第四話 折り重なった抜け殻⑥
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辺りは騒めきに包まれている。
それもその筈で、いきなりショッピングモールが黒い壁に覆われてしまったのだ。特に何かのイベントであると告知もされていないのだから、人々の注目が集まるのも当然の話だった。
物珍しさから写真や動画を撮っている人々を尻目に、緑髪の男――“ゼー”は己の腕時計型端末に目を落とした。
「結界? しかもこんな大規模なものを展開しやがって……クラッキングを仕掛けてきた鼠は、ただの鼠じゃ無かったって事かね。これじゃ中にいる“アドラー”と連絡も取れやしねえ」
お手上げだな、と大きな欠伸をした“ゼー”は、通話状態にした端末へ向けて喋る。
「こちら“ゼー”。今どんな感じだ“アーベント”?」
『通話できるようになったのか? 交戦してたっていう百鬼組の奴はどうした?』
「ん? ……ああ、自然消滅だ。そりゃ目の前でこんな事が起これば当然だろ」
そう言えば己が百鬼組の人間と戦闘している設定だった事を思い出して、彼は咄嗟に上手な嘘を吐く。
『“ゼー”は連絡が取れる場所にいるって事は、外に居るのか』
「まあね、内部で派手に戦闘する訳にもいかないでしょ」
実際のところは無能力者の金と大手を搦め手で追い詰めていただけなのだが、そういうことにしておく。どうせこの嘘はバレる事が無いと、彼は読んでいたから。
「それでどうすんの? 戦闘中も話だけは聞いてたけど、“アドラー”を救出するんだっけか」
『聞いていたのなら話は早い、屋上に来てくれ。そこからの突入を試みるつもりだ』
「屋上かい……分かった、ちょっと人目を躱すんで遠回りになるぞ」
『ならショッピングモールの北側に来てくれ。その方が早そうだ。目印は……』
「了解、そこまで行けばいいのね」
指定された場所は幸いと言うべきか遠くなかった。だからすぐに人気のないそこへ彼が到着してみれば、見るからに不機嫌な“アーベント”が立っていた。その脇ではクリュザンテーメが引っ付いている。
「ひゅー、今日もお熱いようで」
「こんな時に茶化すな。後でお前には聞かなきゃいけない事が山ほどある。覚悟しておくんだな」
「怖いこと言うなって。それよりも今は、アドラーの救出なんだろ? ほら行こうぜ、屋上へ」
肩を竦め、片眉を上げ、手をひらひらさせる“ゼー”の態度は、へらへらしているとしか言いようがない。
緊張感の欠片も無い姿に“アーベント”は苛立ちが募っている様だが、それでも冷静だった。
「もう一度言う、後で覚えていろ」
「誤解だって、俺は仕方なく交戦する羽目になっちまっただけなんだからさあ」
ひゅる、と風の音が鼓膜を揺らす。
ふわりとした感覚が“ゼー”を襲い、彼を含めた三人が一斉に宙を舞った。一気に目視されにくい高度まで上がったところで、一行はショッピングモールの屋上に到着していたのである。
「……で、どうやって突破すんのよ、この結界」
「それをこれから解析するんだろう。“シュピーゲル”、データを送るぞ」
『了解した。……仕掛けられたクラッキングの痕跡から分かっていた事だが、やはりかなり古典的な結界だ。これは時間が掛るな』
「時間が掛る? 古い時代のロジックで作られた結界なら、最新技術でちょちょっとイケるもんじゃねえの?」
不思議そうに首を傾げて見せた“ゼー”に、“シュピーゲル”は忙しないタイピングの音を混ぜながら応じた。
『それはモノによるな。この結界の場合、単純な分だけ術式を使う者の力量に左右される。魔力の量や技術次第でとんでもなく強固になる。現に、今のがそうだ。並みの実力者に出来る芸当ではない』
「入り込んだ鼠がとんでもない大物かも知れないってか。結界の規模からして只者じゃねえだろうなとは思ったけどさ」
はえー、と感心したような声を漏らしながら、“ゼー”は結界をノックする。硬質な感触が返って来て、拳で殴ろうものなら骨が破壊されてしまいそうな堅さだった。
「魔法攻撃をぶつけても駄目そうだなこりゃ」
