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CORRECTORS ~生きた異物~  作者: 新楽岡高
第十章 斯くして人は消えた
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第四話 折り重なった抜け殻➉

◆◇◆



 (こがね)大手(おおて)は、目の前にある惨劇の痕跡を前にして、立ち尽くしていた。

「これ……全部、死体なのか?」

「みたい、ですね。酷い……!」

 血腥(ちなまぐさ)さには呼吸を止めたくなり、痛ましさには目を覆いたくなる。時折どこかから聞こえる悲鳴には、耳を塞ぎたくなる。

 歩く(たび)に聞こえた水音には、(おぞ)ましさを感じずにはいられなかった。

「とにかく、逃げ道を探すぞ」

「了解です。でも、どこ行っても駄目じゃないですか? 入り口も窓も、誰も逃げ切れた痕跡が……」

「馬鹿言ってんじゃねえ。外には若達だっているんだぞ? 助けは来る、逃げ道がないならそれまで隠れて凌げばいい。何を弱気になってんだ」

 ぴちゃぴちゃと、鮮血を踏むたびに誰もいない廊下に水音が響く。何処を通っても、人の形をした死体(モノ)はあっても、人はいない。

 ひょっとしたら隠れているだけなのかも知れないが、それを探す余裕なんて彼らには無かった。

「じゃあ、隠れるって言ってもどこに……」

「ここはショッピングモールだ、隠れる場所なんざ幾らでもあるだろ。そんな困るもんじゃねえ。行くぞ」

「そうですけど、そうかも知れないですけど……でも、あんな化け物……!」

 先へ進もうとするが、大手の足が止まる。

 当然、(こがね)も足を止めて振り返れば、彼女は俯いてその瞳に不安と恐怖の色を見せていた。

 だがそれも無理はない。そう思うから、(こがね)も彼女の事を責めやしない。

 彼らは実際にあの殺人鬼の殺戮現場を目撃しているのだ。無慈悲に無感動に剣を振るって命を刈り取るあの姿を、その目に焼き付けているのだ。

 何よりあの圧倒的身体能力は、人間業であるとは思えなかった。

「アイツは、“ノクス”の増援か何かなんでしょうか……?」

「俺だって分からん。でもあれだけの戦闘力、この世界の人間とは思えねえ。恰好から見てもな。でも、人の形をしている。人に近い考えを持っていてもおかしくねえ。やりようはある筈だ」

 そう言って、(こがね)は大手の手を握り、引く。

 今度は止まっていた彼女の足も動き出して、二人は出口を探しつつ身を隠せる場所に目星をつけていく。

「ここも駄目か……全然出られねえ」

「窓を割るのも、下手したら呼び寄せちゃいますね。そもそも、割れないんですが」

「これも魔力的なものなんだろうな。オーバンの嬢ちゃんから色々聞いとけば何か分かったかも知れん。っても、今となっちゃ後の祭りか」

 こつこつ、と(こがね)は硝子をノックする。原因は分からないがドアは押しても引いてもびくともせず、窓を横に動かして開ける事も出来ない。全てが固定されているみたいだった。

