第三話 悪夢の顕現➉
「九十八……九十九……百! 完了だ! どうだ“アーベント”、俺はやったぞ、やって見せたぞ! 所詮、貴様のそれは脅しでしかなかったようだな!?」
両の拳を振り上げる“アドラー”の言葉通り、液晶画面の表示は完了を示している。そして彼自身も絶命する事なくその場に立ち、喜びを噛み締めていたのだ。
それが誇らしくて、嬉しくて、堪え切れず彼は回線に向けて叫ぶ。
「任務は完了だ! 俺は生きている、どうだ“アーベント”!? 驚き過ぎて言葉も出ないか!?」
『完了した、だと? ……だとしたら一安心だが、本当にそうなのか?』
高笑いの声が回線に入ってしまったが、彼の心を考えれば、それも無理からぬことだ。だからかは知らないが、“アーベント”もその事については特に咎めはしなかった。
むしろ、それよりも気になる事があるみたいで、“アドラー”はまた水を差された気持ちになって、不機嫌さを露わにする。
「あぁ? お前、俺を疑ってんの? それとも俺が手柄上げんのが許せねえのか? そりゃそうか、お前の指示を無視して結果出されたら、面目丸潰れだもんなぁ?」
『……そうじゃない。今、手元の機器で魔力反応を測定しているが、どこからも強力な魔力を探知出来ていない。“歪”が発生したら当然観測される筈なのだが』
「はぁ!?」
イヤホン越しに告げられる内容に、“アドラー”は目を剥いた。だってそうだろう、彼がその目で見た通り、実際に展開完了を示す表示が液晶画面に為されているのだ。
信じられないと思うのも無理ない話である。
「待てよ、こっちは確かに完了って表記なんだぞ? この機械の故障とかってんじゃねえだろうな」
『私はそこにいないから分からん。操作は出来るのか? それと、“門”らしきものは本当に展開出来ているのだろうな?』
「うるせえ、今やってみる!」
飛ばされた質問の内容は当たり前のものだった。でも、呆気に取られて確認を忘れていた“アドラー”は、悪態を吐きながら今更それを行う。
そして。
「……何だ、こりゃあ?」
『どうした、“アドラー”?』
「操作端末がフリーズしてやがる! くっそ、こっちの入力を一切受け付けやがらねえぞ!?」
『フリーズ? 本体機材の方は動いているのか?』
「ああ、動いてるよ。今も耳障りなぐらいにな!」
夢ではないか、ただ単に反応が遅れているだけではないのか。そんな事を願って、彼は何度も操作端末に触れてみるも、反応はない。
本体機器は変わらず稼働を続けているが、一切の指示を受け付けていなかった。
「くそ、くそ、くそがっ!」
『落ち着け“アドラー”! 異常事態なのは私だって分かる! ”門“は開けているか? 開いていたら目視できる筈だ、空間の歪みがな!』
“アーベント”の声にも、余裕がない。やや早口気味になっている事から、それが窺い知れる。
「ゲ、“門”……」
『どうだ“アドラー”、見えるか?』
「み、見えねえ……どこにも、ねえ……!」
虚空を彷徨う彼の視線は、目当てのものを捉える事が出来なかった。ただ、打ちっぱなしのコンクリートと、配線と配管がゴテゴテ取り付けられた機材ばかりが見えるだけ。
“アドラー”は目を血走らせながら叫んでいた。
「おい“アーベント”! これは……これは一体どういう事なんだ!?」
『強行しておいて私に訊くな。それに、私だって専門家ではないのだ。現場にもいないし、あれこれと問い詰められても困る。とにかく、下手に弄るな。お前はそこで待機、私達もすぐ向かう』
想定外の事態に、もはや誰もが有効な手立てを打てず、そもそも何が起こっているのかすら、理解が追い付いていない。
そんな混乱模様が伝わる回線に、また別の男の声が入った。
『……こちら“シュピーゲル”。仮眠を取っていて遅れた、済まない。異常事態だな?』
『“シュピーゲル”? ああ悪いな、休憩に入って貰ってばかりだったが問題発生だ』
眠気もあってか、“アーベント”よりなお低い男の声。特に今は“アーベント”すら若干だけ声が早口で上擦っている分、“シュピーゲル”の冷静さは際立って感じられた。
『状況はある程度聞いている、途中からだがな。どうしてこんな馬鹿気た先走りをしたのかは知らんが……端末からの操作が利かないのか?』
「そうだ! 全然動きやがらねえ! 何とかしてくれ、“シュピーゲル”!」
すっかり冷静さを失っている“アドラー”の声。それが寝不足の“シュピーゲル”には鬱陶しいものだったか、イヤホンから小さく舌打ちのようなものが聞こえた。
『前倒しで、碌な動作確認もしないで、動かしたんだろ?』
「そうだ、緊急事態だったからな!」
『……安全装置は?』
「あ?」
『安全装置はどうしたのかと訊いている。作動したのか? そもそも、設置したのか?』
「あ、安全装置は……しょうがねえだろ、緊急事態なんだから!」