『ああ……術者の心に動揺が生じるタイミングを衝かない限りは厳しいな。外からではそんなもの、図りようがないが』
「中の様子なんて全く分からねえからなあ。他に方法は?」
『調べている。だから時間が掛る。簡単には見つからんだろうな。単純である分だけ、不備が生じにくい代物だ。何より、これはロストテクノロジーって奴だ。そうホイホイ何でも分かるものではない』
そう言われては、“ゼー”もそれ以上の質問が出来なかった。
すっかり話が途切れたところで、今度は“アーベント”が口を開くのだった。
「では、解析している間にこの状況に至った詳しい話を“ゼー”の口から説明して貰おうか。私が納得するまでしっかりな」
「……どうしてもしなきゃダメか?」
「無論だ。現にこうして想定外の事態が巻き起こり、無関係の人間に注目されてしまっている。とても不問に出来ないのだ、こんな事」
絶対に説明責任を果たして貰おうと迫るアーベントの気迫は、本物だ。生半可な言い訳ではすぐに問い詰められて看破されてしまう気配を悟った“ゼー”は、心底けだるげだった。
「俺に訊かれても正直困るっつーか。詳しい話は中にいる“アドラー”から聞かない事にはどうしょもないと思うけどな」
「それでもだ、知ってる範囲で良い」
「殆ど知らねえって。俺は百鬼組にこっちの動きが気取られて、その迎撃に出てたんだから。何で気取られたのかなんて知らねえし」
「……話にならんな」
「だからそう言ってんだろ。とにかく、“アドラー”を救わねえ事には何も分からねえんだって。アイツが焦ったか何か知らねえが、暴走した結果なんだよ」
そう答えながら、“ゼー”は自分が政治家の事を笑えないと内心で自嘲していた。
「取り敢えず、この結界を破るために攻撃し続けるしかねえんじゃねえの? “シュピーゲル”の解析だっていつまで掛るか分からねえんだろ?」
「それをすると、万が一何かあった時に戦力が消耗した状態になってしまう。可能なら避けたいところだな」
「その心配も御尤も……っと、早速的中したみたいだぞ?」
「何だと?」
何が面白いのか、“アーベント”の後ろを指差す“ゼー”。促されるがままアーベントも振り返れば、そこには確かに見知った顔があった。
その数は、一つ。
「……百鬼 護。たった一人で来たのか。いや、狙いは陽動か奇襲か……」
「こっちは“シュピーゲル”が解析に、“アドラー”は中に取り残されてるしな。変な罠張られてるんだとしたら、対応できる奴が限られてんぞ。で、どうする?」
「数的不利も無視して仕掛けて来たのだ、何かの狙いがあると見て良い。撤退を選択したいところだが……いや、何だかそういう空気では無いな」
実際、大柄な少年――百鬼 護は、怒っていた。それがありありと分かるだけの怒気を、その身に纏っていたのである。この場で“アーベント”達を逃す気が無いのは明らかだった。
「ただ単に、怒りのまま乗り込んで来た感じがするが……迂闊に撤退を選ぶと、それはそれで罠に嵌る可能性があるな」
「って事は迎撃? こっちもそんな余裕ないんだがね」
「他人事みたいに言うな、これは“ゼー”の責任でもあるんだぞ」
「止めてくれよ、しょうがなかったとは言え反省してるからさあ」
そう言った瞬間、“アーベント”の三白眼が細められた。
「これだけの騒ぎを起こしておいて、その程度の反省で許されると思うなよ。結界内部の状況次第では、最悪な事態も考慮しなければならないからな」
「それで責められるのが俺だけってのは納得いかねえんだが? あーもう、止めだ。今はこんな事をしてる場合じゃねえ。目の前の敵を迎撃すれば良いんだろ」
「……有耶無耶にする気はないからな」
“アーベント”の発言を最後に、“ノクス”の面々は臨戦態勢を整える。そしてそんな彼らに相対する百鬼 護もまた、戦意を滾らせていたのであった。
「今回の戦闘はあくまで迎撃、陽動の可能性も考慮して速攻だ。二人共、無理なことはするなよ」
「「了解」」
戦端が、今まさに開かれようとしていた。
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