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CORRECTORS ~生きた異物~  作者: 新楽岡高
第十章 斯くして人は消えた
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第四話 折り重なった抜け殻⑧

「は……?」

 階下に降り、眼前に広がっていた光景に、誰もが驚きの余り絶句していた。

 何故ならば。

「おい! 早くここから出せよ!!」

「ドアが開かないってどういう意味だよ!?」

「電波も入らねぇんだぞ!? お陰で碌に連絡も取れやしねえ!」

「誰か、私の娘を知りませんか!? 十歳くらいの、赤いスカートをはいた女の子です!!」

「うるせぇ! んなもん知らねぇよ!!」

「皆さん、落ち着いて下さいっ! 今、係りの者が原因を探って居ますので……!」

「これが落ち着いて居られるかよ!? ドアが開かないどころか、窓ガラスだって蹴破れないんだぞ!? 幾ら強化ガラスだとしても、ヒビ一つ入らないのはおかしいんじゃねーか!?」

 そこにあったのは、未だ誰一人として建物の外へ逃げ(おお)せていないと言う衝撃的な光景であった。

 一刻も早くここから逃げ出したい、そう思う余り出入り口の程近くには多くの人が(ひし)めき、怯えた人々の怒号が飛び交う、そんな状況だったのだ。

「おいおいどうなってんだよ、こりゃあ?」

「出られないって言ってるけど本当かな? どうする、ケイジ?」

「どうするもこうするも……他の出口を当たるしかないだろ」

 参ったと言わんばかりに頭を掻く興佑と、周りを見回しながら訊ねて来るアレンに、長崎が答えた。至極当然の次善の策だ。誰からも反対意見など出ず、幾つかある内で最寄りの出口へ向かおうとするのだが。

「先輩、向こうも駄目みたいです。あと、ケータイも通じません」

「こっちもっす! 聞いた話だと皆閉じ込められているみたいですよ!?」

「はぁ? んな馬鹿な事があるかよ!? 何とか逃げ出せる場所はねーのか!? その辺の窓とか……!」

 五百蔵が一足先に後輩たちを情報収集に走らせた結果、衝撃的な情報ばかりが齎される。それでも五百蔵は救出したばかりの女の子を抱えながら、どうにか脱出出来ないものかと質問していた。

 しかし後輩の報告はその望みすらも容易く断つ。

「無理ッス! どういう訳かどこも開きませんし、割れしないんで!! そこの窓を見ても分かる通り、どうやっても出られないみたいッスよ!!」

 そう言って後輩の一人が指差す先には、ガラス製の自動ドアや周囲のガラス張りからどうにか穴を開けて抜け出そうと言うのだろう。必死に体当たりをしている人々の姿があった。

 だが何をしてもヒビなど入る気配が無い。蹴っても、殴っても、物を叩き付けても、ビクともしないのだ。

 彼らの眼前にはガラス一枚、若しくは自動ドアを二つほど隔てて外の景色が広がっていると言うのに、そこへ出る事が出来ない。

 外側の人間もショッピングモール内に入れない様子で困った様にウロウロし、駆け付けた警察官などが外から必死に蹴り付けたりしているが、破られる気配は無かった。

 もっと言えば、外部からは中の様子が見えないらしい。こちらの声が届いた様子もなく、助けを求める悲鳴に反応する気配が一切無い。外からは何が見えているのか、集まっている野次馬たちは動画や写真をとっているらしかった、

「こっちで何が起こってんのかも知らないで、呑気な奴らじゃねえの」

 思わず、五百蔵は舌打ちをした。

 たった一枚二枚のガラスを隔てているだけなのにどうしてなのかと、焦りから苛立ちが募る。

「慶司、このままだとマズいよ。アイツがそのうちここへ来るかも……!」

「分かってる! ひとまず皆、ここから離れるぞ。五百蔵、その女の子の様子はどうだ?」

「ああ、まだ思考が追い付いていないみたいで……何の反応も無いな」

 高田 麗奈の言葉にハッとさせられ、取り敢えず騒いでいる所からは離れるのが吉と見た五百蔵らは、幼い女の子の様子を気にしながら入り口から少し離れた場所に身を隠す。

 (ようや)く一息つけると、五百蔵は腰を落ち着けて密かに皆の顔を見ても、全員の表情は優れない。

(こんな状況だ、精神的に追い詰められんのは当たり前だな)

 アレン・シーグローヴや桜井 興佑、高田の顔には不安が覗いて居るし、全体を仕切っている長崎は色々気にする事が多過ぎるせいか、危うさが見える。無茶な真似に出なければ良いがとの懸念を、五百蔵は無理矢理飲み込んで抑え込む。

