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CORRECTORS ~生きた異物~  作者: 新楽岡高
第十章 斯くして人は消えた
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第五話 朱塗りの記憶③

「……父さん、今の話は聞いてた?」

『ああ、休戦の話だな? 確かに悪くない提案だ。中の人間は一刻も早く救助したいし、内部で異常事態が発生した際の戦力を整えておきたい。ここで戦闘をして()しんば勝ったとしても、消耗は免れないからな』

 冷静な父の声が、無線イヤホンから聞こえる。恐らく電波の向こうでは、素早く算盤(そろばん)を弾いてどちらの方が良いか考えを巡らせている事だろう。

「俺としても、この提案を受けるべきなんだと思う。気持ち的には反対なんだけどね。裏切られる可能性もある」

『いいや、裏切りはしてこないだろうな。精々が素早く撤退だろう。こちらに居る狙撃手が良い牽制になっている筈だ』

「じゃあ、やはりこの話は……」

 こうしている間にも時間が過ぎている。もしかしたら“アーベント”達がこちらの隙を作ったり時間を稼ぐためだけの交渉かも知れないのだから、気は抜けない。

 だから行動早い方が良いと思ったのだが、父はそれに待ったをかけた。

『そう決めつけるのも早い。休戦したとして、結局は結界を破って中の人達を助けなくてはいけない。問題は結界を破れるかだ。それが達成できない場合、ここで休戦する意味もない』

「じゃあ、どうするんだよ? 俺に判断丸投げするんなら、さっさとそう言ってくれ」

 この状況で無駄に待たされるのは好きじゃない。つい怒鳴りつけそうになったのを我慢しながら努めて冷静に言ってやれば、父はスピーカーの向こうで一度息を吐き出していた。

『急かすな、今はオーバンが解析中だ。それによって判断も変わってくるという事だ』

「一歩間違えば死ぬような状況にある俺達を、いつまで待たせるつもりだ? 言っとくけど、対峙してるだけでも集中は擦り減るんだからな?」

 現にこうして話ながらも、俺は“アーベント”達から視線を離さず、何かあったら即応できる姿勢をずっと維持している。

 吉政もコンスタンディノスもそれぞれ黒塗りの刀と大剣を構えていて、その切っ先を“ノクス”の面々に向けていた。

「どうした、判断が割れてるのか?」

「黙って居ろ、こちらの話だ」

「そう邪険にすんなよ。どうせ、結界を本当に破れるのかどうかとかで迷ってんだろ? それについてはこっちだって解析中なんだ。望むなら、それに関するデータを渡しても良い」

 腕を組んで、変わらず余裕を見せながら提案するゼーに、彼の横に居た“アーベント”が声を上げた。

「“ゼー”、勝手な事を……」

「しょうがねえだろ、ここで休戦交渉がご破算になったら何にも得るもんねえんだぞ。結界の解析データくらいでウダウダ抜かすな。それで、どうなんだ百鬼(ナキリ) (マモル)?」

「……データが役に立つ保証もないのに、それだけで満足するとでも?」

「しょーがねえだろ、現状差し出せるものがそれくらいしか思い浮かばねえんだから。それとも何だ、ここで交渉する時間をかけ過ぎて、中の人間誰も救えませんでしたなんて言う間抜けムーブでもかますのか?」

 心底馬鹿にした様な口調に腹が立つ。だが、彼の言っている事に間違いはなかった。ここで無駄な時間をかける訳にはいかないのは、当たり前の話なのだから。

『これ以上は時間が勿体ないな。その条件で休戦を飲もう。頼んだぞ、護』

「父さん……了解。おい、こっちも許可が出た。その条件で休戦しよう。まず先にデータを渡して貰おうか」

「お安い御用だよ。“シュピーゲル”、悪いがこっちにデータを転送してくれ」

 わざと俺に見せる様にしているのか、大きな声で呼びかけた“ゼー”は、それからすぐにポケットの携帯端末を取り出して、投げて寄越した。

「そん(なか)にデータは入ってるぜ。不安ならスキャンするなりしてからメールで送信なりすれば良い。あ、ちゃんと返してくれよ? それ俺のなんだから」

「……感謝する」

 受け取った端末を操作して素早くメールをオーバンに送る。ウイルスの類などは碌にサーチもしていないが、どうせオーバンの方で確認する筈だ。普段は自堕落なくせに、こういうところはしっかりしている奴なのである。

