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CORRECTORS ~生きた異物~  作者: 新楽岡高
第十一章 あるべき場所へ
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第一話 消えてしまった存在に④



「長官、些か強引だったのではありませんか?」

「そうかな? しっかり全員抱き込めたし、上出来でしょ」

 呆然とした老人たちを部屋に置き去りとして、“アーベント”達はエレベーターに乗っていた。清掃の行き届いた内部は、ガラス張りとなっている背面部から取り込まれる陽光によって明るく照らされている。

 そこには東京の街並みを一望できる、見る者によっては圧倒される光景が広がっているのだが、誰もそちらへ見向きもしなかった。

「今この段階で彼らを無理に抱き込む必要があったのですか? それに、海野尾(かいのお)を殺したのだって……」

「あれは必要だったんだよ。この国の人間が体面とか、周りがどう動いたかとかを気にするから、ああやって見せしめを作っておいた方が何かと便利なの。地盤固めも早い方が良いしね」

「ですが……」

 納得がいかないと言うように“アーベント”が言い募ろうとするのを、“シュトローム”は手で制した。

「彼らには、こちらに従う利を見せた。それから、従わない事に対する害を見せた。これにより、従った方が良い理由と、従わなければならない理由を作った」

「彼らに免罪符を与えて、こちらの要求を呑ませやすくしたと、言いたいのですよね?」

「その通り。“自分は仕方なく従ったのだ”、“どうしようも無かったのだ”……こうやって正当化させる理由を作ってやれば、彼らに断る理由など無い。上手くいけば甘い汁も吸えるからな」

 思った以上に覿面(てきめん)で笑ってしまったよ、と“シュトローム”はまた笑う。

「海野尾を殺したのも、最初から既定路線だったのですか……!?」

「あ、バレた? だってそうした方が早そうだったし、君からの報告書を読んだ限りでは大した権限もなさそうだったからさ、物理的に首とした方が使い勝手良さそうだなって」

 どうという事も無いように言ってのける“シュトローム”に、“アーベント”は絶句した。それでも、どうにか次の句を探そうとする彼だったが、それを遮って“ゼー”が口を開くのだった。

「そんぐらいにしとけって“アーベント”。長官のお陰でここまで上手くいったんだぜ? 俺らじゃ出来なかったんだ、それに文句をつけるのは見っとも無いってもんだよ」

「だが、この前のショッピングモールでも沢山の人が亡くなったんだぞ? これで更に犠牲者を増やす気か!?」

「真正面からこの世界に侵攻したらもっと多くの犠牲者が双方に出ると思わないか? 冷静になれよ、らしくねえ」

 肩に手を当てられ、“ゼー”に諭された“アーベントは”、荒れていた気配を少しだけ落ち着けた。

「……仮にそうだとしても、まだ犠牲者を出そうとするのは、とても歓迎できないと思います。長官、余り過激な手を取りますと、場合によっては思いもよらない反撃を受けますよ」

「分かっているさ。“アーベント”は昔から必要以上に人が死ぬのを嫌がるからねえ。もう少しその人情って奴を押し殺せる様にならないと、生き残れないぞ?」

「努力します」

 どこまで本気で聞いているかも分からない、素っ気ない“アーベント”の返事に、“シュトローム”は「やれやれ」と肩を竦める。

 丁度そのタイミングでエレベーターは一階に到着し、ドアが開かれる。

「何はともあれ、やらなきゃいけない事は山積みだ。君達には期待しているよ? 本国も大変だからねえ」

 先頭切って一歩踏み出す“シュトローム”は、この状況そのもの全てを楽しんでいる様だった。



◆◇◆



“サッフォーは古代ギリシア、レスボス島出身の女性詩人……古代ギリシアの著名な哲学者・プラトンは彼女を十番目のムーサと呼んだ”。

 アスファルトを踏み締めながら、月夜野(つきよの) 和馬は片手で携帯端末を操作し、その文字列を目で追う。

 世に歩きスマホというやつだが、彼は注意された所で聞きもしないくらい集中した顔つきをしていた。

「紀元前の人間じゃねえか」

 知りたい情報を得たからか、端末をポケットにしまった月夜野(つきよの)は、一人の女の顔を思い浮かべた。

 見るからに日本人ではない、やや褐色の肌を持つ、癖っ毛の美女の顔だ。妖艶さの中に冷徹さをも内包したような微笑を浮かべる彼女は、記憶の中で月夜野を真っ直ぐ見据えていた。

「……あの女、コードネームでプサッフォーとでも名乗ってんのか?」

 ここは現代。当然ながら、二千年以上も昔の人間がこの時代まで生きている筈はなかった。だから、あのショッピングモール内で自分を護衛監視してくれた美女が、本物だとはどうしても思えない。

 揶揄(からか)われたのかとも思い始めたところで、ふと背後から声が掛った。

「よう。悩みごとかい、月夜野巡査?」

「……紅床(くれとこ)。何の用だ?」

 振り返らず、月夜野は足を止めた。ここは警察署の敷地内だ。下手な動きをすれば“ノクス”や特務課の人間に疑われかねなかった。

「そこで立ち止まって話すのは止そうぜ。暑くて仕方ねえ、ほらそこの木陰に立つとか」

「なら俺の車の中に来い。丁度そこに行くところだ。誰かに聞かれる危険も低いだろ」

 敷地内に植えられた樹木からはセミの喧しい声が聞こえてくるし、照り付ける太陽はそれだけで肌を焼き、汗を噴き出させる。

「ありがてえ申し出だな。じゃあ荷物を置く振りでもして助手席を開けてくれると助かる。独りでにドアが開いたら不自然だろ?」

「……つくづく便利だな、透明化ってのは。俺を執事か何かだと勘違いしてるのか?」

「お? じゃあ俺が開けちゃうよ? この場にお前以外、誰も見当たらないのにドア開けちゃうよ?」

「分かっている、冗談だ」

 一人、歩みを再開しながら溜息を吐いた月夜野は、助手席に物を置くふりをして、ついでに座席を整理する。しっかりスペースを確保したところを見計らって、透明な気配――紅床は助手席に身を滑り込ませた。

