失いし日 〜その1【エイダ】
あの晩、私は官舎に居た。
仲間たちと生死を分けたのは、その日は偶々当番でなかった。それだけだ。
巡回判事に付けられるのは、騎士25名、文官10名。それぞれの家族を含めれば大所帯になりすぎるため、判事は双方が役目を持っている夫婦を中心に随員を選択した。初の女性判事とあってか、絶対数の少ない女性騎士が5人も含まれている。人数から言って女性だけの班を1つ編成するのかと思いきや、それぞれの班に1人ずつ配置して、判事はこう言い渡した。
「まず男性陣。最初に言っておくが、女性騎士は小間使いではない。確かに男性に比べて非力だろうが、注意力も観察力も男性に劣るものではない。集団の中に違う視点があると言うのは、それだけで強みになる。
男性陣は女性の涙に弱かろうが、女性同士に嘘泣きは効かないからね」
頬を掻いている者たちは心当たりがあるのだろう。小さく笑いが起きたあと、判事は今度は女性騎士たちに向き直った。
「そして女性陣。申し訳ないが、女性だけの班は作らないし、作れない。皆を侮っているつもりはないけれど、女性だけの班では膂力で押し切られる可能性が高くなる。
それに女性だけだと、侮って無駄に絡んでくる阿呆も増える。
それで痛い目を見るのは阿呆の勝手だが、逆恨みされても面倒だ」
女性騎士たちが一斉に首肯している。皆、経験があるのだろう。
「男性に混じって仕事をするのはやりにくい事もあるかもしれない。
だが先ほども言ったように、男性とは違うところに期待している。よろしく頼む」
西の領地では女性が働くのは当たり前の話だが、それでもいまだに女だからと言うだけで厭がらせをされる事はある。特に騎士職の女性はその傾向が強い。仲間であるはずの男性騎士からも一段下にみられる事が多く、反発や悔しさから意固地になる者もいる。しかし判事が求めたのは、男性と同じ土俵で競うことではなかった。それぞれの良さを生かしていくこと、そして補い合うことだった。女性たちの肩の力が抜けたのが、目に見えるようだった。
女性が働くことの少ない他領出身者には、そんな思いをしながらも女性が働いていると言うのは、信じられない事らしい。同性の活躍に憧れる者もいるが、女性が働くことを卑しいと蔑む者も少なくない。特に集団のトップである判事が、家柄もない若い女性とあれば、露骨に眉を顰める者すらいた。
ご本人は慣れているようで、言いたい者には言わせておけと言う態度を崩さない。私には焦れったくも思えるのだが、女性騎士のリーダー格のマティルダなどは「解る気がない奴に解らせようとする無駄をご存じなのさ」と肩をすくめる。おそらく判事と同じ思いをしてきただろうマティルダは、若手騎士中心の第5班の班長に抜擢されていた。
「マティルダはよく人を見てるし、教えるのが巧いから」
と判事は言い、実際彼女の班の騎士たちはこの2年弱の間にメキメキと成長した。彼女の勧めで得物を変えたことで急速に伸びた者もいて、この任務が終わったら訓練所の教官になろうかと思っている。とマティルダは照れたように笑っていた。
マティルダも判事も、実力で今の地位を得て、実績で周囲を黙らせてきた。これからもそんな日が続くのだと思っていた。あの日、炎に沈む公邸を見るまでは。
赤くゆらめく炎に照らされて、怒声と悲鳴、剣戟と弓弦の音が響く。私は判事を助けるどころか、煙に噎せ、涙を流しながら、随員の家族たちと逃げ惑うことしかできなかった。炎を見た近隣の住民が集まって来なければ、私たちは全滅していたかもしれない。
長い夜が明けたころ、随員のうち生きていた者は半数を切っていた。
フラグが、フラグが立った!