「ほらよ、返してやる」

「お前は目を通さなくて良いのか?」

 投げて返した端末を、手だけを伸ばして“ゼー”は受け取る。そのままポケットにしまっている辺り、あの端末にはそもそも重要なデータなどは入っていないようだ。

「どうせ魔法が云々と書いてあるんだろ? そもそも、アンタらの世界の文字なんて読めねえ。こうして会話してるのだって、翻訳機の恩恵があればこそじゃねえか」

「……ああ、データにある言語とこの世界の言語が類似してくれるお陰でな。こっちとしても、それは大いに助かってるわ」

「今は言語の話などどうでも良い。それより、ここで休戦して、アンタらはどうするつもりだ? 解析が完了するまで、くっちゃべるのか?」

 話が脇道にそれかけて、俺はすぐに軌道を修正する。

 “ゼー”もそれに関して特に抗議するでもなく、代わって彼の同僚に首を巡らせていたのであった。

「そんなわけねえだろ、なあ“アーベント”?」

「無論だ。強固な結界と言えど、限度はあるからな。破れるまで攻撃するのみだ。と言っても、互いに休戦協定を破ってしまわないように、離れた場所でやる必要があるだろうがな」

「……と、言う訳だ。二か所に分かれて攻撃している間に、何か分かる事があるだろ。そんじゃ失礼、一刻も早く、中に取り残された仲間を救出したいんでね」

 話はこれでお終いだと言わんばかりに踵を返した“ゼー”は、大破した車の破片を踏みつけながらヒラヒラと手を振った。

 それに“アーベント”と“クリュザンテーメ”も続いて、残存した車の影に隠れていく。

 後には、俺と吉政とコンスタンディノスだけが立っていた。

「結界に穴を開けるとは言うが、どう開けるのじゃ?」

「この固さだから、三人で一点集中だろ。……けど、これだけ激しく戦っても、結界は綻び一つ見せなかったけどな」

 吉政の質問に答えながら辺りを見回せば、周囲は酷い有様だ。屋上駐車場で戦闘したのだから当たり前だが、停まっていた車の多くが戦闘に巻き込まれてスクラップになっていたのだから。

 中にはガソリンに引火して燃えているものまである始末だ。まだヘリコプターなどは来ていないが、下に集まっている野次馬にも煙は見えている事だろう。

「ここで長居すると、ヘリに乗ったマスコミに撮られかねないな。オーバン、解析状況はどうだ?」

「完了している。“ノクス”から送られたデータは確認した。殆ど私と変わらない程度の情報量だったが、無いよりはマシなものだったぞ。今、プサッフォーに頼んで魔力結合粉(コンネクテンディ・プルウィス)を輸送、散布して貰うつもりだ」

「ああ……魔力と結合して砂になる奴か」

 これまでも何度かお世話になっている特殊な粉だ。生成するのが手間で費用も嵩むので、オーバンでもそんなに生産出来ない代物である。だが、今はそうも言っていられない。

「うむ。結界とて魔力の存在が大前提だ。粉を大量に撒けば弱体化を起こすのは必然。そこを重点的に破るしかあるまい」

「それってつまり、どんな結界でも通じる手段てやつか?」

「そうなるな。その分だけ時間も掛かるが、これが確実で古典的な方法だ」

「……要するに、解析は完了したが、突破口は見付けられなかったと?」

 汎用性の高い方法で結界を破ろうとしているのだ。そう考えるのが自然だった。そして実際、オーバンはそれを否定しない。

「済まない、だがこの場合は“ノクス”と休戦したのは正解だ。結界を攻撃する者は多ければ多いほど良い。特にこの結界は術者の力量や精神状態によって左右されるものだ。手動形成だから対応力が高い分、負荷をかけ続けて疲弊させればいずれ破れる。少なくとも、設置型の物よりは破り易いさ」

「……了解だ。解析ありがとな。後はこっちに任せとけ」

「粉が届いたら言ってくれ。撒き方も指示を出す」

「ああ、頼んだ」

 両手に赤葡萄酒色(ワインレッド)の魔力を集め、凝固させる。

 形作るのは、二つの三角錐。言ってしまえばドリルだ。

「ぶち破るぞ。毛利さんとコンスタンディノスさんは周囲の警戒を。これだけ堅い結界じゃ、剣が幾つあっても足りないからな」

「無念だが、承知した」

「致し方なしか。良かろう」

 無事であってくれ、どうか。

 中に取り残されているであろう知り合いたちの顔を思い浮かべながら、俺は結界に対する攻撃を開始するのだった。



◆◇◆




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