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CORRECTORS ~生きた異物~  作者: 新楽岡高
第十一章 あるべき場所へ
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第一話 消えてしまった存在に②



 蒸し暑い。

 こうして散歩するに至った経緯を思い返しながら、俺は額の汗を拭った。

 既に日没から時間も経ち、照り付ける日差しはどこにもない筈なのに、この暑苦しさはどういう事か。全然頭が冷えない。今更ながらに、散歩をしようだなんて思い立った少し前の自分の軽率さをちょっと憎んだ。

 もっとも、だからと言ってここで引き返す気も全く無いのだが。

「……ここだよな?」

 ポケットから取り出した携帯端末の画面を見て、二度三度と確認をする。暗いとは言え付近には密集した民家の明かりと街灯もあって、目印となるものを見付けるのもそう難しくなかった。

 目の前にあるのは、病院だ。規模としては中くらいと言ったところか。既に面会時間も過ぎて、中にいる患者に面会を求めたところで門前払いを受けるのは分かり切っていた。

 だから、真正面から馬鹿正直に訪ねる事はしない。

「アレが目印で右に三個目の窓の部屋……やるじゃん、紅床(くれとこ)

 情報を提供してくれた仲間に礼を言ってやりながら、俺は空中に赤葡萄酒色(ワインレッド)の足場を作り出して跳躍する。

 あっという間に三階にある窓の一つに到達して、俺は硝子をこつこつと手の甲で軽く叩く。カーテンの隙間から光も漏れているから、中の人が起きていると判断して、反応があるまで何度でも叩いた。

 すると室内にいるであろう人間も何事かと思ってか、一人の少年がカーテンを払い除ける様に開けていた。

「よう、朋紀(ともき)

「っ……!?」

 硝子の向こうで挨拶している俺を見て、少年――五百蔵(いおろい) 朋紀は明らかに狼狽(うろた)えていた。今にも騒ぎ出しそうなくらいだったので、人差し指を口の前に立てて沈黙を促しておく。