 他方、彼の後輩四人組はと言えば、今頃になって恐怖感と凄惨な光景に対する嫌悪を覚えたのだろう、四人とも青い顔をして口を押えていた。

 だが、それもやはり無理の無い事だ。むしろ当然の反応だ。

今日一日だけで一体何人の人間が彼らの目の前で刺され、斬られ、殺された事か。

 自分より遥かに年上の老人が、遥かに年下の子供が、その腹に命を宿した妊婦すらも、目の前で殺された。その成れの果ても、どれだけ目にした事か。

 泣こうが、叫ぼうが、喚こうが、潔く諦めようが、首を斬られるか胸を一突きにされて死んだ。

 惨たらしく殺されるよりは良いかもしれないが、皆誰もが一撃で呆気なくその命を散らされるその様子は非常に淡々として、そこには命を奪う事に対して一切の感情が生じて無いようだった。

「アイツは一体何なんだ? あのバケモンみたいな身体能力と言い……人じゃねえぜ」

 人を家畜のように屠殺し、死屍累々の通路を無言で歩いていた()の人物の姿を思い出し、五百蔵も顔を青くして戦慄していた、そこで。

 出入り口付近で騒がしくしていた集団の中から、誰かの叫び声が聞こえた。


「おい、奴が来たぞ!!」


 ――その言葉に誰もが固まり、そして彼らは出入り口と向かい合うエスカレーターの方へと首を巡らせるのが見える。

 もっとも、五百蔵達はエスカレーターの死角になる場所で身を隠しているので、角度的問題で“奴”を直接確認する事は出来ないのだが。

 しかし、そうせずともそれが事実である事はすぐに分かった。

 何故なら、出入り口に群がっていた彼らが青い顔をしたと思えば、悲鳴を上げて蜘蛛の子を散らす様に逃げ出していたのだから。

「来たぞぉぉぉぉぉおっ!!」

「逃げろッ、逃げろぉぉぉおっ!!」

「畜生! 外はすぐそこだってのに、どうして出られないんだよっ!!?」

「いや、アイツを倒せば或いは……!」

「馬鹿、あんな化けモンに敵う訳ないだろ!?」

 抵抗など、とうにした。あの殺人鬼へ、少し前に二十人程が凶器となり得る物を片手に待ち伏せ、奇襲した事があったのだ。

 その結果、十秒と経たずに全滅。誰もが皆、一太刀の下に絶命させられていた。

 五百蔵達はその一部始終を見ていたが、他でも似たような事をして似たような結果になっていたのだろう。それを見聞きした人々に、もはや抵抗という文字は見当たらなかった。

 人々は逃げ惑い、逃げ遅れた者は片端から刺殺、斬殺されていく。

 繰り返される阿鼻叫喚は、殺人鬼が動き回る事でその後も三度ほど、あちこちに存在する出入り口に群がっていた集団を蹴散らす事で、地獄絵図のように展開された。

 “もはや脱出を諦めて僅かな望みに賭け、ショッピングモール内で身を潜めて助けが来るのを待つのみ。”

 閉じ込められた人々がそう判断するのに、そこまで多くの時間を要す事は無かった。……ただし、それでも少なくない断末魔の悲鳴が、時折ショッピングモール内の空気を揺らしたのだが。

 どちらにせよ出口を探して動き回り、それで殺人鬼に見つかってしまうリスクを負うより、ジッと身を潜めた方が確実だと、誰もが納得していた。

長崎もそう判断して、ショッピングモールの一階にある洋服店に全員で身を隠したのだった。

「ねぇ、パパは? ママは? どうして居ないの? あいたいよぉ……」

「おう、よしよし、分かったから泣くのをちゃんと我慢しとけよ。そうじゃ無いと会えないかもしれないぞ?」

 不安そうな女の子をあやしながら、五百蔵は昏い表情が出てしまわないように()いて笑う。

 会える筈なんて無い。何故なら彼女の両親は、彼女の目の前で殺されたのだから。

 もう既にべそを掻き始めた女の子だが、泣き止んで貰わなければ、あの殺人鬼に見つかってしまいかねない。そんな願いが通じたか、女の子はその後すぐに心細さを我慢してくれるのだった。

