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CORRECTORS ~生きた異物~  作者: 新楽岡高
第十章 斯くして人は消えた
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第四話 折り重なった抜け殻③

◆◇◆



 人々は、ショッピングモールの中で逃げ惑った。

 悲鳴を上げ、バタバタと足音を立て、まるで自分はここに居るぞと言わんばかりに騒ぎ立てて、逃げ回っていた。

 だからそんな彼らを追い掛けるのは、見付けるのは、そんなに難しくなかったのだ。

「……ふふ」

 剣に付いた血糊を払い、暗褐色の外套(がいとう)を纏った人物は小さな笑い声を漏らした。何がおかしいのか、そもそも本当に笑っているのかは、覆われた仮面のせいで窺い知る事は出来ない。

 ただ、仮面の下から覗く金色の双眸は、鮮血に染まった亡骸を無感動に見下ろしていた。

「き、来たぞ!?」

「おい、おせえぞ早く進め!」

 彼が歩くたびに、方々から悲鳴がする。その有様はある意味では陳腐で、愉快な光景だった。ただ、その人物が本物の剣を持ち、本当に人を殺しているとなれば話は別だ。

「動くな、警察だ! 大人しく投降しないなら撃つぞ!?」

 既に冷たい抜け殻と化した屍は、老若男女を問わない。白く綺麗な廊下に血の足跡を残しながら進むその殺人鬼は、正面に立つ複数の存在に一瞥を向けた。

 彼らは逃げ惑う群衆と似た様な服装でありながら、悲鳴を上げる事も、背を向ける事もしない。険しい顔で銃を構え、目の前にいる殺人鬼の凶行を止めようとしていたのである。

「何なんだこいつは……電波も届きやしねえ! おい、まだ通信は回復しないのか!?」

「はい、原因は依然不明……各所の出入り口もどういう原理か封鎖され、買い物客や従業員は誰も逃げる事が出来ません!」

「念入りなテロだな……中にいる筈の他の班との連絡は?」

「そちらも全く……!」

 そうやって交わされる日本語の遣り取りに、殺人鬼は一切の興味を示さない。聞く気が無いのか、聞いても分からないのか。

 そんな事だから、銃口を向けられているにもかかわらず、それは立ちはだかる三名の私服警察官たちへとゆったり近付いていく。

「貴様、動くなと言っている! それ以上近付けば撃つぞ!?」

「……?」

 止まらない殺人鬼の接近に気付いた警官の一人が天井に向けて警告射撃をしてみれば、それに驚いたのか彼は足を止めた。

 (しば)し天井を見上げ、そして再び歩き出す。

「止まりませんね。あんまりのんびりしてると、こちらも危険ですよ」

()むを得ん。警告射撃もしたんだ、撃て!」

 それを合図に、三名は一斉に発砲した。

 発射された弾丸は、常人には目視不能な速度で標的目掛けて直進し――弾かれた。

「は!?」

 硬質な金属に衝突して跳弾していく間抜けな音が三つ。標的となった筈の殺人鬼は未だ変わらず、何事もなかったように歩き続けている。

「手を止めるな、撃て、撃て!」

「はい!」

 何かがおかしい。ゾッとする感覚に衝き動かされるまま、警官達は拳銃を発砲し続ける。といっても、装填数もたかが知れる拳銃は、あっという間に弾が尽きて。

「……何故まだ、立ってるんだ!?」

 一発も当たらなかった。躱され弾かれ、殺人鬼はどんどん近付いて来るのだ。駆け寄ろうと思えば駆け寄る事も出来るだろうに、まるでわざとゆっくり追い詰めているようだった。

「一か八か、警棒で……」

「剣持った相手に? しかも銃弾を弾くんだぞ? 勝てる訳ねえ。落ち着いて後退しつつ再装填だ。落ち着いてな」

 三人の中で一番年長の警官がそう指示を出せば、殺人鬼と同じ歩幅でじりじり後退しながら再装填を行う。

「撃て!」

 再び発砲。しかしどこを狙っても当たらない。その内に鬱陶しくなったのか、殺人鬼は剣を構えると床を蹴った。

 血に濡れた靴が、キュッとした音を立てる。

「来るぞ!?」

「ちっ……!」

 撃ち尽くした拳銃を手放して、警官の一人が警棒を引き抜く。だが、それだけだ。

 警棒ごと袈裟(けさ)切りにされた彼は、傷口から大量の血液を噴き出しながら床に倒れ伏す。

 あっという間に一人が斬り伏せられて、残る二人は完全に気圧(けお)されていた。重心が後ろ向きになってしまっては、応戦など出来る筈もなく。

「う、うわあああああ!?」

 間を置かず、残る二人もまた物言わぬ(むくろ)と化した。

 すっかり静まり返った辺りを見回して、殺人鬼はまた小さな笑い声を漏らす。

 まるでそれは、息を殺し必死になって隠れ潜む人々の努力を嘲笑うようで――。

「ここだな」

 そこで不意に、また別の足音が一つしたと思えば、尊大な男の声が響く。

「お前かぁ、鼠ってのは?」

「……?」

「随分古くせえ格好してんな。流石(さすが)は鼠だ。剣だけは業物っぽいが……そんなんで俺は殺せねえ。時代錯誤も良いところだぜ」

 こつこつ、と硬質な床を踏み締める音を響かせながら姿を見せるのは、“アドラー”だ。彫の深い顔立ちに露骨な嘲笑を浮かべ、それから殺人鬼の足元に転がる三つの亡骸に目を向ける。

「特務課の警官……何だ、もうやられたのか? 原住民はやっぱ使えねえな。無能力者じゃそんなもんかね」

 余裕綽々と言った態度で肩を竦める“アドラー”は、同時に距離を取ったまま相対する存在の()で立ちを素早く観察する。

「お前が得意そうな接近戦で、戦ってやる義理はねえ。精々俺の魔法の中で踊ってな。“ノクス(おれたち)”を利用しようとした事、後悔しながら死んでいけばいい!」

 自身の周囲に鉄の棘を幾つも形成しながら、“アドラー”は獰猛に舌なめずりをしていたのだった。



◆◇◆



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