛下からゼドルに、『ルティ・ログベルトを近衛兵に所属させてやってほしい』との申し入れがあった。
エルミナからの頼みであろう事は、二人にも容易に見当がついた。
「……何故『近衛兵』なんだ……」
ゼドルのそんな呟きに、エマはルティに投げかけられた疑問を思い出す。
『……副団長は……聖女やお姫様って憧れたりしますか……?』
それに対して、エマは『いや、ない』と即答した。
『憧れていたら、騎士団に所属などしていない』と。
それに対して、ルティは『ですよね……』と弱々しく賛同した。
「……団長は、『王族や貴族になりたい』と思った事はございますか?」
「いや、ないな。どうした?いきなり」
「いえ……ログベルトに『聖女やお姫様に憧れるか?』と、尋ねられたものですから。『憧れた事はない』と、即答しましたが」
ゼドルは顎に手を当てると、「……それが答えなのかもな」とこぼした。
「ログベルトは、聖女である事を隠してトルム村からわざわざ騎士団に入団した。よほど、叶えたかった事があるんだろう。娘の願いを叶える為に、父親も先輩も協力した」
「それに、エルミナ様も賛同したと……」
「そうだな……」
ゼドルは何か考え込むと、「カルロスと手合わせをさせるか」と言い出した。
「え?」
「このまま近衛兵の訓練に参加させても、足を引っ張るだけだ。とはいえ、逃亡しないように王城からは出してもらえないだろうしな……しばらく、訓練終了後にカルロスを王城に連れていって、手合わせをさせる」
さすがに荒療治では?とエマは言いたくなったが、ルティがトーガと手合わせした時の、あの殺気と容赦のなさを出せれば、近衛兵のレベルには近づけるかもしれない。
「分かりました。では、決まり次第トーガに伝えます」
「ああ。俺は今から王城に行って、カルロスとの手合わせについて打診してくる」
「かしこまりました」
「──『フィレセ騎士団のトーガ・カルロスと手合わせ』を?」
王城の応接間に通されたゼドルは、『ルティの実力向上の為、カルロスとしばらく手合わせをさせたい』と、アルカドルに提言した。
「はい。リフェルト副団長曰く『今のルティ・ログベルトの実力では、近衛兵に所属するのは厳しいだろう』との事です。私以上に間近で見ている彼女が言うのですから、恐らくそうなのでしょう」
「そうか……まぁ、『新団員を数ヶ月で近衛兵に昇進させる』なんて、本来かなり無理がある事だからな。実力が伴っているはずないか」
「ええ。それに、近衛兵含め他の団員の妬みや反感も買いかねません」
今度はアルカドルが、ため息と共に頭を抱える。
「そうだな……近衛兵は、自らを鍛え上げてきた者達ばかりだ。それ故に、プライドも高い」
ゼドルも、団長になる前は近衛兵に所属していた。
近衛兵のレベルの高さも、プライドの高さも理解している。
口添えで入った実力も伴っていない団員など、足手纏いどころかいじめの対象になりかねない。
(聖女をいじめる事はないだろうが、毛嫌いはされるだろうな……)
「その打開策として──荒療治ではありますが、トーガ・カルロスとしばらく手合わせをさせ、早急に実力をつけさせようというです」
「そのカルロスという団員は、どのような人物なんだ?」
「実力は確かです。しかし、少々遠慮がなく気分屋な性格でして、良くも悪くも全て口に出してしまいます」
トーガは、実力はあっても性格に問題がある。
ゼドルはそう判断して、トーガを近衛兵に推薦した事はない。
「その『遠慮のなさ』が、今ルティ・ログベルトには必要だと……」
「はい。『聖女と手合わせ』となると、皆手心を加えてしまうでしょうが、顔見知りで遠慮のないカルロスならば、ログベルトもやりやすいでしょう」
「なるほど……」
アルカドルは「分かった」と了承すると、ゼドルと細かい部分を話し合った。
王城から戻ったゼドルは、エマに提案が了承された事を伝え、早速トーガを執務室に呼び出した。
「はぁ?俺が王城に?」
話を聞いたトーガから出てきたのは、そんな台詞だった。
「トーガ、団長へその口の利き方は何だ」
エマがトーガに厳しい視線を向けると、ゼドルは「構わん、リフェルト」とエマをたしなめた。
トーガはいじけたように口元を曲げ、ゼドルとエマから視線を外す。
(自分だけ仕事が増えるから──というより、俺に命令されるのが気に入らないのだろう)
いつからか忘れたが、トーガはゼドルに指示をされると『気に入らない』という表情をするようになった。
(それと同じ時期か……リフェルトと絡むと、やけに楽しそうな顔をするようになったのは……)
ゼドルは、二人を交互に見て静かにため息をつく。
「カルロス。悪いが早速、明日の午後から頼む」
カルロスはいじけた表情のまま、「分かりました」と返事をした。