 これで一件落着と後輩四人と一緒に安堵する五百蔵は、そこで長崎と高田が何やらヒソヒソと話こんでいる事に気付く。

「充実しやがって……腹立つな」

 前々からあの二人の仲は恋人かと思うほどに近かったが、この非常事態で更に燃え上がったか?と彼は唾でも吐き捨てそうな顔をした。

 同じことを桜井 興佑とアレン・シーグローヴも思ったのか、長崎と高田を(たしな)めに掛っていたのだった。

「……おい、こんな時にリア充してんじゃねーよ。少しは緊張感持て」

「キョウスケの言う通りだ。イチャつくのはここから上手く逃げ果せてからやって欲しいかな?」

「「別にイチャついてない」」

 長崎と高田の、実に息ぴったりな返答に、五百蔵は吹き出しそうになった。そうして、やや空気に和やかさが出て来た時だ。

「……全員、静かに。アイツが来た」

『……ッ!!』

 短い、長崎からの警告。

 その言葉だけで弛緩しかけていた空気が瞬く間に張り詰め、誰もの呼吸が一瞬止まる気配を感じた。

 静まり返ったショッピングモール一階。現状この耳に聞こえるのは煩いくらいの鼓動と、こちらへと少しずつ近付いてくる硬質な足音。

 カツン、カツンと死を振り撒く――まるで死神のようなそれが、こちらへ向かってきているのだ。

 隠れているこの場所まであと三十メートル、二十メートル……こちらの精神を意図的にじわじわと削っているのではないかと思いたくなる、()の人物の足音と、気配。

 早く通路を通り過ぎてくれと思っても、そもそもまだ店の前にすら通り掛かって居ない、一秒が一分にも感じられる、今の心情。

 そして恐怖の足音がこの洋服店の前に差し掛かり、それも半ばまで過ぎた時。


「…………」


 殺人鬼の足音が、止まった。

 その事実に、五百蔵(いおろい)はゾッとしながら服の隙間より必死に状況を窺う。

 荒れそうになる呼吸を、必死に抑え込む。息苦しくて、今にも大きく息を吸い込みたいくらいだったが、それも無視する。

 喉がカラカラに渇き、心臓の鼓動の度に手が震え、視界が震え、思考も定まらない。

 息苦しい時間であった。

「…………」

 位置の関係上、あの殺人鬼に最も近いのは長崎だ。

 ここまでの至近距離で気付かれたとあれば、もう逃げ場はない。あの身のこなしを考えれば、本気を出されたら一瞬で殺されて終わりだろう。

(――頼む、頼む)

 今にも激しくなりそうな息を殺して完全な無言を維持しつつ、五百蔵は殺人鬼が素通りしてくれる事を願う。友が無事でいてくれる事を願う。

 果たして。


「ッ!!」


 殺人鬼は無情にも、長崎の存在を気取(けど)っていた。

 殺人鬼の持つ剣が、身を隠していた服飾ごと長崎の左腕を刺し貫いていたのである。

「う……がぁっ!?」

「慶司ッ!!?」

 彼の横で同じく屈んで隠れていた高田が、酷く狼狽した声で俺の名を呼ぶ。

 ただ幸いと言うべきか、長崎が刺されたのは上腕。致命傷は免れていた。


「……逃げろッ!!!」


 即死しなかったとはいえ激痛だろうに、長崎はそう叫んだ。

 その指示を受けて、五百蔵は後輩四人と女の子を連れ、駆け出した。

「急げ、生き残るぞお前らぁ!」

 五百蔵の声に従って、後輩たちは駆け出す。全員サッカー部であり、脚の速さにも定評がある者達だ。あっという間に身を隠していた場所から距離を取り、それでも走り続ける。

 そうして、腕も脚もすっかり鉛のように重くなった頃には、辺りは静寂に包まれていた。

 加えて言えば、長崎とその他三人の同級生とは、完全に(はぐ)れている形となっていたのだった。

「先輩、それで、この後……どう、する、ん、です?」

「お前らは身を隠して休んでろ。もしかしたら、あの殺人鬼が俺らを追って来てるかも知れねえ。油断すんな」

 そう言いながら、五百蔵は殺人鬼が長崎達を追ったのではないか? と考えて、少し安堵した。そして自己嫌悪した。

 自分が助かるかも知れないのは確かに嬉しいが、それが友人の不幸から引き起こされているのに、喜んだ己の浅はかさを嫌悪したのだ。

「……囮には、俺がなりゃ良かったんじゃねえか?」

 今更になって、彼はそう思う。自慢でなく事実として、彼の脚は速い。後輩達と長崎達のどちらも逃がすのなら、己が俊足を活かして逃げ回れば良かったのだと、思い至ったのだ。

「ちっ……!」

 もしかしたらもう、手遅れかも知れない。でも、まだ間に合うかも知れない。

 折角助かった命なのに、自分から危険に晒しに行くなんてどうかしていると、別な考えが脳裏を過る。でもそれを下らないと一蹴した彼は、疲弊した体に鞭を打った。

「先輩、どこに?」

「決まってんだろ、長崎んとこだ。お前らは下手に動くなよ。保護した女の子も絶対に生きて帰すんだ。良いな?」

「俺らの事より……先輩は!? 無闇に動くのは危険ですよ!?」

「逃げ回るんなら俺の得意領分だ。俺は足が速いからな」

 制止しようとする後輩にそう言って笑ってやった五百蔵(いおろい)は、いよいよ振り返らず歩き出す。後ろでは疲弊した後輩達が、呼吸を整えながら見送っているのが分かる。

(我ながら恰好つけたな……)

 こっ()ずかしい気持ちになりながら、でもそれを悪くないと思って、彼は廊下を駆け出した。



◆◇◆


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