第四話 折り重なった抜け殻①
「……金さん、今どこ?」
電話がかかってくるなり、俺はそう訊ねていた。電話の相手はさぞかし面食らったことだろう。
でも、彼――金 実政は少なくとも声を聞いた限りでは冷静だった。
『俺と大手は今、“オメガ”の一階だ。車を停めた屋上駐車場に行こうとしたら、“ゼー”って奴が待ち受けてたもんで、大人しく下から出る事に決めたんだ』
「……やっぱり向こうはこちらを捕捉してたみたいだな。撤退一択で正解だったみたいだけど……周囲に敵影は?」
『さあ分からん。これだけの人出だ、そこから敵だけを見付け出せたら大したもんだぜ』
確かに、スピーカーの向こうからは人の声が雑音として聞こえてくる。それに負けないようにするためか、金さんの声もやや張り気味だ。
『今から正面出入口より外に出る。若はそこで綾音ちゃんと待機していてくれれば落ち合えるさ』
「了解。なんだったら中まで合流しに行くけど?」
『入れ違いになりかねないし、危ないから駄目だ。若だけならまだしも、綾音ちゃんもいるからな。後は棟梁から指示あるまで待機だ』
場慣れしているからなのか、彼の指示には澱みが無い。あれくらいスラスラ状況判断が出来るようになるにはどうしたら良いのか、などと思いながら俺はふと思った事を訊ねていたのだった。
「そう言えばもしかして金さん、俺達が後付けてたの気付いてた?」
『結構序盤からな。もうちょっとうまくコソコソしないと、すぐ見抜かれちまうぞ?』
こうして向こう側から電話を掛けて来るのだ。もしかしてと思っていたが、やはり気づかれていたのか。流石の洞察力だと感心せずにはいられない。
「じゃあ、毛利さん達が尾行してたのも?」
『……マジ? あの人達もいたのか。そっちは全然気づかなかったけど』
「どっちかっていうと俺と綾音はそっちが暴走しないようについて回ってたんだけどな」
結局、プサッフォーとコンスタンディノスと吉政を捕捉する事は出来なかったが。というかあの三人、今はどこにいるのやら。
『毛利さん達の行方、分からねえの?』
「ああ。あっちも連絡用に端末は支給してある筈なんだけどな。何をしてるのやら……」
ショッピングモール内で“ノクス”の存在と活動が確認されるという非常事態だ。何が起こるか分からない現状で、いつまでも戦力が合流できないのは不味かった。
「金さん、後どれくらいで外出られそう?」
『もうあとちょい。人が多いんで、距離はともかく時間がな……』
鬱陶しそうな調子が、声に滲んでいる。何だかんだ言ってこの緊迫した状況下で彼にも焦りが滲んでいるのだ。
そんな彼の緊張を少しでもほぐしてみようと、俺は彼へ向けて冗談を飛ばしてみる。
「落ち着いて金さん、デート中なのに待てない男は嫌われちまうぞ?」
『……言うようになったじゃねえか若』
滲んでいる。言外に「後で覚えてろよ」って言葉が。
でも面白いので止めない。もう一撃、彼を弄っておく。
「ご指導の賜物だよ。あ、そうそう。その時になったら式には呼んで欲しいかな。楽しみにしてるよ、何年かかるか分かんないけど」
『なっ……俺と大手はそんなんじゃねえと』
「誰も大手さんの事とは言ってないけどね。何の式だと思ったの?」
『……後で覚えてろマジで』
さっきまで言外滲んでいたものが、とうとう声になっていた。スピーカーの向こうに居る金さんの顔は羞恥だのなんだので真っ赤になっているんじゃなかろうか。
迅太郎さんがこの人を弄る気持ちがますます分かった気がする。元から面白いとは思っていたけど、止められない止まらないのも頷けた。
「子供の名前は政和とかどう? 文字通り二人で合体!」
『こんな時にクソしょうもないコト言わないでくれ!?』
実政と和子から一字拝領して適当に組み合わせてみたのだが、効果は抜群だ! どんどん赤くなる金さんの顔が思い浮かんだ。
想像しただけで面白すぎて、とうとう吹き出してしまった。当然のようにそれもスピーカーを通して相手の耳にも聞こえているだろう。金さんは声を震わせていた。
『……見つけたぞ若。今から合流してとっちめてやるんで、覚悟するんだな』
「そんな怒らないでくれよ。事実をありのままに述べただけなんだから。……あ、ひょっとしてマジで怒ってる?」
途切れることなく人が出入りする正面入り口を覗き込めば、確かに見知った顔が二つ。
携帯端末を耳に当て、憤怒か羞恥で顔を真っ赤にした金さんと、怪訝そうな顔をしている大手さんの取り合わせは、そこはかとなく面白い。彼とは目が合っただけでまた笑ってしまった。
「す、末永くお幸せにっ」
『末永く地獄に落としてやる』
今にもムッキー!とか言い出しそうだ。本気で怒っているらしい。殴り掛かられたら全力で逃げよう。
「楽しそうだね、護」
「ああ、そりゃもう。見てみろよあの顔、金さん真っ赤だぞ?」
「ホントだ、護は何を言ったの?」
「末永くお幸せにってね」
横で過行く人の流れを眺めていた綾音も、金さんと大手さんの姿を見つけたのか、手を振りながら笑っている。やっぱりあの姿は誰だって面白いみたいだ。
相変わらず金さんは怒っていて、大手さんはキョトンとしてて。
ああ、何だか楽しい眺めだなと彼らへ手を振って見せたその時。
視界一面を、黒が塗り潰した。
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