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御者の葛藤  作者: 猶崎 迅


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記録と記憶【ジョゼ】

物思いから覚めたように、小隊長が口を開いた。


「…何から話したものか。君は巡回判事の仕事について、どのくらい知ってる?」


そう問われて、首を傾げる。


「各地を巡って、係争案件を解決するのですよね?」

「それもある。だがより重要なのは監査だ」

「監査、ですか?」

「ああ。裁判資料、納税記録、陳述書や申請書を隈なく調べて不自然な点がないか探す。

 城に届け出られてる記録との整合性を見る。過去の裁定の不服申請も受け付ける。

 そうして癒着している者、不正を働いている者、領民を虐げる者を見つけるんだ」


名前から思っていたよりずっと複雑で重要な職務であったようだ。それより何より、腑に落ちたことがある。公邸が襲われるに至った理由だ。


「かなり危険な仕事だったのでは?」

「そうだ。不正が正され、多くの者が救われる代わり、それがいかに不当なものであろうと、利得を失った者には恨まれる。逆恨みだがな。

だがそう言う輩の方が押し並べて権力を持っていて、危険なのも確かだ。

だから巡回判事は必ず領主直属になるし、10人の文官と5班25人の護衛隊が付けられる。

その護衛隊の中に、不心得者が居た。訓練所にいた頃のオーウェン教官の副官だった男だ」

「…その人って、確か」

「ああ。ソフィアが摘発した訓練所の横領犯の1人だったヤツだ」


選りに選ってそんな輩を護衛に?と言う疑問が顔に出たらしい。


「当時東方騎士団の3席にいたオーウェン教官がな、旧い友人を助けたいと隊に迎え入れたんだ。

労役を果たして禊は済んだ。前科があるからと排除しては、社会復帰が出来ない、と言って。

それは正論だ。だが正論だけでは、人の心は語れない。あの方はそれがお解りでなかった。

あの男も最初は真面目にやっていたんだ。更生したと思っていた。あの護衛任務に着くまでは。

いや、実際更生していたのかもしれない。あの任務に連れて行かなければ」


小隊長の声が苦い。俺の心も苦い。自分を断罪した子どもは今や巡回判事と言う高い身分に。翻って自分は、その子どもだけでなく当時の教え子にも使われる立場だ。不正な利得だったとは言え、羽振りの良かっただろう昔の生活とは比べ物にならない現状。悪感情を募らせるには充分な土壌だったろうし、気持ちは解らないでもない。それが逆恨みでさえなければ。

そして事件は起きたのだ。


「あの日、俺たちは内通者を利用して偽情報を流した。監査対象を操るために。

護衛2班と文官半分で急襲して、証拠を隠滅しようとしていたのを現行犯で押さえられた。

そこまでは計算通りだったんだ」

「そこから、一体何が?」

「監査対象と一連の証拠をまとめて公邸に引き揚げていた時、火の手が見えた。

急いで戻ると公邸が燃えていて、残っていた護衛隊が誰かと闘っていた。

一瞬、何が起きたか解らなかった。公邸が襲われるなんて思ってもいなかったからな。

その一瞬に矢を射られて、ソフィアに付いていた護衛隊の半分と監査対象が死んだよ」


判事公邸襲撃事件については、公式には大した記録は残っていない。判っているのは未明に襲撃を受けた公邸は全焼、死傷者多数。と言う実に曖昧なものだ。東の集落から帰ったあと、幾つか記録を当たったが、それ以上のことは判らなかった。初めて聴かされた事件の詳細は、血と炎と苦悶に塗れていた。


「あの襲撃で護衛を半分以上を亡くした。特に宿直で邸に残っていた班と文官は全滅した。

連中は階段に油を撒いて火を着けた上に、矢を射かけやがって…皆逃げ場を失ったんだ。

無傷で逃げられたのは1階に部屋があった外回りの下働きが2人だけだ。

レオは…ソフィアの夫は、結婚前からずっとソフィアの専属護衛だった。いつも一緒で…

『ベッドの中まで護衛が付くとは、判事は領主よりも手厚く護られている』とよく揶揄ったもんだ。

それを内通者を欺くためにと、敢えて公邸に残すよう進言したのは俺だ」


小隊長の囁きは、まるで懺悔のようだ。


「レオは息子を抱え込んで死んでいた。矢で射られ、焼け焦げて、それでも息子を離さなかった。

父親に護られたセオは、綺麗な姿で残っていたよ。でも、息はしていなかった」


小隊長の手が、声が震えている。


「あの晩、俺たちは大勢の仲間を喪った。公邸に集まっていた記録も火事で消失した。証人も殺された。

そんな最悪の状態でもやれるだけの事はやった。それは言い切れる。

でも届かなかった。監査対象より後ろにいたやつには」


握りしめていた拳を意識して緩めたらしい小隊長は、表情が抜けていっそ穏やかとも言える顔をこちらに向けた。


「ソフィアは、今度こそやり遂げるつもりだ」


事件の記録の曖昧さの理由は一つ。公邸を襲撃するほどの力のあった誰かが、まだ自由の身だ。と言うことだ。次官を守るため、戦う力を養うために伏せられた情報の数々。

自分の闘うべき相手の輪郭が、見えてきた気がした。

久々すぎる更新となりました。

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