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CORRECTORS ~生きた異物~  作者: 新楽岡高
第十章 斯くして人は消えた
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第五話 朱塗りの記憶④

◆◇◆



 目まぐるしく動く状況は、人をどうしようもない不安に駆り立てる。

 現場に居てさえそうなのだから、そこから離れた場所で報告だけを待つ身にあるものは、もっとソワソワさせられるものだった。

「少しは落ち着いたらどうなの、真之(さねゆき)?」

「……無理を言うな、この状況でどうやって気に揉むなと? 護たちは、口約束で“ノクス”との休戦をしている状況だぞ? 結界だって破れてないのに、油断なぞ出来るものか」

 腕を組んでは天井を見上げ、腕を解いては頭を掻き、胡坐を組んだかと思えば足を伸ばす。見るからに落ち着きのない男――百鬼(なきり) 真之は、今も意味無く着物の襟を正していた。

「どーんと構えてなくてどうするの?」

「寧ろ、お前の方がどうしてそんなに落ち着いていられるのか、その方が不思議だ」

「私は慣れたもんですから。ええ、体が弱いもんで、小っちゃい時から待つしかなかったもので」

「……愚問だったな」

 彼の妻――舞美の言葉にふっと笑った真之は、卓の上に肘を乗せてテレビ画面に目を向ける。

 そこでは携帯端末を接続する事で映し出される、松ヶ崎の街並みが映っている。その中心に据えられているのは、黒みがかった結界に覆われたショッピングモール「オメガ」だ。

 そこは外部と完全に繋がりが断たれており、内部の状況を窺い知る事が出来ない。

 現在、そんな異常事態を打開すべく彼の息子を含めた実働部隊が結界の破砕作業に従事しているが、今のところ(かんば)しい報告は来なかった。

「やはり現場に行きたいものだが……」

「そうもいかないのは重々承知の上でしょ。指揮官が突出したら誰がカバーするの?」

「お前ならそつなくこなすだろ」

「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。ここで賭けに出る必要もないんじゃない?」

 ねー? と舞美は膝の上に乗せた猫の喉を撫でている。冷房の効いた室内では、猫にとって人肌の暖かさが丁度良いのか、グルグルと喉を鳴らして目を瞑っていた。

 何とも気が抜けそうな姿だったが、真之は全く表情を緩める事はしなかった。

(こがね)大手(おおて)……無事でいてくれよ」

 映し出される映像は、今のところ変化がない。異変を察知した人々が野次馬となってその規模を大きくしているだけだ。

 これだけ大きな騒ぎとなってしまえば、いかに公的権力と言えど揉み消す事は不可能だろう。魔法の存在を抹消するにしても、何かしら別の理由を用意する必要があるのは間違い無かった。

 どうしようもないもどかしさを、どうやって発散しようかと思っている真之だったが、不意に居間の襖が開かれて一人の男が入ってくる。

「棟梁、やはり俺も現場に行ってくる」

「駄目だ迅太郎、お前も(こがね)達が心配なんだろうが……ここの戦力を(もぬけ)の殻には出来ない。指揮能力がある毛利やコンスタンディノスが前線に出ている以上、ここにも戦術指揮能力のある人間は一人置いておきたいからな」