「野次馬がこんなに詰めかけてますけど……私達に気付いてる様子はないですね。どうにか開けようとしてくれている人もいますよ」

「でも駄目っぽいな。罅の一つも入りやしない」

 これ以上の長居は無用、と(こがね)達はまた移動を再開する。やはりその道中でも折り重なって倒れた亡骸を夥しく目にして、彼らは自然と口数が減った。

「外って……外って、今どうなってるんですかね?」

「ああ? んなの、今見た通り大騒ぎだろ。世間も、百鬼組(ウチ)もな」

 そう答えながら、(こがね)は無理矢理笑って見せる。

 こうでもしないとまた大手が動かなくなってしまう気がして、そうはさせじと考えたが故の事だった。

「身を隠すんならトイレとかどうだ? あの殺人鬼だって、こんな広い場所の全部を一人だけで探せる訳もねえ」

「とか言って、女子トイレに入りたいだけでは?」

「な訳あるか。個室の多い方が何かと身を隠しやすいだろって話だ。他に意味なんざねえ」

「へぇ~、本当ですかぁ?」

「こんな時だってのに……お前なあ」

 普段の調子を取り戻したかのように、大手が(こがね)の顔を覗き込んで来る。まるで金の心配が杞憂だったとでも言いたげな気配に、溜息を吐きかけて、止まった。

 今も握っている大手の手が、まだ震えている事に気付いたからだ。

「無理すんな大手。さっきも言ったが若達だっていずれ助けに来る。今は怖がったって誰も責めねえよ。ここから出た時に、お前の怖がり振りを存分に弄らせて貰うつもりだ」

「な、何て性格の悪い……後輩相手に最悪ですよ!?」

「ふっふっふっふ、何とでも言え。この期に及んで俺を弄ろうとした罰だ」

 そんな軽口を叩いて、(こがね)自身も適度に緊張がほぐれ始める。だが、そんな空気はすぐに霧散する。

「……この匂いは」

「そういうこと、なんでしょうかね」

 女子トイレに足を踏み入れてすぐに、強烈な血腥さが鼻腔を襲った。他のところよりも強烈なそれは、否が応にも二人の警戒心を掻き立てる。

「酷いですね、ここも」

「全くだ。何つー趣味の悪さだよ」

 白い筈のタイルも、木目調の個室扉も、便器も、鏡も、流しも、あちこちに血痕が付着している。

 どろどろとした血液はまだ固まらず、個室の一つから排水溝へと流れ込んでいた。

「ここに隠れます?」

「死体の横で、何時間も我慢できる自信は俺にはねえぞ」

「私もです。というか、トイレに隠れても意味はないって事なんでしょうか」

「……かもな」

 返事をしてやりながら、(こがね)は流しの下の棚を開けてみる。そこには、一人の女性が体育座りの恰好で沈黙していた。

 青白い首筋を見れば剣で一突きにされたらしい跡が見て取れて、そこからタラリと血が流れている。棚の内部は血塗れで、とにかく酷い有様だった。

「これって……」

「殺されてからそう時間は立ってないんだろうな。そもそも、こんな惨劇が起こってからまだ二十分と経ってないんだ。何処も鮮血塗れなのは当然か」

「……すいません(こがね)さん、私ちょっと気分が」

「無理すんな、吐くなら吐いて来い。いきなりこんなものを見せられてびっくりするななんて無茶、誰も言わねえよ」

 これまでも凄惨なものを目の当たりにしてきたが、ここで大手も限界が来たという事なのだろう。(こがね)自身も少し胃の中の物を戻してしまいそうなくらいだった。

「さて、ここが駄目だとなると、どこへ逃げたものか……」

 この惨劇が“ノクス”によって引き起こされた物だと考えた場合、あの殺人鬼だけでなく“ノクス”と遭遇しただけでも危険だ。

 しかし、“ノクス”が人を殺している様子は今の限りでは見当たらない。目につく死体はどれも剣によるものだからだ。

「“ノクス”とは別件なんだとすると……駄目だ、分からん。アイツは一体何なんだ……!?」

 (こがね)は女子トイレの外に出て、壁に寄り掛かってズルズルとしゃがみ込む。頭を抱えてみれば、己の頭が汗で湿っているのが分かった。

 そんな頭をガシガシと掻いて、彼は自分に冷静になれと言い聞かせる。考えを纏めて、状況はどうなっているのかを捉えなおそうというのだ。

 でも、網膜に焼き付いてしまった凄惨な光景ばかりがフラッシュバックしてしまって、彼の思考では纏まるものも纏まらない。

「ああ、くそくそくそくそっ!」