 その意図を悟ってくれたらしい彼は、部屋の入り口を振り返ってから、極力物音を立てないように注意しながら窓を開けてくれる。

「……びっくりさせんなよお前。ここ何階だと思ってんだ? 幽霊かと思ったじゃねえか」

「悪いな、どう頑張っても正規の手段じゃお前と話せそうにないと思ってさ」

「ああ……何かよく知らないけど、警察が勝手に俺をここに押し込んでくれたからな。特に理由も話しちゃくれねえし。検査入院なのは分かるけど、何でこんな厳重に……」

 本当に話が見えていないらしい。無理からぬ事だけに、俺は苦笑を浮かべながら窓を(くぐ)った。

「何かと大変なんだよ、警察もな。っていうか全然連絡つかなかったけど、スマホは?」

「没収された。何か良く分からん理由付けられて」

「結構しっかり情報を遮断してる訳か」

 変に騒がれて思ってもみない騒動が起こる事を警察が恐れたらしい。間違ってはいないが強引だと言わざるを得ないが。

「それで、護は何の用でここに?」

「ショッピングモールであった事について、説明に。あの時は何かと忙しくて、そのままお前は警察に保護されちまったしな」

「あー……警察はあの事件に関して、不自然に隠したがってるみたいだけど、何かあるって事?」

「そうだ」

 短く答えてやれば、彼はそれから(おもむろ)に俺を指差した。

「じゃあ、お前のその身体を包む(もや)とも、関係があるって事か? あの時もお前、それを纏って戦ってたよな?」

「そうだな。あそこまで見られて、黙ってるのも不自然だ。だから今、俺はそれら全部の説明に来た。中途半端に物事を知って暴走されて死なれたら、俺が嫌だからな」

 物音に注意しながら、俺は椅子に腰掛ける。それにしても病室が個室とは中々に贅沢な待遇ではなかろうか。

 仕方ないとは言え幽閉状態にしてしまった事に対する警察の配慮なのかもしれない、と思いながら俺はベッドに座った朋紀に(てのひら)を向ける。

「まずこれが、俺の能力。この(もや)って言うか、魔力を自在に操れる。その代わり、明確なイメージを持たないとすぐに霧散する。造ろうと思えば盾とかも出来る訳だ」

「……どこの中二病だよって話なんだが、マジかこれ」

「残念ながらマジだ。俺がこんな身体になったのは、去年の九月ごろだ。カラコンに髪染めまでして誤魔化してるけど、色も変色しちまった」

 ついでに右目の黒目のカラーコンタクトを外してやれば、その下にあった赤葡萄酒色(ワインレッド)の瞳を確認できたらしい。朋紀は驚きの色を含んだ溜息を吐いていた。

「本当に色が違う……なあ、それってチ〇毛も?」

「……そうだけど」

「見せろ」

「何でだよ」

 いきなり馬鹿が馬鹿な事を言い出したので話題が横道に()れる。

「もう証拠は見せただろ」

「良いじゃん別に。一本だけ、一本だけ」

「意味分からんこと言うな。話進めるぞ」

 どうして真面目な話をやりに来たのにチ〇毛を出さなければならんのだ。というか一本だけってどういう意味だ。

 そこはかとない恐怖を覚えながら、それに気付かない振りをして俺は話を続けるのだった。

「細かい説明は長くなるんで省くけど、百鬼組(ウチ)は今、“ノクス”って呼ばれる組織と抗争中だ」

「マジ? 抗争? 戦ってんの? アウトレイジ?」

「正確にはこっちが防衛側だ。で、今回の件は“ノクス”がやらかした。そのせいで起こったのが、アレだ。防げなかったウチの手落ちでもあるんだがな」

 アレが何を指すのかなど、今ここで説明するまでも無い事だ。事実、すぐに思い至った朋紀は昏い表情で視線を床に落としていた。

百鬼組(うち)もそうならないように全力は尽くしたんだが、どうしても今回の件は止められなかった。気付いた時には遅かった」

「……そっか、そのせいで、皆死んじまったのか」

 その“皆”が誰を指すのか、考えるまでも無い事だった。そしてだからこそ、俺は掛ける言葉を見付けられない。

 重苦しい沈黙を何とか払拭しようと言葉を探していると、低い声をした朋紀が先に口を開いた。

「なあ、護。俺の後輩は無事か? 一緒に小さな女子も助けて、アイツらに預けたんだが」

「……そっちは全員無事だ。警察に保護されて、また違う病院で検査入院している。百鬼組(ウチ)の仲間がその辺はしっかり追跡して把握してくれてるからな。詳細までは流石に探れないが」

「ああ……あいつら無事だったんだ。でも、なあ……こんなのは、あんまりだろ」

 腰掛けていたベッドの上に上体を投げ出して、天井を見上げる朋紀の鼻は、赤くなっていた。

「護。ネットもテレビも今頃、大騒ぎなんだろ? 沢山の人が死んじまったもんな。なのにこの部屋、テレビもないから外の情報も入って来ねえんだ、全く。警官も教えてくれねえし」

「それは……そうだな」

 言わなくてはならないと思っているのに、俺は言えなかった。世間は事件の事など完全に忘れて、犠牲者の存在と生涯を忘却して、日常を過ごしていると、言えなかった。

 すっかり俯いて、朋紀の方を見る事が出来ない。でも彼は、天井を見上げるばかりで俺の様子に気付いていなかった。

「次に会えるのは、長崎達の葬式かな? はは……明日にでも解放されれば良いんだけど」

「そう、だな」

 そんなものは、執り行われない。恐らくは、永遠に。

 生きていた事すら、生まれている事すらも不自然に忘れ去られた彼らが、もはや人々の心に残る事は無いのだ。

 やり場のない感情が、いつまでも俺の心に居座っていた。



◆◇◆



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