「プサッフォーの能力を使えばひとっ飛びですよ?」

「それでもタイムラグがあるし、短時間とは言えプサッフォーの瞬間移動が他の事に使えなくなるのは、不測の事態への対応が遅れる。我慢しろ迅太郎」

「……了解です」

 いかにも不服そうな声に、真之も心の中では理解を示していた。でもそれを口にして、容認する訳にもいかなかった。

「俺達はここで結果を待つのみだ」

「とか言って、恰好つけてる棟梁だってソワソワしまくりじゃないですか」

「それでもだ、動くな。現場にいる人間も優秀だし、俺らが出る幕もないからな」

「へいへい、黙って見てますよ」

 あとはもう、無言だった。

 何も言わず、静かに黙ってテレビに映し出される変化しない景色を眺め続けるのだ。

 だからか、唐突に着信を告げる音は良く聞こえた。良く聞こえ過ぎて、真之と迅太郎は体をびくりと跳ねさせていたのだった。

「棟梁……驚かさないで下さいよ」

「悪いな。しかし、こんな時に誰が……」

「どうしたんです?」

 端末の画面を見て唐突に黙った真之に、三榊 迅太郎は怪訝な顔をして覗き込んだ。すると真之は、画面を隠す事も無く、迅太郎に電話番号だけ表示されたそれをみせた。

「月夜野だ。警察の」

「ああ、あの若いの。要件に心当たりは無いんですか?」

「無い。が、こんな時の電話だ。万が一の可能性もある、応答している間に何か進展があったら迅太郎、お前が指揮を執れ」

「了解です」

 それだけ指示を飛ばした真之は、応答ボタンを押して電話に応答する。

「どうした?」

『……単刀直入に依頼する。俺をあの結界の中に入れる事は出来るだろうか?』

 どちらも、互いに名乗らない。名乗る必要が無い程度には、そして確認の必要がない程度には、二人がそれぞれの声を記憶している証拠だった。

「藪から棒に何だ? 中で何が起こっているかも分からない以上、そんな危険な場所に行かせる訳にはいかない」

『その回答が来る事は予想済みだ。だからここは一つ、交換条件といこう。今後とも、俺からの方法が欲しいのなら、結界の内部に入れて貰いたい』

「……そんな条件を突き付ける程、お前は中に入りたいのか? もしや、何か知っているのか?」

『いいや、何も。だからこそ、中に入って何が起こっているのかを知りたいんだ。この目で確かめたい。吉門警視は常々、百鬼(なきり)組は人の気持ちや意思を無碍(むげ)にしない組織だと言っていたが……まさか俺の頼みをにべにもなく却下したりはしないだろう?』

「……そうか」

 意志は固そうだと、真之は判断する。

 何せ、今後の協力関係に関してまで条件にしているのだ。下手な事を言えば今後の関係にひびが入りかねないし、月夜野という貴重な情報源を失う危険もある。それこそ、可能性は低いが警察側にいってしまう恐れだってゼロではない。

 素早く頭の中で算盤(そろばん)を弾いた真之は、言った。

「分かった、その頼みを聞こう。ただし条件がある。結界が破れたら、ウチの人間と一緒に中へ入って貰う。単独行動は厳禁だ。何度も言うが、中で何が起こっているか分からないからな」

『当然の条件だな。そもそも、その結界とやらが破れない事には中に入れないし、それを破るもそちらの力なんだ。約束を違える事はしないさ』

「ならこれで話は纏まったな。迎えを寄越す、これから送る指定の場所に来てくれ。人目に付かないように細心の注意を払え」

『……了解した。こちらの頼みを聞いてくれて、感謝する』

 ぶつりと、通話が切れる。

 携帯端末を卓の上に置いて、真之は近くの座布団に座っている三榊に目を向けた。

「状況は?」

「何も動きはありません。若を()かしますか?」

「急かしたところで、既に十分過ぎるほど早くしてくれているだろ。無駄な事をして現場の集中力を削ぎたくはない」

「分かってますよ。で、どんな内容だったんです?」

 迅太郎も本気でないのは真之とて分かっていた事だった。それよりも、と彼は先程の電話の内容を訊ねていたのだった。

「奴も、結界の内部に入りたいそうだ」

「は? 何だってそんな事を……それであの受け答えって事は、許可したんですか!?」

 電話の内容に聞き耳を立てていた迅太郎の察しは早かった。信じられないとでも言いたげな彼の表情に、真之は苦笑しながら理由を述べるのだった。

「今後の協力関係を盾にされては否とも言えないさ。それに、下手に断って彼が単独行動に出て死なれてしまったら、吉門(よしかど)に顔向けできん。現場には毛利達もいるから、上手くやってくれるだろうさ」

「って事は、これから若にその事を伝えなくちゃいけないんですか。後々で色んな文句言われそうですね」

「仕方ないさ、現場の意見も聞かずに上で決めてしまったんだ。それくらいの文句は許容してやらないとな」

 そう言って、真之は常時通話状態になっている別の端末を手に取って、マイクのボタンを押していたのだった。



◆◇◆




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