表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
CORRECTORS ~生きた異物~  作者: 新楽岡高
第十一章 あるべき場所へ
508/565

第一話 消えてしまった存在に③

◆◇◆



 ベネチアンブラインドの隙間から、日光が差し込む。その眩しさを堪えて外を覗けば、林立する高層ビル群が一望出来る。下を見れば、米粒大の大きさの車が所狭(ところせま)しと(ひしめ)き合っていた。

 だが、そちらに目を向ける者は誰もいない。

 ただただ重々しく、そして苛立ちの混ざった沈黙が、部屋を支配していたのである。

 脚を組む者、頬杖をつく者、机を人差し指で叩く者……人によって態度はまちまちであったが、概ねその表情は不機嫌さを滲ませていた。

「……それで、海野尾(かいのお)君はまだなのかな?」

「はい、申し訳ございません。もう少々お待ちを」

「そう言って既に十分(じっぷん)待っているのだが? 私達をここへ呼び出した挙句、呼びつけた本人が遅れるなどと……君の上司は常識の無い男だな?」

 恰幅の良い老いた男の眼光が、三十歳手前の若造を射抜く。その眼力に、彼は顔を青くしながら頭を下げていたのだった。

「もう少しです、もう少しで参りますので……」

「だからそれがいつなのかと訊いている! 急遽の呼び出しに答えてやっているのはこちらなのだぞ? こんな事なら予定をキャンセルなどするのではなかった!」

 ばしん、とテーブルを叩く別の老人からの強い言葉に、若い男はびくりと体を跳ねさせた。彼とて若くともそれなりに場数を踏んで来た人間ではあるのだが、それでもこの重圧は厳しいものだったのである。

「今日の事はしっかりと覚えておく。君も今後の身の振り方を考えておくんだな」

「そ、そんな事を仰らずに……」

「ならば早く海野尾を連れて来いと言っているのだ! あやつめ、優秀だというから榮森(えいもり)の後任にしたというのにっ」

 老人たちの怒りの噴出は、もはや止めようがなかった。時折飛び出す怒声、嫌味、脅迫。様々な手段で不満を垂れ流し始めた彼らに、もはや若造の言葉など届きそうもなかったのである。

「話にならん、私は帰らせて貰う。大事な会議がこの後控えているのだ、無駄な時間など食ってはいられない」

「私もだ。無駄足を踏ませてくれる。こちらだって暇ではないというのに」

 耐え切れなくなった者の幾人かが席を立ち始め、それを若い男がどうにか宥めようとするものの、聞く耳が持たれない。

 とりつく島もなく老人たちが退出しようとドアを開き、そしてそこで立ち止まる。しかしそれは決して、若造の声に説得された訳ではなくて。

 ただ、彼は圧倒され沈黙し硬直していたのである。

「おや、皆さま。お帰りですか? まだ要件は済んでいないのですが……それで不利益を被るのは、貴方達ですよ?」

「だ、誰だ貴様は!?」

「私が誰であるかを知りたいのなら、まずは席に着いていただけませんかねえ? こんな所で話していたら、声が聞こえない人だって出て来ちゃうでしょ?」

 老人たちを押し戻し、絨毯をゆっくり踏み締める音と一緒に入室して来たのは、茶髪で長身の男だった。顔の彫は深く、一目見て日本人でないのは明白だったが、その表情は親しみやすく胡散臭い笑顔を浮かべていたのだった。

 得体の知れない男の登場に、退出しようとしていた老人たちは一様に気圧されて素早く後退(あとずさ)る。それから少し遅れて、室内にいた若造――海野尾の部下へ向けて命令するのだ。

「お、おい君! 早くこの男を摘まみださないか!」

「それがですね……」

「無理ですよ。彼は、私の命令に従って貴方達を呼び出したんですから。海野尾課長の名前を使ってね」

「それは……どういうことかね?」

 情報を小出しにする茶髪の男の言葉で、場の注目はすっかり彼に向けられていた。もはや、この部屋の主導権はこの男に握られていたのである。

「ああ、先に行っておきますがこうしている間に貴方達の護衛を呼ぼうとしても無駄ですよ。私の部下の方が遥かに強い。所詮、魔力を持たぬ世界では勝負になりませんから」

「魔力……という事は、“ノクス”の人間か。海野尾の名を(かた)り、私達をここに召集するなど、随分と思い上がった事をしてくれるじゃないか。最大限の譲歩をして治外法権を与えてやったのに不満かね?」

「ええ、不満も不満、不足も不足。これっぽっちで一体何に満足すれば良いと?」

 手を後ろに組み、優雅な所作で部屋の上座に立つ茶髪の男の恰好は、スーツだ。長身も相俟って、その身なりは非常に決まっていた。

 彼の背後には部下と思しき者が三名控え、老人たちに勝手な真似をさせまいと眼を光らせているようだった。

「……話を聞くだけならタダだ。だが、何か要求があるというのなら、名乗ってはくれまいか? その様子では、そこに立つ“アーベント”の上司かな?」

「これは失礼。確かに私は彼の上司だ。“ノクス”の長官で、“シュトローム”と名乗っている。それと、貴方達の事は全員知っている、国会議員から大企業の役員などなど……本当に素晴らしい顔ぶれだ」

