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CORRECTORS ~生きた異物~  作者: 新楽岡高
第十章 斯くして人は消えた
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第四話 折り重なった抜け殻⑤

◆◇◆



 静寂と血の匂いが辺りを満たす中、それを乱すように尊大な男の声がする。

「お前が得意そうな接近戦で、戦ってやる義理はねえ。精々俺の魔法の中で踊ってな。“ノクス(おれたち)”を利用しようとした事、後悔しながら死んでいけばいい!」

 舌なめずりをしながら、“アドラー”は内に渦巻く殺意を発露させた。

 それは無数の鉄棘を形成し、標的へと殺到するのだ。

「お前の体にどれだけの風穴が空くか、今から楽しみだなァ!?」

「――!」

 鉄棘たちの長さは三十センチほど。どれ一つとっても致命傷に繋がりかねない鋭さを持ったそれが、正体不明の男へと襲い掛かっていたのだ。

 でもそれは、全く当たらない。何も貫けず、あっさりと剣撃によって斬り落とされ、撃ち落とされていたのである。

「……あぁ? 何だそりゃあ?」

 攻撃が一切無効化されるとは思っていなかったのか、アドラーは床に転がった鉄の破片に視線を落とし、眉を(ひそ)めた。

 しかし、すぐに余裕の表情を取り戻して嘲笑を貼り付けた。

「時代遅れの蛮族が……実力だけは並以上らしいな。おい“シュピーゲル”、聞こえるか? おい? アーベント!? “ゼー”、おい“クリュザンテーメ”でも良い、誰か応答しやがれ!? ……ちっ、使えねえ奴らだ」

 無線で呼びかけても、彼の仲間からの返答は一向に無い。何らかの原因で仲間が応答できないか、或いは電波が封じられているかだと、即座にあたりをつけた。

(どっちも応答できないなんて事は考えづれえ。ならジャミング? コイツがやったのか? 明らかに時代遅れな格好をしたコイツが?)

「なあキモイの、お前の目的は何なんだ?」

 興味が湧いて来て、“アドラー”は臨戦態勢をそのままに問いかけていた。でも、やはり相手は無言のまま答えない。

 全く会話になりそうな気配もなくて、彼は大きく溜息を吐いて肩を竦めた。それから、もう一度同じ質問をぶつける。ただ一つ違うのは、彼の操る言語だった。

『なあキモイの、お前の目的は何なんだ?』

『……これはこれは、中々どうして、こんな世界で故郷の言葉を聞くとは。先程の攻撃と言い、ただの猿では無いようだな?』

「っ! 古典共通語(マグナ・リングア)が通じた……!? って事はまさかこいつ、マジで過去の時代の」

 打てば響くように返って来た答えに、“アドラー”は目を剥いた。まさか本当に返事が来るとは思っていなかったのだ。

 しかし、いつまでも動揺するのは彼のプライドが許さなかった。すぐにまた余裕綽々の態度を装って、睨み付けるのだった。

『あぁ? 鼠の分際で俺様を猿呼ばわりだぁ? 身の程を知れよ雑魚。人様の計画にクラッキングしかけてくる程度の存在なんだろ?』

『何の事かは知らんが、私は空いている道を借りただけ。幾つか邪魔な部分があったので踏み分けさせて貰ったがな』

『それをクラッキングってんだよ! まさに鼠だな、テメエは害獣だ。害獣は駆除しなくちゃあな!』

 “アドラー”は先程、砕かれて辺りに散らばった鉄の破片を結集させる。魔力の有効射程の問題で全部を集める事は叶わなかったが、それでも人一人を殺すのに困らない量であった。

『さて、時代遅れの同郷人、お前はどうやって死にたい? 鼠のように潰されてえか? それとも斬り刻まれてえ?』

『猿如きが私に指図するな、不愉快だ。この世にとって害獣は貴様ら人間の方だろうに、いつまで我が物顔で世を謳歌するつもりだ?』

 どこか超然とした雰囲気を纏うその人物は、まるで己を裁定官と規定しているようだった。まるで冷静さを崩さない淡々とした姿勢に、“アドラー”は自分の嫌う同僚の姿を重ね、苛立った。