己の不備を誤魔化すように、“アドラー”が怒鳴り散らす、それに対する“シュピーゲル”の返答は、大きな溜息だった。
『安全装置を諸々設置しなかったんだな? それで、制御も利かなくなった。本来なら展開が完了している筈の“門”も、どこにも見当たらない』
『……その通りだ。何か分かったか、“シュピーゲル”?』
『何となくな』
情報を纏める“シュピーゲル”に対し、“アーベント”が問えばどうやら何か知ら思い当たるものがあるらしい。
しかし彼をしても半信半疑であるようで。
『だがまさかこんな事を……研究中の分野だぞ?』
「何だってんだよ!? 勿体付けてねえで話せ!」
『……お前の尻ぬぐいの話をしているんだが、態度のデカい男だな』
再び、溜息を吐いて言葉を区切った“シュピーゲル”は、それから告げる。
『考えられるのは……乗っ取り(クラッキング)だ。次点でただのエラーだな』
「はぁ?」
『クラッキングだと? 可能なのか? まだエラーの方が信じられるが』
聞いていた“アドラー”も“アーベント”も同じ気持ちでいるからか、驚愕の色が声に良く表れている。
それに対し、“シュピーゲル”は淡々と答えていた。
『今、こちらからも端末を立ち上げて操作機器にアクセスしてみたが、ブロックされている。一切の介入が出来ず、権限がこちらに無いという事だ。これがクラッキングでなかったら何だと?』
『しかし、どうやって……!?』
『俺に訊かれても知らんな』
素っ気ない答えに、また“アドラー”が叫んだ。
「知らんだと!? ふざけるな“シュピーゲル”! 貴様が設計した装置だろうが!?」
『俺が設定した手順通りに組み立て・運用しないで置いて、言う事がそれか? 安全装置を作動させておけば外部からクランキングを喰らうなんていう馬鹿気た事態は起こらなかった筈だ』
「っ!」
理路整然とした彼の言葉に、あっという間に“アドラー”は勢いを失う。すっかりだんまりになったところで、更に畳みかけるみたいに“シュピーゲル”は語り続けた。
『時空は未知の分野だから、別の世界、別の時代の何者かが紛れ込む危険がある。現に俺達は、“歪”を利用して別の世界に居る訳だ。そうでなくとも、万一ヴィオレット・オーバンが介入すればどうなるかも分からない。その為の安全装置だったんだぞ……?』
それをどうして蔑ろにしたのだ? と静かな怒気がイヤホンから漂い始める。
そのまま険悪さが増していく、と思われたところで“アーベント”が問う。
『復旧は出来るのか?』
『アクセスが出来ないのではどうにもならん。変に文字化けを起こしている事から、ロジックからして俺達のものとは違うのだろうな。ここまで強引に割り込まれたら、プログラミングも滅茶苦茶だ。もう電源を落とすしかない……が、それをしたら電力制御を失った魔力のコアが何を起こすか』
『下手すれば辺り一面ドカン……電源を断つ訳にはいかんな』
では、どうするか。すぐに見つかる筈の無い答えを求めて沈黙が落ちるが、それをぶち破って“アドラー”が怒鳴る。
「いつまでウダウダ喋っている!? ならどうしたら良いのだ“シュピーゲル”、答えろ!?」
『魔術的な要素が絡んでいるのは間違い無い。クラッキングを仕掛けた本人を倒せば或いは……だが、どこにいるか分からんぞ』
「ふん。探すさ、ああ探してやる! 俺達の邪魔をしやがったそいつを、必ずぶっ殺す……! ここにクラッキングを掛けて来たんだ、犯人とやらもこの世界が目的なんだろうしな!」
鼻息も荒く、彼はその身に憤怒と殺意を充満させていた。その気配を声だけで感じ取った“アーベント”は無理に諫める事もせず、ただ『無茶はするなよ』とだけ告げるのだった。
『……確かに“アドラー”の言う通りだ。この世界に用が無ければ、ここでクラッキングは掛けまい。だとすれば、強力な魔力反応があったところ、つまり“歪”が一瞬でも現れたところに犯人が姿を現わす筈だ』
「へっ、鼠退治か。俺に掛れば軽いもんだ。こっちは任せておけ。部屋の方は施錠しとくからよ、鼠退治した後の復旧作業は頼んだぜ“シュピーゲル”?」
『了解した。それにしても……クラッキング犯は一体何が目的でこの世界へやって来たんだ……?』
「んなもん、俺がトドメ刺す前に聞いといてやるよ。楽しみに待ってるんだな!」
目的が定まれば早いものだと、“アドラー”は施錠した部屋を後にする。彼は、ここまでに溜まった感情の全てをぶつける相手を求めて止まなかったのである。
そしてお誂え向きに、“シュピーゲル”の端末ではとあるものを観測するのだった。
『早速だ、強力な魔力反応確認。“歪”だな。ショッピングモール二階、中央。お待ちかねの標的がご登場だぞ』
「“アドラー”了解! 即行で駆除に入る!」
獰猛な笑みを浮かべ、金髪金目の男が現場へ急行する。
そこに何が待っているか、知りもしないで。
◆◇◆