ぶんぶんと(かぶり)を振っても、事態は全く好転しなかった。どれだけ願ったところでこれは現実で、夢にはなり得ないのである。

「……(こがね)さん、すいません。待たせてしまったみたいで」

「もう良いのか?」

「それはこっちの台詞ですよ。(こがね)さんの考えは纏まったんですか?」

「気にすんな、そう大したもんじゃねえ。こういうのは、この場を切り抜けてからじっくり考えりゃ良いだけだからな」

 吐いた事で多少はすっきりしたのか、大手の顔色は悪くない。決して良くもないが、走る事くらいは出来そうだと(こがね)は判断していた。

「行くぞ」

「どこへ?」

「適当に身を隠す場所だ。っても、所詮は運次第なんだろうけどな」

 宛てなど、(こがね)にも無い。

 無言の二人が、生きている者の見当たらない廊下を歩いていた、その時。

「――っ、お前は!?」

「邪魔だ、テメエらに関わってる暇はねえ!」

 いきなり曲がり角から飛び出して来た金髪金眼の男の顔を認識して、彼らは息を呑んだ。

 だがその男は、(こがね)達に全く構う事も無く擦れ違い、廊下を駆け抜けていく。

「今のって……」

「ああ、間違いねえ。“アドラー”だ。でもアイツ、何で……」

 擦れ違った時の事を思い出して、(こがね)は目を剥く。同時に、様々な考えが頭を過る。

「“アドラー”って、両腕は元々あったよな?」

「はい。義手とかも着けてなかったかと。それがどうしたんです?」

「でも、今さっきのアイツは片腕が無かった」

「え?」

 見間違いではない事を、(こがね)は確信していた。何せアドラーの走り方は不自然だったし、どういう訳か肩を押さえていた。もっと言えば、その押さえられている方の腕はどこにも見当たらなかったのだから。

「……これって、どういう事だろうな?」

百鬼組(ウチ)の誰かが戦って、斬り落としたのでは?」

「だとしたら、こっちにも何かしらの連絡が入る筈だ。それが無いって事は、違う可能性が高い」

「じゃあ誰が……」

 大手がそこまで言ったところで、コツコツと誰かの足音が廊下の向こうより聞こえて来た。

 その数は、ただ一つだけ。焦っている様子も、逃げている様子もない。まるで散歩でもしているかのように、ゆったりとしていて――。

「……奴だ」

「金さんっ」

「逃げるぞ大手、こいつは不味い!」

 悠長に推理なんてしている場合では無かったと、後悔したところでどうしようもない。

 踵を返した二人は、一目散に来た道を戻っていく。

 途端に騒がしい二人分の足音が辺りに響き渡る中、ゆっくりとした足音は、その歩調を変えずに迫っていた――。



【幕間】

護「なあオーバン、結界ってどんな奴だ?」


オ「良くぞ聞いてくれた! 結界とは外と内とを明確に区切る障壁なのだ。物理的だったり、魔力的だったり、その辺は色々あるがね」


護「種類があるって事?」


オ「その通り。特定の人は入る事が出来るとか、魔力だけは弾くとか。変に機能をつけようとするだけ術式は複雑化して、維持するにも魔力を食うがね」


護「便利だな」


オ「無論、それに見合うだけの手間は魔力以外にも色々あるんだがな」


護「手間? 魔力の消費とか?」


オ「それもある。後は準備だ。どの範囲に結界を機能させるか、どれくらいの強度にするか……などなど。上げればキリがない。昔の人は全て人力だから、手間が掛るなんてものではない」


護「一人でやるようなもんじゃないって事か」


オ「その通り。巨大な墓を作るのに多くの人手が必要であるように、多くの魔術師が必要だったのさ。今は違うがね」


護「そんなに?」


オ「土木工事に重機が登場した様に、技術革新によって結界生成装置が発明されたのだ。複雑な設定などは手動に及ばないが……展開規模や速度では圧勝だ。遥かに展開コストも掛からない。装置そのものは御高いがな」


護「どこの世界も自動化の波か」


オ「そういう事だ。お陰で色々と失われてしまった技術も多いのだがね。嘆かわしい事だとレイが……ああ、私の友人が嘆いていたよ」


護「ちょくちょくその名前聞くけど、お前マジで友達いたの?」


オ「……キョトンとした顔で喧嘩売るの、止めてくれないだろうか?」



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