『はぁぁあ? まるで自分は特別だとでもいうつもりかよ? 鼠のくせに自己評価だけは高いらしいじゃねえの。そんなお前に、正しい評価ってのを下してやらあ!』

『その程度の実力で、私に……? 所詮は人の身が、やはりどこまでも思い上がった愚かな存在だな、貴様らは』

『ごちゃごちゃうるせえぞ鼠ぃ!』

 “アドラー”の造り出した柄の無い鉄鎚は、まるで樽の様だ。魔力によって操られているそれは、重さなど無いように宙を舞う。

 直撃すれば圧死は免れない。が、そんな一撃を、剣を持った人物は避けなかった。

 代わりに剣を一閃。

 それだけで一刀両断にしたのだ。

「……魔力を斬った!? 剣にコーティング……いや違え、そういう素材なのか?」

『ぶつくさと何を言っているのだ猿? それが猿語なのかな? 猿の言葉を喋る気など、私には無いぞ』

『俺を驚かせたくらいでぇッ!』

 調子に乗るなと言わんばかりに、彼は一度に動かせる魔力を総動員する。途端に数えるのも嫌になる鉄棘が浮かび上がる中、それでも剣の人物は冷静だった。

『何度来ようと同じ事! 貴様の実力では私を倒せぬよ!』

『言ってろ鼠がぁ! お前如きが俺を殺せるかよ!』

 間髪入れずに襲い掛かる鉄棘は、まるで針鼠(はりねずみ)の針が一斉に発射されたようだ。

 圧倒的な密度の攻撃に、もはや迎撃の手段はないと思える程である。実際、“アドラー”は必殺を確信していた。

『色々と気になる情報を聞き出したかったんだがな……これじゃ無理か』

『そうだな、貴様の実力では無理だ』

 攻撃が止んだ時、“アドラー”の目の前にそれは居た。

 剣を腰だめに構えて、黒仮面から黄金の双眸(そうぼう)を覗かせて、それは立っていたのである。

『テメエ……』

『無駄だ、魔法で私の斬撃を防げると思うな』

 咄嗟に防御に魔力を用いる“アドラー”は、両者の間を隔てる様に鉄の壁を生成する。でもそれは、まるで障子紙のように意味が無くて。

 泥でも斬るように、壁は両断された。

 それからボトリ、と“アドラー”の右腕が床へ落ちた。

「が、あぁ……っ、あ!」

『運の良い男だ。壁という目くらましがあったとはいえ、この距離で私が仕損(しそん)じるとはな』

 強烈な血の匂いが、その濃さを増す。

 上腕の半ばより斬り落とされたことで、“アドラー”は傷口から止めようのない血を流していた。だが、彼とて腕の立つ諜報部の人間だ。すぐに魔力を行使して傷口を鉄で覆い、きつく止血した。

『彼我の実力差、思い知ったかな猿? さあ、貴様も肥しとなれ、私の大願を成就させる為に!』

「冗談じゃねえ……誰がッ!!」

 トドメと振るわれた剣の一撃を、“アドラー”は鉄で作ったバネの力で回避する。

『面白い技で逃げるのだな、猿は。実に猿らしい』

『へっ、追い付けねえからって負け惜しみだな!』

 飛び石のように生み出したバネを踏むたびに、“アドラー”は加速する。広いショッピングモールは吹き抜けになっている箇所もあるだけに、バネの機動力が活きてくるのだ。

「俺の腕……クソが、何て奴だ! こっちの作戦まで何もかもを台無しにしてくれやがって!」

 一先ずは撤退。何においてもこの場を切り抜けて、仲間と合流して態勢を立て直す。連携が取れれば、どれだけ強かろうと倒せる筈だと、彼は算段をつけていた。

 でもその目論見は、すぐにご破算となる。

「出入口は……結界!? さっきから通信が取れない理由はこれか! だが奴が一人やったってのか……?」

 内部と外部は遮断され、彼はもう外に出る事が出来なくなっていた。同じ事を考えて阻まれている一般人が、そこかしこで扉を叩いていた。

 外部の人間は硝子越しに見えるが、外からは内側が一切見えないのか、ドアを叩き続ける一般人たちの声や姿にも気付いた様子が無かった。

 それを見て、“アドラー”は張られた結界の高度さを感じ取るのだった。

「出入りを封鎖して、おまけに中であんな激しく戦闘するなんざ、普通は出来る訳がねえ……」

 だとしたらあり得ないと、“アドラー”は戦慄する。仲間がいる筈だ、居なければおかしいと、彼は背中を粟立たせていたのである。

「こうなりゃ、奴の仲間から潰して脱出を図るしかねえか……!」

 あっさりと右腕を斬り落とされてしまった時点で、あの剣を持った人物に勝てるとは思えなかった。となれば、少しでも勝てる可能性のある相手に挑むが、戦術として当然の話だった。

 パニックに陥っている群衆を尻目に、“アドラー”は行動する。己の、生存の為に。



◆◇◆


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