 大人しく席に着き、面白くなさそうな顔をしている老人たちを見回しながら、“シュトローム”はまた笑う。

「これで自己紹介は宜しいかな? ではここが本題だ。私はこの国を……いやこの世界そのものを、我が国の支配下に置くつもりだ。貴方達には、その尖兵になって欲しいのだよ」

「尖兵だと?」

「そう、尖兵。勿論見返りは用意するよ? この世界とは異なる世界の魔法技術だ。貴方達だって知っているだろう? これを手に入れられれば、(しばら)くは技術的優位も揺るがないだろう。他企業の追随を許さず、他国の追随も許さない。圧倒的な国家の出来上がりだ」

 入室当初の丁寧な口調は、もうシュトロームから無くなっていた。格下を見るような露骨な視線と口調に、老人たちは面白くなさそうな顔をする。

 だが、色よい反応が見られないというのに、“シュトローム”は些かも動じる事は無く、話を続けていたのだった。

「断るのなら結構。この話を他へ持っていくだけでね。果たしてこの話を、全ての国と企業が一蹴するかな? いいや、必ずどこかが飛びつく。倒産寸前の企業、孤立した国家……彼らに我々の技術の一端が解放された時、先進諸国はどこまでその優位を保てるかな?」

「っ、待ちたまえ、何も私達はそちらの申し出を蹴ろうという訳ではないのだ。ただ、決めあぐねている。立場があるからな。一度持ち帰って議題に上げねば……」

 老人の一人が、このままではまずと判断して声を上げた。だが、“シュトローム”はその発言を鼻で笑った。

「おかしな話だ。貴方たち個人が、我々の尖兵となる事にいかなる許可が必要だというのかな? 今、私は国や企業と話している訳ではない。個人と話しているのだ。そして上手くいった暁には、貴方がたを通して技術供与を行う……さて、どうかな?」

「私達を通して……!?」

 その言葉が浸透するに従って、老人たちは一気に黙り込む。それによって(もたら)される利益を勘定して、何が利になるかを必死に予想しているのだ。

 そんな姿が堪らなく面白いのか、シュトロームは壁に寄り掛かって腕を組み、声を上げて笑う。

「迷ってるねえ。考えてるねえ。無理もない、貴方がた個人を通して技術供与が行われるのだから、企業や国は(こぞ)って貴方達へ(みつ)ぎに来るだろう。そうして手に入るのは巨万の富、或いは不動の名声、或いは山よりも高い立場。そうなれば何もかもが思うまま」

 饒舌に、“シュトローム”は語る。

「勿論、これらの利益を享受したいのなら、“ノクス”の尖兵となって貰う事が必須条件であるがね」

「売国しろという事だろう?」

「物は言いようさ。仮に属国となったとして、魔法という新規技術が手に入るのだ。生活は一層豊かになるだろう。少なくとも、この国を長く覆い続けていた閉塞感は払拭されるのではないかな?」

 その提案は、会社役員よりも、国会議員の職務にある者にとって何よりも魅力的な話だった。何せ、日本はそんな経済状況の脱却を図りたいと長く考え続けて来た国家なのだ。

 経済が好転すれば税収も増え、そのほか各種問題に対応出来る財源が増える。それを果たせた時、自分に対する評価がどれほどのものになるか。政治家にとって、これほど魅力的なものは無かった。

 が、それでも(なび)く者はまだ出ない。

「……強情だな」

 煩わしそうに、誰にも聞こえない呟きを漏らした“シュトローム”は部下の一人に目を向けた。

「“ゼー”、例の物を出してくれ」

「かしこまりました、長官」

 指示を受けて部下の一人――“ゼー”が背負っていた鞄から袋に包まれた筒状の物を取り出してテーブルに置く。

 当然、誰しもが興味を持ってそれに注目する中、“ゼー”が布を取っ払い、そして見っとも無い老人の悲鳴が上がった。

「そっ、それは……!」

「ああ、分かる? 分かってくれる? であればここまで運んだ甲斐もあるというものだ」

「ほっ、本物、なのか……!?」

 おずおずと、老人の一人が凝視しながら見せつけられた筒に近付く。すると“シュトローム”はけろりとした顔で筒を持ち上げた。

「そう仰るなら、容器から取り出してしんぜよう。その手に抱けば、真贋(しんがん)の見分けくらいつく筈だ」

「い、いや、結構だっ!」

 慌てて席に戻っていく老人の背中を見送って、面白くなさそうに“シュトローム”は筒をテーブルへ置いた。

 そんな中で、比較的冷静な老人がやや詰問と非難の色を含んだ声で言った。

「“シュトローム”、何故こんな事をした? こんな事をして、タダで済むと思っているのか?」

「仕方ない事だったのさ。彼はいつまでも私の時間を奪うから、我慢の限界だった。貴方がたも、これ以上私の時間を奪うというのなら……分かるよね?」

 ぽんぽんと、“シュトローム”が筒を軽く叩く。その中に入っているのは、薬液漬にされた人の生首だ。死後それほど時間も経っていないのか、顔立ちもハッキリ認識出来る。

「この海野尾のようになりたい人は、この場で拒否を表明してくれて構わない。機密保持の観点からいっても、この方が良いからね」

「……分かった、協力しよう」

「私もだ」

 明確な脅しを前に、老人たちは続々とその膝を屈していく。

 それでも躊躇いを見せる者が居たものの、結局全員が“ノクス”の尖兵となる事を承知したのである。

「よしよし、素直なのは良い事だよ」

 満足そうに、“シュトローム”は頷いていた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