「人のテリトリーへ無断で侵入するのは、本当に上手だな」

「招かれたから入っただけだ。それより早くエンジン付けてくれ。クーラ―全開でヨロ」

 厚かましいにも程がある紅床の発言に、月夜野の眉がピクリと跳ねた。実際、紅床は透明化して誰にも見えないのを良い事に、助手席に座って背凭れに寄り掛かり、大きな欠伸をしていた。

「……で、何しに来た? わざわざ敷地内で接触してくるなんて。危険も良いところだぞ」

「ああ~、(すず)すぃ。いやあ、何やら警察署が変な空気になってるらしいから様子見に。むしろお前は何も知らないの?」

「知らん。何か知っているのなら教えろ。俺はお前らの協力者だぞ」

 腕を組み、月夜野は視線だけを助手席に向ける。彼の目には、助手席を占領する人型の(もや)が映り込んでいた。

 するとそんな靄は、大袈裟に肩を竦めて見せる動きをしていたのだった。

「それを俺は探りに来たんだっての。お前も知らないって事は気のせいかも知れないけど……でも、何か見た事ない人間が居るよな?」

「ああ……“アーベント”の上司とか同僚と名乗る連中が多数、やって来た。何処から来たのかは知らんが」

「となれば変化の原因はそれしかないよな。もうちょっと奥深くまで探ってみるかね」

 とうとう助手席のダッシュボードに紅床の足が乗る。月夜野の眼には足と思わしき靄がダッシュボードに乗っている様に見える訳だが、何にしろ無礼な振る舞いを目の当たりにして視線に怒りが混ざった。が、それを我慢する。今は紅床を追い出す事より、情報を得る方が先決だと判断していたからだ。

「止めておけ紅床、魔力を感知するセンサーがあれば、お前が透明化していたところで探知される。戦闘力は無いんだから、強行偵察なんて真似はするな」

「これでも喧嘩の経験はあるんだけどなあ」

「所詮は素人って事だ。俺もお前も能力者を相手にするには厳しい実力しかない。諦めるんだな」

 姿を消せる、魔力が視える、という特殊能力を持つ二人とは言え、それだけなのだ。単純な戦闘能力で言えば常人の域を出ない。万が一、能力者と戦闘になったら、手も足も出ず、逃げる事も出来ずに敗北するのが目に見えていた。

「そう言えばアンタ、難しい顔して歩きスマホしてたけど、何見てたんだ?」

「調べものだ。主にお前らの仲間のプサッフォーとか名乗る女についてな」

「お? 惚れたとかそっち系?」

 今にも紅床が間近に迫って来そうな気配を感じ取った月夜野は、うんざりした顔をするのだった。

「こんな状況で中学生みたいな事を言うな。ショッピングモールでの事件の時に、奴から言われたんだ。素性を調べてみろってな」

「へえ、あの人がね。で、どうだった?」

「どうだったも何も、古代ギリシアの女流詩人がヒットしただけだ。それ以上は何も。紅床、お前は何か知らないのか?」

 あの女の言っていた事は、どういう意味なのか。その真意を探りたくて紅床に問うものの、反応は(かんば)しくなかった。

「俺? 知らんな。どうでも良いって言うか、調べても良く分からん。武士とか皇帝とか軍師?とか居るみたいなんだけど、俺って歴史好きじゃなくてさあ。こう、眠くなるって言うか?」

「……聞く相手を間違えたな。使えない」

「答えてやっただけでも感謝しろよ!」

 余りにもぞんざいな扱いに堪らず紅床が文句を口にしていたが、月夜野はそんな抗議もどこ吹く風だった。

「……ところで月夜野、ちょっと俺から相談があるんだが」

「……何だ?」

「俺を警察署内に入れてくれねえ?」

「ああ、そんな事か。簡単だぞ、透明化を解いて真正面から警察署を訪ねれば良い。喜んで迎え入れてくれる筈だから」

「自首する訳じゃねえよ! 内部に潜入したいの、潜入! 分かる!?」

 何とも活きの良いツッコミが返って来て、さっきまでの無礼を目の当たりにしていた月夜野の溜飲がちょっと下がった。

「潜入と簡単に言ってくれるが、そんな易々といくもんじゃない。センサーをどうやって誤魔化すつもりだ?」

「そこはほら、月夜野巡査のお力を拝借して潜り抜ければ良い訳ですし? アンタだって気になって仕方ないんだろ?」

 そう言われては、彼とて言葉に詰まる。その指摘の通りなのだから。

「……やるだけやるか。ただし危険は極力回避する。それともし万が一見つかっても、俺はお前を庇わないからな」

「そりゃ当然。俺の独断な部分もあるし、アンタを巻き込んでヘマしたってなれば、棟梁に殺されちまう」

「なら最初から提案するな」

 声が若干震えているのを感じ取って、月夜野は呆れ返っていた。だが既に紅床の腹は決まっているらしい。すぐに彼はいつもの調子を取り戻しているみたいだった。

「でも今更、俺の提案を聞かなかった事には出来ないだろ? アンタの顔にはそう書いてあるぜ」

「……どうせお前の顔だって似た様なものだろ」

 透明化していて表情の詳細は見えないが、そうなのだろうなと月夜野は確信していた。



◆◇◆



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