第三話 悪夢の顕現⑪
凄惨な描写あります。
◆◇◆
それは、無言で佇んでいた。
音一つも立てず、誰にも気取られず、いつの間にかそこに立っていた。
「あの……お客様、一体此方で何を為さっているのでしょうか?」
「………」
今日が金曜日という事もあってそれなりに客で賑わうショッピングモールの通路では、一人の男性従業員が恐る恐る一人の人物に話しかけていた。
それもその筈、店員が話し掛けた人物は真っ黒なローブらしき物を被り、それで全身を覆っている……要するに完全な不審者の恰好をしていたのだから。
彼が纏う暗褐色の外套は、白を基調として綺麗な印象を与えるモールの内装とは対照的で、対比の効果もあって非常に目立つ。
その上、従業員が何度呼びかけても反応せず無言のまま、ただひたすらに通路の真ん中で立っているのみ。ローブと仮面のせいで顔が窺えないのもあって、その気味の悪さは突抜けて際立っていた。
「お、お客様?」
「…………」
「弱ったなぁ、もしかして外人さん? いつの間にここに立ってたのか知らないけど、他のお客さんの邪魔になっちゃうし……エクスキューズミー?」
「…………」
困り果てた様子の男性従業員は取り敢えず片言の英語で呼びかけてみるものの、一切の反応は無い。
周囲も段々とこの得体の知れない人物が気になってきたらしい。携帯端末を片手に写真を撮り始める客が出始め、人だかりと一緒に次第に無数のフラッシュが焚かれる様になっていた。
ここに至っていよいよ面倒事になるのではないか、騒ぎになってしまうのではないかと考えたその店員は、遂に謎の人物を無理矢理にでも動かす事に決めた。
「お客様、ここでは他のお客様のご迷惑になりますので、どうかこちらへどうぞ」
「…………」
普通に考えて通じている訳が無いが、それでも一応言ったという事実を作ると、そこで不審な人物へと手を伸ばす。
「済みませんが、こちらへ……」
「…………」
店員の男性がローブの袖を掴んで強引に引っ張ろうとしたその瞬間。
蛍光灯の光に照らされて、僅かに一瞬だけ鈍色の光が煌めいた。
「……は?」
突然の眩しい光に思わず彼が目を閉じ、そして再び目を開けた時、彼は絶句する。
何故ならば、そこには血を噴きだす彼自身の腕と、綺麗に切断された彼の肘から下が床に転がっていたのだから。
切断部からは止めどなく血が溢れ出し、白く綺麗なタイルを真っ赤に染めて行く。
「…………」
自分には一生起こり得ないと思っていたその非現実的な光景に固まり、ただ茫然と呆気にとられた様に突っ立っていた男性従業員だが。
「う……うわぁぁぁぁぁぁあっ!!? 痛いっ! 腕が! 俺の腕が!!?」
思い出したように激痛で悶え始めた彼は、恐怖の余り腰を抜かしていた。
彼には何が起こっているのか、何も分からない。そしてそれは、一部始終を見ていた他の客もそうであった。
皆誰もが一様に、当たり前に、今日この後の事を考え、明日の事を考え、数年後の事を考え、やがてそれは実現するものだと考えていた。
もしかすれば明日なんて来ないかもしれない……。そう考えていた者は、少なくとも彼らの中には皆無だった事だろう。
「俺の、腕……が!! 助けてくれぇ!」
「…………」
痛みと恐怖の余り引き攣った顔になりながら、腕を斬り飛ばされた男性従業員が不審人物――いや、もはや危険人物を見て叫び声を上げる。
その人物の右手には血濡れた剣らしきものが握られ、それは蛍光灯の光に照らされてその綺麗な刀身を惜しみなく周囲に晒していた。
だが、錯乱でもしたらしい従業員はそんな事に注意を払う余裕も無いのか、その場で頭を振り乱して叫ぶのみ。
「だっ、誰か――ぁ?」
そのまま発狂しそうな勢いであった彼だが、全てを言い終える前に……首を、飛ばされた。
ごとん。
一拍置いて地味な音と共にそれは床に転がった。残った体は前のめりに崩れ落ちて、切断部より大量の血を流しながら二度、三度と痙攣している。
切断面から吐き出される大量の鮮血は、先程までの比ではなく。赤いインクを床に零してしまったかのように、見る見るうちに赤い水溜まりは大きくなって行った。
『…………』
驚くほど呆気なく、瞬く間に抜け殻と化した、元人間――今は、ただの死体。
その余りに衝撃的な出来事に、その場に居た誰もが信じられない気持ちで絶句し、硬直していた。
……そして、目の前の現実がはっきりと視認されたその瞬間。
「いやぁぁぁぁぁぁあっ!!!」
「逃げろぉぉぉぉぉおっ!!」
「うわぁぁぁぁぁぁあっ!!?」
「誰かっ、誰かーーーっ!!」
目の前で起こされた惨劇に、それに伴って湧いてくる恐怖に、その場の誰もが血相を変えて逃げ惑うのだった。
【幕間】
吉「服……服と言われてものう」
コ「我の体格で似合う服など早々無いのだが、弱ったな」
吉「身長だけではなく、体格にも恵まれていると大変だのう。儂には分らん世界だ」
コ「その点で考えるとモウリ殿は羨ましい。大体の大きさの服はあるのだろう? 先にそちらから決めてしまおうか」
吉「……とは言ったものの、どれが良いのやら」
コ「これなどどうだ? 書いてある文字も力強いではないか」
吉「“私の戦闘力は五十三万です”……力強いのか?」
コ「強そうだとは思わんか?」
吉「数は多いと思うが……文字の書かれたシャツではまた怒られると思うぞ、儂は」
コ「プサッフォーはロマンの分からぬ奴だからな。仕方ない、ではこれだ」
吉「……何だこれは」
『爆乳』
コ「力強い毛筆で書かれている。格好良いではないか」
吉「コンスタンディノス殿、さてはもうふざけ始めたな?」
コ「良いでは無いか。なあ、これとかソンピン殿のプレゼントに良いと思わんか?」
『足切りを受けました』
吉「……殺されるのではないか?」
コ「我としては、同じタイプのシャツを使う者が増えてくれれば嬉しいと思ったのだが」
吉「だとしても相手を選ぶべきだな。これとかプサッフォー殿には受けそうだが」
『女の子 大好き』
コ「ああ……普通に受け取りそうだな、奴は。我からしたら、受け取るのも身に着けるのも羞恥に耐えられんが」
吉「全くだ……あ。のうコンスタンディノス殿。思ったのだが、正直に彼女の言いつけを守って服を選ぶ必要はないのではないか? どうせなら、最初から別行動してしまった方が早いのかも知れん」
コ「その手があったな。ふむ……そうするか」
吉「暫し待たれよ、土産に何着か買っていく」
コ「さては貴殿も、何だかんだ言って楽しんでいたな?」
吉「うむ、護に向けて、良さそうな服があってな」
コ「猫と稲妻のコラージュTシャツ……シュールであるな」
吉「奴の喜ぶ姿が目に浮かぶわい」
コ「父親か」




