第四話 折り重なった抜け殻⑦
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それは、抵抗の許されない凄惨な殺戮劇だった。
居合わせた誰もが必死になって逃げ惑い、それでも呆気なく追い付かれて命を刈り取られていく。
老若男女、抜け殻はその区別もなく鮮血を垂れ流し、血生臭い匂いを辺り一面に充満させていた。
「…………」
死屍累々、壁に飛び散った血痕がその生々しさを強調しているようだった。
しかしそれだけの事をやってのけた当の本人は、それに対して特にこれと言った興味を示す事は無く、ただ無言でショッピングモール内を歩き回っていた。
無骨で不気味な仮面で顔を隠し、暗褐色のローブを纏い、コツコツと硬質な足音を響かせ、辺りに人は居ないかと睥睨していたのだ。
そして、また哀れな犠牲を作っていく。
「たっ……助けてくれ、命だけは……せめて、妻と娘の命は……」
不幸にも、柱の影から怯えて動けない所を見つかってしまったのだろう。
夫妻と幼い娘を連れた家族連れの内、その父親が他の二人を庇う様にして前に出る、が。
「……なん、で、こんな……こ、と……」
「いやぁぁぁぁぁぁあっ!!!」
剣で男性の胸を無造作に貫き、それを目の当たりにして、その血を浴びた彼の妻が頭を抱えて悲鳴を上げた。
大事そうに抱えられた幼い女の子は怯えて声も出ないのか、もしくは目の前の出来事が理解できないのか、目を開いたまま何も言わない。
「あなた! 返事してよっ!! ねぇ、返事し……て?」
直後、泣き叫んでいた女性の首が斬り飛ばされた。傷口からは噴水の様に血が飛び散る。
胸に子供を抱き抱えたまま、その体は力を失い、壁に背中を擦りつけながら横倒しとなった。
「………パパ、ママ? ねぇ!? 返事してよ!」
鈍い音を立てて倒れ、それきり反応の無い両親が信じられないのだろう、まだ七歳程度の女の子は物言わぬ死体に呼び掛けていた。
何度も何度も呼び掛け、体を摩る。でも、空っぽの器の中身が戻る事は無かった。
そこへ確実に止めを刺そうとしているのか、剣を持った殺人鬼がゆっくりと迫る。女の子は、そこでゆっくりと振り向いた。
「……だれ?」
「…………」
あどけない顔で、涙目の女の子が問うものの、彼は一切の言葉を発さず剣を振り被った。
――それが今にも振り下ろされんとしたその瞬間。
「!?」
出し抜けに、殺人鬼目掛けて幾つもの物が投げ付けられていた。意外と狙いも正確で、常人であれば直撃も一つや二つを受けてもおかしいものではない。
「…………」
しかしそれも彼からすればただ煩わしいだけなのだろうか、不機嫌そうに首を巡らせるとそれら飛来物を剣の腹でいとも容易く叩き落としていく。
靴や、刃が出たままのカッターなど、それらにはいずれも商品としてのタグが付けられたものであったが、だがそれを咎める者など誰も居ない。
「――五百蔵!!」
「おうさっ!!」
物を投げる手を休めずに少年がそう叫べば、見知った顔が少し離れた柱の影から一人の影が飛び出す。
五百蔵 朋紀。高校ではサッカー部に属する彼は、俊足で知られていた。実際、その事を裏付けるように素早さを発揮する。
殺人鬼が投擲物を剣で防いでいる内に女の子を確保し、そのまま一気に離脱を図ったのである。
「良いぜ、長崎!!」
「分かった! 全員、逃げろ!!」
十分に距離が取れたところで五百蔵がそう言うと、長崎と呼ばれた少年が最後にもう一度、盛大に物を投げて他の者に指示を出す。
その声で俺と共に物を投げつけていた者たちも一斉に踵を返すと、一目散に階下へ続くエスカレーターと走り続けた。
その途中で嫌でも彼らの視界に入って来るのは、無数の死体。誰もが怯え、泣き、おおよそ安らかでない死に顔で、その開き切った瞳孔で、少年達を見ていた。
折り重なるように倒れた、カップルらしき高校生の男女、子供を庇おうとしたのか背中から一突きされた女性と、買って貰ったばかりの玩具の箱を抱えた男の子。
皆、例外なく血に濡れ、もう二度とそこから動き出す事など無いのだ。
「……っ」
少年――長崎 慶司の拳が強く握られ、その顔がやる瀬ない思いを湛えているのを、五百蔵は見て取っていた。
「あんまり抱え込んだりすんなよ……っても聞いちゃいねえか」
並走しながら友人に忠告してやっても、真剣な顔でごちゃごちゃと考えているらしい彼の耳に届いていないのは明白だった。
普段ならここでちょっかいの一つでも掛けている五百蔵だが、今は状況が状況だ。とてもそんな事が出来たものでは無かった。
(さて、女の子一人は救い出せたけど、この後はどうしたもんかねえ)
考え事をしているせいか最後尾を走る長崎に一瞥だけ向けて、五百蔵は己の周囲にいる者達を見遣る。
さっき救出した女の子を抱えている後輩四人達に、アレン・シーグローヴ、桜井 興佑、高田 麗奈だ。
全員、さっきまでの地獄絵図を目の当たりにしたせいか、走りながらでも顔色が悪い。そもそも、さっきだって殺される危険が非常に高い事をしたのだ。死の危険に怯えるなという方が厳しいだろう。
「経津主神様よぉ、頼むぜ……」
こんな時だけ、いやこんな時だからこそ、五百蔵は実家の神社で祀っている神に願う。宮司の息子としては余りにも信心薄い人間だと彼は自覚していたが、それでも願わずにはいられなかったのである。
そしてその願いが届いたか、出口まであとわずかだ。あの殺人鬼が走って追い掛けている訳でもないから、これで五百蔵は脱出が出来ると安堵していた。
だがどういう訳か、今も目指しているエスカレーター、その階下からは今も尚悲鳴や怒号が聞こえ、どうやら余り避難が捗っていないようだ。
これだけの騒ぎだから混乱してしまうのも致し方ないのかもしれないが、それにしても不自然だと思う五百蔵。しかし、何にしても進んで確かめなければ分からない。
そう判断した彼ら一行がエスカレーターを駆け下りたのだが。
「は……?」
階下に降り、眼前に広がっていた光景に、誰もが驚きの余り絶句していた。
何故ならば。
「おい! 早くここから出せよ!!」
「ドアが開かないってどういう意味だよ!?」
「電波も入らねぇんだぞ!? お陰で碌に連絡も取れやしねえ!」
「誰か、私の娘を知りませんか!? 十歳くらいの、赤いスカートをはいた女の子です!!」
「うるせぇ! んなもん知らねぇよ!!」
「皆さん、落ち着いて下さいっ! 今、係りの者が原因を探って居ますので……!」
「これが落ち着いて居られるかよ!? ドアが開かないどころか、窓ガラスだって蹴破れないんだぞ!? 幾ら強化ガラスだとしても、ヒビ一つ入らないのはおかしいんじゃねーか!?」
そこにあったのは、未だ誰一人として建物の外へ逃げ果せていないと言う衝撃的な光景であった。
一刻も早くここから逃げ出したい、そう思う余り出入り口の程近くには多くの人が犇めき、怯えた人々の怒号が飛び交う、そんな状況だったのだ。




